村上のメッセージ ― 記録の彼方から 信号の侵入
《TOWER-CORE》。
さきほどの“暗転”の余韻が、まだ空間に漂っていた。
冷却管の青白い光は脈動を失い、機械音だけが遠くの心臓の鼓動のように響いている。
リオはコンソールに手を走らせ、システムの再起動を確認していた。
だが、その瞬間、通信端末のモニターがノイズを孕んで震えた。
波形データの上に、不明な識別子がひとつ――ゆっくりと浮かび上がる。
[INCOMING SIGNAL // SOURCE: UNKNOWN NODE]
[MATCH: MURAKAMI_RENJI]
[TIME INDEX: UNDEFINED]
リオ:「……なんだ、これ。発信元がない。記録時間も……存在してない?」
中溝が端末を覗き込む。
液晶の奥で、電子ノイズが人の呼吸のように揺れていた。
そして――声が、滲む。
最初は、空調の唸りと区別がつかなかった。
だが、次第にその“ノイズ”は意味を持ちはじめ、音の粒がひとつの言葉へと凝固していく。
「……酒井は、最後まで“笑い”を信じてたんだ。」
その声は、確かに村上蓮司のものだった。
乾いたトーン。理性と諦念の狭間にある、あの特有の響き。
リオが息を呑む。
「……生きてる、のか?」
中溝は応えない。
ただ、彼の耳にはもう、空間全体が“声”を帯びていくのがわかっていた。
冷却管の震え、壁の反射音、サーバーのファン。
それらすべてが、まるで村上の声を媒介に“共鳴”している。
「でもLUXはもう、それを“制御”としか理解できない。」
ノイズの奥で、金属の鳴動が微かに変調する。
まるで都市そのものが、その言葉に応じて呼吸を整えたかのようだった。
リオが振り返る。
「……中溝、これ、誰の声が再生されてるんだ?」
中溝は低く呟く。
「――“記録”の声だ。
だけど……今、喋ってるのは“都市”だ。」
その瞬間、照明がひとつ、静かに瞬いた。
青白い光が壁を這い、LUXの神経のように地下を伝っていく。
声と光がひとつに溶け、
“記録”と“現在”の境界が――音の中で、ほどけていった。
リオは制御端末の前で、都市照明ネットワークの復旧ログを監視している。
ケイ(通信越し)は、地上から再接続を試みていた。
ケイ:「……信号ライン、再構築完了。リオ、そっちは?」
リオ:「照度の波形は安定した。けど……一部ノードが応答しない。TOWER-COREの奥、LUXの心臓部だな。」
中溝は黙ってモニターを覗き込み、
自分のIDタグがまだ“STATUS:SLEEP”のままであることを確認している。
リオ:「……この状態で再起動をかけるのは危険だ。都市がもう一度落ちる。」
中溝:「でも、ここで止まっても意味がない。酒井が残した“Black Plan”の真相を――」
そのとき。
端末の波形モニターに、わずかなノイズが走る。
人工的なデータ信号ではなく、音声に似た“揺らぎ”。
リオが眉をひそめる。
「……今の、聞こえたか?」
波形が再び乱れる。
ケイの通信が途中でぷつりと切断され、
端末の表示が自動で切り替わる。
[CONNECTION LOST: NODE_K]
[AUDIO MODE: AUTO RECORD ENABLED]
[RECEIVING VOICE DATA // SOURCE UNKNOWN]
[MATCH: MURAKAMI_RENJI (ARCHIVE DATA)]
リオ:「……おい、今の波形……生体音声だぞ。」
中溝:「まさか……そんなはず……。」
モニターのグラフが、人間の声帯パターンを示す波を描いていく。
だが入力ポートはすべて閉じている――物理的な接続は存在しない。
リオが端末を叩く。
「通信ポートはオフだ! 外部信号が……どこから入ってきてる?」
中溝が静かに答える。
「……LUXの内部。つまり、“中から”だ。」
ノイズが、徐々に“言葉”を帯びていく。
粒立つ電子音の奥で、
誰かの声が水面の下から浮かび上がるように形成されていく。
「……酒井は、最後まで“笑い”を信じてたんだ。」
その声はかすれていて、波形が崩れてもなお、明確に人間の声質を持っていた。
リオが一歩退く。
「……誰だ、今の……?」
中溝の表情が凍る。
「村上……蓮司……。」
音声は続く。
「でも、LUXはもう、それを“制御”としか理解できない。」
同時に、周囲の照明が一瞬だけ低下し、
壁面の光ファイバーが波紋のように“応答”する。
まるで都市そのものが、声に反応しているかのよう。
端末の警告ランプが点滅。
[SYSTEM ANOMALY: AUDIO-LINK SYNC]
[SOURCE: UNKNOWN NODE // RESPONSE TYPE: ECHO]
中溝:「……これは、通信じゃない。“共鳴”だ。
村上の声が、LUXの神経を通して流れてる。」
リオ:「……じゃあ、村上はまだ――」
中溝:「生きてるとは限らない。けど、“記録”は生きてる。」
声が途切れ、再び機械の低音だけが残る。
端末には、最後の一行だけが残る。
[VOICE SIGNAL TERMINATED]
[ARCHIVE_TAG: MURAKAMI_RENJI // STATUS: ECHO]
リオが息を吐く。
「……“エコー”。まるで、死んだ声が、都市を通して呼吸してるみたいだ。」
中溝は無言で端末を見つめる。
モニターの残光が彼の瞳に映り、
その奥で、都市が静かに呼吸しているのがわかった。




