杜人
ぼくが、この森を… 森と心を通わせることができる人間。
昔、おじいちゃんがぼくに話してくれた記憶の中から、ふとこの言葉が浮かんできた。
「もり…びと」
イロハモミジとエノキは互いに目を合わせ、驚きの色を浮かべていた。
「杜人!杜人殿を知っているっすか!?」
「君、どこでその『杜人』という名を?」
二人の反応に驚きつつも、ぼくは自分の頭の中に浮かんだ言葉を口にした。
「杜人...それは、おじいちゃんがよく話していた名前なんだ。おじいちゃんが言ってた、杜人の末裔だって。でも、あれはただの昔話だと思っていて…」
口に出してみたものの、杜人が何かなんて、ぼくにはさっぱりわからない。
けれど、二人の表情は一変し、ぼくの言葉に深い意味があると感じているようだった。
イロハモミジがそっとぼくの肩に手を置き、その優しい目でじっと見つめながら言った。
「君のおじいさんは、本当に杜人だったのね?杜人は森と共に生き、森を守る者たちだったわ。でも、長い年月が経ち、人々は森を忘れ、杜人も姿を消してしまった。今となっては、この森の世界でも伝説上の存在となっているわ」
おじいちゃんが伝説の存在?
…まさか、信じられない。
エノキがぼくの方に身を乗り出し、低い声で続けた。
「杜人は、森の声を聞き、森の怒りを鎮めることができる唯一の存在っす。自分らは、杜人を探して旅をしていたっす。おぬしユウ殿がその末裔であるならば、この森を救う力がおぬしにはあるってことっす」
そんなこと言われても、ぼくにできるとは思えないよ。
おじいちゃんが杜人だったかもしれないってのも驚きだけど、それがぼくに何の関係があるって言うんだ?
「でも、ぼくにはそんな力があるとは思えません。おじいちゃんの話を聞いていただけで、何も知らないんです。」
イロハモミジは優しい笑顔を浮かべた。
「森と心を通わせることは、知識や技術じゃないの。心の中から生まれるものよ。君の心には、その力が宿っているわ」
ぼくの・・・心・・・。
でも、恐い。
さっきだって、ぼくは命を危うく落としそうになったんだ。
自分が本当にその役割を果たせるのか?
森を救えるのか?
エノキが真剣な眼差しで続けた。
「今こそ、その力を目覚めさせる時っす。ユウ殿が杜人の末裔であるならば、この森の未来はユウ殿、おぬしの手にかかっているっす」
その言葉が、ぼくの心に深く響いた。
おじいちゃんの言葉、そしてイロハモミジとエノキの真剣さが、ぼくの中に眠っていた何かを呼び覚ましている気がする。
ぼくが、杜人・・・。
もしかしたら本当に…ぼくにできることがあるのかもしれない。
「私たちと一緒に来て」
イロハモミジの表情には、大罪と言われたことの不機嫌さはすっかり消えていた。
おじいちゃん。
一体、おじいちゃんは、この森でどんな景色を見ていたの?
おじいちゃんが、ぼくを残してまで森に旅立ったってことは、
よっぽどのことがこの森で起こっているってことだよね。
深く息を吸い込み、ぼくは決意を固めた。
「わかったよ。ぼくに務まるか分からないけど、できることをやってみる。この森を守るために」
イロハモミジとエノキは満足そうに微笑み、互いに頷き合った。
森には、静かな風が吹き抜け、木々がささやくように揺れた。
それは、森がぼくの決意を受け入れた証のように感じられた。
第一章 旅立ち
ーーーーーーーーーー完ーーーーーーーーーーーーーーー
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
おかげさまで、ユウは無事に森の旅へといざなわれていきました。
連載中に史上最強の台風が通過し、
避難所での生活もいたしました。
なんとか無事に、
また物語を進めることができました。
私の周りに大きな被害はなく、
扉が一枚故障したくらいで済みました。
まだ、台風は消えてはおらず、日本列島をノロノロとゆっくり巡っていくんでしょうか。
全国のみなさまの無事をお祈り申し上げます。
そして、ここで束の間の休息をいただきたいと思います。
次の物語の再開は、9/5(木)朝5:00を予定しています。
また、お会いいたしましょう!