【二年の情景】第24話:『サヨナラ微笑み』
『サヨナラ微笑み』
https://youtu.be/ucZaHeRGcp0
※こちらで視聴可能です
秋の気配が深まり、放課後の練習スタジオにも少し肌寒い空気が流れ込むようになった頃。「東京たんこぶ」のメンバーたちは、次のライブに向けて新曲のアイデアを出し合っていた。
「うーん、そろそろバラード系の曲も欲しいよね。ライブのセトリに深みが出るっていうか」
ミオが腕を組み、真剣な表情で提案する。
「セトリって何でしょうか?」と凛が訪ねる。
「ああ、曲順をまとめたセットリストの略ね」とミオが答える。
「いいね!しっとり聴かせる曲、挑戦したい!」
ユメカも目を輝かせる。
「じゃあ、次は誰が書く?ラブソングもいいし、応援歌もいいけど…」
ミオがメンバーの顔を見渡した、その時だった。
いつもは静かに話を聞いている葵が、おもむろに自分のカバンから一冊のノートを取り出した。そして、何も言わずにそのページを破り、テーブルの中央にそっと置いた。
その場の全員が、葵の珍しい行動に視線を集中させる。
「……書いて、みた」
葵は、ボソリとそう呟いた。
「え、葵が!?」
ミオは驚きながらも、どこか期待に満ちた表情でその紙を手に取った。ルナ、ユメカ、凛も、興味津々でミオの手元を覗き込む。
ミオは、咳払いを一つすると、書かれた歌詞を読み上げ始めた。その声は、いつもの熱血ボーカルとは違う、どこか繊細な響きを帯びていた。
「ステージの裏側で
小さくため息つく
本当はね あなたに
気づいてほしかった」
最初の数行で、スタジオの空気が変わった。葵が書く歌詞は、いつも彼女の内なる叫びや強さが込められていたが、今回は違う。痛いほどに切ない、片想いの気配がした。
「ハートのアクセサリー
ふるえる指で触れた
見えない涙も
ライトで隠したよ」
「……葵ちゃん?」
ユメカが心配そうに葵の顔を覗き込む。葵は、ただまっすぐ前を見つめているだけだ。
「サヨナラ微笑み
バイバイ my sweet dream
手を振る私
少しだけ強がり
心で whisper
『またね』なんて いえないまま」
サビのフレーズを読み上げた瞬間、ルナが息をのんだ。ミオも、言葉を失ったように歌詞を見つめている。これは、ただの片想いの歌じゃない。終わってしまった恋、あるいは、終わらせようとしている恋の歌だ。
「胸がきゅっと痛んだ
きみの笑顔浴びて
胸がきゅっと痛んだ
夢だけじゃ足りない
ひとりの夜がくる」
凛は、そのあまりにもリアルな情景描写に、胸が締め付けられるのを感じていた。
読み終えたミオは、ゆっくりと紙をテーブルに置いた。そして、戸惑いながらも、優しく葵に問いかけた。
「葵…これ、どうしたの?すごく…切ないんだけど…」
「うん…葵ちゃん、大丈夫…?何か、あったの?」
ユメカは、今にも泣き出しそうな顔で葵の手を握った。
「これってさ…もしかして、誰かのこと歌ってたりする?」
ルナが、普段の鋭さとは違う、気遣うような声で尋ねる。
葵は、メンバーの問いかけに答えない。肯定も、否定もしない。ただ静かに、メンバーの顔を一人ずつ見つめた後、ポツリと言った。
「……曲に、なるかな」
その一言で、メンバーは悟った。これ以上は、聞いてはいけないのだと。これが葵の本当の話なのか、それとも完全なフィクションなのか。それは、葵自身が話してくれるまで、待つしかない。
ミオは、深く息を吸い込むと、決意を固めた表情で言った。
「なるよ。絶対になる。これは、最高のバラードにする。葵のこの気持ち、ぜったい無駄にしないから」
その言葉には、バンドのボーカルとしての、そして友人としての強い意志がこもっていた。
「葵ちゃん、もし何かあったら、いつでも話聞くからね!」
ユメカが、ぎゅっと葵の手を握りしめる。
「そーそー。一人で抱えんなよ」
ルナも、ぶっきらぼうな口調の中に、隠しきれない優しさをにじませた。
凛は、静かに葵の隣に寄り添い、その肩にそっと手を置いた。
葵は、そんなメンバーたちの顔をもう一度見渡すと、本当に、ほんのわずかだけ、口元を緩ませたように見えた。そして、小さく頷いた。
「いつかきっと あなたに届くかな」
歌詞の最後のフレーズが、メンバー全員の心に静かに、そして深く響き渡る。
このミステリアスで切ない歌が、バンドの音楽にどんな新しい色を加えるのか。そして、この歌に込められた葵の本当の想いは何なのか。
メンバーは、今はただ、この美しい歌詞に最高のメロディを授けることだけを心に誓った。
『サヨナラ微笑み』
https://youtu.be/ucZaHeRGcp0
※こちらで視聴可能です




