探検者試験・第ニ関門
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一次試験が終わった直後、合格者だけが静かに列を作って歩き出した。
先導するのは、あの無表情な試験官。口数は少ないが、ただ者じゃない雰囲気を全身に纏っている。
僕らが連れて行かれたのは、街の外れにある朽ちかけた古代の闘技場だった。
石造りの壁には、長い年月を経てもなお、血と汗の記憶が染み込んでいる気がした。
試験官が、無機質な声で言い放つ。
「では、ここより第二次試験を開始します」
そして、彼は僕たち一人一人に、妙なものを手渡してきた。
──卵。
手のひらに収まるほどのサイズで、見た目は普通。何の変哲もない、ただの卵だ。
「この卵を──一時間以内に孵化させなさい。できなければ、即・失格です」
そう言い残して、彼は壁際に寄りかかった。腕を組み、こちらを見下ろしている。
「……は?」
受験者の誰もが、意味がわからず顔を見合わせた。
だが、号令とともに皆動き出す。
試験が“普通じゃない”ことは、もう全員が理解していた。だからこそ、誰も疑問を口にしなかった。
エネルギーを注ぐ者。
魔力で包み込む者。
炎で温める者。
祈りを捧げる者すらいた。
僕も、自分の知識と直感をフル稼働させた。だが──何も起きない。
振っても音はしない。光も熱も反応なし。まるで空っぽの石ころだ。
(……なんなんだ、この卵は)
焦りが、じわじわと胃を締めつけてくる。
それでも手を止めたら終わりだ。
藁にもすがる思いで、卵を地面に軽く叩きつけてみた。
──ピシ……ッ。
「……!?」
わずかにヒビが走り、卵が一瞬だけ膨らんだ。ほんのわずか、だが確実な変化。
もう一度、今度は全力で叩きつける。
卵は、ぐん、とバスケットボールほどの大きさまで膨張した。
「……これは…!」
そう思ったのも束の間。
卵は、音もなく元のサイズに戻った。
「……なんだよ、それ」
頭を抱えそうになる。
だが、この瞬間、確信した。
(──この卵、“ダメージ”で成長する。でも、一撃で限界まで育てなければリセットされる。つまり……)
「一撃必殺。」
僕の中で、ある技がよみがえる。
示現流の一撃。
この流派において、二の太刀は敗北を意味する。最初の一撃に、すべてを懸ける。それが、この状況にこれ以上なくフィットする。
剣を構えた瞬間、周囲の音が消えたような気がした。
脳裏に浮かぶのは、かつて“うごきだーす”の分身と戦った時の記憶。
──あいつの一撃は、僕のそれより強かった。
迷いも、恐れも、何もない純粋な殺意が、刃に宿っていた。
「そうか……あれだ」
“技”じゃない。
必要なのは、“心”。
僕は深く息を吸った。
一次試験の“ロウソク”を思い出す。
揺れる炎のように不安定な心を、静かに、沈めていく。
迷いを断ち切り、己のすべてを一刀に込める。
「────示現流」
叫びとともに、僕は刀を振り下ろした。
「一・の・太・刀!!」
瞬間、空気が裂け、閃光のような斬撃が卵に叩き込まれる。
パキャァァアアアン!!
眩い音とともに、卵が割れた。
そして──
「ぴよぴよーっ!」
中から、小さなヒヨコが飛び出してきた。
ふわふわの羽毛。キラキラした瞳。まるで、生命そのものの象徴のようだった。
その瞬間、試験官が無言で僕のもとに現れた。いつの間にか、背後に立っていた。
「二次試験──合格。一番乗りだ」
僕は無意識に肩で息をしていた。汗が背中を伝って流れていく。
まるで、戦場から生還したような達成感と疲労が、同時に襲ってくる。
それからしばらくしても、周囲の受験者たちは、誰一人として成功しなかった。
ダメージは与えても、卵を“孵化”させられない。時間だけが容赦なく過ぎていく。
そして、無情にも終了の鐘が鳴った。
落ちた者たちは、一言も発せず、その場を後にする。
合格者は──わずか十名。
その中で、僕は最初に突破した者として、一歩前に出た。
試験官が口を開く。
「第二次試験、“体”の試験──通過おめでとう。
次が最後。第三次試験会場へ案内する」
……ついに、ここまで来た。
「ふう……」
拳を握り直し、僕は静かに息を吸った。