お前!女かよ!
ボクはいつもの様に冒険者ギルドの一階に併設された酒場でお昼ご飯を食べていた。
好物のハンバーグをつつきながら、同じ様に食事を摂っている4人組の冒険者パーティーをぼんやり眺めていると、突然ギルドの入り口が開かれた。
その瞬間ボクだけでなく4人組も反射的にそちらに眼をやった。入ってきたのは見覚えのない大男だった。どうやら珍しいことに『新人』らしい。
そういえば、最近見てなかったな。
彼はボクと4人組を見定める様に一瞥した後、躊躇いなく受付へ歩いて行って、おそらくどこかの冒険者ギルドで発行されたであろう『紹介状』を荷物から取り出し、受付へ渡した。
受付のギルド職員は『紹介状』が正規の物であること確認すると、一旦後ろへ下がった。しばらくすると、また出てきて彼をギルド長の居る部屋へと案内した。
その後ろ姿を見送りながら、ボクは酒場がこれから騒がしくなることを覚悟した。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
「食事中すまねぇ。一杯奢るから相席してもいいか?」
そう言って、例の大男は気さくに話掛けてきた。
彼は部屋から出た後、ボクも泊まっている二階の宿泊施設へ荷物を置いていた。どうやら今夜はここに泊まるつもりらしい。
ボクは食べかけのハンバーグを残したまま、ナイフとフォークを置いた。
ボクじゃなくて4人組の方に行けばいいのに……。
面倒くさいという感情を顔に出しつつも、ボクは大男に言った。
「別に要らない。『新人』に奢らせるわけにはいかないし。」
「そうか、悪いが俺は飲むぜ。」
彼はそう言って受付にビールとつまみを注文しに行った。
言外に相席を拒否したのだが、無視する当たりかなり図太い性格な様だ。
だが、それはこのギルドに来れる時点で多かれ少なかれ必ず備えている気質だった。
ジョッキーとつまみを片手にドカッと目の前に座ると口を開いた。
「おれの名はアレックス、アレクでもアレスでも好きに読んでくれ。おたくの名は?」
「カイだ。短い間だけどよろしく。」
覚えるつもりもない相手の名前をスルーしつつ、ボクはいつも『新人』に言っているお決まりの言葉を大男へ言った。
彼はとりあず一口ビールを飲んだ後、話を続けた。
「担当直入に言うぜ。おれとパーティを組んでくれ。」
「断る。」
ボクはまたお決まりの言葉を彼に告げた。
「理由を聞かせてくれ。なせだ?」
彼もまたお決まりの言葉を口にした。
「リスクが看過できないからだ。『迷宮』は『新人』を連れて行く所じゃない。」
ボクは再び、お決まりの言葉を無表情に告げた。
そして、彼のお決まりの言葉を待った。
「いいぜ!いいぜ!そう来なくちゃな!そうなるよな!」
彼はいい笑顔で口にした。
それは少し予想外な言葉だった。
いつもなら自分が如何に優秀な冒険者かを語る言葉が来るからだ。
そのせいかボクもらしくない言葉を口にしてしまった。
「なんでボクを誘う?そこに丁度良いパーティーがいるでしょ。」
ボクは相変わらず静かに食事をとっている4人組を指さした。
迷宮やダンジョンに潜る冒険者のパーティーは3~6人が適正と一般に言われている。だから4人組はまだ枠が空いていると言えた。
「単純だ。あんたの方が強い!ここの『迷宮』にソロで潜るってことは相当上澄みのはずだ。」
一人飲んでいるボクを見てソロだと断定した様だった。ここには『迷宮』と冒険者ギルドしかない。だからここで一人ということは潜る時も一人という意味だった。
「それは誤解だ。ボクは第一階層で活動している。『モンスター』への対応は第二階層をメインにしている彼らの方が上だ。」
実際、ボクが指さしたパーティーは3年以上もこの『迷宮』に潜り続けている。
しかも『モンスターの出る』第二階層で活動している。
ボクにとっては大先輩だ。というか勧誘理由に『強さ』を語る時点で『迷宮』の事をまるで分かっていない。
「ダメだ。あんたがいい。」
「何があっても断る。『新人』は『新人』同士で組め。それがお互いの為だ。」
ボクは間違いなくギルド長にも言われたであろう言葉を口にした。
「眼の前まで来てお預けなんて、我慢できないぜ。なにせ『新人』なんて滅多にこないだろう?」
「あぁそうだ。でも数ヵ月に一度は来る。一年くらい待てばパーティーが作れる。ここで待つのが嫌なら、街で遊んでろ。」
ここから徒歩3日ほど歩いた所にある大きめの街を思い出しながらそう言った。
それでも大男は食い下がる。
「一年も遊んで待ってたら。腕がなまっちまうよ。」
「腕が多少なまった程度で生存率は変わらない。あきらめろ。」
そんな彼の言葉をボクはばっさり切り捨てた。
だがこの大男は諦めなかった。再び食い下がってくる。
「嫌だ。一緒に行こうぜ『迷宮』に。できれば今すぐ。」
ボクは内心だけでニヤリと邪悪に笑った。
その言葉を待ってたよ。
僕は改めてお決まりの言葉を口にした。
「よし分かった。条件がある。今すぐあそこにある扉を開けて『迷宮』に入って見せてよ。それができたらパーティでもなんでも組んであげる。」
「言ったな!パーティ名でも考えて待ってろ。すぐ行って戻ってくるぞ!」
ジョッキを飲み干した後、威勢良く立ち上がって酒場の奥にある扉へ向かう彼を最高の笑顔でボクは見送った。ここに来る冒険者は血気盛んな奴しかいないから毎度毎度チョロくて助かる。
食事を邪魔されたストレスを彼への嫌がらせで解消しつつ、食事を再開し始めたところで、4人組の1人が話しかけてきた。
「どっちに賭ける?」
面の良い青年が賭けを持ちかけてきた。
「もちろん、『開けられない』方に。そっちは?」
「当然、『開けられない』方に。」
右手で指を3本立てながらそう言ってきた。
「それじゃあ。賭けにならないよ。」
「大丈夫さ、こっちは『審判の部屋』の扉だから。」
青年は良い笑顔でそう言った。
ボクは呆れて続けた。
「尚更無理だよ。ボクもそっちだから。」
「では、『逃げる』かどうかにしよう。僕は『逃げない』方。キミは?」
「それなら『逃げる』方に5枚出そう。」
「いいね。成立だ。」
賭けが成立して青年と握手した。
冷めてしまったハンバーグ食べながら賭けの結果を待った。
しばらくすると大男が入っていった扉から凄い勢い出てきた。
よし、服は着てるな。ボクは賭けがドローにならなかった事に安堵した。そのまま賭けの結果をドキドキしながら見守る。
大男は受付をスルーして2階に続く階段の前に差し掛かる。
いいぞ!いけいけ!僕はそのまま階段を昇る事を祈った。
大男は再びドカっとボクの前に座った。
クソが!負けちゃったじゃないかこの野郎。
ボクが賭けに負けた恨みをぶつけてる事など梅雨知らず、大男は叫んだ。
「なんだ!アレは!?」
ボクは賭けの代金である白金貨5枚、金貨500枚分を払いつつ大男の方を見もせず答える。
「『迷宮』への扉だよ。正確には『迷宮』の前にある『審判の部屋』への扉だ。」
「嘘つけ!なんでただの扉からあんな殺気がするんだよ!」
ボクは賭けの勝敗を覆すために大男に言った。
「怖いなら帰れば?」
「このクソ野郎!誰が帰るか!」
どうやら今回の『新人』は『使い物』になるらしい。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
「ようこそ。死と呪いの迷宮『専用』冒険者ギルドへ。新人君改めて名前を聞こうか。」
ボクはようやく増えた新人にそう話しかけた。
「アレックスだ。ちくしょう。試しやがったな。」
「そう怒るなってここじゃみんな通る道だよ。」
2人分のジョッキをテーブルに置きつつ、大男改めてアレックスに言った。
「あんたもやれたのか?」
「あぁやられたね。だから初めての後輩兼パーティメンバーができて嬉しいよ。」
アレックスにジョッキを渡し、ボクは心からそう言った。
「パーティメンバー?どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。『モンスターの出ない』第一階層で一年待ったよ。流石に長かった。」
辛抱強くこの一年を耐えた甲斐が会ったというものだ。
「『モンスターの出ない』第一階層って……まさか、あんたまだ一度も迷宮に潜ってないのか?」
「そうだよ。もう分かると思うけどここの迷宮に一人で入るの『自殺行為』じゃない。ただの『自殺』だ。だからあんたじゃなくてカイと呼んでくれ。もうパーティメンバーなんだし。」
ボクは祝杯のビールを一気に飲み干した。
アレックスも遅れてビールを飲み干してから、質問して来た。
「カイ。お前が言ってる第一階層ってのはこの酒場のことだな?」
「そうだよ。ここの冒険者が使ってる隠語の一つ。審判の部屋っていうのもそうだよ。意味はわかるでしょ?」
ボクは迷宮に繋がる扉を指しながら言った。
「あぁ嫌ってほどにな。一年間で何人挑んだんだ?」
「ボクが把握しているだけで4人、途中何度か街に気晴らしに行ったりしたからもう何人かいるかも知れない。」
ボクは名前も覚えていないパーティメンバー候補だった人達を思い返しながら質問に答えた。
「ちっ!一年間で新人が二人だけかよ。想像以上にヤベェなここ。」
アレックスが悪態をついた後受付にビールのおかわりを取りに行った。後に続いてボクもおかわり取りに行く。
ビールで満たされたジョッキを二人でテーブルに持ち帰って話を続ける。
「一応確認するけど、ボクと組むでしょパーティ。」
「あぁもちろんだ。冒険者に二言はねぇ。」
最初にアレックスが持って来たつまみをボクも食べつつ、ビール呷り会話を続けた。
「そう来なくっちゃね。また一年待つのはボクも辛い。」
例え新人が増えてもボクと組んでくれる保証はない。ボクが何もない酒場にずっと入り浸りたっていたのは新人が他のパーティに入る前に捕まえるためだ。ほんと辛かった。ここマジで何もないからね。唯一の楽しみが『新人』が使えるかどうかの賭けだった。賭けに負けたのは痛いが迷宮に挑む権利だと考えれば安い買い物だった。
「情報共有しようか。アレックスはここの迷宮について何を知ってる?」
ボクはアレックスと一年待つ間に収集した情報を共有するため質問した。
「そうだな……死と呪い迷宮で金を稼ぐことはできねぇ。なんせアイテムを持ち帰っても入り口を押さえてるギルドに没収される。だからここへの紹介状の最低条件は冒険者として極めて優秀な成績、具体的にはSランク冒険者認定を受ける事と一定以上の資本能力だ。」
ビールをグビグビ飲みながら、アレックスが答える。
「概ねあってる。確認するけど、お金大丈夫?」
ボクもつられて飲みながら答える。クゥーーッ、ビールが美味い。
「あぁ大丈夫だ。かなり苦労させられたけどな。個人に小国の国家予算レベルを求めるとか頭おかしいぜ。」
アレックスが愚痴り始める。
「だよねー。ボクも苦労させられたよ。正直Sランク昇格より厳しかった。もうワイバーン狩りはしたくないよ。」
ここに来る前に数年間、ひたすらワイバーン狩りしていた頃の記憶思い出しながら口にした。
「アレックスはどうやって稼いだの?」
ボクは待望のパーティメンバーに話を振った。
「おれはひたすら箱開けだな。おれもワイバーン狩りを考えたが、やり続けるうちに値下がりするのが目に見えてたから箱開けで一攫千金狙ってた。」
アレックスの言う箱開けとはダンジョン内で金銀財宝や貴重なマジックアイテムなどの発掘品を探す事だ。別に宝箱に入っているわけではないのだが、『盗掘』より聞こえが良いので冒険者が良く使う表現だった。
「ほんとそれ。途中何度冒険者ギルド焼いてやろうかと思ったよ。あいつらボクの目的知ってるのに買い叩くんだもん。」
故郷にある冒険者ギルドの素材買取受付を思い出していた。あいつらいつか絶対復讐してやる。
「だろうな。あいつらこっちの事情なんてお構いなしだ。箱開けの時にも苦労させられたぜ。おかげで商家や貴族とパイプができたからある意味トントンだが……。」
アレックスがつまみを豪快に食べながら愚痴った。
「商家はわかるけど、貴族はなんで?」
「魔法効果がないただの装飾品だと貴族の方が金払いが良いんだよ。ダンジョン産の『非売品』ってのが社交会で受けるんだと。」
アレックスが面白い事実を告げる。
「へぇー。結構儲かりそうだね。ボクもそっちにすればよかったかも。」
ボクはビールをちびちび飲みながらそうぼやいた。
「悪いことは言わないからやめとけ。当たり外れが多すぎて終わる見通しがつかねぇのがマジで辛いぞ。」
アレックスが苦い顔で手をヒラヒラさせながら答えた。
「なるほどねぇー。確かにワイバーン狩りはある程度見通しが立つから精神的には楽だったかも。」
ボクはワイバーン狩りをしていた頃を思い出しながら言った。
そうやってボクたちパーティの初めての夜は老けていった。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
数ヶ月後、ボクたちは初めての迷宮探索を終えて迷宮側から審判の部屋に入った。
おもむろに服を脱ぎ始めたボクを見てアレックスが質問してきた。
「おいなんで服を脱ぐ。」
「あれ?言ってなかったっけ?この迷宮からアイテムは持ち帰れはないからこの部屋から出る時は強制的に全裸だよ?」
「おい、そんなこと言われてねぇぞ。」
「あーごめんごめん。初日に訂正し忘れた見たい。許して。」
ボクは両手合わせてごめんねのポーズとった。
「たっく、しょうがねぇな。次からはなしにしろよ。」
文句を言いつつアレックスも服を脱ぎ始めた。
服を脱ぎ終えて、全裸で向き合ってボク達は同時に叫んだ。
「「お前!女かよ!」」
そう、ボクたちは女の子パーティだった。