第七話:天衝の少女、転校生として
廃工場での羅禍討伐作戦から数日後、シンたちの日常は、再び学校へと戻っていた。
しかし、羅禍の存在を知った今、彼らの心には、以前にも増して重いものがのしかかってしまっていた。
羅睺がただの怪物ではなく、知能を持つ羅禍によって統率されている。
そして、羅睺を操る組織の存在。
その事実は、彼らが背負う戦いの重さを、より一層増大させた。
授業中、シンは相変わらず、窓の外に羅睺の影を見ていた。
しかし、その影は以前よりもはっきりと見え、より不気味な形をしていた。
それは、羅禍が羅睺の瘴気を集めている影響だと、トワが分析していた。
羅睺の瘴気が濃くなるにつれて、シンに羅睺が見える能力も、増大していた。
「憑陰くん、授業に集中してください。」
隣の席のトワが、真理鏡を片手に、シンに注意を促す。
彼女の表情は、いつもの冷静な表情だったが、その瞳の奥には、シンを心配する色が浮かんでいた。
『はぁ……。キミってホント、繊細なんだから。ボクの最高のショーを、退屈な授業で台無しにするつもりかい?』
溟禍の不機嫌な声が、シンの心に響く。
しかし、シンは、その声に応えることができなかった。
羅禍との戦い、そして虚淵の力。
それらが、彼の心を深く、そして冷たく包み込んでいた。
放課後、シンは、羅睺の瘴気から逃れるように、図書館へと向かった。図書館は、羅睺の瘴気が最も薄い場所の一つだった。
しかし、シンは、図書館の奥にある、古めかしい書棚から、かすかに羅睺の瘴気が漂っているのを感じた。
「っ……!」
シンは、頭痛に襲われる。
羅睺の瘴気は、彼の頭痛を増幅させる。
シンは、その場にうずくまり、頭を抱える。
「大丈夫ですか〜シンくん?また、体調悪い〜?』
鈴が、シンに駆け寄ってくる。彼女は、シンが図書館で羅睺の瘴気に苦しんでいることを察知し、彼のもとへとやってきたのだ。
「大丈夫、です……。ただ、少し、頭痛が……」
シンは、そう答えるのが精一杯だった。
鈴は、シンを心配そうに見つめ、彼の手を握った。
「私の霊力で、羅睺の瘴気を浄化します。少しの間、我慢してください。」
鈴が、シンを浄化する。
彼女の霊力は、羅睺の瘴気を浄化するだけでなく、シンの頭痛を和らげる効果があった。
シンは、鈴の温かい霊力に包まれ、心が安らぐのを感じていた。
「図書館の羅睺の瘴気……。羅禍が、羅睺の瘴気を集めている場所は、学校の中にもある、ということですか……?」
トワが、真理鏡を使い、図書館の羅睺の瘴気を解析する。
彼女の表情は、いつもの冷静さを保っているが、その瞳の奥には、羅禍の謎を解き明かそうとする、知的な好奇心が燃え上がっていた。
「羅禍が羅睺の瘴気を集めているのは、羅睺を増殖させるためではありません。なので考えられるのは、羅禍の目的は、羅睺の瘴気を純化させ、新たな虚淵を復活させることだと思います。」
トワの言葉に、シンと鈴は驚きを隠せない。
虚淵
それは、羅睺を滅ぼすための、最強の力。
しかし、同時に、世界を滅ぼす、最強の災厄。
虚淵が複数いるという事実は、シンを混乱させた。
「虚淵は、羅睺の中でも別格の存在です。なので、羅睺とは違いそれ単体の独立した存在の方が近しいでしょう。しかし、虚淵は羅睺の生みの親のような存在なのですが、虚淵は、積極的に羅睺の瘴気を吸収し、羅睺を無に返す事で自分の存在をより強くしようとします。虚淵の力は、羅睺を滅ぼすだけでなく、世界を滅ぼすほどの力を持つ。虚淵が複数存在すれば、世界は、虚淵の災厄に脅かされる。それが封禍師が止めなければいけないシナリオです。」
トワの言葉に、シンは、自身の運命を改めて感じていた。
自分の中にいる溟禍は、虚淵。
そして、羅禍は、新たな虚淵を復活させようとしている。
それは、虚淵、全てを無に返す災厄が、この世界で封禍師とぶつかり合うことを意味していた。
『はぁ……。キミってホント、呑み込みが悪すぎるんだから。ボクの最高のショーに、刺客が複数いるなんて、面白すぎるじゃないか!』
溟禍の不機嫌な声が、シンの心に響く。
しかし、シンは、その声にすら応えることができなかった。
羅禍の目的が、新たな虚淵の復活。
そして、その虚淵が、羅睺を滅ぼすだけでなく、世界を滅ぼすほどの力を持つ。
その事実は、シンの心を深く、そして冷たく包み込んだ。
彼らの運命は、今、羅睺と虚淵、二つの災厄の狭間で、大きく動き出そうとしていた。
次の日
羅睺の瘴気は、以前よりもさらに街中に広がり、シンにしか見えないはずの羅睺の幻影が、時折、他の生徒たちの目にも映り込むようになっていた。
朝のホームルーム、担任の教師が新しい転校生を紹介すると、教室がざわついた。
教壇に立ったのは、見覚えのある少女、天衝サキだった。
彼女の鋭い瞳は、シン、鈴、トワの三人をまっすぐに見据えている。
その視線は、まるで獲物を捉えた猛禽類のようだった。
彼女の霊圧は、廃工場での戦いよりも、さらに研ぎ澄まされ、肌を刺すような鋭さを持っていた。
「天衝サキだ。今日から、この学校でお前らと一緒に勉強することになった。あまり話すのは得意では無いが仲良くしてくれ。」
サキは、淡々と自己紹介を終えると、担任の教師が指定した席へと向かう。
それは、シンたちの席から少し離れた、窓際の席だった。
教室の生徒たちは、サキの凛とした雰囲気に圧倒され、誰も彼女に話しかけることができない。
しかし、シンたち三人は、サキの転校が、羅睺との戦いと無関係ではないことを察していた。
『はぁ……。キミってホント、人気者なんだから。ボクの最高のショーに、観客が増えるのは嬉しいことだね。』
溟禍の不機嫌そうな声が、シンの心に響く。
しかし、シンは、その声にすら応えることができなかった。
サキの転校は、羅睺との戦いが、より身近なものになったことを意味していた。
放課後、シンは、鈴とトワ、そしてサキの四人で、学校の裏庭に集まっていた。
授業中も、休み時間も、サキは誰とも話さず、ただ窓の外を見つめていた。まるで、この学校の日常とは別の世界に生きているかのように。
「天衝さん、なぜ、この学校に……?」
鈴が、サキに尋ねる。その声には、警戒の色が混じっていた。
「封禍衆本部の命令だ。お前たち、特に憑陰シンの監視と、羅睺との戦いのサポート。それが、私の任務。」
サキは、淡々と答える。
彼女の言葉は、シンを道具として見ているようにも聞こえたが、その瞳の奥には、羅睺を滅ぼすという、揺るぎない決意が宿っていた。
彼女の霊圧は、廃工場での戦いよりも、さらに研ぎ澄まされているように感じられた。
「監視、ですか……。」
シンは、サキの言葉に、心が重くなるのを感じた。
羅睺との戦いのために、自分は監視されるべき存在。
その事実は、彼の心を深く、そして冷たく包み込んだ。
「監視だけじゃない。お前の虚淵の力は、羅睺を圧倒する。でも、その力に頼ってばかりじゃ、いつか足を掬われる。羅禍は、常に進化している。お前のその力も、いつか羅禍に通用しなくなる日が来る。だからお前の力を、羅禍を滅ぼすための、本当の力へと導く。それが、私のもう一つの任務だ。」
サキの言葉は、シンを厳しく戒めるものだった。
シンは、サキの言葉に、何も反論できなかった。
羅睺との戦いで、彼は虚淵の力に頼ってばかりいた。
自分の力ではない、溟禍の力に。
そのことを、彼は誰よりも深く理解していたからだ。
「……わかりました。僕、頑張ります。」
シンがそう言うと、サキは、シンをまっすぐに見つめ、何も言わなかった。
しかし、その瞳には、シンへの期待と、羅睺への憎悪が混じっていた。
その日の帰り道、トワが、シンたち三人に提案した。
「羅禍との戦いで、皆さんの霊核は、疲弊しています。
羅睺の瘴気も、濃くなってきている状況です。そして、気分転換も、羅禍との戦いには必要なんです。だから、皆さんショッピングモールに行きましょう。私のデータによると、ショッピングモールは、羅睺の瘴気が最も薄い場所の一つです。羅睺の瘴気から逃れ、気分転換をすること。それが、皆さんの霊核を安定させるための、最善の方法だと思います。」
トワの提案に、シンは驚きを隠せない。
いつも冷静沈着なトワが、気分転換を提案する。
それは、シンたちのことを、羅睺との戦いの道具としてではなく、仲間として見てくれている証拠だと、シンは感じていた。
「いいね〜気分転換も、羅睺との戦いには必要だからね〜それに、シンくんも、羅睺の瘴気から逃れて、少し休んだほうがいいよ〜」
鈴も、トワの提案に賛成した。
サキは、何も言わなかったが、その表情には、羅睺との戦いから解放された、微かな安堵の色が浮かんでいた。
四人は、近くのショッピングモールへと向かった。
ショッピングモールは、羅睺の瘴気が最も薄い場所の一つだった。
人々が楽しそうに買い物をする中、シンたちは、羅睺の影から解放され、束の間の平和な時間を過ごしていた。
「見てください、この服!憑陰くん、きっと似合いますよ!」
トワが、シンにファッション雑誌を見せる。
彼女の表情は、いつもの冷静な表情とは違い、楽しそうだった。
シンは、トワの楽しそうな表情を見て、心が温かくなるのを感じていた。
「……そう、だね。似合う、かな……」
シンがそう言うと、トワは、シンをファッション雑誌のモデルのようにコーディネートし始めた。
トワのコーディネートは、シンの内気な性格を、少しだけ明るく見せてくれた。
シンは、トワのコーディネートに、少しだけ自信を持った。
その日の帰り道、シンは、トワと鈴、そしてサキの三人を見て、心の中で温かみを感じていた。
羅睺との戦い、虚淵の力、そして孤独。もちろん、幸せなことだけじゃ無いが、仲間達と過ごすこの温かい日常の中で、自分の心が癒されていくようだった。
羅睺を滅ぼすだけでなく、誰かを守ること。
『それが、俺の存在理由だ』
シンは、自分が生かされた意味を思い出し、羅睺との戦いにそなえるのであった。
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