【初めてのライブ】第6話:『透明じゃいられない』
『透明じゃいられない』
https://youtu.be/21vc2VLO3rg
※こちらで視聴可能です
ライブハウスを揺らした『1から10まで、君に恋して。』の甘酸っぱい余韻が、ゆっくりと消えていく。
会場の空気が再び張り詰める。次にミオがマイクを握った。
「次の曲は、私たちのギタリスト、葵が作詞作曲しました!」
ミオの声がライブハウスに響き渡る。
「静かな葵の内面が、実はめちゃくちゃ熱いことがわかる曲です。聞いてください、『透明じゃいられない』!」
ミオの紹介を受け、葵は一歩前に出る。照明が、彼女の黒髪と白い肌を照らし出した。葵の指が、静かに、しかし確かな存在感でギターの弦をはじく。その音は、まるで秘めた感情が、ゆっくりと氷を溶かしていくようだ。やがて、ルナの堅実なドラムと、ユメカの温かいベース、凛の繊細なキーボードが重なり、曲の輪郭が形作られていく。
ミオの歌声が、最初の一節を歌い始めた。
『透明じゃいられない』
https://youtu.be/21vc2VLO3rg
※こちらで視聴可能です
(ライブの演奏中、葵の脳裏に、この曲ができた時の光景が蘇る――)
『1から10まで、君に恋して。』が完成し、メンバーが次の曲のアイデアを出し合っていた頃。
「次の曲、どうしようかなあ」
ミオが頭を悩ませていた。
「バンドのイメージに合った、熱い曲もいいし、また全然違う雰囲気の曲もチャレンジしたいよね」
ユメカが楽しそうに提案する。
そんな中、葵は黙って、自分のノートのページをそっと破り、ミオに差し出した。
「…これ、歌詞、書いてみた」
ミオは、目を丸くしてそれを受け取った。ユメカとルナも興味津々で覗き込む。
「え、葵が!? 歌詞!?」
ミオが驚きで声を上げた。
普段、言葉を選び、感情をあまり表に出さない葵が、まさか歌詞を書いているとは。
ルナは腕を組み、「ふーん」と口元を緩めた。彼女は、葵の中に秘められた、もっと大きな感情が潜んでいることを、薄々感じ取っていたのかもしれない。
ミオは紙を受け取ると、ゆっくりと読み始めた。
「今日もバスは満員で 誰も目を合わせない
スマホの中じゃ笑顔 現実はただの壁」
「制服の下で叫んでる 『大人ってズルくない?』
気づいてるけど黙ってる それが"正解"らしいね」
ミオの読み上げる声が、スタジオに静かに響く。ユメカは、葵の普段見せない言葉に、少し戸惑ったような表情を見せる。
「葵ちゃん…こんなこと、考えてたんだ…」
ルナは、じっと葵を見つめていた。その瞳は、何かを理解しているかのように静かだ。
「透明じゃいられない 無難なままじゃ生きられない
ため息じゃこの世界 壊せない だから歌うよ――無様でも!
声を出さなきゃ消えるだけ 笑うフリするのもう飽きた
"普通"って誰が決めたの? 私のルールで行くしかない!」
読み終えたミオの手が、小さく震えた。
「葵…これ…」
ミオの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「…私、なんか、感動した。これ、すごいよ。葵の、全部だ…」
ミオは、言葉にできないほど、葵の歌詞に強く共感していた。普段の自分が抱える社会への違和感や、自分らしくありたいという衝動が、葵の言葉で鮮やかに表現されていたからだ。
ユメカも、そっと葵の肩に手を置いた。
「葵ちゃん…無理して笑ってたこと、あったんだね。私、気づいてあげられなくてごめんね」
ユメカの優しい言葉に、葵は小さく首を振った。
「大丈夫。ただ…言葉にするのが、苦手なだけ」
「ミオ、これ、ミオに歌ってほしい」
葵が、静かにミオを見つめて言った。
ミオは「え、私? 葵が書いたんだから、葵が歌えばいいじゃん!」と提案したが、葵は首を横に振った。
「ミオの声でこそ、この歌詞は響く。ミオの、あの情熱的な歌声で、この叫びを届けたい」
葵の言葉に、ミオは深く頷いた。葵が自分に、この曲の「叫び」を託してくれた。その信頼が、ミオの胸に熱く響いた。
その後、ミオと葵を中心に、この曲のメロディとアレンジが練られていった。歌詞の激しさを表現するため、葵のギターリフは一層鋭く、ルナのドラムは力強いビートを刻む。ユメカのベースは、時に優しく、時に激しく全体を支え、凛のキーボードは、静かな感情から爆発的なエネルギーへと、楽曲の表情に深みを与えた。特に葵は、この曲のギターソロに、自分の全ての感情を注ぎ込んだ。言葉にできない想いを、音に変えて。
(回想終わり。ライブのステージへと戻る――)
ミオの歌声が、会場に響き渡る。
『透明じゃいられない! 無難なままじゃ生きられない!』
そのシャウトは、葵の内に秘められた感情そのものだ。
観客は、最初こそ驚いていたが、徐々にその曲が持つ力に引き込まれていく。静かに聴き入っていた彼らの表情が、次第に熱気を帯びていくのが分かる。
そして、葵のギターソロが始まった。
言葉ではない、感情の叫び。不自由さ、不満、そして、それらを打ち破って自分らしく生きたいという強い願望が、弦の上を駆け巡る。葵の指が弦を高速で動き、アンプから放たれる音が、ライブハウスの壁を震わせた。その音は、透明な存在であることを拒否し、自分自身の光を放つ決意を表明しているようだった。
『たんこぶが光るから!』
最後のフレーズが歌い上げられると、再び会場は拍手と歓声に包まれた。
葵は、普段の無表情とは少し違う、達成感と、わずかな安堵の表情を浮かべていた。自分の言葉が、音が、ミオの歌声に乗って、確かに多くの人に届いた。言葉では伝えられない感情が、音楽を通して解放される。その感覚が、何よりも葵を満たしていた。
ライブは続く。次は4曲目。
『透明じゃいられない』
https://youtu.be/21vc2VLO3rg
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