第三次試験──そして、探検者へ
そして僕たちは、いよいよ三次試験の会場へと向かった。
揺れる馬車の中で、試験官の男が口を開く。
「さて、皆さんもここまでよく残りました。参加者も減ってきたので、このあたりで一言挨拶を」
そう前置きしてから、彼はにこやかに続けた。
「私はユクロ。元・プロの探検者です。かつては古代の遺跡を渡り歩き、生業としていましたが──今は怪我で引退し、こうして試験官を務めています」
年季の入った革のコートに、どこか遠くを見るような目。実力者の風格はあった。
そして辿り着いた三次試験の会場は──森だった。
「……さて、三次試験、開始です」
ポツリと、ユクロはそう言った。
「……え?」
参加者全員の頭に、疑問符が浮かぶ。
……なにも言われてないぞ?
その空気に耐えきれず、僕たちの一人が詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待ってください! 試験の内容は? どんな課題なんですか?」
だが、ユクロは肩をすくめるだけだった。
「それについては、お答えできません」
静かな口調だったが、それ以上は何も語らない様子だった。
情報ゼロ。ルールも、制限時間すらも与えられていない。完全なるノーヒント。
(……謎しかない)
だが、ここで立ち止まっていても何も始まらない。
「……とりあえず、動くしかないな」
僕たちはそれぞれ、森の中へと散っていった。何か手がかりがあると信じて。
――しかし、当てが外れた。
どれだけ歩いても、試験らしきものには出会わない。罠も敵も、何もない。ただ、木々と土と、鳥のさえずりがあるだけの静かな森。
そんな中、ふと違和感に気づいた。
(……ん?)
一本の木が、目に留まる。
「この木……キンモクセイ、か?」
だがその木は、葉が枯れていた。おかしい。キンモクセイは常緑樹のはずだ。一年中、葉をつけているのが特徴なのに──。
周囲を見渡すと、同じように葉を落としたキンモクセイがちらほらと点在していた。
(これは……偶然じゃない)
僕は森の地図を取り出し、枯れたキンモクセイの位置を一つずつ記していった。この森はそれほど広くない。注意深く歩けば、すべての異常個所を把握できた。
そして――。
地図を見た僕は、息をのむ。
枯れたキンモクセイは、ある一点を中心に放射状に配置されていた。
(中心……あそこか)
導かれるように、その座標へと向かう。
そして辿り着いたのは──まさかの、試験のスタート地点だった。
そこには、ユクロが静かに立っていた。
「……あの、中心がここだったんですけど」
僕が声をかけると、彼はにっこりと笑った。
「そうです。あなたは、答えに辿り着きました」
それだけを告げて、彼は静かに待機を続ける。しばらくして、もう一人が現れた。
「ここが……中心? ああ、やっぱりそうか」
爽やかな雰囲気の黒髪の青年が言った。年は僕と同じくらいか、少し上だろうか。
「よし、後は一時間待ちます」
ユクロが宣言する。
そして一時間後、声が響いた。
「三次試験、終了です!」
その場にいたのは、僕ともう一人の彼だけだった。
「私のそばにいるお二人以外は、失格となります」
僕と彼の顔を見て、ユクロは微笑む。
「知力の試験、合格です。お二人には探検者の資格を与えましょう」
僕たちは顔を見合わせ、何も言わずに──抱き合った。
「やった……!」
自然に歓声が漏れた。
そして、ユクロが僕たちに渡したのは一本の──鍵。
「この鍵は、どんな扉にも使えます。試しに、この馬車の扉を開けてごらんなさい」
鍵を差し込んで、ドアノブを回す。
次の瞬間、広がったのは賑やかな酒場のような空間だった。
「ここが探検者ギルド。依頼を受けたり、情報を交換したりする拠点です」
ざわめく酒場の奥、カウンターには受付嬢がいた。
「探検者としての登録をお願いします」
もう一人の青年が先に名乗る。
「俺はシルヴァ。よろしくな!」
快活なその声に、自然と笑みがこぼれる。
「僕は、元です。よろしく」
「さて、元さん。どのタイプの探検者として登録されますか?」
受付嬢が淡々と尋ねる。選べるのは、以下の六種類。
1.古代遺跡探検者
2.宝探し探検者
3.美食探検者
4.生物探検者
5.自然探検者
6.未開の地の探検者
僕は迷わなかった。
「未開の地の探検者でお願いします」
その瞬間、酒場にざわめきが走る。
「ははっ、マジかよ……未開の地なんて今どき目指す奴いねえぞ!」
一人の酔っ払いが笑いながら近づいてきた。
「昔なら重宝されたけどな。今じゃ誰もやらねえ。無駄だよ、無駄!」
そこに、シルヴァが割って入った。
「おっさん。人の夢、笑ってんじゃねぇよ」
「……ああ?」
男が胸ぐらをつかみかかると、シルヴァも一歩も引かず睨み返す。
「殺すぞ……」
「やれるもんならやってみろ」
空気が張り詰めた、その瞬間。
「やめんか、二人とも!」
ユクロの一喝が響いた。
「探検者同士の私闘は禁止だ。今すぐ手を離せ!」
二人は睨み合いながらも、静かに手を離した。
「ごめんな、騒がしくしてさ」
シルヴァが肩をすくめて笑う。
「実はな…俺も未開の地の探検者志望なんだよ……だから、放っとけなかったんだよ」
その言葉が嬉しくて、僕は自然と笑った。
「じゃあ一杯奢らせて。ありがとう」
そして僕とシルヴァは酒を飲んだ後僕の街に戻る事にした。