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「私の願いはゲームのヒロインになる事よ」と彼女は言った

「サマンサ!私ですよ」


目の前の老人=先代王フランツはしわがれた声で私の名を呼ぶ


「それとも何度も亡くなったせいで忘れているのか?」


と問いかけながらフランツは全身をフラフラとさせながらも確実に私の方へ歩を歩み寄ってきた


(私が何度も何度も死んだのはあんた達のせいでしょう!)


ここから駆けて逃げだそうとしたが、私の後ろには護衛達の壁があってこれ以上下がる事すら出来ない


「どいてっ!」

「 … 」


邪魔な護衛達に退路を作るように命令したのに、何故か蔑むような目線で私を見てきた護衛達を見て、私は一瞬で「逃げられない」と悟る


(何が起きているの…?)


グロース王国の最高権威を有しているはずの私相手にまるで逆らうような気配に怯えるよりも先に


「サマンサ」


背後から聞きたくもない老人の声が近くにあるのに気づいて振り返る…と


「私のサマンサよ」


フランツははだけた寝間着の裾を何度も踏んではゆっくりと歩みながらも確実に近づいていた

その様はおぼつかず、いっそ今にも倒れそうなくらいにふらついているのに、それでも私の身を欲するようにぎらつかせた目線を私から外しやしない


(気持ち悪い…)


パタっパタタっと音をたてて口から涎を振りまきながらも、終始顔だけはこちらに向けてフランツは歩み寄ってくる


「もうかれこれ10年以上会っていなかったからなぁ」

「来ないで…」


まるで血を分けた身内を相手する様に鷹揚に、子供の様に甘えるように言い募りながら


「何度も迎えに行こうとしたが邪魔が多くて行けなかったのだ」

「イヤ…」


老いた目の奥にある情欲だけは何ら昔と変わっていない事に気づいて


「いつかの様に「サマンサ」と毎日呼べば思い出すか?」


私は場も弁えずに吐きそうになった


「「サマンサ」ほら…遅くなったけど、私はまたこうして迎えにきたよ」


欲情めいた気持ち悪い声すら隠さずに老いた男は、年相応に皺くちゃな手で逃げ場がなくなった私の手へと遠慮の一つもなく触れてくる


「ひっ!」


手から伝わった不快な体温につられるように、私の口から息を飲むような悲鳴が勝手に上がり体が強張る


「ほら「サマンサ」はいつだって」


と脂下がった皴だらけの目尻を色欲に溢れた目線で、子供のようなに無邪気な声音を出す老いたフランツが


「私の腕の中で可愛くなる」


そっと私の体を抱いてきた瞬間


「っうあ…」


恐怖で強張っていた自分の体の奥から嫌悪感が怒涛の様に湧きだす、と同時に()()()()()()の映像が脳裏にフラッシュバックし


「触るなぁぁぁぁっ!」


叫んだ


「何を…?」


私に抱きついてた老人を力任せに振り払って


「サマん…さ…?」


元からフラフラだった老人を力任せに突き飛ばすと


ピタン!


…と思ったより軽い音をたてて、元よりふらついていた老人の体は大広間の床へと倒れていた

抱き着く前は老体に似合わぬ程に色欲に塗れた表情だったのに、今度は意外そうな顔をして私の体から離れたのを清々した気持ちで眺める


(はは…ようやく…ようやくこいつと離れられる…)


全身に絡んでいた呪縛が端からスルリと解けていくような気分だ


「サマ…ぅあ…お前は…何を…?」


床に倒れた時の痛みか、それとも巫女である私に拒絶された事に驚いたのか、目を見開いてこちらを仰ぎ見る老人を目の前にして私は


「あんたなんか人殺しのくせに!今更何っ!?」


今まで言えなかった言葉すら簡単に言える


「前の私も、前の前の私も、その前だって全部あんたが殺してきたくせに!」


目の前で床に伏す老人に向かって私は身分差を弁えない言葉で声を張り上げれば


「さマ…んさ…どおして…?」


横たわる老人の顔はまるで親に捨てられた幼い子供の様に見えたけど、今の私にはそんなの関係ない


(そんな被害者みたいな顔したって無駄よ!)


私は知っているんだ、こいつが…いや、こいつら全員が今までの私に何をしてきたのかを


「お前なんかっ…フランツなんか産まなきゃ良かったんだ!」


貴人で溢れかえる大広間で、慟哭めいた金切り声で叫び続けるサマンサの脳裏には、この世界に来る前の事や左手の痣と共に歩んできた様々な記憶がごちゃ混ぜに蘇っていた



「巫女は花嫁と共に世界を巡る」


私はこのゲームをこよなく愛した転生者だった


「巫女は花嫁と共に世界を巡る」略して「ミコセカ」は、世界で唯一女が生まれないグロース王国で唯一生まれた主人公が巫女として崇められ、世界中から花嫁候補達を回収し、グロース王国内の主要人物や周辺諸国の貴人の相手として送り込んで、グロース王国を繁栄させていく戦略型シミュレーションゲーム

戦略型と銘打っていながら、恋愛要素も充実していて同時に攻略の要になっているのがウリのゲームだった

ゲーム初期は各攻略対象に合わせた花嫁を世界各地から見つけ出しては各所へ送り出し、花嫁を通してグロース王国の国政や外交を円滑に動かすのがメインテーマだったが、この手のゲームではよくあるタイプの周回を重ねて最終的に全キャラを同時攻略出来るルートも存在している

それは周回中は終始、グロース王国を救う巫女として仲人役を担っていた主人公「サマンサ・エドワルダ」が攻略キャラ達から総じて愛される逆ハーレムルート、通称「巫女」ルートこそが、前の世界の私が何よりも一番大好きなシナリオであった

「つまらない」「真に愛されていない」と感じていた日常の中で、そのゲームで起きている事だけが私にとっての真実の愛だと思って過ごしていた時


「願い事を一つ叶えてやろう」


しがない凡人だった私の前にそいつは突如降臨した


「お前が私との契約を為せた時、願い事を一つ叶えてやろう」


そう私に向かって契約を要求してきた男は、自身を「神」とも「悪魔」とも名乗りやたらと胡散臭い風体の、それでも「神」の様に万能めいた力を行使出来た男で


「とある男の魂を回収したい、凡人のお前にそれが成せるか?」


と問うてきた


「神」や「悪魔」と名乗っていた男が欲していたのは、当時の私の身内の命で、その身内はまるで歴史上の英雄の様に何でも出来て素晴らしい人格者で全くもって隙がない男だったのを、転生した今になってもまだ覚えている

故に凡人の身の上で手にかけるには非常に難しい相手だったが、その時の私はどうしても叶えたい願い事があったからこそ、必死になって身内の情をも利用してその英雄の様に隙が無い身内の男を己が手をかけた

そしてどうにか願い事を叶える権利を得た時に


「契約通りに生贄を差し出してくれたお前の為に、願い事を一つ叶えよう」


「神」や「悪魔」と名乗っていた男が願いを問うてきて、私は願った


「私の願いは「ミコセカ」の世界で唯一の巫女でありヒロインの「サマンサ・エドワルダ」になる事よ」


私は本気で願ったのだ


「私が「サマンサ・エドワルダ」に成り代わる」


それこそが前の世界で私が一番に願っていた事で、友人や身内にすら理解どころかまともに聞いてももらえなかった願い事で


(笑うなら笑えば良い、だけど止めさせようとするなら例え相手が「神」でも許さない)


そう思う程に私は本気だった

しかし誰も取り合わなかった私の願いを聞いた「神」や「悪魔」と名乗っていた男は、笑ったり呆れたりするでもなく無表情のままで


『己が身内を手にかけた上で…』


私の背後で転がっている微かな吐息を零す英雄めいた男やその家族…もとい物体達を一瞥した後に


『願うのが「未発達で未熟なゲーム世界の人間に生まれ変わりたい」とは…随分と酔狂な』


血まみれの手で私が差し出し見せていた「巫女は花嫁と共に世界を巡る」のタイトル画面を覗き込んでから声をかけてくる


(でも「ミコセカ」のキャラ達はこの中にしかいない)


その時の私は、現実の自分の家族よりずっと「ミコセカ」のキャラ達を愛していた

確かに「神」や「悪魔」と名乗っていた男が言う通り「ミコセカ」の世界観は旧時代の文明そのもので、日常生活ですらままならなそうな程に不便そうな所に見えたけど、ただ便利なだけで私そのものを全然愛してくれない者達に囲まれているだけの世界で、只の凡人としてうすらぼんやり生きているよりは余程良かったのだ


(こんな世界で凡人として生きててもつまらないだけ、どうせなら大好きな世界で唯一無二のヒロインになって皆に愛される方がマシだわ)


それでも「神」や「悪魔」と名乗っていた男は(当時の私ですら呆れるほどに)胡散臭かったが、確かに不可思議な力を持っていた

声すら発さずに内々で私が考えていた事をまるで覗き見てきたかのように


『この世界には私も覚えがあるが、お前が想像するよりは平凡極まりなくて刺激が無くつまらない世界だぞ?そんな未熟な世界の唯一無二になった所でなぁ~』


と口角をニヤリと上げながら言葉を返してくる


(ボロクソに言ってくる…まるで「ミコセカ」の世界そのものを知っているみたいだ)


私がそう思うよりも早く「神」や「悪魔」と名乗っていた男は片手を上げてから


『まぁせっかくだ、こうして生贄を用意してくれたお前の気が変わらない内に要件を済ませてやろう」


指先をパチンと鳴らした途端、さっきまで私の背後から微かに聞こえていた呻き声が聞こえなくなった


「お前は本当に運が良いぞ?、私はそのゲームのモデルになったあの世界のアカウントのパスワードを知っているのでな、お前一人のデータぐらいなぞ簡単に送ってやれるさ』


そう言って「神」や「悪魔」と名乗っていた男は勢いよく振り下ろすと同時に私の指先、足先、髪の毛先と体の先端から痛み一つなく粒子化し始めていく

その瞬間まで普通に使っていた自分の体が先端から消えていくの様を見て驚くより先に


(この私がわざわざ苦労してまでゲームの世界に行ける契約を取ったんだもの、只のヒロイン程度になったぐらいでは元は取れないわっ!)


さっきまで私の背後で呻き声を上げていた生贄を用意した時の苦労は忘れがたい、新しい世界に行ってもここと似たような凡人めいた苦労するなんてもうごめんだ…と素直に思った

今の私の体が終ろうとしているのに、それでも飽くなき野望が自分の体の内側から絶えず湧いてくる


「私があっちの世界に行ったら」


赤く濡れていた足首から下はもうすでに粒子化していて無くなっているのは分かっていたが、口はまだ消えていないのを良い事に私は最後の言葉を付け足す


「攻略キャラ達にもれなく愛されるようにし…」


私の最後の言葉を聞いた「神」や「悪魔」と名乗っていた男が驚いたような顔を見るよりも先に、私の目は消失し口も同時に開けなくなった


(花嫁を与えるだけの只の巫女になんかならない!ゲームの攻略対象達は全部私のモノで私は「巫女」ルートの「サマンサ・エドワルダ」になるのよ!貴方が欲しがった生贄を一つどころか三つも用意してやったんだからそれぐらい叶えてくれて当然でしょ?)


現実はゲームじゃない、だからこそ悠長にゲーム内で通常ルートを周回していた時の様に攻略対象全部に花嫁を宛がったら巫女である私の分が無くなってしまう


(そんなの許さない)


既に思考を生み出す頭や脳は粒子化を済ませて無くなっているはずなのに、尚も欲望が溢れかえる意識だけはハッキリしているのが不思議に感じたのが、前の世界での私の最後の記憶


『ハハっ!最後の最後の時になっても更に欲を吐き出せるとはお前さんも中々にやりおるわ、良かろうお前さんの願いだそこそこ叶えてやろう!』


全身が粒子化して空気中にもれなく消えていった空間に向かって「神」や「悪魔」と名乗っていた男が言っていた言葉を直接聞くことは当然叶わないまま私は「ミコセカ」の世界へと転生した



「は…?女…の子が生まれた…?」


産婆がいない状態で出産し疲れ切ったように息も絶え絶えな女のそばで、驚いたような声音の男が小さくなった私を抱きかかえる


「ここはグロース王国だぞ?男じゃないのか…?」


旅商人で固定の家が無かった両親は例え妻が身重であっても商売の為に旅を続けていて、グロース王国の王都に着いた頃に私は生まれ直した


「跡継ぎを()()()()()()にわざわざグロース王国…て…あれ?跡継ぎはもう()()…よな?」


男の声からして「ミコセカ」世界の現実が私の為に改変していっているのが分かる


「跡継ぎはハインリヒ…ハインツだろ?…ああそうだ…ハインツに「()」が生まれたって伝えないと…」


現実と原作が曖昧模糊になっていく状況を確認するようにぼんやりした声で父親は赤ん坊になった私を母親の脇にそっと寝かすと


「ハインツー…「妹」が生まれたぞー()()()()()になったんだぞー」


そう言いながら別室で待機しているはずの()()()()()()()()()とやらを呼びに父親は部屋を出て行った


「どうしたぼんやりして?今日からお前はお兄ちゃんになれたんだぞ?ハインツお兄ちゃんだぞ!」

「 … 」

「大丈夫か…?おい…顔が赤いって熱がある!風邪でもひいたか!」


扉の向こうで慌てたような声でバタバタと動いている父親の騒々しい気配を感じながら、私は赤ん坊の体につられる様に眠気がやってきた


(これで「ミコセカ」の世界は原作通りになる)


赤ん坊らしいキツイ眠気の中であっても前の世界で「神」や「悪魔」と名乗っていた男の万能めいた力は本物だったと確信し、私は思う存分に笑いたい気分になる


(ハインツ()()()()()ねぇ…この世界での私の体と記憶は貴方にあげるわ、その分貴方のこの体は私が思う存分使ってあげるわよ)


「神」や「悪魔」と名乗っていた男の干渉によってこの世界は既に私の願い通りに改変されている

私の弟になる予定だった「ハインツ」はこの瞬間から兄になり、昨日まで姉だった私「サマンサ」は妹になった


(万能を自称していたあの男であっても、流石にこの世界の女神の摂理は塗り替えられなかったみたいね)


あの男の力をもってしても、グロース王国内の赤ん坊は皆男で生まれる摂理を乗り越えられなかったが、生まれてきた男の赤ん坊の体に私の魂を付替えて女の体に作り替える事で、前世の私との契約内容を取り繕うぐらいは出来たようで


(まぁ…少し不便な思いはしたけどこれぐらいは許してやりましょう)


ここにきてようやく私は心から安心した気持ちになった



「グロース王国じゃないし「ハインリヒ」すらいないじゃない!」


数年前のある日、私はこの「ミコセカ」の世界で一度生まれていたが「ミコセカ」の舞台であるグロース王国ではなく別の国の只の旅商人夫婦の長子としてだった


「あいつがいなければ原作通りにすら動けないでしょ!」


他国で生まれ物心が付いた頃に自分の周辺環境が原作から乖離しているのを把握した私は相当に荒れた


原作の「ハインリヒ・エドワルダ」は「サマンサ」の実兄で稀代の魔法使いとして、妹であり巫女として尊き立場にいる「サマンサ・エドワルダ」の身を守りつつ、妹の政治活動をサポートしていたキーキャラだ

グロース王国から出られない「サマンサ」の代りに、巫女の代理として「ハインリヒ」が世界中に散らばる花嫁の回収し攻略キャラ達へ物理的に宛がうと言うストーリーとシステム上重要なキャラのはずなのに、私が他国で長子として先に生まれたせいで、ゲーム内で使い魔的な存在だった兄の「ハインリヒ」はこの世界に存在すらなかったのだ


(あんの神擬き野郎、嘘つきやがった!)


原作の様に私はグロース王国で生まれていないし、一番肝心なキーキャラもいないという非常にままならない環境下で、この時は「契約と話が違う」とは文句を言いながら、異世界での現実を何とかゲーム通りに改変しようと足掻くのは当然で


(結局は何をしても徒労に終わるかもしれない)


と毎日の様に私は戦々恐々と過ごしていた

だがそんな無駄にも思えたような日々も、前の世界で私の願いを叶えると約束していた「神」や「悪魔」と名乗っていた男から見れば


「ゲーム世界の管理者である女神の目から逃れる」

「私が異世界で生きる為に情報を集める」

「現実を原作通りに改変出来る要素を集める」


には必要な時間だったようで、平凡な毎日を過ごしていたある日この世界での母親が妊娠して


「サマンサが男の兄弟が欲しいと言っていただろう?「弟」が生まれるようにこれから皆でグロース王国に行こう」


と父親が提言してきたのだ


(まさかこのタイミングでグロース王国へ?)


変わらない日々の中で急に降って湧いた父親からの提案に対し、当時の私は不思議に思うのはしょうがなかったが、少なくとも


(「ミコセカ」の舞台に行ける、無関係でいるよりは全然マシだ)


と思った私は二つ返事でこれを了承し、そうも経たないうちに家族共に私はグロース王国へと入国して、王都に居を構えてからこうして私は「生まれ直せた」わけだ


(これでようやく女神の支配下から逃れられるわね)


父親の声を聞くに昨日まで私が使っていた「サマンサ」だった体は、今日生まれる予定だった「ハインリヒ」の魂が入り込んで男へと変貌しているようだ

そして残された赤ん坊の体に私「サマンサ」の魂が入った事で女に改造され、私は無事にグロース王国で最も価値がある体と立場に至れた

グロース王国の摂理の下で「神」や「悪魔」と名乗っていた男との契約通りに「ミコセカ」の世界は原作の序章へと改変されたのだ


(貴方にはゲーム運営から与えられた有り余る力があるもの、それで巫女であり可愛い妹でもある「サマンサ」を守っておあげなさい「()()()()()()()()()」?)


その日から「ミコセカ」の世界で私は「サマンサ・エドワルダ」に正式に転生し、チート級の魔法使いである兄になった「ハインリヒ」から溺愛されて原作の「巫女」ルートをなぞるように生きていく事になる


産婆の補助も無く私を産んだせいで、産後の肥立ちが悪く一年も経たないうちにこの世界の母親は亡くなって

そして幼くして母親がいなくなった私を、兄である「ハインツ」や父親らに「不憫だ」「可哀想だ」と一心に愛されながら、平民街に住み暮らしいた折にグロース王国内で30年ぶりに生まれた女児である私の存在は徐々に世に知られていき、私が2才になるよりも先に王家から「救国の巫女」の称号を与えられる

そうやって私は「巫女」として、「ハインツ」こと「ハインリヒ」は一介の魔法使い見習いとして城に上がると同時に、この世界は原作のシナリオ通りに進んでいったのだ


城に籠る私の代わりとしてこの世界で一番の魔法使いになった「ハインリヒ」を自分の手足の様に動かしつつ、時には直接的に、時には「ハインリヒ」を通じて間接的に、巫女である私が攻略対象達と交流していき、運営に用意されていたかつての花嫁候補達を片っ端から排除していけたのはいっそ愉快でしょうがなかった

そんな風に10才にも満たなくとも、「ミコセカ」の巫女でありヒロインになった私はシナリオをなぞって


グロース王国を継ぐ王太子

王国騎士団で最も腕が立つと言われている騎士

王の右腕と称される宰相をも超える知能を持つ子息

王都で最も繁盛している店を継いだ若きオーナー

国立劇場の役者の中で一番の才能と美貌を持ちながらも顔の傷のせいで舞台に出れない俳優…などを


「神」や「悪魔」と名乗っていた男から付与された魅了の加護と「ハインリヒ」からの助力でもって、グロース王国内の攻略対象を手中に収めてきた…と言うのに


「創世の女神様より「サマンサ・エドワルダ」へ伝言がございます」


私が住まうグロース王国の城の大広間に突如現れた隣国シュトリック公国の魔女と名乗るその女は、私の顔を見るより先に開口一番で言ってきた


「転生前の貴女と契約していた異世界の「神役」は箱庭醸造法における違法行為が見られた為、各箱庭内での神権を一時剥奪されております」


…と

確かに「ミコセカ」のシナリオでは他国に住む魔女の存在こそ示唆されていたが


(シュトリック公国の魔女って只のモブどころか、シュトリック公国ルートの初期ボスじゃない?そんな雑魚が何でグロース王国に?)


折しも原作の第一章にあたるグロース王国編の攻略を終えて、国外の攻略へと移行し始めていた頃で、何故かそこにきて原作通りに事が進まなくなっていた頃に起きた事だった


(箱庭?とか神権の剥奪?って何?)


魔女からの聞きなれない言葉に、当然私の脳内には疑問符が大量に溢れていたが、シュトリック公国からの大使としてやって来た当時の隣国の魔女ときたらこっちの意にも介さず言葉を続けていく


「「サマンサ・エドワルダ」の前身の魂と契約した「神役」の神権が剥奪された時点にて、当世界の「サマンサ・エドワルダ」のデータ所有権はこの世界の「神役」である「創世の女神」に移行しております」


疑問だらけではあったけど、元の世界で契約した少なくとも「神」や「悪魔」と名乗っていた男に不都合な事があったのは分かった

が、それより私を驚かせたのは魔女の口から続いて出た言葉で


「その時点で貴女と異世界の「神役」との契約は破棄され、同時に貴女に付与されていた加護等は消失しました」


「サマンサ・エドワルダ」として「巫女」ルートを順調に攻略していた私にとっては青天の霹靂、俄かには信じたくはない事を当時の隣国シュトリック公国の魔女=マルモアが伝えてきたのだ


「え…?」

「以降、女神様の威光の元にて女神様を初めとして魔女からは貴女の事を「悪魔の子」と公称させて頂きます」

「なっ…何を言ってるの…あなた?」


花嫁候補ですらなく只のモブ悪役ポジだっただけの名無しの女が、シュトリック公国からの大使としてシュトリック公主からの公文書片手に言うには不敬すぎる言葉だった



「残念だったな外からの侵入者「サマンサ・エドワルダ」つーか今は救国の巫女様だっけ?」


まるでこの世界には外の世界がある事を知っているような言い回しをしてくるマルモアは


「不法侵入者のあんたがこの世界で好き勝手にやってたから、この世界をお創りになった女神様がカンカンに怒ってんのよ、とにかく女神様から直々に沙汰が下りるから覚悟しときな」


シュトリック公国の魔女であるはずのマルモアが急に俗めいた口調でそう言いきった途端、大広間に集まったグロース王国の王や重鎮、今まで私が救ってきた攻略対象達が、呆然としていた私の前に並び立ち


「巫女である「サマンサ・エドワルダ」様は女神に見捨てられし我が国にとって救国の象徴である、他国の者が出まかせを言うな」

「この方は女神の摂理を乗り越えしお方だぞ、今更女神の言葉を伝えにきたとて意味は為さぬ!」

「現在の我々の有り様こそが救国の巫女である「サマンサ・エドワルダ」に御力によって救われた証明だとも言えるのだ」


…と口も聞けない私の代わりに攻略キャラ達は文句を言ってくれた


「皆さん…どうして…?」

「他国の誰が何と言おうと君は私達を救ってくれたんだ」


マルモアから「魅了の加護は消えた」と聞いていたのに、実際はそれまで攻略済みだったグロース国内のキャラ達は顔を染めて優しく微笑んでくれる


「…そんな私は当然のことを」

「今度は私達が君を救う番だ」

「…ありがとう、皆さん」


そして魔女であるマルモアから私を守るように取り囲んで守ってくれた


(そうよ魔女といえど所詮は相手は只の初期ボス、私にはもう攻略済みの手持ちキャラがいるもの、どうとでも出来るわ)


彼らのレベルは初期ボスを倒すには容易なレベルには上げている


(この程度の女などすぐに消せる)


そう思って微笑む私の顔を見た攻略キャラ達は更に頬を染めてくれた


「流石は女神様から見捨てられた国の連中だな…もう手に負えないとこまで来てるわ」


ゲーム内の主人公でありヒロインである私を守ってくれる攻略キャラ達の様子を見て、初期ボスの魔女であるマルモアは呆れたような声で言うと


「それがどうした、摂理が課されたこの国で女である救いの巫女が生まれたのは事実、我々はもう女神の下には下らない」


私を恋慕う攻略キャラ達はいよいよ本気で手持ちの武器に手をかけた

そんな完全武装体勢に入った攻略キャラ達を前にして、自身の命を私達に握られているはずの魔女マルモアときたら、空気も読まずに静かに溜め息を吐くと


「とりあえず女神様から直接沙汰を聞いてね」


と言った途端、大広間の天井から目も開けられない程に眩い光が彼女の体の上に落ちてきて…


『そこまで言い切れるのであらば、我の力など請わずに己が力のみで国を存続させるが良い』


光が消えた頃には魔女の体は神々しく輝いて静かに宙を浮き、光が漏れる薄目をこちらに向けていた


『世を作った我との契約を一つもせずに他の世界より侵入した存在など認めぬ』


まだゲームシナリオは中盤だと言うのに、よりにもよって私達の前に「ミコセカ」のラスボスであるはずの創世の女神が降臨していたのだ

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