【初めてのライブ】第5話:『1から10まで、君に恋して。』
『1から10まで、君に恋して。』
https://youtu.be/FXpFWEdxbQk
※こちらで視聴可能です
ライブ2曲目の題名は『1から10まで、君に恋して。』
演奏が始まるとライブハウス全体の空間に、しっとりとしたラブソングが行きわたる。
会場の観客たちは、先ほどまでの興奮とは違う、心地よい驚きと期待の表情でステージを見つめていた。
『1から10まで、君に恋して。』
https://youtu.be/FXpFWEdxbQk
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ルナは、ドラムを叩きながら、この曲ができた経緯を思い出していた。
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バンド紹介曲『東京たんこぶ (Tokyo Bump.)』ができて、数日後。
練習スタジオに「東京たんこぶ」の四人――ギターの葵、ベースのユメカ、ボーカルのミオ、ドラムのルナ――が集まっていた。キーボードの凛は、この日は都合がつかず、後で音源を送ることになっていた。
「いやー、『東京たんこぶ (Tokyo Bump.)』、めっちゃいい曲になったね!」
「でも、ライブやるには何曲か必要だよね。次の曲も、そろそろ作り始めたい」
ミオが真剣な顔つきになった。
「『東京たんこぶ (Tokyo Bump.)』はユメカと私が作ったから、次は誰か歌詞書いてみない?」
そう言ったミオの言葉に、ふと、ルナが手を挙げた。
「私、実はすでに書いてみたの」
ミオとユメカは、目を丸くしてルナを見つめた。
「え!? ルナが!?」
「意外!」
普段、練習中にふざけてスティックを投げたり、ドラムを叩くときは「ドラム魔神」になったりするルナ。どちらかというと、理論派の葵とは正反対の直感型で、感性で動くタイプだ。そんなルナが、歌詞を書くというのは、確かに意外だった。
ルナは少し照れたように、金髪ツインテールの頭をかく。
「なんかさ、最近、言いたいこと、言えないことがあって…それを、言葉にしてみたくなったんだよね。別に大したもんじゃないんだけど」
ルナはそう言って、クシャクシャにした紙切れをポケットから取り出した。
「なになに!? どんな歌詞書いたの!?」
ユメカが興味津々でルナの顔を覗き込む。
「…読んだ方が早いか」
ルナは観念したように、紙を開いた。そして、普段の明るい口調とは少し違う、どこか切なさを帯びた声で、自分の書いた歌詞を読み始めた。
「一つ(ひとつ) 人より不器用で
筆箱のすみに 君の名前かく」
ルナの言葉に、スタジオの空気が変わる。ミオは真剣な顔で、ユメカはドキドキした表情で、そして葵は、普段よりも少しだけ、その瞳をルナに向けていた。
「二つ(ふたつ) 二人の恋の歌
まだ始まってないけど、もう止まらない」
ルナの頬が、少しだけ赤く染まる。普段の彼女からは想像できないような、純粋で甘酸っぱい感情が、言葉の端々からにじみ出ていた。
「三つ(みっつ) 見つめるだけの日々
目が合うだけで 心、スキップする」
「四つ(よっつ) 呼んでみたい名前
友だちじゃなくて 特別な声で」
ユメカが「わー!ルナちゃん、恋してるんだ!」と目を輝かせた。ミオは、自分の曲作りで恋愛感情をストレートにぶつけるタイプだが、ルナの素直な言葉選びに、思わず頷いていた。
「五つ(いつつ) いつも通る坂道
君の背中が 今日も遠いなあ」
「六つ(むっつ) 無理やり笑っても
バレてるよね、このドキドキ」
ルナは、読み進めるたびに、少しずつ顔を伏せていく。まるで、自分の秘密を暴かれているかのように。ドラムを叩く時の自信満々な姿とは裏腹に、そこには繊細で不器用な乙女の姿があった。
「七つ(ななつ) 泣きそうな空の下
「好き」って言えたら 雨も平気かも」
「八つ(やっつ) やっとわかったこと
恋ってたぶん、痛くて甘い」
ミオが、その歌詞に強く共感していた。恋の喜びも、苦しさも、全部ひっくるめて歌にする。それがミオのスタイルだが、ルナの歌詞には、飾らない、剥き出しの感情があった。
「九つ(ここのつ) 心が追いつかない
君の言葉に揺れる放課後」
そして、最後のフレーズ。ルナは、顔を上げて、まっすぐ前を見た。
「十くて 届かぬこの想い
たんこぶついても、君にぶつかりたい!」
歌詞を読み終えたルナは、大きく息を吐き出し、バツが悪そうに唇を尖らせた。
「…どう?なんか、恥ずかしいんだけど」
一瞬の沈黙の後、最初に声を上げたのはミオだった。
「ルナ…っ! めっちゃいい! むちゃくちゃいいよ! 私、なんか、泣きそうになった!」
ミオはルナに駆け寄って、肩をバシバシと叩いた。
「わかる…! 私も…! その、たんこぶついてもぶつかりたいってとこ! ルナちゃんらしいね!」
ユメカも瞳を潤ませながら言った。
葵は、いつも通り無口なままだったが、その瞳は優しく、ルナに向けられていた。ルナの内に秘められた、繊細で、しかし強烈な「ぶつかりたい」という感情。それは、「東京たんこぶ」のコンセプトそのものだった。彼女の普段のやんちゃな振る舞いや、ドラム魔神としてのパワフルな演奏からは想像できない、純粋で不器用な恋心。それでも、最後にはバンドの精神「転んでもぶつかる」に繋がる芯の強さ。葵は、ルナという人間が持つ深さに、改めて気づかされた。
「ミオ、これ、メロディつけよう。ぜったい、いい曲になる」
葵は、ルナを見つめたまま、静かにミオに告げた。その言葉に、ルナは驚き、そして、どこかホッとしたような表情を見せた。自分の剥き出しの感情を、メンバーは受け入れてくれたのだ。
「うん! 最高の恋の歌にしようね、ルナ!」
ミオが力強く頷く。
その後、ミオと葵の二人が相談しながら数日で曲を仕上げてくれた。
それはとても綺麗で、真っすぐなメロディ。
きちんとルナの心を無理なく、音楽に乗せてくれていた。
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ステージでドラムを叩きながら、ルナは記憶の中の自分と向き合った。
あの時、恥ずかしくてたまらなかった自分の恋心を、メンバーは受け止めてくれた。ミオは最高のメロディをつけて、葵は繊細なアレンジを施してくれた。凛はキーボードで曲に深みを与え、ユメカはベースで温かさを加えた。
この曲は、自分の個人的な感情が詰まっているけれど、それは同時に、バンドの仲間たちがいてくれたからこそ、形になったものだ。
ミオの透明感のある歌声が、ルナの恋心を乗せて会場に響き渡る。
『…十とおくて 届かぬこの想い
たんこぶついても、君にぶつかりたい!』
最後のフレーズが歌い上げられると、ルナは静かにスティックを叩いた。
目に映る観客の表情は、どこか優しい。恋の歌という、バンドの新たな一面を、観客は確かに受け止めてくれていた。
ルナは、そっと笑みを浮かべた。スティックを握る手から、確かな温かさが伝わってくる。
ライブは続く。次は3曲目。
『1から10まで、君に恋して。』
https://youtu.be/FXpFWEdxbQk
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