商会のお祝いと、ふたりの距離
そして僕は、シルヴァと一緒に――まゆが働く「マヒャト商会」へとやってきた。
「うわ……やっべぇ、緊張してきた……こんな大きい商会、来るの初めてだ……」
「そうなの?」
僕のつぶやきに、まゆが首をかしげた。
「おうよ! マヒャト商会って、この世界でも五本の指に入るデカい商会だぜ!」
シルヴァが、目を輝かせながら言った。
「まじか!?」
「そうだって! しかもよ、大きい商会の受付ってな、死ぬほどカワイイんだぜ!」
「そういうのがあるんだね!」
「あるんだよッ!」
鼻息荒く語るシルヴァに、僕は苦笑いするしかなかった。
そして僕たちは、緊張と期待の入り混じる空気の中、マヒャト商会へと足を踏み入れた。豪奢なドアを開け、受付まで進むと、そこには笑顔のまゆが立っていた。
「おかえりー! 探検者の資格、取れた??」
「うん、なんとかね!」
「じゃあ今日はお祝いだね!」
「うん! あ、紹介するよ。探検者試験で一緒になった、シルヴァだよ!」
「初めまして! 元くんがお世話になってます!」
シルヴァが少し遅れて、緊張気味に頭を下げる。
「初めまして、シルヴァです!」
「まゆ、今日シルヴァを泊めてもいいかな? 野宿らしくて……」
「もちろん! じゃあ今日は二人のお祝いだね♪」
すると、奥からエリザさんが姿を現した。
「――あら? 元くん、試験受かったの?」
「受かりましたよ!」
「おお~! この町じゃ、探検者は元くんだけよ!」
そう言いながら、エリザさんはふとシルヴァに視線を送る。
「ん? 後ろの彼は?」
「探検者の試験で仲良くなったシルヴァですよ!」
「そうなのね。じゃあ今日は、皆でお祝いね」
「良かったらエリザさんも、ぜひ!」
「ふふっ、お誘いありがとう。……ん~、じゃあお邪魔しちゃおうかな」
まゆがちょっと驚いたような顔をする。その横で、エリザさんがシルヴァと談笑し始めた。そんな中、まゆが僕の耳元でこしょこしょ話してくる。
「……エリザさんが来るなんて珍しいんだよ」
「え? なんで?」
「エリザさん、金髪ロングであのスタイルでしょ? すっごいモテるんだけど、口説かれすぎて嫌になって、貴族とか、でっかい商会のパーティーくらいしか顔出さないの」
「へぇ……そうなんだ。なんで今回来てくれたんだろうね?」
「さぁ……?」
そんな会話を交わしながら、僕とシルヴァは買い出しに出かけた。
──そして帰宅。
「おかえりー!」
明るく迎えてくれたまゆの声に、自然と笑顔がこぼれる。
僕とシルヴァは買った食材をキッチンまで運ぶ。そこでは、エプロン姿のまゆとエリザさんが仲良く並んで、料理を始めていた。
「……やべぇ、嫁を持った気分」
僕とシルヴァは、思わず同時につぶやいた。
きゃっきゃと笑いながら料理を作る二人。そんな光景に目を細めながら、僕らはテーブルで待っていた。
しばらくして料理が運ばれてくる。
バケット、パスタ、アヒージョに……他にも色とりどりの料理が並ぶ。
「じゃあ、かんぱーい!」
ワインを片手に、楽しいお祝いの夜が始まった。
試験の話や、シルヴァが先輩探検者に喧嘩を吹っかけた話、まゆとの日常――いろんな話が飛び交い、笑い声が絶えなかった。
やがて、酒がまわりはじめた頃。
「シルヴァ君、すごい筋肉してるわね」
エリザさんが、ぽつりと呟いた。
「えっ、そっすか?」
シルヴァが照れくさそうに頬をかくと、エリザさんが微笑む。
「うん。……抱きしめてほしいくらいだよ?」
その言葉とともに、エリザさんがじわじわと距離を詰めていく。
「……あの、そろそろ――」
エリザさんがかなり酔ってるのを見て、僕は止めようと立ち上がった。けれど、まゆが袖を引いて首を振る。
「……???」
そのままお開きになり、エリザさんを送っていこうとしたが――すでに彼女はシルヴァの腕に手を絡ませていた。
「……頼んだよ」
「おう……任せとけ」
そんなわけで、エリザさんを連れて、シルヴァは夜の街へと歩いていった。
残された僕とまゆは、二人で片付けをして、そのまま二人だけのお祝い会に移行した。
皿を拭きながらまゆと話していると、不意に彼女が僕の手を握ってきた。
「でも……無理しすぎだよ」
「えっ……?」
「私のこと、大事にしてくれるの、すっごく嬉しい。でも、それは私も同じだから」
「……ん? それって、どういう……」
言いかけたとき。
まゆが僕の頬に、ちゅっと軽くキスをした。
真っ赤な顔で俯くまゆ。
「いつも、行動で示してくれてたから……私も、行動で……」
「まゆ……唇でも、いいんだよ?」
少しだけ、冗談っぽく言ってみると――
「……今度ね」
まゆは、顔を真っ赤にしながら小さく呟いた。
――そして。
待てど暮らせど、シルヴァは帰ってこなかった。
「……寝よっか」
「うん……」
静かな夜の中、僕たちは照れくさい気持ちを胸に、それぞれの布団へと潜り込んだ。