【三年の眺望】第29話:『一等星ランナーズ』
『一等星ランナーズ』
https://youtu.be/zuJdHz-hHHc
※こちらで視聴可能です
体育祭の熱狂がまだ肌に残る、数日後の放課後。いつもの練習スタジオは、心地よい筋肉痛と高揚感の名残で満ちていた。メンバーたちは床に座り込み、ペットボトルを片手に今日の練習を振り返っていた。
「いやー、体育祭、マジで燃えたね~!もう一回やりたいくらいだわ!」
ミオが、思い出したように大きな声で叫んだ。その顔は、まだ興奮で少し赤い。
「ミオは特に張り切ってたもんな。リレーの最後の追い上げ、すごかったじゃん。毎朝の遅刻寸前の猛ダッシュが活きたな(笑)」
ルナがニヤニヤしながらミオをからかう。
「うっさいわね!あれは日頃の鍛錬の賜物なの!」
「でもミオちゃん、顔がすごかったよ!鬼みたいだった!」
ユメカが純粋な瞳で追い打ちをかけると、ミオは「ぐぬぬ…」と唸った。
「それより、葵ちゃん!リレーで盛大にずっこけてたけど、本当に大丈夫だった?たんこぶできてない?」
ユメカが心配そうに葵の足元を覗き込む。体育祭のクラス対抗リレーで、葵はアンカーとして走っている最中に派手に転倒してしまったのだ。
葵は、チューニングしていたギターから顔を上げず、静かに、しかしきっぱりと言った。
「……へっちゃら」
その短い一言に、葵らしい強さを感じて、メンバーはほっと胸をなでおろした。
「だよな!転んでもすぐ立ち上がって、また走り出す葵、めちゃくちゃカッコよかったぜ!」
ミオは自分のことのように興奮し、パン!と手を叩いた。
「そうだ!この熱い気持ちが冷めないうちに、曲にしよう!体育祭のアンセム作るぞ!」
「出た、ミオのすぐ曲にしたがるやつ」
ルナが呆れたように言うが、その口元は楽しそうだ。
「タイトルは…『一等星ランナーズ』!どうよ!うちら一人一人が主役で、一番星みたいに輝いてたって意味!」
「おー!なんか壮大で良いじゃん!」
ユメカが目を輝かせる。
「『よーい、ドン!』で世界が動き出す感じとか、風を切って走る感じ、絶対カッコいい曲になる!」
ミオの頭の中では、もうイントロが鳴り響いている。
「でもさ、やっぱ一番グッときたのは、葵が転んだ時だよな。『ドンマイ!』ってクラスのみんなが叫んでさ…」
ミオは感動を思い返しながら、とんでもないことを言い出した。
「そうだ!葵が盛大にずっこけた話、歌詞に入れようぜ!『ヘタクソでもいいんだよ、転んだ数だけ速くなる』とか、『転んだ跡も宝物さ』って感じでさ!」
ミオが名案だとばかりに葵を見ると、葵はゆっくりと顔を上げ、氷のように冷たい視線をミオに向けた。
「………」
何も言わない。だが、その目は全く笑っていなかった。背筋が凍るような無言の圧力に、ミオはゴクリと喉を鳴らした。
「じょ、冗談だって、アオイさん…!アハハ…」
ミオが冷や汗をかきながら後ずさると、葵はふいっと顔をそむけ、再びチューニングに戻った。その場の全員が、葵を怒らせてはいけない、と心に誓った瞬間だった。
「で、でも、勝ち負けだけじゃないドラマが、確かにありましたよね」
場の空気を和ませるように、凛が優しく微笑んだ。
「みんなで一つのバトンを繋いで、声を合わせて応援して…。『ねぇ、今だけは、あたしら主役ってことでしょ?』って、みんなが思ってた気がします」
「そうそう!それ!凛、わかってるー!」
ミオが凛の言葉に救われたように飛びついた。
「葵もさ、なんか一言!あの時の気持ち、どんな感じだった?」
ミオに話を振られ、葵は少しだけ考えるそぶりを見せた後、静かに、しかし力強く言った。
「……無言のエール、音に込めて。今日も弾く、それがすべて」
自分の決めゼリフを、体育祭の感動に重ねてみせた。
その言葉に、スタジオの空気が再び熱を帯びる。
「それだーーーっ!!」
ミオが叫ぶ。
「最後のサビの前に、葵のそのセリフ入れよう!絶対カッコいい!」
「いいね!『駆け抜けろ、一等星ランナーズ!』って感じ、してきた!」
ユメカもすっかり乗り気だ。
こうして、また一つ、「東京たんこぶ」に新しいナンバーが追加されることになった。
体育祭の汗と涙、そしてちょっとしたハプニングが詰まったこの曲は、きっと彼女たちの青春そのものを体現する、最高に熱いアンセムになるだろう。
『一等星ランナーズ』
https://youtu.be/zuJdHz-hHHc
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