第十話:真夏の海の攻防戦
羅禍を討ち果たし、廃墟の神社に静寂が戻った後も、シンと鈴の間には、どこか気恥ずかしい空気が流れていた。
鈴をお姫様抱っこしたまま羅禍を討伐したシン。
そして、その間、彼の温かさと力強さを肌で感じていた鈴。
羅睺の瘴気が完全に消えた後も、二人の心には、嵐とは違う、穏やかな風が吹いていた。
「シンくん〜あの……もう、大丈夫だよ〜」
シンが鈴を地面に降ろそうとすると、鈴は恥ずかしそうに顔を伏せてそう言った。
シンは、鈴の言葉に、ゆっくりと彼女を地面に降ろす。
「ごめん、鈴。無理させちゃったな。」
「ううん、違うの!シンくん、ありがとう……。私、シンくんが助けてくれたから、本当に、本当に嬉しかった。」
鈴は、顔を真っ赤にして、シンをまっすぐに見つめた。
その瞳には、羅禍への恐怖ではなく、シンへの感謝と、それ以上の、特別な感情が宿っていた。
シンは、鈴のまっすぐな瞳に、心が温かくなるのを感じていた。
「帰ろうか、鈴。みんなが待ってる。」
シンは、鈴の手を握り、歩き出した。
鈴は、シンに握られた手に、心が熱くなるのを感じていた。
二人がシンたちの家へと戻ると、リビングには、トワとサキがいた。
トワは、タブレットを操作しながら、テレビに映るニュース番組を見ていた。サキは、無表情にテレビを見ていた。
「ただいま、あれ?皆んな任務から帰ってきてたの?」
シンがそう言うと、トワとサキが、シンと鈴をまっすぐに見つめた。
「おかえりなさい、憑陰くん。鈴さんも、お疲れ様でした。そうですね、今回はサキさんもいたので早く任務を終わらせることが出来ました。そして、今回の任務のデータは、全て解析済みです。羅禍の霊核は、以前よりもさらに強固になっていましたね。コレらから羅禍が、羅睺の瘴気を吸収し、羅禍を強化している可能性が高いです。」
トワは、淡々と羅禍のデータをシンたちに伝える。
その言葉は、いつもの冷静な口調だったが、シンには、トワの瞳の奥に、何か別の感情が隠されているような気がして、少しだけ戸惑った。
「鈴、シンとの任務どうだったか?何か、変わったことはあったのか?」
サキが、鈴に尋ねる。
その言葉は、いつもの鋭い口調だったが、その瞳は、シンと鈴を、鋭く観察していた。
鈴は、サキの言葉に、顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせる。
「え、えぇっと……その、羅禍を倒すのは、大変だったけど、シンくんが、助けてくれて……。」
鈴は、恥ずかしそうに、シンとの任務のことを話した。
サキは、鈴の言葉に、何も反論できなかった。
彼女の瞳には、羅睺への憎悪と、シンへの困惑が混じっていた。
「……そうですか。新しく羅禍のデータは、羅禍の動きに加えて、羅禍の霊力を、さらに詳しく解析する必要がありますね。憑陰くん、もう少し羅禍の霊力を解析してみましょう。」
トワは、シンを自分の隣へと誘う。
シンは、トワの言葉に、鈴に一言、声をかけてから、トワの隣へと向かった。
「鈴、僕、ちょっとトワと話してくるよ。」
シンがそう言うと、鈴は、少し寂しそうな表情を浮かべた。
しかし、シンがトワの隣へと向かうと、鈴の瞳には、シンへの想いと、トワへの複雑な感情が混じっていた。
トワは、シンが隣に座ると、すぐに羅禍のデータをシンに見せ始める。しかし、トワの瞳は、データではなく、シンと鈴の二人を、ずっと観察していた。
トワの表情は、いつもと変わらなかったが、彼女の心の中は、嵐のような感情が渦巻いていた。
『……鈴さんの、心拍数が、異常なほど上昇しています。憑陰シンくんのそばにいるだけで、こんなにも心拍数が上昇するなんて……。これは、羅禍との戦いの緊張感とは違う、別の感情ですかね。これは……恋愛感情というものでしょうか。』
トワは、自分のタブレットに表示された、鈴の心拍数のデータを思い出しながら、冷静に分析していた。
しかし、彼女の心の中では、これまで感じたことのない、不確定な感情が芽生え始めていた。
『……なぜでしょう。憑陰シンくんは、羅禍を滅ぼすための『特異点』。羅禍との戦いに、恋愛感情は不要な感情です。でも……どうして、私の心臓も、こんなにもドキドキするのでしょうか。」
トワは、シンが隣にいるだけで、自分の心拍数が、異常なほど上昇していることに気づく。
それは、データにも、過去の経験にもない、未知の感情だった。
トワは、シンと鈴の様子を、ずっと観察していた。
鈴がシンと話している時、彼女の表情は、まるで花が咲いたように、明るくなっていた。
鈴の瞳は、シンにしか映っていなかった。
「……憑陰くん。私、鈴さんの霊力の変動データを解析して驚きました。今回の羅禍との戦いの最中、鈴さんの霊力は憑陰くんのそばにいるだけで、驚くほど安定していたのです。これは、羅禍との戦いのデータにも、過去の経験にもない、未知の現象です。」
トワは、淡々とシンに話す。
その言葉は、いつもの冷静な口調だったが、その瞳は、シンへの、そして鈴への、複雑な感情が混じっていた。
シンは、トワの言葉に、何も反論できなかった。
彼の心は、トワの言葉に、温かい光に包まれていた。
羅睺を滅ぼすだけでなく、この温かい日常を守ること。それが、シンが戦う理由なのだが、そのせいで、鈴の恋愛感情を仲間が自分に対して安心して背中を預けていると解釈してしまったのである。
そんな事は意図知らず、トワの心の中には、シンへの独占欲が芽生え始めていた。
シンの夢が羅睺を滅ぼすだけでなく、誰かを守ることだと知っているが。
トワは、シンが鈴と話しているのを見て、心が締め付けられるような、痛いような、そんな感情を抱いていた。
『……私のデータに、恋愛感情は、不要な感情です。でも……なぜ、私は、こんなにも、憑陰シンくんを、独り占めしたいと思ってしまうのでしょうか。』
トワは、自分の心の中に芽生えた、不確定な感情に、困惑していた。
彼女は、シンと鈴の間に流れる、温かい空気に、嫉妬のような、そんな感情を抱いていた。
シンとトワが、羅禍のデータを解析する中、鈴は、テレビを見ながら、シンとトワの二人の方を見ていた。
鈴の瞳は、シンへの想いと、鈴もトワと同じくトワへの複雑な感情が混じっていた。
「……シンくん……」
鈴は、小さな声で、シンを呼ぶ。
その声は、シンには届かなかったが、鈴の心の中には、シンへの想いが、確かな形となって、そこにあった。
そんな日から数日後
梅雨が明け、照りつける太陽がアスファルトを揺らす、本格的な夏が到来した。
シン、鈴、トワ、そしてサキの四人は、羅禍との戦いから束の間の休息を得て、海水浴場へと向かうことになった。
シンにとっては、羅睺の瘴気から解放される、貴重な時間だった。
しかし、彼の心には、トワと鈴の間に芽生えた、不確定な感情が、小さな波紋を広げていた。
「わあ、海だ!初めて来たよ〜シンくん、見て見て〜」
鈴が、両手を広げ、太陽の光を浴びながら、白い砂浜を駆け出した。
彼女の瞳は、海の輝きと同じくらい、キラキラと輝いている。
トワも、海を見るのは初めてだったようで、目を輝かせながら、タブレットで海のデータを解析していた。
「水質、気温、湿度……全て、羅睺の瘴気が最も薄い、理想的な環境です。憑陰くん、ここは羅睺の瘴気から解放され、心身ともにリフレッシュできるはずです。」
トワは、淡々とシンに話す。しかし、その瞳は、シンが嬉しそうに海を見つめる姿を、じっと見つめていた。
サキは、無表情に海を見ていたが、その瞳の奥には、羅睺との戦いから解放された、微かな安堵の色が浮かんでいた。
鈴は、水色の水着に身を包み、トワは、白のスクール水着、サキは黒のワンピース水着を着て、海へと入っていく。
シンは、三人の水着姿に、顔が熱くなるのを感じていた。
「シンくん、早くこっち来て〜一緒に泳ごう〜」
鈴が、シンを呼ぶ。
シンは、少し照れくさそうに、海へと入っていく。
四人は、海で、他愛もない会話を楽しみながら、水遊びをしていた。
しかし、その平和な時間は、長くは続かなかった。
突然、海水浴場に、羅睺の瘴気が充満し始めた。
羅睺の瘴気は、海水浴客の負の感情を吸収し、急速に濃くなっている。
羅睺の瘴気に反応し、シンは激しい頭痛に襲われる。
「っ……!羅睺の瘴気が……!」
シンが頭を抱えてうずくまると、鈴とトワ、そしてサキが、シンを心配そうに見つめる。羅睺の瘴気に反応し、三人の霊圧が、無意識のうちに高まり、殺気を放ち始めた。
「羅睺の瘴気が、海水浴場の中に……!羅禍の気配もするよ……!」
鈴が、弓を構え、警戒する。
彼女の瞳は、羅禍を滅ぼすという、揺るぎない決意に燃え上がっていた。
「私のデータによると、羅禍は、海水浴場に設置された、負の感情を増幅させる装置を使い、羅禍を活性化させています!羅禍の目的は、羅禍を活性化させ、羅禍を増殖させることだと……!」
トワが、真理鏡を使い、羅禍の瘴気を解析する。彼女の知性が、羅禍の謎を解き明かす。
「羅禍は、羅睺を操る知能を持っている。羅禍を活性化させ、羅禍を増殖させる……。コイツら羅禍の目的は、羅禍の数を増やし、羅禍を統率する羅睺の王、虚淵を復活させることか……!」
サキが、羅禍の目的を言い当てる。
彼女の言葉に、シンは驚きを隠せない。羅禍は、羅睺を操るだけでなく、虚淵を復活させようとしている。
虚淵は、羅睺を統べる存在。羅睺の王。
羅睺の王が復活すれば、羅睺との戦いは、封禍衆の敗北を意味する。
シンは、羅禍の目的が、虚淵の復活。
そして、そのために、羅睺の瘴気を集めている。その事実は体に、溟禍を封印しているシンの心を深く、そして冷たく包み込んだ。
四人は、海水浴客を避難させ、羅禍の瘴気が最も濃い場所、海の家へと向かった。海の家には、羅禍がいた。羅禍は、羅睺の瘴気を集め、羅禍を活性化させている。
羅禍の背後には、羅睺の瘴気が、羅禍の姿を増幅させているかのように見えた。
羅禍の姿は、以前戦った羅禍とは違う、より禍々しく、より凶悪な姿へと変化していた。
羅禍の霊核は、羅睺の瘴気を吸収し、禍々しい光を放っている。
「羅禍、発見!羅禍の数は、一体。しかし、羅睺の数が異常に多い。羅禍が、羅睺を統率しています!」
トワが、真理鏡を使い、羅禍の位置を特定する。羅禍は、海の家の奥にいた。羅睺の群れを率いて、シンたちを待ち構えている。
「私が羅禍の動きを封じる!その隙に、憑陰くんが羅禍の霊核を狙って!」
鈴が、叫び、弓を構える。
無数の羅睺が、シンたちに襲いかかってきた。鈴は、羅睺の群れを浄化の矢で薙ぎ払い、羅禍の動きを封じようと、結界を張り始めた。
彼女の結界は、羅睺の瘴気を浄化し、羅禍の動きを鈍らせる。
「私は、羅禍の霊力を解析する!羅禍の弱点を見つけるからその間に攻撃を!」
トワが、真理鏡を使い、羅禍の霊力を解析し始める。
彼女の知性が、羅禍の謎を解き明かす。彼女の真理鏡には、羅禍の霊力、羅睺の霊力、そして羅禍が羅睺を操る霊力のデータが映し出されていた。
「工場の時と要領は一緒だ。あんたは、羅禍の霊核を狙う。あんたの虚淵の力なら、羅禍の霊核を無に帰すことができる。邪魔な羅睺は、私が全て叩き潰す!」
サキが、叫び、剣を抜く。彼女の豪快な剣技が、羅睺の群れを次々と薙ぎ払い、シンへの道を切り開いていく。
シンは、鈴とトワ、そしてサキが、自分のために戦ってくれていることを感じていた。孤独な戦いではない。
仲間と共に、羅禍に挑むことができる。その思いが、シンの心を奮い立たせた。
シンは、漆黒の刀を構え、羅禍へと向かって、夜闇の中を駆け出した。羅睺の群れが、シンに襲いかかってくるが、サキの剣技が、羅睺の群れを薙ぎ払う。
鈴の結界が、羅禍の動きを封じ、トワの解析が、羅禍の弱点を見つける。シンは、三人の力を借りて、羅禍へと肉薄する。
羅禍は、シンに襲いかかろうとするが、鈴の結界に阻まれる。
羅禍は、結界の中で暴れ狂うが、その動きは完全に封じられる。
シンは、羅禍の霊核の中心を、羅睺の瘴気を通して視認した。
そこは、羅禍の負の感情の根源、そしてその存在を支える核だ。
シンは深く息を吸い込み、全身の霊力を刀に集中させる。漆黒の刀身が、禍々しいほどの光を放ち始めた。
それは、虚淵の力が完全解放された証だ。
「『無明一閃・虚空断罪』」
羅禍が完全に消滅し、海水浴場には静寂が戻った。
羅禍の瘴気が晴れる中で、シンは、その場に膝をついた。全身から力が抜け、激しい疲労が彼を襲う。
しかし、その顔には、羅禍を討ち果たしたという、確かな達成感が浮かんでいた。
鈴とトワ、そしてサキがシンに駆け寄る。
その時、羅禍が消滅する際に放った、最後の瘴気の波が、彼女たちの水着を固定していた霊力の結界を破壊してしまった。
「きゃっ!?」
鈴が、驚きの声を上げる。
彼女の水着の上衣が、霊力の結界が破壊された衝撃で、海へと流されてしまう。
「ひっ!?ま、まさか……!」
トワも、顔を真っ赤にして、自分の水着が取れてしまったことに気づく。
彼女の白のスクール水着が、霊力の結界が破壊された衝撃で、海へと流されてしまう。
「ちっ……!」
サキも、舌打ちをしながら、自分の水着が取れてしまったことに気づく。
彼女の黒のワンピース水着が、霊力の結界が破壊された衝撃で、海へと流されてしまう。
シンは、三人の裸を見てしまい、顔を真っ赤にして、何も言えなくなってしまった。
三人も、シンに裸を見られてしまったことに気づき、顔を真っ赤にして、シンを睨みつける。
「し、シンくん!目を閉じてっ!」
鈴が、叫ぶ。シンは、慌てて目を閉じる。
「……憑陰くん、私のデータを、更新してください。この状況の、最適な対処法を、早急に導き出す必要があります……!」
トワは、顔を真っ赤にして、シンに懇願する。
「……殺す。」
サキは、無言でシンを睨みつけていた。その瞳には、怒りの炎が燃え上がっている。
シンは、目を閉じたまま、三人の怒りの声を聞きながら、時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。
家に帰るバスの中、シンは、窓の外を眺めていた。
三人の怒りの声が、まだ耳に残っている。彼は、三人に顔を合わせることができず、窓の外を眺めていた。
その時、シンは、肩に温かい重みを感じる。隣を見ると、そこには、ぐっすりと眠る鈴の姿があった。
鈴は、シンの肩に頭を預け、安らかな寝息を立てている。
シンは、鈴の温かさを感じながら、心が温かくなるのを感じていた。羅睺を滅ぼすだけでなく、この温かい日常を守ること。それが、シンが戦う理由なのだと、彼は改めて心に誓った。
「本当に幸せになったな...あの日から比べると段違いなぐらい。」
シンは、鈴の寝顔を優しく見つめながら、彼女の頭に、そっと手を置いた。鈴は、シンの温かさに、さらに深く、彼の肩に顔を埋める。
二人の間には、羅睺との戦いとは違う、温かくて、特別な空気が流れていた。
面白かったらリアクションしていただくと嬉しいです。