罪人、堂々と曰く
罪人は世界を向いていた。
自身が犯した大罪。
強い恨みを持っていた男とその妻、そして二人の子供を徹底的に痛めつけた上で死に至らしめた惨殺事件。
罪人が犠牲者となった男から受けた仕打ちは酷いものでありながらも、ありふれたものであった。
少なくとも世間も人々もそう判断していた。
「それくらい、どこにでもあるじゃない」
「気持ちは分かるけど、殺すのは明らかにおかしい」
そんな言葉を受けながらも罪人は堂々と立っていた。
判決が言い渡される。
「情状酌量の余地はない」
冷たく突きつけられた判決を見つめながら罪人は口を開いた。
「分かっていないな」
堂々とした声だった。
「情状酌量の余地など始めからあるはずないだろう?」
弁護士が狼狽えるのを無視したままに罪人は世界へ語る。
「本来の私は既にあの男に殺されているんだ。今、ここに立っているのはあいつに殺された私ではない」
狂気に満ちた声でありながら、まるで舞台に立つ大役者のように響く声を受けて人々は彼が語るのに任せた。
「本来の私ならきっとこのようなことをしなかっただろう。だが、ここに立っているのはあいつに殺されて一度死んで生まれ変わった私だ」
静粛な世界に罪人の声が流れて伝わる。
「あなた達が裁いたつもりの私は既に死んでいる。故に裁くことは出来ない。だが、あえて言うならば彼は理不尽に殺された哀れな被害者だ。丁度、私に殺された馬鹿な男達と同じような」
被害者遺族の一人が怒りに吠えた。
そんな遺族に罪人は優雅に告げる。
「安心しろ。君たちの願いは叶う。だが」
彼は世界を睨んで、自身の名を呟く。
「彼の名誉を私は守りきる。彼は哀れに殺された被害者だ。死人である故に君達はもう彼を裁くことは出来ない」
遺族たちが大声で猛り狂う中にありながらも罪人は穏やかに告げた。
「安心しろ。私は死ぬ。そして、私は君達を挑発しているのではない。ただ、君達の勘違いを指摘しているだけなんだ」
言葉を失い、混沌とする世界の中、罪人は何一つ疚しい事のない清々しい顔のまま宣言した。
「一人の善良なる人間を殺した愚かな男。そして、そんな愚かな男を家族諸共惨殺した残忍な犯人。君達が裁くべきは残忍な犯人であって、愚かな男に殺された善良なる人間ではないのさ」
詭弁だ。
そう分かっているのに、世界はそれを受けいれようとしない。
それ故に遺族たちは叫び続ける。
そんな中、罪人は微笑んだ。
「安心してくれ。君達は心ゆく迄、残忍な犯人を恨んで良い。残忍な犯人もまた大切な人を奪った愚かな男……いや、愚かな罪人を恨んで殺したのだから」
こうして、一人の尊い命を奪った罪人は死んだ。
自分自身の愚かな罪により、大切な家族まで巻き込みながら。