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ランチのひととき

週末のアルコール消毒。

作者: 幻邏

コロンさま主催『酒祭り』参加作品です。


 今日の俺、感染症の波が引いた(世間が慣れた)後にも関わらず、業者が入らず食堂に戻れない社員ダイニングにて、カミさん特製お弁当を食すべく、フタをあける。


 お、今日はオムライスランチか。弁当箱一面が黄色。

 そして、使い切りのケチャップが、包み布の中に入っている。



「あー、ムカつく! このご時世、性別で括るのはダメかもだけど、無理! 何で男って耳持ってないの?!」


 おっと、この声は宮原。かなりご立腹だ。

 最近のランチタイムでは、宮原と伊藤からは不穏な話が飛び出してなかったから、ちょっとワクワクしてる俺がいる。


 ちなみに、弊社社員ダイニングは、お店を畳んだお客さまのご好意で譲って頂いた椅子やテーブルにより、ちょっとした喫茶店のような、オシャレな雰囲気にリニューアルしている。

 俺と伊藤・宮原の間には、なんかオシャレなパーテーションが立っているのだ。

 長机と丸椅子だった頃より、収容数は減ったものの、食堂では無いので収容数重視では無い。



「宮ちゃんとこ、1ヶ月くらい前に異動者入ったよね。珍しい時期に来てるなって思ったけど」

「うん、言ったこと、何ひとつ出来ないの! 言って()()ことしかやらないの! おかげで残業続きだよ」

「うっわ、それなら……いま空いてるから、私が補佐に入ろうか? その様子だと、事務仕事の手も回ってないだろうし、異動者の手間ばかりな状態よね?」

「マジで?! 他の部署に持っていかれる前にお願いするっ! 全然書類に手がついてないの!」


 伊藤は最近どの部署の仕事もできる、オールラウンダーポジションだよな。

 いつの間にか、いろんなところ手伝っているうちに、全ての部署が伊藤を抱えたい。伊藤争奪戦が部課長会議で起きるくらいだ。人を雇え。


「んで、その問題くんは、何をやらかしたの?」

「ついさっきの事で言うと、田中商事の鈴木さんに、見積書送ってとお願いしたら、草川物産の三条さんに送ろうとしてんの……! しかも2日前にメール転送して、相手情報渡してるのに、それも伝えたのにだよ!! もう5回目だよ! 耳持ってんのか問いたいっ!」


 社名、送信相手共に、正誤で何ひとつ掠ってねぇ!

 一歩間違って、中田興業の五十鈴さんがギリレベルだ。

 つーか、宮原さんや……同じ部署の俺に何故言わない……俺一応君の上司ですぞ……。


「出来るムーブだけか……そんなの、ただのお荷物じゃないのよ」

「そうなの、しなくていい残業ってか尻拭いばっか! いない方がマシだよー」


 伊藤、宮原。気持ちはわかるが、ここ社内だぞ。

 外でメシして愚痴った方がいいぞ。っても、こいつらの会話、外でも聞いたことあるな、俺。


「んで、その問題児、それだけじゃないよね?」


 え、ちょっと伊藤さん、貴女が何故勘づいてるの?!! いや、わからんくもないけど。


「うん、見積書の金額勝手にフカしてる……」

「はぁあぁぁ?!」


 はぁあぁぁ?!

 相手次第では、多少増額はするけどさ、もうその算出は済んでいるんだよ……。新規増額なんて指示したことないからね?!


「"物価高だから、このくらいやらないと。これだから宮原さんは甘いんですよ。ドヤァ!" ってされて、ブチ切れそうになった。他にもなんか、あいつ上から目線ばっかな態度多くてイラッとする」

「うっわ……上長に相談した?」


 はい、上長、俺です。されてません。


「課長には言ったけど……先週の頭に言って、今週末まで音沙汰なーし」


 課長から来てません、そんな話。


「んで、勝手にフォーマット作り直されてさ、直近からちょい(ふる)な、過去の見積もりデータと照合しながら、修正片っ端にやってる……だから残業続き……」

「……午後から、営業部行くわ。机空いてるよね」

「うん、むしろ無くても空ける」


 空いてるから大丈夫だぞ。

 どの部署も、伊藤分でこっそり机空けてあるからな。うちだって勿論空けてある。

 ってか、君たち今日は残業せず定時で上がって、お酒でも飲んで発散してください。

 俺が代わりにデータ見るから……ってか、マジでなんで俺まで上がってきてないの、(ほうっ)(れぇん)(すぉお)うぅぅ!!!

 課長が問題? 後で確認しよう。


 久しぶりに重たいお話(深刻度:高)を聞いたぞ。

 ご家庭問題じゃなく、部署が崩壊しそうな話じゃねぇか。

 俺が何も把握してなくて、あとあと俺に責任だけ回ってくるやつじゃねぇか。


 さ、本日は残業です。部長職の俺、22時までの勤務は、残業代出ません。泣きたい……。



◆  ◇  ◆



――業務(定時)終了後


「助かったぁああぁ!! 週末なのに久々の定時ー」

「あの量の改ざんは無いわぁ……。私が覚えている限り4割近く変わってるわよ……」


 宮原と伊藤は、午後に問題のある点を洗い出して、まとめた後、課長ではなく部長へ報告をした。

 課長に言っても、無かったことにされたからだ。

 シゴデキな部長は、すぐに事態を把握してくれた。と2人は胸を撫で下ろす。


「よーし、アルコール消毒だーっ!!」

「汚れ除去ーっ!」


 グッと両手の拳を握る宮原。伊藤も笑顔で同意する。

 ちなみに、消毒に使われるものはエタノール濃度70%から80%で、当然人が飲めるものでは無く。

 彼女たちは、お酒で心の毒除去(デトックス)をするために、アルコール消毒という言葉を使っている。


 そして、半個室の居酒屋へ入った2人。

 オシャレな雰囲気をしたお店っぽく見えるけど、メニューは居酒屋そのもの。

 値上げ事情により厳しい昨今ながら、稼いだ残業代で気兼ねなく飲み食いしようと、宮原は心の財布の紐を緩めていた。


「「定時上がりにかんぱーい!!」」


 ゴッと鈍い音が鳴る。分厚いビアジョッキを互いにぶつけた後は、己の方へ傾けて、喉を鳴らし中身を落とし込む。

 ちなみに、中身はハイボールとレモンサワーである。


「「はーーーっ!!」」


 キンッと冷えたグラスにお酒、喉を通過するほどよい炭酸の刺激が、1日の終わりを告げているような気になり、高揚していくのがわかる。

 お酒を頼んだ時に一緒に注文したおつまみが、次々と運ばれてくる。

 むき枝豆に可愛いピックが刺さっていて、皮レスですぐ食べられるここの枝豆はとてもありがたい。と宮原のお気に入り。

 他、5センチ四方くらいにカットされたチヂミや、アスパラの肉巻き(カット済み)など、片手でポイっと食べられるものをチョイスしていた。


「あ、そうそう。聞いてきたわよ、問題太郎が宮ちゃんに対して、謎に高圧的な理由」

「なになに、なんだったー?」


 問題太郎と仮名をつけていて、本人の名前とはかすりもしないよう、個人情報云々のなんやらに配慮しつつ、言葉を続ける伊藤。


「宮ちゃんが、太郎の元カノに似てるから、だってー」

「っっはああぁぁあぁ?! 何そのキモさ満開な理由、キモっ!! マジでキモい!!!」


 問題太郎は、宮原にだけ態度が悪いので、伊藤がどうしてなのかを本人へ問うと、返ってきた答えがそれだった。

 もちろん宮原は、問題太郎とプライベートでは何ひとつ関わったこともないのに、謎に高圧的な態度を取ってくるため、段々イライラしてきていたのだが、本日理由が判明。


「つーか、彼女であっても、元カノであっても、そんな態度とっていい理由にならねーわ、キモすぎ! モラハラ野郎じゃん!! んでもってセクハラー!! キモいキモい!! キモハラー!!!」

「だよね!」


 もちろんコンプラ案件である。

 伊藤は宮原に共有した後、週明けに部長へ報告することも告げる。


「言おう言おう! ってか、そんなキモい理由だったなんて、悩んで損した!! 知らず知らずのうちにパワハラやっちゃったのかとか、すごく不安だったんだからー!!」


 なんでもハラスメント時代に入った現代、気を使う人はとことん使い、無駄に疲弊してしまうものだ。

 が、宮原の不安は的中せず。

 酒と愚痴が進む。


「しかもさ、問題太郎のやつ、宮原さんは元カノに似てるから、つい親近感湧いちゃうんですよねーとか言ってやがるの!」

「きっっしょ!! 高圧的な態度ってだけで苦手だったのに、キモさまで加わると、もうどうしようもない嫌悪感しか出ない!!」


 嫌いな奴から親近感とか言われても、何も嬉しくないものである。


「いるよねー、そういう奴ってさー。ていうか、『元』でしょ? いつまで引きずってんの? って感じよね」

「ホントホント! 関係終わってんじゃん!」

「元カノは現在付き合ってないだけで、特別な人には変わりない。って思っている奴、中にはいそうよね」

「すでに終わってんのにねー。別に思うだけならいいけど、絶対に外に出すなよ、悟らせるなよって感じだよ」


 思うだけなら好きにすればいい、ご勝手に。

 しかしそれを態度に出すな、と伊藤・宮原は切に思う。


「しかも、宮ちゃん既婚者だし、謎に特別感出されても、周りから変な誤解されそうだわ……」

「うっわ、ありえる……。元カノと重ねられて、無い事無い事言われたりするかもだよねー。ヤバっ」

「異性相手じゃ無いけど、勝手に誤解されて、無い事無い事言われたの、私あるわよ」


 伊藤はふうっと息を吐き捨てて目がすわる。酒のせいではない。


「あー、あったね……。あれもマジで『無い』だったよねー」

「しかも、悪口の理由が、私の名前が羨ましかった、よ? 小学生かってーの!」

「まぁ、あの人、今で言うシワシワネームだったもんね……。けど、イトちゃんの名前って珍しくも無いよねぇ。キラキラでもなく、ごく普通って言われる部類で、あたしもそうなのに」

「そうなのよ。だから不思議でたまらないわ……」


 自分が何ひとつ悪くなくても、狙われることがあり、その理由が理不尽なものの場合、被害者はなかなか消化ができないのだ。

 たまたま、何かしらの理由で自分がターゲットになる。

 そして正当なものでは無いのだが、加害者はそれに気づかない。

 そんなことを話しながら、伊藤と宮原のいるテーブルには、空のグラスが増えていく。



「そーれにしても、納得いかないよー。なーにが元カノだよっ! こっちは先輩だぞーっっ!」


 あまりにも気持ち悪いことで、宮原は何度も愚痴をこぼしてしまう。

 伊藤もローストビーフのサラダを口に頬張りながら頷いている。


「後輩かつ部下で、それでいて勝手に雑に間違った仕事をした上で、高圧的な態度とか、ぶっ飛ばしたくなるわよね!」

「ほんとにっ! コンプラ引っかかりまくりじゃん!! 案件だよ、案件っ!」



◆  ◇  ◆


 さて、本日の俺、残業を含めた終業後。

 全確認しただけで20時だ。是正は来週に回す。ってか本人にやらせる。

 今日のカミさんは、娘たちが学校から帰ると合流して、カミさんの実家に遊びに泊まりで行ってしまった。

 置いていかれた(休みが取れなかった)俺は、半個室の居酒屋で、晩ごはん・残業お疲れ様によるアルコール消毒を兼ねてやってきたのだが……。

 隣のエリアで、よく見知った人たちが、盛大に愚痴をこぼしているようだ。


「ってか、会社の人が『元カレ』に似てたら、イトちゃん、どうする?」

「そりゃー、大人の対応しつつ全力で避けるわよ、できるポジションなら」

「だーよーねー」


 こいつら、お酒の力もあってか、話を繰り返してくれるので、ちょっと助かった。

 なんとなくってか、バッチリ把握できた。

 たまにいるんだよな、勘違い野郎……。元カノに似ていて、がっつり付き合っていた頃の何やらを重ねるバカ……。

 顔が似てなくても、苗字や名前だけで重ねた奴も過去にはいたし……。アホかっての。


「あー、キモいキモい! あいつの態度思い出したらサブイボ止まらなーい!!」

「気持ち悪すぎよね。それなら、ただのバカの方がマシだったわ……」

「ほんとそれ! ただの知らないだけ状態なら、全力で使い物にするように、誰かに頑張ってもらうけどさ」


 宮原よ……、うちの部署にそんな面倒見がいいの、主任くらいだぞ……。確定してるじゃねーか。いいけど。


「理由が理由だし、宮ちゃんから直接言っても、ナメた態度取りそうよね」

「それね! あー、ムカつくー!」


 まだ、想像の段階ながら、俺にもそう思えてきた。

 さ、飲もう。


「ってか、あいつなんで中途半端な時期にきたわけ?!」

「そこは本人も知らないみたい」


 あー、それはあいつがいた元部署で、産休から復帰する方がいるからで、営業にとりあえずで回した感じでした。

 本人が営業もできますって言うからさ……。なんか、ごめん。決めたの俺じゃなくて課長だから。でも、ごめん。


「ってか、この被害って、言っても理解してもらえなさそうー」


 宮原よ……俺は理解したぞ。

 週明け、出来ればいの一番に、俺へ伝えてくれ。今日みたいに。

 俺が勝手に動くとおかしな事になるから、まず宮原もしくは伊藤からのヘルプコールが欲しい。


「ほんとそれ。モテアピールしてるの? とか、あなたのことを特別にみてる証拠じゃない、よかったね。とかトンチンカンなこと言われるパターンに見えるわ……」


 えっ……?! ちょっと伊藤さん、なんでそんな事になるわけ?

 高圧的な態度取られている理由が理不尽で、本人は嫌がっていて、ただのセクハラ案件だろ。これは。

 モテアピールとか、俺絶対に思わないからね?!

 どうしよう、俺がそう思う部類の人間だって、宮原・伊藤から思われていたら……。




――週明け 月曜日 始業1時間前


 今日の俺、なんとなくソワソワしてしまい、早めに出社。

 まぁ、書類の見直しもあるし、静かな時間にやってしまうのが丁度いい。と、思ったら、すでに伊藤と宮原が営業部のデスクに居た。え、何してんの、1時間前だよ?!


「あ、部長おはようございまーす!」

「おはようございます」


 元気にあいさつな宮原。爽やかだぞ。伊藤はいつも通り。


「おはよう。何してんの……?」

「データの修正されたやつ、確認してました。宮ちゃんは午後から外回りなので、午前しか書類出来ないので」

「俺がやっておくって言ったじゃん……」


 パッとパソコンから視線を離した宮原が、明るい顔で口を開いた。


「金曜は書類引き受けてくださり、ありがとうございました! 直ってるのをダブルチェックしておかないとですよー。あと、部長にお伝えする事が」


 きたきたきたっ!! 早く出社してよかった!


「どうした、俺が見た書類全滅……?」


 核心に触れるわけにいかないから、テキトーに言葉を並べてみたが、こっちだったらどうしよう……。


「実は――」




――2週間後


 問題太郎は、別の支店に異動となる。

 課長が勝手に引き入れたあげく、書類を引っかき回し、女性社員へセクハラとやりたい放題。悪質であると部課長会議にて、異動と降格が決定。

 そして社内では、誰が何をやってそうなったのか、公開辞令など無くとも、人を介して広がっていく。

 問題太郎は、自分の態度を反省しやがれ。



「とりあえず、解決だな」


 問題太郎の居た机がスッキリ空っぽになり、俺は胸を撫で下ろす。


 宮原・伊藤から相談してもらった件を、問題太郎に伝えても、そんなつもりはなかった。気をつけると言う、お決まりの逃げをした。

 が、性根など急に変わるわけもなく、相変わらず宮原への高圧的な態度は変わりない。

 都度、俺が注意するも、俺の見れていない時もある。

 ってか、外回りから帰ってきた時、高圧的な態度の現場見ちゃって、俺気づいたら、キレちゃってたんだよね。

 ガン詰めして、問題太郎を泣かしちゃった。


 そんなこんなで、我が営業部に平和が戻る。(俺がキレた後って、3日くらいお通夜みたいな雰囲気になるの、やめてくんねーかな……)



 そして、今回の件でコンプライアンス部から、対策強化のためにアドバイスをくれと、詰め寄られる事になり、俺はしばらくの間、営業部とコンプラ部を行き来する羽目に。

 人を雇えーーー!!!!

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読んでてイラってきました 問題太郎キモ過ぎる…キモくて仕事が使い物にならんて 職場の害悪過ぎる、今までのエッセイに出てきた 使えない社員を悪魔合体させてこうなったんですか? キレてくれた部長に拍手喝…
問題太郎…… 問題児にアダ名が付くのはどこでも一緒ですなぁ。 まあ問題太郎はフィクションでしょうけど。 うちの会社には、ダース●イダーとかアナ●ンとかヨー●とかハ●ソロとかチュー●ッカとか、某宇宙戦…
うーむ、この問題太郎君は本当に厄介な存在ですね。 こんなんでよく社会人が務まったなぁ…と驚かされます。 宮原さんはさぞかし難儀な思いをされた事でしょう。 どうか経口摂取型のアルコール消毒で心をスッキリ…
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