【バンド結成秘話】第2話:熱血ボーカルとドラム魔神の発見
葵とユメカのバンド活動は、小さな一歩から始まった。
放課後になると、二人は音楽室や図書室にこもり、夢中になってバンドメンバー募集の情報を漁った。校内掲示板には、ユメカが頑張って書いた手書きのチラシが貼り出された。「ボーカルとドラム募集! 一緒に最高の音を作ろう!」という、ユメカらしい能天気な文面だ。
「ボーカルとドラムかぁ。見つかるかなぁ、葵ちゃん」
放課後の図書室で、ユメカは音楽雑誌のメンバー募集欄を指でなぞりながら、少し不安そうに顔を上げた。
「大丈夫」
葵は短く答えた。言葉は少ないが、その声には確かな響きがあった。葵の静かな自信が、ユメカの不安を少しだけ和らげる。
ある日の週末、二人は町外れの小さなライブハウスを訪れた。校内だけでは見つからないかもしれないと、ユメカがライブハウスにもチラシを貼らせてもらえないかと提案したのだ。ライブハウスのドアを開けると、ちょうどフリーの飛び入り参加ライブが行われていた。
「すみません、あの、バンドメンバー募集のチラシを貼らせていただきたくて……」
ユメカが恐る恐る受付のスタッフに声をかけると、ちょうどステージから力強い歌声が響いてきた。
それは、真っ赤なショートボブの女の子が、マイクを握りしめ、全身で歌い上げている姿だった。感情の全てをぶつけるようなシャウトが、会場の空気を震わせる。
「──! もっとだ! ぶつかれ! どこまでも!」
歌詞は聞き取れなかったが、その歌声は荒削りながらも、魂を揺さぶるような情熱に満ちていた。
「……すごい」
葵は思わずつぶやいた。普段は表情をあまり変えない葵の目が見開かれているのを見て、ユメカも息を呑んだ。
「あの、あの歌声…! 鳥肌立った…!」
歌い終えた少女は、息を切らしながらもマイクスタンドを力強く掴み、深々と頭を下げた。会場からは惜しみない拍手が送られる。
「あんな人が、私たちのボーカルだったらいいのにねぇ」
ユメカが夢見るような眼差しで呟いた。その日、二人はライブハウスにチラシを貼らせてもらい、熱い歌声の余韻を胸に抱いたまま家路についた。
翌日、学校。
下駄箱で靴を履き替えていると、校舎の奥から響く、聞き覚えのある声がした。
「おっはよー! 今日も一日、ぶっ飛ばしていくぞー!」
声のする方を見上げると、そこには見覚えのある赤髪ショートボブ。昨日のライブハウスで歌っていた少女だった。
「ええっ!? 昨日のボーカルの人!? 同じ高校だったの!?」
ユメカが驚きと興奮で叫んだ。少女――ミオは、ユメカの叫びに気づき、こちらを見て目を丸くする。
「あ、あんたたち! 昨日のライブハウスの子たちじゃん! なんか、私のライブ見てくれてたんでしょ?」
ミオは人懐っこい笑顔で駆け寄ってきた。
「はい! 歌、すっごく素敵でした! 私たち、バンドやりたくて、ボーカル探してるんですけど、もしよかったら…」
ユメカは勢い込んでバンドの構想を話し始めた。無口な葵も、ユメカの隣で静かにミオを見つめている。ユメカの言葉に、ミオは目を輝かせた。
「え、まじで!? やりたい! 私、歌うのが何より好きなんだ! 歌で、みんなの心を震わせたいんだよ!」
情熱家のミオは、すぐにバンド加入を決意した。
即決、即断、熱い女である。
ボーカルが見つかり、残るはドラムだけとなった。
「ドラムかあ…誰かいないかなあ」
ミオが腕を組み、考え込む。
「あ! 私と同じクラスに、ドラムめちゃくちゃ上手い子がいるんだよ! 普段は結構おっとりしてるんだけど、ドラム叩くと人が変わるんだよねぇ…」
ミオが思い出したように、目を輝かせた。
数日後、ミオに連れられ、三人はミオのクラスメートがアルバイトしているという音楽スタジオを訪れた。スタジオの防音扉を開けると、そこには金髪ツインテールの少女が、激しくドラムを叩いている姿があった。
ダカダカダカダン! ズンチャカズンチャカ!
そのドラミングは、まるで嵐のようでありながら、確かなグルーヴを刻んでいる。少女の金髪ツインテールが、ヘッドバンギングするように激しく揺れ、その姿はまさに「ドラム魔神」だ。普段のおっとりとしたミオの言葉とは裏腹に、そのドラムは圧倒的な迫力で、スタジオの空気を震わせた。
「ルナ!」
ミオが大きな声で呼びかけると、ルナは最後のシンバルを叩き終え、フッと息を吐いた。
そして、さっきまでの激しい動きとは対照的に、まるで何事もなかったかのように静かに立ち上がり、スティックを優雅に回した。
「え、ミオ。なんでここに?それに、そっちの子たちは…?」
ルナは、冷静な口調でミオに問いかけた。その口調は、先ほどの「ドラム魔神」とはまるで別人のようだ。
「こいつがルナ。私のクラスメートで、ドラムの腕はピカイチなんだ。で、ルナ、こいつらがバンドのメンバーを探してる葵ちゃんとユメカ」ミオが紹介する。
「葵です」「ユメカです」
ユメカが少し緊張しながら自己紹介すると、ルナは二人の顔をじっと見つめた。
「ふーん。二人共本気っぽいし、なんかオーラを感じるよ」
ルナはそう言って、手のひらに持っていたスティックをクルクルと回した。
「私たち、転んでもまた立ち上がる、そういう曲を歌いたいんです! だから、ドラムのルナちゃんが、そのビートを支えてくれたら…!」
ユメカが真剣な眼差しでバンドへの想いを語ると、ルナはフッと小さく笑った。
「コンセプトも面白いね。うん、よし、やってみようか」
ルナはそう言って、再びスティックを握りしめた。その目は、少しだけ輝いているように見えた。
こうして、ギターの葵、ベースのユメカ、ボーカルのミオ、ドラムのルナという、四人のメンバーが揃った。まだバンド名は決まっていない。だが、それぞれの個性と、音楽への情熱が、今まさに一つになろうとしていた。
(続く)