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絶禊ノ剣  作者: ハム大福
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第一話:漆黒の胎動

お知らせ

この話は旧アカウントにありましたが新しいものを作って再投稿しているのでまた、よろしくお願いします。



春、出会いや別れの季節。だが、誰しもがそのような体験をするわけでは無い人間もいる、憑陰 シンもその中の1人だった。

「・・・今年こそは気持ちを素直に伝えれるようにならないと・・・」


同時刻、闇に包まれた世界の中に1人の女がいた。


『・・・そんな事どうでも良いから、今年こそは僕を認識してくれないかな?流石にこれ以上耐えられないと思うよ、だから早く僕を・・・見つけてくれ』


暗闇の中で顔を黒いベールで覆った女性は見つけてくれる事を待っているかのように呟いた。


昼休み

「シン、購買で俺のパン買ってこいよ。あと、ジュースもな。」

教室で、不良グループのリーダー格であるケンジが、ニヤニヤしながら憑陰シンに声をかけた。シンは小さく頷き、何も言わずに財布を握りしめた。


「・・・パシリ断れなかったな・・・」

彼にとって、これは日常の光景だった。

生まれつき羅睺(らごう)が見えるせいで、幼い頃から周囲との間に見えない壁を感じてきたシンは、いつしか自分を主張することを諦めていた。


購買部までの廊下は、シンにとって常に薄暗く感じられた。

他の生徒たちには見えない羅睺の影が、校舎の隅々で蠢いているのが分かったからだ。

彼らは人間の負の感情を糧にする、形のない化け物。

シンは、その異質な存在を常に意識しながら、息を潜めるように生きてきた。


パンとジュースを手に教室に戻ると、異変に気づいた。いや、羅睺が見えるシンにしか分からない異変だった。

教室のドアから、黒い靄のようなものが流れ込んでいる。それは、羅睺だった。


ケンジたちはまだ気づいていない。普段のシンなら、見て見ぬふりをしてやり過ごしただろう。

羅睺は、特定の負の感情に引き寄せられて現れる。ケンジたちのいじめの感情が、羅睺を引き寄せたのかもしれない。

「あれ……なんか、寒くね?」

誰かが呟いた瞬間、羅睺の靄が教室の中央で濃くなった。


そして、ぼんやりと人型を形成し始める。それは、生徒たちの不安や疑念が具現化した、おぼろげな幻影だ。

「な、なんだこれ……!?」

ケンジが後ずさり、他の生徒たちもパニックに陥り始めた。


後に知ることだか羅睺には階級があり今回はその中でも低級の影羅睺であった。

影羅睺は羅睺の中でも低級だから物理的な干渉はできない。

しかし、人々の精神を揺さぶり、幻覚と現実が混じったような領域を形成する。


教室の空気が歪み始め、友人たちが互いに疑心暗鬼の目を向け合う幻覚が見え始めた。

シンは震えた。

羅睺は、彼から全てを奪った存在だ。

両親を虚淵の残滓に殺された記憶が、胸を締め付ける。あの時、何もできなかった。逃げることしかできなかった。


だが、今は――。

ケンジが幻覚に囚われ、ナイフを持っているかのように錯覚して自分の腕を切りつけようとするのを見た瞬間、シンの中に何かが弾けた。

「やめろ……!」

シンは叫んだ。それは、彼が生まれて初めて、他人を守るために発した声だった。


震える足を動かし、シンはケンジの前に立ちはだかる。しかし、影羅睺はシンにまとわりつき、彼自身の心にも幻覚を叩きつける。

「お前なんか、どうせ何もできない」「また、大切なものを失うんだ」――。

幻覚と羅睺の瘴気に蝕まれ、シンは膝から崩れ落ちた。全身から力が抜け、意識が薄れていく。

「……ッ、ぐ、ぁあああああ!!」

朦朧とする意識の中、シンの魂の奥底で、何かが激しく光り輝いた。


そこには、漆黒のチャイナドレスを身につけた、顔を黒いベールで覆った女性の姿があった。彼女は、シンを見下ろしていた。

「はぁ……全く、これだから未熟な器は手間がかかる。このボクのショーを台無しにする気かい?」

冷たく、しかしどこか甘やかな、少年のような声がシンの意識に直接響く。


「僕の名前は溟禍(メイカ)だよ覚えておいてね?」

彼女はシンの中に封印された虚淵(キョエン)の意思。その圧倒的な存在感に、シンは息をのんだ。

「いいかい、ボクの唯一の観客。特等席で、ボクの真の輝きを見ているんだよ。…って、別にキミのためにやってるわけじゃないからね!ただ、ボクの器が壊れたら面倒なだけだからな」

溟禍がそう言い放った瞬間、シンの身体を内側から強烈な霊力の奔流が駆け巡った。

それは、彼の魂の奥底に宿る霊核(レイカク)が、溟禍の力と共鳴し、覚醒した瞬間だった。これまで感じたことのない、清浄でいて圧倒的な力が、体中の回路を駆け巡る。


そして、その霊力の奔流がシンの右手に集中し、眩い光を放った。

光が収まると同時に、彼の右手に握られていたのは、見慣れない日本刀だった。

漆黒の鞘に収められ、柄には深淵のような模様が刻まれている。これこそが、霊核の力によって顕現した、彼自身の禊具ケイグだった。


溟禍の力を借りて、初めて具現化したシンの禊具。その日本刀から放たれる清浄な霊気が、教室を満たしていた影羅睺の瘴気を瞬時に吹き飛ばした。


シンは、まだ意識が覚束ないながらも、本能的にその刀を鞘から抜き放った。


「『無明一閃(ムミョウイッセン)』」


シンが居合の構えを取り、一瞬で抜き放った刀から、漆黒の斬撃が放たれた。


それは羅睺の精神そのものを断ち切るように、教室中の影羅睺を一瞬で貫き、塵となって消滅させた。


瘴気が晴れ、幻覚も消え去る。

教室には、何が起こったのか理解できない生徒たちの戸惑った顔と、地面に倒れ伏すシンの姿だけが残された。


身体には痛みが走るが、それ以上に、心に宿った新たな力と、その奥底で輝く溟禍の存在に、言いようのない感覚を覚えていた。



昨日の放課後、シンが意識を失ってから目を覚ますと、そこは保健室のベッドの上だった。


担任の教師が心配そうに覗き込み、「貧血だろう」と告げたが、シンには昨日の出来事がまるで幻のように感じられた。


あの漆黒の日本刀、そして——脳裏に響く、傲慢で、けれどどこか心惹かれる少年のような声。


「……溟禍」

無意識に呟くと、頭の中に声が響いた。

「全く、ようやく目が覚めたのかい?ボクの完璧なショーの途中だったのに、勝手に気絶するなんて、器の分際で生意気だぞ。」

それは、溟禍の声だ。

まだ体の奥底でくすぶっている彼女の存在を、シンは確かに感じ取っていた。


教室に戻ると、生徒たちは昨日の出来事を幻覚だと錯覚させられていた。

ケンジもシンを見ると、顔をしかめて「お前、昨日何してたんだよ?」と声を荒げたが、そこには以前のような暴力的な響きはなかった。


彼らが羅睺の幻覚を覚えていないのは、封禍衆の「処理隊」が迅速に出動し、現場の羅睺の残滓と共に、生徒たちの記憶から羅睺に関する部分を消去したからだ。


羅睺が見えるシンには、ぼんやりとだが、まだ残滓がうごめいているのが分かった。

しかし、彼らにとってはただの集団ヒステリーでしかなかったようだ。



放課後

シンは、昨日羅睺が現れた教室を避けるように、校庭の隅でぼんやりと空を眺めていた。

あの力は、あの刀は、いったい何だったのか。


そして、自分の中にいるという溟禍、全てが現実離れしていて、混乱していた。

その時、背後から澄んだ声がした。


「失礼。あなたが、昨日の件の……憑陰シン、君ですね?」

振り返ると、そこに立っていたのは、シンと同じ高校の制服を着た少女だった。

長く伸ばした髪、知的さを感じさせる瞳。彼女は明神家の出身、真理 トワだ。

彼女の手には、古めかしい装飾が施された掌サイズの『真理鏡・万象シンリキョウ・バンショウ』が握られていた。


「私は真理トワ。明神家の者です。昨日の羅睺の瘴気反応が異常だったため、調査に来ました。」

トワは淡々と告げた。明神家は羅睺の調査を専門とする家系だ。


シンは咄嗟に身構えたが、彼女は羅睺を追う明神家、つまり封禍衆の仲間だと本能的に理解していた。


「昨日の羅睺は、影羅睺としては異例の強い反応を示していました。通常の影羅睺であれば、これほど広範囲にわたる精神干渉はできません。そして、その瘴気が一瞬にして浄化された痕跡も残っている……。一体何があったのか、お聞かせ願えますか?」

トワの視線が、シンの持つスクールバッグにちらりと向けられた。


その中には、昨日の出来事以降、なぜか片時も離れなくなった『月影ノ太刀・虚空ツキカゲノタチ・コクウ』が収められていた。

冷や汗をかく。この刀を見られたら、すべてがバレてしまう。


その瞬間、シンが持つ霊核が、トワの真理鏡に強く反応した。トワの瞳が僅かに見開かれる。

「これは……!並外れた霊核反応……しかも、この澄んだ霊核に、なぜか、理解不能な『虚無』の波動が混じっている……まさか、これが羅睺を浄化した力……?」

トワは警戒を強め、一歩、シンに近づく。


そして、彼女の真理鏡が、まるで空間を透視するかのように、シンの身体の奥底を映し出した。

その時、シンの意識に、溟禍の焦ったような声が響いた。


『はあっ!?何なのアイツ!ボクの器の中を覗き込むなんて、無礼極まりないぞ!!』

シンの身体が、急に強い拒絶反応を示したかのように震え出した。それは、溟禍の無意識の抵抗だった。


同時に、シンの全身から、冷気を帯びた黒い霊気がうっすらと漏れ出す。

「この波動……間違いありません。これは羅睺とは異なる、しかし羅睺を凌駕する『虚無』の、根源的な力……!」

トワの冷静な表情が、驚愕に染まった。


彼女の真理鏡が捉えたのは、シンの霊核の奥底で、まるで漆黒の宇宙のように広がり、煌めく溟禍の姿だったのだ。その姿は、通常の羅睺とは全く異なる、計り知れない存在。


「君の中に……まさか、虚淵がいるというのですか……!?」

トワの動揺が、はっきりと声に現れた。

彼女の視線が、恐怖と警戒、そして強烈な探求心によって複雑に揺れていた。


溟禍の存在が、明神家の知性によって、ついに識られてしまったのだ。

トワは、その場で緊急の報告を封禍衆本部に上げた。

羅睺でもない、虚淵を内包する存在。

明神家の知識をもってしても、このような事態は前例がない。


「本部。明神家、真理トワです。緊急事態を報告します。対象、憑陰シン……彼の体内に、虚淵の意思が確認されました。羅睺を瞬時に浄化する強大な力を持っていますが、その制御は不安定。これは、私一人では到底対処できません。指示を仰ぎます。」

受話器の向こうから、緊迫した声が聞こえてくる。しばらくの沈黙の後、本部からの指示が下された。


「……了解しました。対象は現在、敵性ではないと判断。しかし、その危険性から、厳重な監視下に置く。接触は慎重に。そして……人員を増やす。憑陰シンを監視し、その能力を把握するため、貴君の学校に、護神家の者を転入させる。手続きはすぐに進める。以上。」

トワは電話を切ると、深く息を吐いた。



時を同じくして、遠く離れた護神家の屋敷。

神楽 鈴は、無言で一枚の書類にサインをしていた。

それは、彼女の高校への転入手続きを完了させるものだった。


『転入許可書:私立神正高校 普通科 神楽 鈴』

鈴は、窓から差し込む夕日を静かに見つめた。

その瞳の奥には、新たな使命への決意と、まだ見ぬ憑陰シンという「特異な存在」への、複雑な思いが交錯していた。

彼女の心にも、また一つ、名家としての重圧がのしかかる。


「また……。重圧が増えるのかな……。名家というだけで、周りの期待と責任がこれほど重いとはね、コレだからつくづく嫌になるね〜……。」


彼女の顔には、普段の冷静さとは異なる、疲労の色がはっきりと浮かんでいた。

護神家の重責に加え、虚淵を宿す特異な存在の監視という、新たな重荷が加わったのだ。

「……また、一人で背負い込むことになるのかなぁ。」

鈴のつぶやきは、誰にも届かない、小さな諦めと覚悟を含んでいた。

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