魔法は葉の死に目覚める
朝。
目が覚める。
あの夜の温もりが、まだ胸の奥に残っていた。
昨日――まゆと、恋人になった。
夢だったんじゃないか、って何度も思う。
でも、これは現実だ。願わくば、そうであってほしい。
リビングに行くと、パジャマ姿のまゆがキッチンに立っていた。
窓から差す柔らかな朝日が、彼女のシルエットをふわりと包む。
「おはよう」
「おはよう。コーヒー淹れてるよ」
「ありがとう」
ぎこちない。けれど、その“ぎこちなさ”が、逆にリアルで。
ほんの少しの距離感に、僕は微笑ましさを覚えていた。
「昨日は……ありがとうね」
まゆが、小さな声で言った。
「ううん、こっちこそ」
「よかった、こうして一緒にいられて。これからいっぱい、思い出つくろ?」
「うん。そうだね」
僕は、もっと強くなろうと思った。
まゆのために。未来のために。
「でも、無理しなくていいよ」
まゆは、優しく微笑んで言ってくれた。
⸻
夏休み中のまゆは、今日は家のことをすると言ってくれた。
僕は、探検者の仕事へ。お金を稼がないといけない。
この世界では、モンスターの討伐や依頼遂行を担う、のも探検者の仕事とされている。
最近は遊んでばかりだったから、少しでも戦闘の感覚を取り戻したかった。
ギルドに着くと、相変わらず古びた酒場のような雰囲気だった。
木製の梁と石壁。ざわつく空気。
そして――奥に座っていた受付嬢の姿が、妙に印象的だった。
猫耳。ゴスロリの黒衣装。
不釣り合いに見えて、なぜかしっくりくる不思議な雰囲気。
「依頼、受けたいんですけど」
「はーい、ちょっと待っててくださいね〜」
受付嬢は水晶盤に手をかざしながら、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「うーん……残念。今あなたに紹介できる依頼って、あんまりないですね〜」
「えっ、なんで?」
「ルーキーさん用の依頼が少なくて。今あるのは……おばあちゃんの話し相手、とか?」
「そんなのもあるのか……」
「ありますよ〜。でも、この依頼、ここ10年誰も受けてくれてないんです」
「他になさそうだし……じゃあ、それ受けます」
「ほんと!? ありがとうございます〜!ギルド的にも助かります〜」
そして、彼女はふわりと微笑みながら最後にこう言った。
「でも気をつけて。ちょっと“変わった人”みたいなんで」
⸻
森の外れ、湖のほとり。
湿った木の匂いと、涼やかな風が吹き抜ける場所にその家はあった。
苔むした石段と、風鈴が下がる木製の扉。
ノックをして、声をかける。
「こんにちは〜。探検者ギルドから来ました」
しばらくして、軋む音とともにドアが開いた。
出てきたのは、背の低い白髪のおばあさん。
腰は曲がっていたが、目は鋭く、どこか“見透かす”ような気配があった。
「あら……来てくれたのかい。話し相手の依頼、受けた子は久しぶりだよ」
「はい、僕でよければ」
「ふふ、よく言ったね。さ、上がっておいで」
⸻
家の中は、不思議な香りがした。
乾いた薬草と、火の気配と、どこか懐かしい埃の匂い。
おばあさんと話すこと1時間。
世間話かと思いきや、歴史、魔物、そして魔力の話へとどんどん深まっていった。
ふと、おばあさんが小さな鉢植えを手に取って言った。
「……ちょっと、これを手にのせてみな」
差し出されたのは、緑色の葉っぱだった。
指先にピリッとしたものを感じる。不思議な葉。
「その葉っぱに、“浮け”って念じるのさ。心の底から、風を吹かせるイメージでね」
疑いながらもやってみる
「浮け……浮け……風を……」
すると、次の瞬間。
葉っぱの色が黒ずみ始め、ゆっくりと、しおれていく。
「えっ……!? 枯れた……?」
「……ほう、これは珍しい」
おばあさんは、頷いた。
その顔は、どこか満足げだった。
「アンタ、“変化タイプ”だね」
「変化……タイプ?」
「そう。この“魔力草”は、人の魔力に反応する葉っぱさ。浮けば攻撃タイプ。育てば回復タイプ。増えれば創造タイプ。動き出せば操作タイプそして――葉っぱに枯れれば、“変化タイプ”」
「……それって、いいんですか? 枯れさせたなんて……」
「ふっ、あたしが好きなタイプさ。派手でも癒しでもない。けれど、何かを“変える”魔力を持つ」
「でも……僕、魔法なんて使えたこと……」
「あんた探検者の試験受けただろう?あれは魔法を使える奴と使えない奴を分けてるんだよ。探検者に魔法は必須だからね。」
「実はあの試験を考えたのは私さ、あんたさえ良ければ今後の為に魔法を教えてあげるさね。」
背筋が凍った。
このおばあさんは、普通じゃない。何かが違う。
「さあ、教えてあげるよ。魔法の基本。体の芯を焼かれるような痛みの中でね」
「え……?」
「覚悟しな。甘いもんじゃない。“死んだ方がマシ”って、本気で思うから覚悟決めな!」
⸻
その日、僕の世界は一つ、扉を開いた。
魔法という力。
命を削るような代償。
そして――それでも前に進みたいと願う想い。
すべてが、“枯れた葉”から始まった。