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【バンド結成秘話】第1話:入学式の出会い、秘密の音

真新しい制服の胸元が、少しだけ落ち着かない。

都内某所の都立高校、新入生がひしめき合う教室の喧騒の中で、あおいは静かに自分の席に着いた。


黒髪のロングヘアーが背中でサラリと揺れる。入学式の厳かな雰囲気にまだ体が馴染まず、葵はひっそりと、しかし確かな緊張感を抱いていた。周囲の生徒たちは既にグループを作り、自己紹介を始めている。葵は人見知りがちで、得意ではない。そっと教科書を広げ、視線を落とした。


その時、隣の席から、まるでガラスの破片が飛び散ったような、けたたましい音が響いた。

「っっっっっっっっっ!?」

葵がはっと顔を上げると、ピンク色のふわふわした髪の少女が、両手で顔を覆って固まっている。彼女の足元には、派手に中身をぶちまけたペンケースが転がり、色とりどりのペンや消しゴムが散乱していた。クラス中の視線が、一瞬でその少女に集中する。


「やっちゃった……」

少女は両手で顔を覆ったまま、小さく呻いた。そして、恐る恐る指の隙間から、隣に座る葵の顔を覗き込み、ぺろりと舌を出して笑った。まるで「秘密だよ?」とでも言うかのように、屈託のない笑顔がそこにあった。


その予想外の反応に、葵は驚いた。私なら、こんな状況で笑うなんて、ありえない。

「ご、ごめんね! うるさかったよね! 私、ユメカっていうの! 今日から隣の席だね、よろしくね、ええと…名前教えてくれる?」


ユメカは散らばったペンを慌てて拾いながら、満面の笑顔で葵に話しかけてきた。その人懐っこい笑顔に、葵は無口な自分とは正反対の明るさを感じ、妙な居心地の良さを覚えた。

「私は葵……よろしく」

葵も小さく頷いた。それが、二人の最初の会話だった。


翌朝。

通学路を歩いていると、遠くから「チコク!チコク!遅刻するー!」という、どこか間抜けな叫び声が聞こえてきた。見ると、ピンクの髪が風になびき、全力疾走しているユメカの姿があった。

しかし、その勢い余ってか、ユメカは道端の小石につまづき、派手に転倒した。


「痛っっっ!」

芝生の上に倒れ込み、膝を擦りむき、おでこには早くも小さなたんこぶがポコッと浮かんでいる。

葵は思わず駆け寄った。


「大丈夫、ユメカ?」

心配そうに声をかけると、ユメカは土まみれの手で顔を拭いながら、照れくさそうに笑った。

「あはは、またやっちゃったー! 私、よく転ぶんだぁ」

まるでそれが日常であるかのように、けろりとした表情でユメカは立ち上がった。そのドジっ子ぶりと、それを少しも恥じない明るさに、葵は思わず微笑んだ。


数日後、放課後。

葵は人目を避けるように、校舎の隅にある誰も使わない空き教室へと向かっていた。そこで、おもむろにギターケースから愛機を取り出す。弦に指を滑らせ、アンプのスイッチを入れる。静かな教室に、歪んだギターの音が響き渡った。


「今日も弾く、それがすべて」

いつものように心の中でつぶやき、ピックを握る。葵にとって、ギターは誰にも触れさせない、自分だけの聖域だった。日頃の感情や、言葉にできない衝動を、すべて音に変えて吐き出す。


葵がギターソロを弾きこなしていると、教室の扉がカタリと音を立てた。

「え……?」

振り返ると、そこに立っていたのは、ユメカだった。目を真ん丸にして、口をあんぐりと開けている。


「葵ちゃん! 何それ! すごい! めっちゃかっこいい!」

ユメカは駆け寄ってくると、葵のギターに夢中な視線を送った。葵は、自分の秘密の場所を覗かれたような気がして、少し戸惑った。


「あ、あの…これは…」

「え! 葵ちゃんって、ギター弾けるんだ! しかも、すっごく上手!」

ユメカは瞳を輝かせながら、矢継ぎ早に言葉を続けた。


「私ね、実はベース始めたばっかりなんだよ! まだ全然だけど、葵ちゃんのギター聴いてたら、私、なんか、バンドやりたくなっちゃった!」

ユメカは勢いそのままに、葵の目をまっすぐに見つめた。

「葵ちゃん、一緒にバンドやってみない?」


予想だにしなかったユメカの提案に、葵は言葉を失った。自分のような無口な人間が、バンドなんて。しかし、ユメカのまっすぐな瞳と、そのゆるふわな雰囲気からは想像もできない大胆さに、葵の心は静かに揺さぶられた。この子といたら、何か面白いことが起こるかもしれない。そんな直感が、葵の背中をそっと押した。


「……うん、いいよ」

葵は、自分でも驚くほど素直に、頷いていた。

ユメカは「やったー!」と歓声を上げ、葵の手をぎゅっと握りしめた。その瞬間、葵の心の中に、今までになかった新しい音が生まれ始めるのを感じた。

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