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「いずれ婚約破棄は起きるでしょう」と先先先代の魔女が言っておりました

この世界にはたった一柱の女神に作られた世界でございます

世界には沢山の人と数人の魔女達が住んでおりました

そんな世界の中での人の営みや歴史の合間にて数々の婚約破棄劇場が催されてきたのです

而して今回のお話は今や魔女が住まなくなったとある国で起きたお話


「かつて魔女は言いました「いずれ婚約破棄は起きるでしょう」と」


それはとある時代のとある国の魔女が言った言葉でございます

事の起こりは


『この国の王はこの国に生まれたたった一人の巫女とでしか次代が残せない』


…とこの世界を創られた女神が、滅びゆくグロース王国を憂いたとある女の願いを聞いて用意してくれた決まり事

一人の魔女の願いによって一度は滅びかけたグロース王国に対し最後に課した枷であり、最後の恩情であり摂理でございました

例えその摂理が他の国にはない不条理な内容であっても、この世に巫女が存在する限りはこの国は滅亡の危機から何とか生きながらえつつも、百数十年と長きに渡りどうにか歴史を紡ぐ事が出来ました

なのに、とある年の王位継承の儀式を終えた若くて新しき王様は、己が伴侶になるはずだった当代の巫女=サマンサ・エドワルダ・ラチェットに対して告げたのです

「本日この時を持って其方の王家との婚約は無効とする」…と


「そんな事をしてはこの国が滅びます!陛下どうかお考え直しを!」


はてさて女神に認められた悪役令嬢ならぬ悪役巫女の行く末はいかなる事に

「サマンサ・エドワルダ・ラチェット」


ヘクター王太子…いや今日の昼間に行われた儀式で王に成られたヘクター様が私の名を呼んだ


(随分と待たされたけどいよいよ…)


呼ばれた私は顔を上げる


(巫女としての責務を果たさねば)


歴代の巫女の様に私=サマンサ・エドワルダ・ラチェットも新しい王の隣に並び立とうと、漸く着慣れてきた裾の長いドレスを淑やかに捌きながら新しい王の前へと歩を進めようとした…が


( ? )


王が待っている壇上へ上らんと足をかけようとした瞬間、壇上の傍に居た護衛達が私の歩みを阻む様に立ちふさがった

まるで私がこれから為すべきことを阻むような動きをする護衛達の行動に違和感を持った時、王は壇上から大広間の方を見渡した後に、今度は私を見下ろすように私の方を軽く一瞥し


「其方をこの国グロース王国を蝕む者と見なし」


大広間の隅々にまで届きそうな明瞭な声で護衛達の向こうにいる男が


「本日この時を持って王家と其方との婚約は無効とする」


と初めての王命となる言葉を発したのだ



この世界の地図を広げた時に北西の位置に配された縦に長い国の名前はグロース、王様がおわす国だったので他国からはグロース王国と呼ばれている

この国は一度かつてこの国に住んでいた、たった一人の魔女の願いという名の呪いによって滅びかけたのはこの国内外問わず知らない者はいない程に有名な事実だ


事の起こりは今から約200年以上は昔

当時の王家がこの国に住んでいた一人の魔女の能力を請うて王妃として迎えた事から始まる

国の内外から寿がれた婚姻であったが、残念な事にその時の王と魔女の蜜月はあまりにも短かった

当時この国内の常識において「女」の価値は非常に低い位置にあり「女」=人間の子が産める便利で長く使える家畜か道具と例えてもおかしくない時代だった

当然の成り行きで天地を作り出した創世の女神にその存在を認められた魔女であっても、魔女が「女」と言う理由だけで王家は王妃になった魔女を蔑ろに扱う

婚姻期間の最後の頃となれば直接的な暴力こそ振るわれなかったが、眠る時間も無いほどに国政などの業務に追われる日々を送らされており、その挙句に人並みの体力しかなかった魔女は体を壊し床に臥さざるえない状況になっていた


「この婚姻を認めて下さった女神様よ、このまま王と婚姻を続けていては私の魂に傷がつきます。願いますれば女神様の加護の元に婚姻の破棄を許したまえ」


最終的に魔女は王との婚姻は不当なものだと怒りを露わにし、魔女を庇護していた創世の女神も二人の婚姻破棄の場に降臨する事態となった

この時点で王家のみでなく自身が住む自国をも見限っていた魔女は、王との離縁を求めただけでなく、あろうことか


「こんな国で生まれる女は可哀想だから、いっそ生まれてこなければ良い」


と創世の女神へと願い、魔女と言う存在がこの世界に現れてから現在に至るまで身内の様に手厚く庇護してきた女神は、元王妃になった魔女からの無謀とも言えるその願いを聞き届け


「この国に籍を置く限り女が生まれてこない摂理」


を魔女を蔑ろに扱った王家に限らず国そのものに与えたのだ

それは長らく国全体で「女」を便利かつ粗末に扱ってきたが故の滅びの摂理とも言えるだろう


それから女神が決めた滅びの摂理により、約30年の間この国では女は一切生まれることなく時が進み、国は緩やかに荒廃していった

何せ女が居なければ子は生まれない、更に子を産める女は年を追うごとにどんどん減っていく

他国から女を嫁入りさせる事で血を繋ぐ家も最初の頃こそ存在したが、創世の女神に認められた魔女の怒りを買い呪われるような国に、己が大事な我が子や姉妹をそう易々と送る者などはいるはずがない

逆に言えば国さえ出れば(相応の確率こそあるが)女が生まれる可能性があると分かっていたのだから、身が軽い平民から他国へと逃げ出し始め、それまで広大で実りある土地を所有し、国内にて大いに権威を振るい、今ある高い地位を手放せなくなった王家や貴族ばかりが摂理に縛られた国内に取り残されいく…という国家としてあり得ない異常な状況になっていった


しかし(ある意味で順調に亡国の道を辿っていた時に)国内でささやか変化が生じたのだ


それは女神より「女が生まれない」摂理の授与されてから丁度30年目の冬の終わり


まるで雪解けの隙間から新たな芽が生えてくるように、創世の女神から与えられた摂理の枠より外れるように、随分と数が少なくなっていた平民の元でたった一人だけ「女子」が生まれた


それは正に滅びゆこうとしていた当時のグロース王国にとって最大の希望であり慶事であり、魔女の呪いや女神からの摂理を乗り越えた瞬間とも言えた

摂理を超えた女子の存在を知った当時の王家は女子の誕生を喜び称えて、女子を国の宝であり救国の巫女であると宣言し、王家へと迎え入れたのが今に伝わるグロース王国の巫女の由来だとされる



「本日この時を持って王家と其方との婚約は無効とする」

「え…?」


私の名を呼んでから言ってのけたヘクター様のその言葉は、この国の常識の内で生きてきた私の予想を外すには十分なものだった

今日はこの国の次代を担うと言われた王太子の王位継承の儀の日で、グロース王国の新しき王の誕生を寿がんと私がいる王城の大広間には国内の重鎮のみならず他国からも貴賓が集まっている


(そんな…)


そんな晴れの舞台でこの国で一番高貴な衣装を纏い目の前に佇む年若い男が予想もしてなかった言葉を発したのだ

そしていつの間に現れたのか王の隣には見覚えがある年若い女が侍っている


「そんな事をしてはこの国が滅びます!陛下どうかお考え直しを!」


目の前の男からこの後に言い放たれるであろう沙汰の全てを聞くよりも先に、私は護衛達の壁の向こうにいるヘクター様へ届くように貴族令嬢としては最上限の声量で異を唱えた


「お前が何と言おうと沙汰は変わらない、私及び評議会は初代巫女を含め歴代の巫女を国の治世を脅かした罪人と判断した」

「それはどういう…?」


ヘクター様の言葉に自分の足場が崩れ始めている感覚を覚えた

私が次の言葉を発するよりも早く私の前を阻んでいた護衛達が、まるで壇上にいる王や年若い女から私を遠ざけるように、貴族令嬢である私の体に触れたりはしないまでもそれでも静かにジワジワとこちらへ歩を進めて圧倒してくる

徐々に迫りくる護衛達の手に捕まったら終わりだと直感が走った私は、すぐにさっきまで足をかけようとしていた王座へ続く階段からつま先を離し、長いドレスの裾を踏まないように後ろ足で下がりながらも


(私がこの国の王家に嫁ぐのは、この世界を作り出したと言われる創世の女神より決められた言わば「当然の決定事項」なのに…なぜ?)


…と必死に考える

実際、私が当代の巫女であることは既に公的に認められている

私はこの国に住まう平民の夫婦の腹から生まれた元平民だった、しかし生まれた時から今に至るまで私の左手には巫女の証が宿っている

左手の甲に黒々と宿る王家の紋章の痣こそがグロース王国の巫女の証

巫女の証を宿しながらも15才になるまで平民として市井に住み暮らしていたが、私が15才になった一年前、先代の王が老齢を理由に引退した年に私は当代の巫女と認められ貴族社会に召喚された


当時はまだ王太子だったヘクター様が、病気が元で引退した先代の王の代理として正式に国政を担い始めたあたりで、生まれてからずっと平民として生きていた私が当代の巫女であると、ようやく国に認められ国政に近い立場にある貴族の家へ養子に入り今に至っている

平民の私がわざわざ貴族の養子になってまで召し上げられた理由はただ一つ


国王と子を成すことが出来るのは当代の巫女だけだからだ


故に歴代の王達は当代の巫女を見つけ次第、巫女と婚姻しその尊き血を繋げている

私の様に巫女が平民だった時は、平民の娘のままでは王と身分が釣り合わないので、巫女は須らく貴族の家に養子入りし貴族の娘として王と婚約するのだ

そして今日はこの国の次代を担うと言われたヘクター様の王位継承の儀の日で、かつての巫女達の様に私もここでヘクター様の妃になる儀式が行われるはずだったのに…


「故に当代の巫女である其方もこの国を蝕む者と見なしている」


壇上の上でグロース国王になったヘクター様が尚も言葉を続けているが、護衛達から少しずつ距離を取ろうとする私の耳には上手く入ってこない


「この王命で持って今後一切、王家と其方との婚約を認める事は無い」


最後に年若い王が言ってのけたその言葉は、長年この国で生き、貴族としての教育を受けてきた私の予想を裏切るには十分なものだった


「何ですって…」


(どうなっているの!?ここにきて歴代の巫女を罪人扱いするだなんて!)


さっきからこの事ばかりが脳裏をグルグルめぐるばかりで思考が追い付かない


「巫女は…巫女達はこの国の為にその身を差し出してきたのです…よ」


この国における最上位者の発言を遮るのは貴族としてどうか…と思われるのはよくよく分かっていたが、ここで黙って身を引いては歴代の巫女や私が背負う肩書きと自国が同時に傾く

「令嬢らしさ」を言い訳にして礼儀正しく従順のままでいられるわけがない


「もう一度言うがこの件は既に評議会で決まった事だ、其方の言葉などもう国政に届く事は無い」


上位の勝手な決定に抗おうと不躾に聞こえない程度の声を張り上げたものの、表情一つ変えずひたすらに冷徹な顔で目の前の年若い王=さっきまではこの国の後を継ぐたった一人の王太子だったヘクター様は


「唯一無二の力を持ち世界に多大なる影響を齎す創世の女神が決めた摂理を、只の人の身でありながら覆す」


と同義の滑稽で夢物語でしかない言い分を口にするばかりで、こちらが身を挺して進言している内容には一切意にも介する気配すらない


(おかしい…何で私が言う事を聞いてくれないの…?)


違和感が拭えないまま改めて周囲を伺い見れば、この場に居る人間のほとんどが王と同じような冷たく白けた目で私を見ている


(何が起きているの?!…やっと…やっと!次の世代に繋げられると思ったのにっ!)


男女問わず向けてくるまるで私の全身を刺すような視線の中で、困惑と恐怖で狼狽えそうな気持ちを奮い立たせるように私は長年培ってきたこの国の貴人として相応しい仕草を心がけようとした

が、それでも胸の内に激しく渦巻く感情を完全に隠すことは出来なくて、ギチリと微かに音をたてて左手を強く握る事だけは止められなかった


(巫女が国を守っているのに!それが摂理なのに!巫女が王家に拒まれたら早晩国が滅ぶわ!この国の王や国民なのにそんな大事な事も分かってないのっ!?)


煌びやかな大広間の大勢の貴人達の中で、冷たい視線を浴びる私がこの国で…いや世界でたった一人の当代の巫女なのは、今も固く握り締められた左手の甲の痣が示している


(巫女の役目は世界を創った女神が決めた事なのに!)


いくら私がそう考えを巡らしてもヘクター様は先ほどの発言を取り消す様子すら無く、ここに集まっている自国の重鎮や他国からの貴賓達は真っすぐと私から視線を外さない

その視線からは恋慕や親愛、敬愛の気配などは一切無く、ひたすらに軽蔑や不信と言った負の感情しか見えず、自国の王が伴侶になるのを神より約束された巫女へ向けるものではない


(そんな事になったらグロース王国も王家も全部消える!)


と言う焦りばかりが脳内を占めていって、状況を打開する策が一つも思い浮かばない


(世界中からどんな多くの女をかき集めようと、この国の王になってしまったからには「当代の巫女である私」とでしか己が子が生まれないのを本当に分かっているのだろうかっ!)…とか

(世界創世の女神がそう決めた事だと言うのに!)…とか


思考の中で浮かんでは消えていく言葉は口から出てこない


(何で?私はここに至るまで相応の努力をしてきたのに?犠牲だってそれなりに払ってきたのに!どうしてこんなことになっているの!?)


今までの人生で一度ですらなかった冷たく白けた目線を大量に向けられているせいで、私の頬は引きつり、口は震え、声帯から掠れた声にもならない音しか漏れない


(そんな嫌な目で私を見ないで!)


脳裏には昔の記憶が思い浮かぶ


(あの時の魔女もこんな目をしていた…)


いつか見たあのトラウマにもなってしまった恐ろしい景色を思い出した事で、えもいわれぬ恐怖が胸の内から沸き上がる

震える足で何とか恐怖で腰が抜けそうになる自分の体を支え、圧倒して来る護衛達から遠のくように少しずつ後ずさりながら、貴族の養子になった時に私に就いた家庭教師の言葉が脳裏を掠めていた



「グロース王国の王家の血を引く者は、この国で生まれる女神に認められたたった一人の巫女とでしか次代を繋げられません」


貴族になったばかりの私の為に隣国から派遣されたという年若い女が、この国にいる者ならほとんどが知っている事実を口にしている

今から約一年前、貴族の養子になった私に一人の女が家庭教師に就いた

初めてその家庭教師の女と相まみえたのは、国政の重要な位置に就いている貴族上の養父もである当主が所有している貴族の屋敷(領地の屋敷ではなく首都の街中にある方の屋敷だ)内の一室、新しく迎えた娘にと宛がわれた清潔で華やかな室内にて、その家庭教師の女は窓から入ってくる光を背にしながら就任初日の挨拶の後、無感情にも聞こえそうな平坦な声で講義していた


あからさまなしきたり…と言うかいっそ「呪い」としか言えない女神が決めたグロース王国だけの摂理の話から始まり

200年以上前に女神が課した最初の摂理と30年共に歩んだ国の様子

それから40年後に、当時10才になるかならないの少女=初代の巫女が命をかけて怒れる女神に懇願した事で、滅びの摂理は別の形に替わり新しく女が生まれるようになった事

以降百数十年の時は過ぎ、その摂理を守る任に就く巫女はこの国にて生まれた貴重な女子の一人で、当代の王にただ一人だけ婚姻が約束された女子が誕生している事

巫女として誕生した時点で既に女子の左手の甲には王家の紋章の痣が現れる事

例えその痣を持った女子の生まれがしがない平民や奴隷の身分であろうと、婚姻前には貴族の身内として召し上げられ、適齢期を迎えれば恭しく当代の巫女として担ぎ上げられ王家に嫁ぐ事が生まれながらに決まっている事


この国にいるなら誰もが知っている事を、さも宗教の経典を唱える聖職者の様に恭しくも平坦に口にする女の話を、私は欠伸をかみ殺しながら眠気と戦いつつ耳に入れていた


(王家専用の母体である巫女がこの国で生まれるからこそ、王家以外の家ではやっと女子が生まれるようになった…そして巫女である私が王籍に居なければこの国には女が生まれないのよね…)


新しい摂理が女神から課された後、何の因果か巫女が次代の王を産み落とした後に母になった巫女が王籍にいる間だけ、この国ではすっかり希少になってしまった「女」がポツポツとだが再び生まれるようになった


「同じ女神によって作られたはずの他の国には無いグロース王国だけの摂理と巫女の存在を利用して、王家や国民は何とか百数十年と国家としての体裁を保ってきました」


聖職者の様に丁寧でありながらも、その実つまらなさそうな声音でグロース王国や王家、巫女まで不敬に近い言い回しで説明し、現在に至るまでのこの国で起きた実情を、まるでずっと真隣りから伺い見て来たかのように家庭教師は話している


(巫女の苦労も幸福も何一つ知らないくせに)


家庭教師の言い分は当代の巫女であるサマンサの中だけに存在する記憶を思い起こすばかりで、何の足しにもならない


(私にはもう必要のない知識ばかりね)


この国を今もなお蝕んでいる摂理からなる亡国の憂いを帯びた現状を「私は関係ない」と言うスタンスで語る家庭教師は、私の貴族教育に充てられた一年という任期を終えたら隣国へと帰る

と今日の授業の前に家庭教師本人の口より説明を受けていた


(なんで巫女である私が魔女から教育を受けなくてはならないのかしらん?)


何せ私の目の前でお題目を語る年若い女の家庭教師の正体は、隣国シュトリック公国に住まう当代の魔女で、この国に滞在こそ出来るが生涯住まう事は叶わない存在なのだから


(この国の要らぬ摂理の元凶は魔女達の勝手な「呪い」からなのに…)


私はこの世界特有の常識を思い出しながら、魔女である女を睨みつけたい気持ちを隠すように唇を強く噛む


(元はと言えば魔女がこの国に「呪い」をかけたのが全ての始まり、そのせいで国は疲弊して歴代の巫女は散々苦労をしてきたのよ)


と胸の内では思っていたけど、魔女はこの世界にあるどこの国においても貴賓扱いされる存在だ

当然その時点でこの国の貴人の一人として名を連ねるようになっていた私は、私自身の矜持を守る為に隣国からの客人を非難するような言葉を口にしたりしなかった


(第一こんな普通の見た目で何が出来るって言うのよ…魔力の一つも使えないくせに)


若いだけの見た目が平凡な家庭教師をしている女は、その見た目に反して現在この世界に両手で収まる数しか存在しない魔女達の一人であり、その地位はグロース王国における巫女と同じく…いやそれ以上に高い位置にあり、創世の女神から直接その存在と価値を認められた者達で


(いくら女神が庇護してたって魔女はグロース王国にとって疫病神でしかないわ、魔女の呪いのせいでこの国は一度いえ二度も滅びかけたんだもの、巫女の存在が居なければこの国は摂理のせいでとっくに…)


因みに目の前の年若い魔女はこの国に要らぬ摂理を齎すきっかけを作った魔女本人ではない

女神の次の座にいるとされる魔女とて元は人間

普通の人間と同等の体を持って生まれ、普通に年を重ねて老いていき最後は普通に死ぬ

摂理が生まれる元凶となった魔女も、国に摂理が課されたのを確認するよりも先に他国へと移り住みそこで死んだとか何とか言い伝えられている

初代巫女を「悪魔の子」と例えた隣国の魔女ですら当の昔に老衰で亡くなっており、現在隣国の魔女と名乗っている目の前の女はそこから数えて3代目かそこらに当たるらしい


(老衰で死んじゃうような人間のくせに、女神から役目を貰った巫女を目の前にして偉そうにして)


かつて女神から直接授かった初代巫女と同じ左手の甲にある痣の柄を思い浮かべながら、サマンサは膝の上にのせた左手を広げてからもう一度強く握り直した時、家庭教師の女が話す内容は初代巫女の時代へと移っていた



「この世を苛む悪魔の子」


今から百数十年前、グロース王国の西側に接する隣国シュトリック公国に住まう魔女から放たれたその一言により、初代巫女の誕生から始まったグロース王国の慶事は終わりを迎えた

女神より滅びの摂理が課されて30年が経った年の冬の終わりに生まれてから更に約10年の時が過ぎ、春の芽吹きの様に王家や国民から祝福された初代巫女に関わる慶事に対し、当時隣国に住んでいた魔女が公式文書で「悪魔の子」という文言を発したのだ

女神がこの国に課した摂理に反して生まれた奇跡の女子に対して、隣国に住んでいた当時の魔女は


「女神が課した摂理に反する者を許すのか」


とシュトリック公国の公主を通したとは言え、所詮は他国の者からの誹謗中傷

只グロース王国で生を成して生きるが故に、40年という短くない期間を只々苦労せざる得なかった者達からすれば、40年の苦労を知らぬ隣国の魔女からの不敬ともいえる発言は非常に腹ただしく侮辱とも捉えた

40年の時が過ぎ、滅びの摂理が課されるきっかけを作った先の施政者達のほとんどが死に、国の中枢が代替わりをした事で魔女を害した事を直接知る者は残っていなかった

国には摂理だけが残され苦労した者も多くなっていたからこそ


「滅びの摂理を課されてから40年の時が過ぎた、10年前には女神からの摂理を覆すように巫女姫様も誕生している、グロース王国に住まう自分達はもう許されても良いのではないか?」


と考える者も少なくなかった

だからこそ余計に隣国の魔女の発言に対する憤りに拍車をかけた


しかし自国の者らの思惑とは余所に、他国から見れば隣国の魔女が言った事はなんらおかしい話では無かったのである


「粗雑に扱っていた女達が手元にいなくなってからやっとその価値を知るとは…そんな取り返しも付かない状況を自ら作っておいて今さら憂うのなら最初から女達を大事にすればよいものを」


とはグロース王国に摂理が課された時に他国の者達が口をそろえて言った言葉だ


何せグロース王国は長きに渡って多少の差はあれど基本的に女を軽く扱い、過渡期になればいよいよ家畜同然に扱っていた

そんな悪習があったグロース王国では例え他国の者を嫁に迎えられたとしても、嫁側も外の常識を知っているが故に、かつて王妃になった魔女の様に自ら離縁を求める者も多かった

そんな風にいくら国内に女がいても離縁される事も多く人口が緩やかに減っていた所に、女神より滅びの摂理を課され、以降40年近く国内では初代巫女の他はたった一人として女子が生まれていなかった

それでも摂理が課されたばかりの頃は、王家や国民は滅びの摂理に対し真っ当に抗おうとしていたのだ

他国との政略結婚を願い出たり、次代に血を残す為にと身ごもった妻を子が生まれるより先に他国へと送り込み、そこで生まれた娘を再度自国に迎えるなどの対応策をとってはいたが、それでも次第に国内から子を産める年齢の女は目減りしていく

そんな状況でいよいよ焦りを覚えた王家や貴族そして平民達は、身分に関係なくそろって周辺諸国から適齢期の女を密かに攫ってはこっち都合で各所に宛がうなど薄汚い事をし始める

最初は多分「これで最後」と思って誘拐したのかもしれないが気が付けば誘拐は悪習へと変わり、40年も経てばすっかり恒常化していた


摂理を課されたのを反省しているとはとても思えない行動に国民総出で甘んじていた果てに、今度は摂理を破って生まれてきたこと自体が異様としか言えない女子を自分都合で救国の巫女と称させ、王家のみならず国民の全てが崇め奉っているのだ


自国の男達に良いように扱われてきた妻や娘

誘拐された被害者やその身内

王や貴族や主人達の指示で他国からの女性の誘拐という犯罪に手を染めねばならなかった者ら

かつて仲間が王家より被害を受けていたのを知っている魔女達

世を乱していた国に摂理という名の罰を与えた創世の女神


…などからすれば、滅びの摂理を無視して久方ぶりに生まれてしまった巫女の存在や王家や国民の有様は相当目障りに見えた事であろう

後には戻れない程に悪事に手を染めて、周辺諸国に多大なる被害を与えながら無理矢理に自国を存続させてきたが故に


「他に災厄を撒き散らして足掻くくらいなら、さっさと滅んで欲しい」


と呪われる様に思われていた矢先の出来事であり、単純に言えば間が悪かった

だからこそ女性誘拐などの被害を受けていたシュトリック公国に住んでいた魔女は、当時の公主を通じて公式文書による通達という体でもって初代巫女を「悪魔の子」と例えたのだ

しかしこの時にはグロース王国の者達は摂理に抗う事に躍起になるだけで、あるべき良識は擦り減り、悪習がはびこり、国際感覚など当の昔に鈍っていた、残念な事だがグロース王国の者達はもう隣国の公主や魔女が発した「悪魔の子」の発言に対し反省どころか


「巫女は悪魔の子ではない、むしろ摂理を覆した巫女がいる時点で我々はとうに許されている」


と異を唱えるだけだった

女神がグロース王国に対して最後の時間として与えた滅びの摂理の真の意味を、王家や国の民らのほとんどは気づくことも無いまま、女神からの罰である摂理を覆してしまった救いの巫女が生まれた意味を不審にすら思わずに


「(課された罰を受けきっていないのに)我々は許された」


と能天気に諸手を上げて寿ぐ、そんな有り様を被害者や関係者達は果たして許せるかと言えば、それは否だ

自身の罪や罰を認めず償わずに自分勝手に「許された」と勘違いし喜ぶ罪人の有様は他から見れば目に余る


「罪を贖わなければ許されるはずがない、許してはならない」


と被害者達は総じて口にする

そんなグロース王国の者らの手による誘拐被害者の嘆きを直接耳に入れていた隣国の魔女は


「そもそも女神の摂理を外れて生まれた時点でその巫女は既におかしい」


と考え、女神が課した滅びの摂理を破ってまで生まれてきた女子の誕生由来を調べ始める

隣国の魔女の動きを見て、更にはその考えを知るに至った各国に点在する他の魔女達、グロース王国や王家の被害者ら、シュトリック公国を始めとした周辺諸国の権力者なども隣国の魔女に呼応するように総力を挙げて、初代巫女とその誕生について調べ上げ真実を知ったからこそ、隣国の魔女は初代巫女を「悪魔の子」と断言出来たのだ


なにせ救いの巫女とされた女子の本当の姿は


「元は世界の外から単独で不法侵入した外的生命体」

「男の赤ん坊の体を乗っ取って女に作り替えて生まれた突然変異種」


という半ば信じがたい事実だった

この世界に住まう生物の有り方を歪ませて生まれた上、今なお周辺に悪影響を及ぼしている初代巫女を「悪魔の子」と例えたのはその為だ

言わば隣国の魔女からの通告は当時のグロース王国と初代巫女に対する最後通牒

他国から巫女の真実が伝えられた事で、グロース王家や国民、巫女らが罪を認め詫びの一つも表明していれば、もしかしなくとも歴史は変わっていただろうに


「それがどうした、摂理が課されたこの国で女である救いの巫女が生まれたのは事実、我々はもう女神の下には下らない」


グロース王国の王家や初代巫女らに対し、巫女の真実を伝えんと隣国の魔女といくらかの協力者らがグロース王国の城の大広間へと詰めかけて返された言葉がソレだった

グロース王国は巫女がいる状況に甘んじて、隣国の魔女からの最後通牒を蹴ったのである

「女神の力など必要としない」と意思を示したその時、その場にいた魔女を依り代にして上位世界から女神が降臨したのだ


『そこまで言い切れるのであらば、我の力など請わずに己が力のみで国を存続させるが良い』


断罪する者される者達が一堂が会した大広間へ女神が降臨するなり


『世を作った我との契約を一つもせずに他の世界より侵入した存在など認めぬ』


と初代巫女らに対して宣言した



『異界からの侵入者よ、うぬが魂がかつて有った元の世界へと帰す』


世界の不法侵入者たる初代巫女に罰を与えんと降臨した創世の女神が宣言する


女神の荘厳さと厳しい判決にグロース王家や貴族達は恐れを成し只床にひれ伏すしかない

後は救いの巫女と呼ばれた女子と共にグロース王国そのものを世界から抹消し、巫女の残滓を一欠けらも残さず外の世界へ送り返そうとするだけだった、がその時


「女神様からの力無くしてこの国は存続できません、どうかこの国を見捨てないで下さい」


と初代巫女は嘆願したのだ

女神からの神罰を受けるよりも早く初代巫女は無謀にも(己が立場すら考えずに)遥かに上位存在である女神に向かって切実に訴えた


「元の身は異邦人であれど自分が生まれ育った国の滅亡を憂うが故に我が手で救いたい」


もし被害者達がその場に居て初代巫女の自分勝手で自国本位な嘆願を聞いていたら、女神が巫女を抹消するよりも先にその華奢な首をへし折っていたに違いないだろう


「どうかこの国を救う力を私に!」


そんな滅びを向かえるしかない国の救いの巫女としての存在意義を説く初代巫女の切実で純粋で幼気な願いに、怒れる女神は何故か耳を貸した

そして巫女の言葉に心に胸をうたれたのか、それとも何か思うところがあったのか…


『最後の時までうぬが存在のみでこの国を支えよ』


一瞬の間をおいて女神はと伝え、追い縋っていた巫女の存在を許し、更には


『この国の王家の血筋には、この国で生まれる女神に認められたたった一人の巫女とでしか次代を繋げられない摂理を与える』

『王家と巫女が新しい摂理を達成している間は、王家に属する者でない限り女が生まれる事を許す』


何の役割も無く只の名義だけに過ぎなかった巫女に新たな役目を与えた

この沙汰を聞いた被害者側にいた隣国の魔女らは非常に驚いたが、無茶ともいえる願いが聞き届けられた初代巫女は


「ありがとうございます!女神様!」


と己が役目と存在を上位存在に正式に認められたことを素直に喜んだのは言うまでもない

同時にグロース王国に先に課されていた「この国に限り女が生まれてこない摂理」を条件付きではあったが上書きされ事実上取り消したのだ

その事実に思い至った瞬間、グロース王家や国民達も大いに喜んだ


『うぬには役目に相応しい加護を与えた。なればこそ、うぬがすべき事を忘れずに最後のその時まで役目を果たせ、決して怠るではない』

『巫女の嘆願によりこの国に課していた滅びの摂理を我は変えた、故に他から嫁の成り手に無理を請い、更には攫う事など一切許さぬ』


大広間内にいる者達の三者三様な反応を見た女神は、最後にそう告げると本来の次元へとお帰りになり、国と巫女はこの世界にある事を許されたのだ


「我々は女神に真に許された」


と認識したグロース王家と国民、そして初代巫女は各国に向けて「女神の許しを受け国の摂理が変わった」と周辺諸国に対して宣言し、以降は巫女を中心とする統治を百数十年と続ける事になる



「…ここまでが初代巫女統治時代の話ね、続きは明日にしましょう」


家庭教師の女が聞きなれた歴史をサラリと語った


貴族になって最初の長く退屈だった授業が終わり、サマンサは(この後の昼食は一体何だろう?)と考えながらその日の貴族教育課程を終えると、退屈と眠気を吹き飛ばさんと勢いよく席を立つ


サマンサが椅子から立ち上がった音は予想以上に響き、家庭教師が最後に


「果たしてこれは本当に許されているのかなぁ~?」


と小さく呟いていた声は掻き消えた

当然サマンサは家庭教師の発言に一切気づいてないまま、その日の昼食が用意された食堂へと足早に向かったのだった



(ここでヘクター様に言われるがまま、罪人として身を引いては巫女として女神から貰った役目を捨てた事になる)


一年前、家庭教師が授業でかつて女神から与えられた巫女の役目についてつまらなそうに話していたのを思い出していたサマンサは、過去に思いをはせていた意識を現実へと戻す


(しっかりしなさい、私)


つい先ほど大広間の重鎮達の前で王から婚約破棄を宣告され、王家に必要な巫女であるはずなのに新たな王からは王妃として求められていない現実から目を逸らしたい気持ちこそあったが、同時に自身の中にある冷静な部分でその事実を十二分に察していた


(状況は最悪…)


今の自分の立場は歴代の巫女に起きた悲劇の中でも五本の指に入る程に最悪なもので分が悪いだろう

しかしヘクター本人や大広間の人間達から発せられる冷たい目線からなる恐怖に負けて、大広間そして巫女の役目から逃げおおせるつもりは無い


(でも初代の時は怒れる女神を相手にしながら、それでも巫女の存在と役目を正式に認めさせた)


かつて創世の女神は異界からの不法侵入者だったはずの初代巫女の嘆願を聞き届け、その上で正式に巫女としての加護と役目を与えてから自国に課していた摂理を変えた


(ならば今回だって乗り越えられる)


女が生まれないことでまさに滅びかけていたこの国にもう一度新たな摂理と救いの巫女としての真の役割を与えられ、今に至るまでグロース王国の歴史を繋げてきたのだ


(女神より賜った大事な巫女の役目を蔑ろにはしないわ)


女神に存在を認められた後の初代巫女の時代ですら(女神に罪を許されたと言えど)それまでこの国より多大な迷惑をかけられ続けてきた被害者や周辺諸国は黙っていなかった

しかし王家から「女神より巫女と国の存続を許された」事が公布されるなり、(無茶な政略結婚や女性誘拐を女神から禁止されていたのも大きかったが)女神の慈悲からなる決定も恐れたのだろう、その公布を知った被害者らや周辺諸国は一様に口を噤み静かに身を引いてくれた


以来、最初の摂理が課されてから40年に渡り荒れていた国内にも安寧の時が流れ始め、役目を果たした初代の巫女が亡くなった後も何十年かおきには王家の次代を繋ぐ巫女が生まれ今に至っている

そして(巫女が王家に嫁いでいる間のみに限り)摂理の中にある国内であっても、ほんの少しずつではあったが女も生まれ始め、国は緩やかに復興の兆しを見せてつつ早百数十年と何とか生きながらえてきた…それなのに


「巫女を辞めれば其方に残るは短い余生だ、死するその時まで平民に戻って市井で生きよ」


そんな事をサマンサの伴侶となるはずだった当代の新しき王は自国に今も残る摂理も考えずに言い切ってくるのだ

王家側から追加された非情な沙汰の内容に驚いたサマンサは、大広間から追い出そうと迫りくる護衛達の隙間からもう一度壇上を見上げて新しい王とその隣に気配なく佇む女の姿を目に入れた時、その女の正体にようやく気付く

王の隣に居たのは、先日までサマンサの家庭教師をしていた隣国の魔女だった



(何でお前がそこに!)


サマンサは目を見開いて王の隣で並び立つ見覚えのある女を見た


(そこは私の場所よ!)


隣国の魔女も一応はこの大広間にいてもおかしくない貴賓の一人だ

しかし他国から来た他の貴賓達は壇上の下で並び立っている、なのに彼女だけが王と共に最上段に立っているのだ


(あんたがそこにいるなんておかしいわっ!)


家庭教師時代の普段着と思われる暗い色の裾の長いフードと違い、質素にも見えるシンプルなドレスを纏った(この国の民からは隣国の魔女と呼ばれていた)女が、サマンサの家庭教師をしていた時と変わらないつまらなそうな表情でこちらを眺めている

その佇まいはまるで百数十年前の初代巫女の断罪劇を再現しているかのようで、その時と同じく…いや隣国の魔女が新しき王の王妃でもないのにその隣に並び立っていると時点で、当代の巫女だけでなく偉大なる初代巫女の存在をも否定してきているのだ


(今頃になってまた文句を言ってきて、巫女である私の存在は既に女神に認められているの!ふざけた真似しないで!)


先日一年の家庭教師の任を終え帰国したはずの魔女が、今度は他国に住まう他の魔女達の代表として彼女達からの伝言を携える為だけに、再度貴賓としてこの場へ列席しているらしいとは聞いてはいた

それでも(魔女側の理由が何であろうと)この国の摂理を守ってきた巫女の一人であるサマンサにとって、王妃でもないのに新しき王の隣を奪っている隣国の魔女など邪魔者以外の何者でも無い


(魔女達はいつだって私の願い事を脅かしてきてばっかりで本当に腹立つ!)


初代巫女の審判の時の様に、一年の貴族教育期間の時から初代巫女から続く巫女達の存在そのものに対して言いがかりをつけるような嫌がらせまがいな授業を行っただけでなく、ここにきて若き王の隣を奪っている隣国の魔女に対し、サマンサは内心だけであるが貴族教育を受けたと思えない程の淑女らしからぬ荒々しい言葉で毒づく


(他国の人間のクセに何度も何度も懲りずに私の国に口を出してくんな!)


壇上いる魔女は他国の者であり、この国に住まう存在ではないのはもはや公然の事実だ

それなのに今やこの国の王の隣に並び立っている、そのこと自体が実に烏滸がましい行為なのだ


(そもそも魔女って何なのよ!)


この国に巫女はいるが、魔女はもういない

200年前に国に呪いの言葉を吐いた魔女が国から逃げ去ったきり、国内で魔女が現れていないからだ


(魔法使いみたいに魔力を使って何かをするわけでもないのに魔女って名乗っているのなんて絶対に変!たかが女神に認められただけの普通の女なのにさあっ?!)


一年間、隣国の魔女から巫女の存在を否定するような教育を受けていた間、ずっと考えてきた事をイライラしながらサマンサが思い出していた時


「王…少しお時間を…」


と小さな声で言いながら王の直属の側近と思われる男が少し急いだ風に大広間の外からやってきて、サマンサやそれを囲む護衛達の傍を通り抜けて壇上にいる王の傍へと寄って行った

接近してきた側近の存在に気づいたヘクターは(大広間から移動する気が無いサマンサを呆れたような目で一瞥してからすぐに視線を外して)側近より何らかの言づけを聞き出している


「…ラ…ツ様が…部屋を抜け出され…」

「それはいつの話だ…」


そんな声がヘクターと側近から微かに漏れ聞こえている


(重鎮に限らず、他国からの貴賓も沢山いるというのに…恥ずかしげも無くコソコソと)


と思いながらサマンサは妙に慌ただしげになっている王と側近の姿を目の端に入れつつも、今度はただ若いだけで普通に冴えない女にしかみえない隣国の魔女の方を見て、まるで射殺すかのように厳しい視線を送る

しかしサマンサから厳しい視線を浴びているはずの隣国の魔女の方は、家庭教師だった時の頃と変わらず何の感情も見えない表情でサマンサの事を眺めるばかりだ


「 … 」


そのうち飽きたかのようにサマンサから視線を外した後、真剣に側近と何かを話しているヘクターの方に一度目線を向けてから、再度サマンサの方を見るとまるで駄々をこねて泣きわめく子供を見たかのような非常に呆れた様な表情に変えた


( っ!!本当に何なの!簡易魔術の一つも使えないのに偉そうにしてっ!)


そんな表情を向けられたサマンサは怒りで顔を一気に赤くする

もし自分の前には立ちふさがる護衛達も無く、ここが自国の重鎮や各国の貴賓が多数いる大広間で無かったら、すぐさま壇上を駆けあがって隣国の魔女へと飛びかかり、髪の一房でも思い切り掴んで引っ張っていたであろうほどの激情が沸いた時に、ヘクターは側近と話し合いを終えてすぐさま近くにいた隣国の魔女と何やら小声で話し合いを始める


(関係の無い他国の人間よりまずは自国の重鎮である私に相談しなさいよ!)


話し合う二人の様子はどこか慌ただしく不安げな気配を漂わせ始めているが、護衛達を挟んで二人の前に尚も留まっているサマンサには関係ないとばかりに、二人共揃ってこちらには目にも止めない


(そんな態度をずっととり続けるのなら、私にだって考えはあるからね!)


何らかの事態が発生している様だと感じているのに、二人からあからさまに無視されたことで余計に気分が荒れそうになったサマンサは、内々に溢れそうな激情を隣国の魔女だけでなく若き王にまで向けようとした時


ギィィィ…


サマンサの背中側の方にある厳重に閉じられていたはずの大広間の重い扉が緩やかな音をたてた



「「「 ! 」」」


場違いにも聞こえる音が緩やかに大広間へと響いた瞬間、サマンサの目の前の二人や護衛達のみならず大広間のあちこちにいる重鎮、貴賓達は一斉に息を飲み、緊張が走ったのが分かった


「 … 」


(今もなお大広間の扉に背を向けているサマンサからは一切見えていないが)

ゆっくりと開いた扉の向こうから場違いのタイミングで入ってきたはずのに、誰一人としてそれを咎める事も出来ないまま、一人の男が重鎮や貴賓達で溢れかえる大広間へとゆったりとした仕草で入ってきたのだ


音がした扉側に背を向けているせいで周りの異様な空気こそ感じているが、何が起きているかサマンサは分からない

しかしサマンサ以外の大広間に最初から居た者達は、ゆったりと移動するその男の佇まいを見た瞬間にその異様さを感じ取り、もれなく微動だにしなくなった


(一体何が?)とサマンサが思い扉の方を振り返るよりも先に


「おお…これもまた…女神の…いや巫女殿の思し召しか…」


と静かな闖入者と思われる者の口から出て来た震える声を聞いたサマンサは、さっきまで顔色が赤くなるほどに激情に駆られて熱くなっていた体へ、急に冷水を浴びせられたような気になって同時に体も固まった


(え…)


声がした方へサマンサがぎこちなく顔を向けると、さっきまでこの大広間にいなかった一人の男の姿があったの見た…そして


「ヒッ!」


と小さな悲鳴を上げ、一歩だけ身を引くが


トン…


と彼女の傍にいた護衛達にぶつかりそれ以上は下がれなくなった


「ああ…女神はまだ私を見捨てていなかった…」


サマンサと目が合うなり闖入者の頬には一筋の涙が流れていく


「私は貴女の帰還を待ち望んでおりました」


大広間に入ってきた男は今なお涙を流したまま、サマンサの方を見て己が震えながらも両腕を広げる

しかしこの国の当代の巫女であるサマンサの方は、男が今にも抱き着かんとする仕草を見た途端に全身を瘧のように震わせ怯え始めた

その異様な光景に大広間に先ほどまで軽やかに流れていた室内曲もすっかり途絶え、微かな衣擦れと生唾を飲む音しか聞こえなくなる


「さあ巫女殿、私の元へ」


無頼の者に今にも襲われそうな市井の小娘の様に、ガタガタと体を震わせるサマンサの心境なぞ気にもしない体で、男は両手を差し出したままサマンサの方へとよろよろと覚束ない足取りで歩を進める

いっそ恐ろしくも感じるくらいに危なっかしい足取りで歩む男の姿に、大広間にいた重鎮や貴賓達は半ばハラハラとしながら押し黙って事の成り行きを見守るしかない

そうして男とサマンサの間が人一人程度入る間隔になった時、男はもう一度サマンサに声をかけた


「会えて嬉しい…私の巫女よ」と


男は現在齢90へと足をかけている老いた先代の…フランツ王であった



「何てこと…」


子供のような笑顔で涙を流している男=先代の王フランツを見て、何かを諦めたような声を出したのは新しい王であるヘクターか、はたまた隣国の魔女か、それとも他の誰かだったのか、誰かが吐いた言葉を無視してなおも老いたフランツが「おいで」と続けて言った声の後で「嫌」とか細く答えたサマンサの声が大広間の空気を震わせている


「女神様は相当この国と巫女をお恨みでいられたようね」


と、壇上のヘクターの隣で小さい声で呟いた隣国の魔女=リーケットの声は本当に小さくて、幸いにも魔女の傍にいた新しい王と側近の耳にしか入らなかった

小さく呟いた後リーケットは息を吐いてから、他からはバレない程度の動きで肩の力を抜く


(本当に先代さんが言った通りになっちゃったわ…)


多数の貴人達に囲まれながら大広間のど真ん中で場違いなほどに着乱れているが豪華な質が良さそうな寝間着姿で涙を零すフランツと、護衛達に囲まれながら乱入してきたフランツの方を見て体を震わせているサマンサを眺めつつも、リーケットは何とも言えない気持ちを一人抱えていた


(分かってはいても修羅場ってやつはほんと嫌だわぁ~)


他から見れば非常につまらなそうな表情で泰然と静かな様子で立っているリーケットだが、その実根っからの庶民気質で小心者、今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいいっぱい

だけど任務遂行の為に逃げる事は決して叶わず、諦めて無表情で立っているしかない


(まさか私の代でこんな事起きちゃうなんて思ってなかったわ~)


何せシュトリック公国の魔女である彼女は、遅かれ早かれいつかグロース王国がこんな状況になるのを知っていたのだ


前提としてこの世界で生まれる魔女はこの世界で生まれ出でるより前に、女神から直接この世界の理を聞きその上で様々な契約を交わしている

更には魔女として生まれた後にも魔女が代替わりする度に先代魔女から住まう国や周辺諸国についての詳しく教育を受ける

リーケット自身も魔女になった時に先代の魔女から教育を受け、グロース王国に纏わる摂理や巫女の話も聞いていた

そしてシュトリック公国の歴代の魔女達に引継がれてきた文書の中に


「現在住まう国の隣国ではいずれ来る未来の一つとしていつの日か王家と巫女に纏わる婚約破棄は起きるでしょう」


と先先先代の魔女の時点で既に予見されていた書付けがあった


(先代魔女さんの引継ぎでこれを知った時は「そんなライトノベルみたいなお約束があるわけない」って思っていたんだけどなぁ…)


「本当に現実は小説より奇なりだわ…」とかなんとか思いながらもリーケットはこの後すぐにでも何らかのドラマが発生するであろう大広間の真ん中付近を、王であるヘクターの隣で見ているしかない


(トラクヴィイテの魔女さんは「こんな修羅場めいた雰囲気が大好きなのよ~」ってよく言ってたけど、私は二度とごめんだわ、本気で今すぐ逃げ出したいよコレぇ…それでもさ一番の修羅場はヘクター君の方だもんなぁ)


自分の隣で冷静な顔で立っているこの国の若き王ヘクターに対しても


(さっきの様子を聞く限り内心ではかなり焦っているんだろうなぁ…)


と同情めいた思考を向けながらも、同時にこの件に関しては部外者に等しい自分からはこれ以上出来る事は無いと割り切ってもいた

更に言えばついさっきヘクターの元に来た側近の報告の内容が


「表舞台に現れた当代の巫女と死にかけの先代王を会わせないように、先代王が休まれる部屋の鍵をかけて隔離していたが何者かの手により鍵が開けられ、先代王の行方が知れなくなった」


というものだったらしく


「先代王と巫女が出会って手を汲み従来の動きをしようものなら、最悪この国が悪い方向で滅亡する事になりそうだ」


恐ろし気な追加情報をヘクターは他の貴賓達には聞こえないような小声でリーケットにわざわざ教えてくれた

が、他国の者に過ぎないリーケットからすれば(女神やヘクターに頼まれてグロース王国内の様々な事業などを手伝っているが)グロース王国がどうなろうと関係ないと心底思っているのだ


(とにかく壇上からだけでも良いから離れたい)


真実リーケットが本当に今ここで出来る事と言ったら、各国の魔女代表として伝言を伝える事と、リアルタイムで起きている修羅場を死んだ魚の目でぼんやり眺めるだけ


(ヘクター君のお願いじゃなかった大広間の隅っこ辺りにいるつもりだったのに…)


全体を見渡せる壇上から大広間の隅の方を眺めながら、リーケットは目を伏せる

そんな立ち位置こそ最上の貴賓席なれど、真実部外者として今すぐ現場から逃げ出したいリーケットの足を何とかこの場に抑えつけているのは


(でもこの任務が終れば女神様から「素敵執事カタログ」が貰えるんだ!がんばれっ私!)


という根っからの物欲だけ


※注意 素敵執事カタログとは?

女神が住んでいる世界では一人一台レベルで汎用的に使われている執事ロボの通販カタログの事である

先先先代の隣国の魔女が初代巫女の生態を調べ上げ断罪した時の報酬もこれだったらしい

因みに執事ロボのラインナップはセバスチャンからドラ〇もんまで色々あるとかないとか、女神曰く現金さえ積めば自分好みにカスタマイズも出来るそうだ


百数十年前に先先先代の魔女や魔女仲間達が女神からの依頼を受けた時に報酬として拝領したと言われる執事ロボなるものは、魔女達垂涎のアイテムの一つだ


((見た目がカスタム出来る)ドラ〇もんを手に入れるまであと少し!)


一年前にこの世界の創世の女神から頼まれた事とその成功報酬を思い出しつつ、当代の隣国の魔女として歴史の証言者の一人になるであろうリーケットは、内から沸き上がる物欲のせいで勝手に口角を上げそうな頬筋にギュッと力を込めてじっと平素を装うしかなかった



(ここで余談に入るが)


この世界はたった一柱の女神によって作られて管理されている

世界において神と言えばたった一柱、この世界より上位世界に住まうは女神とも創世の女神とも呼ばれている単一の存在のみだ


そんな女神に用意されたたった一つの世界の中で時間は流れ、人類が反映し地上に広まるうちにたった一つだった土地は、見えない境界線や時の統治者が作った目に見える境界線などでいくつかに分断され始め、それら境界線で分けられた各所ごとに国だなんだと名を付けられたり変えられたりと統治されながら人々は生きていた


その前提を踏まえた上で…ではあるが(余程の例外が無い限り)おおよその国々には創世の女神に存在を認めれた魔女と呼ばれる女も一人ないし二人ほど住んでいる


この魔女と言う存在は人並みの寿命の中で俗世に生きては、余人が気がつかないうちに代変わりしながらも各国に存在し続ける人間の女の事を指している

魔女の起源は人類が生まれた頃には既に有ったとか、文明が発達した辺りから現れたなど今に残る歴史書などから様々な考察がされているが、実際のところは女神と歴代の魔女達にしか知りえない事で只人では知る術も無い


何せ魔女とは(肉体そのものは只の人間と同質と言えども)この世界においては常識外のかなり異分子的な存在なのだ


この世界に住まう普通の人間であるなら女神からの恩恵である魔力と呼ばれる力が行使できる

火・水・風・土からなる四大要素以外の光や闇を筆頭とした様々な要素の運用が魔力を動力源として可能になっている

個人によって使える魔力量の差はあれど、全ての人間が使用出来るはずの魔力を、魔女達に限っては一切行使出来ない…という時点でかなり稀有な存在だ

しかしそれ以上に彼女達を異質な存在と十二分に思わせる要素がある、それは


「魔力も無しに只人では到達できない一段階、二段階上の生活を簡単にしてのける不可思議な能力」


を魔女達全員が持ち得ている事だ

その能力こそが魔力の一滴すら使えない魔女達の事を魔女と呼ばせて畏怖させる要因であり、女神が自ら彼女達を保護している所以でもある

そんな風に魔女達は(この世界の凡人のままでいれば未到達な位置にいる)上位的存在であるはずなのに、歴代各所に点在してきた魔女達は口を揃えて自分達の有り様を


「私は女神様に存在を認められただけの魔力の一つも使えない只の人間、私がやっている事は魔力運用も無くいずれ皆にも出来る」


と唱えてきた

実際の歴代の魔女達が人生をかけて世に残そうとした物事のほとんどは、魔力の運用も無しで達成するには、苦難は数多く有れどそれでも再現が絶対に出来ない物事は無かった、そうして


「私が最初から手にしている「会力無しで出来る物事」を一つだけでもこの世界に残すことが仕事だ」


と言いながら、この世界に魔力を使わない何らかの技術や思想の革新を行い次の世代に伝えていく

そんな風に魔女が残した物事は後の世で「魔女の献身」と呼ばれ始め、彼女らの「献身」という波紋により世界や文明、国が上位へと変化していく


言うなれば魔女とは魔力が使えないだけの、相応の努力と準備さえ出来ればおおよそ再現可能な技術や知識を最初から持ち合わせ、それらを魔女の「献身」という形に変えて、この世界の文明や国、暮らしを発展させその名を後世に残しうる上位存在なのである


(因みに創世の女神は普通の人間が出来る範囲を優に超えた、もはや人類では観測すらままならない程の、観測自体出来ても再現すら不可能な魔力の行使を行って世界全体の秩序を整える上位存在であり、魔力が使えない魔女とは明らかな違いがある)


故に現代になっても世に住まう凡人達は魔女の事を「女神の世界に住む者」「女神とは別の上位世界の者」などと様々に考察し続けている


少なくとも魔女達の出身や由来はどうであろうと、彼女達は創世の女神よりこの世界に住まう事を認められた上で、女神が自ら丁重にもてなし保護されるべき存在なのは今も昔も変わらない


そして歴代の魔女達も女神からの働きかけに答えるように、各所折々で知識や技術を己が住まいの周辺住人に与えてはお互いの生活圏に限らずこの世界の文明そのものを少しずつだが向上させていく


「これが私がこの地ですべき事だ」


と言いながら魔女達は現れたその時から今日に至るまで、その御身が成す「献身」により創世の女神が作りたもうたこの世界の何らかを少しずつではあるが確実に発展させているのだ



「どうか我が国を救っては下さらぬか」


この言葉は200年以上も昔、時のグロース国王が魔女に伝えた言葉である


約200年程前のある日、グロース王国の王は国内の片隅に居を構えていた魔女を城へと招待した上で求婚した


魔女の存在は、魔女からの「献身」は国を富ます

国力で魔女を囲うメリットが十分にあったからこそ200年以上前のこの国の王も慣習や他国に倣い、当時の魔女を婚姻と言う形で保護したわけだ

婚姻を請われた魔女の方も王に対し、王妃としての責務より前に魔女であるが故に世界に「献身」をしなければならない事や、庇護している女神から婚姻の許可を得たりしなければならない事など幾多の条件があるのを伝えた上で、自分がこれから成す「献身」の為に王との婚姻は必要だと判断して、この婚姻を受けた


「私の「献身」を必要とするなら」


という言葉を掲げて魔女としての「献身」を行う傍らで、夫となった王の隣で自分に課せられた王妃としての仕事をし続けていたが、そう時間が経たないうちに周辺の状況がまるで捻じれるかのように変化していったのだ


実は魔女が先代から代替わりした時期の辺りから、自分が住まう国そのものが魔女達が元来持っている習性「献身」と、おおよそ相性が良ろしくない環境下に変わっていた


後に王と離婚し王家や国と決別した頃、魔女は婚姻時のブラックな環境の事をこう例えている


「この時の国の体質は救いようもない程の「男尊女卑」「男性優位主義」に浸食されていた」


…と、残念ながら魔女がそれに気づいたのは王と婚姻を結んでしばらく時が過ぎた後だったらしい


先代の魔女と代替わりしたばかりで居を構えるグロース王国の変わりゆく様を勉強していた最中だった彼女は、自国がそんな女性にとってブラックな環境下にあるとは気づかずに、王家や国民に望まれるがままに極度の「男性優位主義」国家の長であった王と婚姻を結んでしまっていた

そんな流れで魔女と婚姻した王はほとんど無意識下で「便利な女だから」と安易に考え、女神の庇護を受ける上位存在であるはずの魔女の価値を軽視し酷使し始める


そして何の因果かこの時の魔女は先代の魔女や他地域の魔女とは違い、稀有なまでに献身的で心優しい性分の持ち主だった

故に女や魔女に対する遠慮の一つも知らなかった王や国民に請われるがまま、魔女や王位の領分以外の国政のほとんどを担う事になる

そうして魔女の本業である「献身」以外の、王や側近達がすべきな国政などの仕事を眠る間も惜しんでこなし続けたせいで(肉体は只の人と同じである)魔女は体を壊し床に伏した際に


「おお魔女よ、倒れてしまうとは情けない(意訳)」


的な言葉を簡単に口にした王や側近、国民達の無遠慮で心無い本心をここで思い知った

無意識に目を背けていた現実を突きつけられた魔女は、目が覚める思いをすると同時にこの国の末期的で危うい体質を漸く認識したうえで、短かった王との婚姻の契約破棄を決意する


体を回復させた後の魔女の行動は早かった

彼女自身が多くの国政業務を担っていた事により、この国で蔓延していた致命的レベルな「男尊女卑」という習癖を見聞きし体感もしていたが故に、このままのグロース国家下にいては女神と自分が望む上で成すべき事業である「献身」すら行い難いと判断する

「献身」が成せないとあれば、魔女からの「献身」を求める女神との約束を違える事になり、ゆくゆくは次代の魔女達やこの世界全体にも迷惑がかかるだろうという見解を得た

他国に住まう他の魔女達とも相談を重ね、自分を保護している女神にも進言した上で当時のグロース王国の王とは離婚してグロース王国から出て行く事を魔女は告げる

その折に魔女達からの「献身」とは相いれないグロース王国内においてこれ以上不幸な魔女や女達が生まれない様に


「こんな国で生まれる女は可哀想だから、いっそ生まれてこなければ良い」


という呪いの言葉を掲げ、その場に降臨していた女神は元王妃となった魔女の願いを聞き届けたのだ


怒れる魔女からの本音を聞いた王や国民は様々な言い訳という名の弁明をしたが、時すでに遅くそれら全て何一つ、魔女や女神らに聞き入れても貰えないままに、離婚するまでおおよその国政を担っていた魔女からは離縁され、呪われ、遠い国へと去られたあげく、女神からは滅びの摂理を与えられる

以来この国には次代の魔女や女達が生まれ出るが一切無くなった


さてここで更に当時のグロース王国が置かれた状況を追記するなら

個人レベルでは到底把握できない程に長いこの世界の歴史の中で


かつては大陸の大部分を占めた大国であれど

逆に辺境の他国の目にも止まらない程に小さな国であれど


それら一切の例外なく魔女が現れなくなったり、離れていなくなった国は、魔女のみでなく女神にも見捨てられた国と見なされ、そう時が経たないうちに亡国の憂き目をみている


つまりグロース王国も当時の魔女に呪われた時点で、過去の事例と同様に未来永劫魔女が生まれ出でない国の一つになった

まぁ…魔女からの呪いを差し引いても、怒れる女神から睨まれ滅びの摂理を課された200年前の時点で既に遅かれ早かれ滅ぶ事は決定していたのだが


当時、周辺諸国などでは魔女の代は変われど常駐し、魔女からの「献身」により生活基準が大であれ小であれ上昇していっているのに、グロース王国だけは魔女の不在で「献身」も無くなり、女が生まれない事で資本を支えていた女性達も減っていき日々の生活は停滞し始める

更には魔女や女神から怒りを買ってしまったという事実もあり、他国からの信用をすり減らしながら、婚姻という名のわずかな協力すら他国から碌に得られず余計に人口が減少する環境下に置かれた


そんな環境下で30年の時は流れ、いよいよ国としての体裁を取り繕う余裕も無くなり自国を守る為だけに、女性誘拐などの犯罪行為を行い周辺諸国に多大な損害を与えていたのは前述した通りで、悪縁が悪縁を国内へと引き寄せ、罪を積み重ねながらこの国は滅びかけていた…その矢先に


「女神の摂理を外れて生まれた女子」


と言う過去や他所に例を見ない存在が、30年の時を経て疲弊していたグロース王国内で生まれた


女神が課した摂理すら無視して生まれたその女子は、今まさに自国を滅ぼさんとする女神や魔女とは違う…いや「それ以上の上位存在」だと当時の王家や国民から支持を得るのに時間はかからなかった

そんな風に世界情勢からすっかり取り残され鬱屈が溜まっていたグロース王国に、女子は生まれ育ち10年が経った

女子が10才になるまでの間に、彼女が女子であると言うだけで国民達の希望になり、王家からも救国の「巫女」という他に類を見ない高貴な称号が、他の国では珍しくもない只の子供であるはずの女子へと贈られたのだ


ー以上、ここまでが女神から最初の滅びの摂理を課されから、初代巫女が生を成すまでの真実である

それではここで現代の…この国における最新の王ヘクターが即位した辺りへと話を戻そう



(何でフランツがここにいるの…?)


サマンサは先代王や護衛達に四方を囲まれながら、淑女としてあり得ないくらいに発狂したくなった


(もう死んでいると思っていたのに!)


立っているのも覚束なそうな目の前の老人が何かを期待した目で自分を見つめているのに気づき、サマンサは嫌そうな気持ちを隠しもせず視線を外した


(そんな気持ち悪い目で見ないでよ!)


そう思いながらも脳裏を占めるのは「いかにしてこの老人の視界から速やかに逃げ出そうか」と言う弱気な思考のみ

さっきまで新しい王の沙汰をいかにして覆そうかと考えていた威勢はどこへやらだ

なんなら背後の王座にいる現王=ヘクターや隣国の魔女=リーケットの存在など忘却の彼方へと消え去っている


(新しい王が即位するって聞いたから、私は巫女として名乗りを上げたのに)


フランツが老いにより政に携わる事が難しくなった事もあり、過去10年近く国政のほとんどを王太子だったヘクターが担っていたが、それでも一昨年前までは現役の王としてフランツはグロース王国の天辺に君臨していた

しかし一昨年の暮れにフランツ王は死病に倒れ長らく床に入る事になったらしいと、まことしやかに城のみでなく市中にも噂が流れた

同時にその辺りからは、(当時は王太子の位に配されていた)ヘクターが先代のフランツ王の代理として表舞台に立って国政を運営している


(どうせ嫁ぐなら若い方が良いに決まってるじゃないの!)


幼い頃には既に自分が当代の巫女だと自覚していたサマンサは、その時の国の支配者が後期高齢者の老人であるのを知り


「巫女として老いた王の伴侶になどなりたくもない」


と思いたち、自分を大事に育ててくれた平民の両親にだけその胸の内を明かした

流石の両親も可愛い娘が相手が王とは言えいつ死ぬかも分からないような老人に嫁ぐくらいなら…と思ったのだろう、既に内政を担っていたヘクター王太子が王に成った暁に、巫女だと名乗り出させてから嫁がせる方が余程マシだと判断した上で、サマンサが当代の巫女である事を世間に伏せてくれたのだ


以降は証拠である左手の痣を隠しながら、サマンサは新たな巫女の生まれである事を親族以外には知らせずに一介の平民の娘として不便な生活をおくってきた

しかしサマンサが15才になった昨年の年明け、ヘクター王太子が王に即位すると正式な告知が発せられる

故にサマンサはこれをチャンスと見て「自分は当代の巫女である」と左手の痣を公表し名乗り出ていたのだ


(もう死んでいるか、表舞台には戻ってこないと思っていたのに…)


実際、サマンサだけでなく市井に住まう者達のほとんどはそう思っていた

ヘクターの即位に一年かかったのも、実は一昨年の暮れに先王は急死していて情勢の混乱を防ぐ為に、現王の即位の儀が終るまで先王の死亡の情報は伏されているのではないか?とさえ思っていたのだ


(こんな最悪な状況でフランツに会っちゃうなんて)


それなのに現王であるヘクター本人より婚約破棄されたこのタイミングで、巫女の伴侶になりえる資格をいまだ有する齢90に足をかけたと言うより、棺桶に片足を突っ込んだと例えた方が的を得ている程に老いた先代王のフランツが、当代の巫女である私の存在を求めて目の前に立っているのだ


(もう死にかけの爺のクセに…気持ち悪い)


今にも吐きそうな気持ちは拭えないし、老いてなお若い巫女を求めてくる男の思考のおぞましさに恐怖を感じて鳥肌は立ち冷や汗が流れて行くのが分かる

全身を襲う微かな震えと無意識に痣がある左手を隠しながら、逃げ場一つ見つからずに微かに身じろぎしていた時


「なぜそのように私を拒絶する?」


サマンサが嫌がっているのに気づいた先代王は今にも泣きそうな声で問いかけてきた


「私はずっとずっとずっと貴女を愛してきたのだ」


泣きそうな声のままで妙に幼げにも聞こえる甘えたな口調で言葉を続けてくる、そして


「どうして実の子であり夫でもある私を拒むのだ?サマンサ?」


とその場にいた誰もが耳を疑うような事を言ってきたのだった

ヒュっとまるで息が詰まるような声が大広間のそこかしこから聞こえる

それらは老いたフランツが言い放った唐突な言葉の意味に気づいた者らが発した音だ


「やめて…」


何より左手に痣を持った女が一番、先代王が言った言葉の意味を知っている


「それ以上言わないで、悍ましい…」


先ほどまで淑女然としながらも、怒りや恐怖といった感情が微かに透けて見えたサマンサの顔から感情の色がすっかり消え去っていた

次回に続きます

この先の話も視点がコロコロ変わっていきます事ご了承下さい


ご拝読して頂きまして誠にありがとうございます

感想や下の☆からの評価等頂けましたら幸いです

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