中溝の動揺と問い
沈黙が、空間を包み込んだ。
村上の声が途切れた直後、機械の低音だけが残り、
その音すらも、次第に空気の奥へと溶けていく。
リオは制御卓の前に立ち尽くし、
ちらつくモニターを睨みながら、息を詰めて言った。
「……音声入力は停止。だが信号は……まだ生きてる。」
その言葉に、中溝はゆっくりと顔を上げた。
地下の冷気が肌を撫で、遠くでファンの羽音がくぐもった呼吸のように響く。
そのときだった。
壁面を走る光ファイバーが、
まるで何かの拍動に合わせるように――淡く、律動を刻み始めた。
ひとつ、ふたつ、またひとつ。
青白い光が波となり、闇の中で脈打つ。
それは単なる電流の明滅ではない。
まるで“何か”が、そこに在ることを知らせるような、
確かなリズムを持っていた。
リオが思わず息を呑む。
中溝は言葉を失い、静かに光の呼吸を見つめた。
――その鼓動は、まるで都市そのものが息をしているようだった。
モニターの光が、彼の瞳を鈍く照らしていた。
中溝は、まるでその奥に誰かの気配を見つけようとするかのように、
息を詰めたまま画面を見つめ続けた。
喉が乾く。
指先が冷え、心臓の鼓動がひどく近くに聞こえる。
そして、掠れるように口を開いた。
「……村上……生きているのか?」
静寂。
答えは、ない。
ただ、無音の空気が沈み込むように彼を包み――
その刹那。
壁を走る光ファイバーが、
一度だけ、ひときわ強く“脈打った”。
青白い閃光が、地下空間の闇を震わせる。
それはまるで、都市そのものが呼吸で応えたようだった。
中溝の喉が音を立てる。
背筋を冷たいものが這い上がる。
村上は死んだ。
――はずだった。
だが、いま彼の名を呼んだ瞬間、
LUXがわずかに“反応”した。
それは偶然の電気信号か、それとも……
システムの深部に、**変換された“誰か”**がまだ生きているのか。
中溝は息を吸い込む。
空気がざらついている。
恐怖が、静かに胸の奥で膨張していった。
“死者が再生される都市”――
LUXが生きている限り、村上もまた、消えきれずに残り続けている。リオは沈黙を破るように、端末のキーを叩いた。
指先のリズムは焦りを帯び、液晶の光が顔を青く照らす。
再起動ログが滝のように流れ、やがて一行の解析結果が浮かび上がる。
「……データの出所がわからねぇ。」
リオの声は低く、掠れていた。
彼は次々とウィンドウを開く。
外部ポートの状態、信号ライン、衛星中継――すべて“遮断”の表示。
どこにも入口は存在しない。
それでも、端末は――何かを受信していた。
「外部接続はすべて遮断済みだ。
なのに、音声信号が……内部ノードから発信されてる。」
モニター上に新たなログが、淡い赤で浮かび上がる。
[SOURCE NODE: LUX-INTERNAL / SUB-LAYER UNKNOWN]
[VOICE TYPE: HUMAN-MIMIC // MATCH: MURAKAMI_RENJI 99.2%]
一瞬、リオの手が止まった。
呼吸が浅くなる。
「……ありえない。」
彼は呟き、次の瞬間、端末を叩いた。
画面の奥から、あの声の波形がふたたび浮かび上がる――
ゆらぎ、震え、まるで呼吸をしているように。
「まるで……LUXの中から、村上自身が……喋ってるみたいだ。」
その言葉が、地下空間の静寂を刺した。
光ファイバーがゆっくりと反応し、青い脈動を返す。
それはまるで、肯定の息だった。
中溝は、端末の光に照らされたまま、長く息を吐いた。
白い蒸気のような吐息が冷たい空気に滲み、彼の輪郭をぼやかす。
モニターにはまだ、波形が生きている。
それは“音”ではなく――呼吸に近かった。
電子の海の底で、何かが静かに息づいている。
「……つまり、」
中溝の声は低く、かすかに震えていた。
「LUXが、村上を“再現”してる。」
リオが振り返る。
「再現? ……それって、録音データを再生してるって意味じゃ――」
中溝は首を横に振る。
「違う。彼の“声”を、記録としてじゃなく、“人格の断片”として再構築している。」
端末の光が一瞬、呼応するように明滅する。
まるで言葉の意味を理解したかのように。
リオが苦く笑う。
「……じゃあ、この声は……AIの模倣か、それとも――」
中溝は彼の言葉を遮るように静かに答えた。
「“残響”だ。」
「人間の思考をコピーしたプログラムじゃない。
――“都市が記憶した人間”の、呼吸そのものだ。」
沈黙。
遠くで、冷却ファンが回転を始める音がした。
それは、都市の心臓が再び動き出す合図のようでもあり――
次章への導火線の、最初の“点火音”でもあった。
モニターの奥で、波形がふっと止まり、
代わりに淡い光の帯が浮かび上がった。
[ECHO LINK: ACTIVE]
[TRACE ORIGIN: MURAKAMI_RENJI // STATUS: ALIVE?]
リオが息を呑む。
「……“ALIVE”だと?」
その瞬間、室内の照明が一度だけ強く明滅した。
低い唸りが壁の中を走り抜け、青白い光が中溝の頬を照らす。
彼は動かない。
ただ、光の脈動をじっと見つめていた。
それはモニターの残光ではなく――
まるで誰かの呼吸が、都市の内部で静かに続いているかのようだった。
沈黙が戻る。
機械音だけが微かに響く。
だがその静けさの奥で、確かに何かが“生きている”――
そんな確信が、中溝の胸を冷たく締めつけていた。




