月の果実
入浴後、ぼくたちは食事のためにアトラスの間に戻った。
部屋には、ヨコグラが食卓の準備をしているところだった。
「あ!ヨコグラ伯爵!」
「ユウったら、こら!また変な呼び名をつけて」
「ははは。いいんですよ、何とでもお呼びください、ユウ様。お湯はいかがでしたか?」
「すっごく気持ちがよかったです。こんなのはじめてでした!」
ぼくがそう応えると、イロハ先生はすごく不満そうな表情を浮かべながら、
「結構なお湯でございました!」
と、投げやりに言った。
にこっとヨコグラ伯爵は笑みを投げかけ、ドリンクの入ったグラスを手渡した。
「お風呂上がりに天の川ソーダにございます」
つめたっ!
よく冷えたザックスってことだな。
グラスを見ると黄色の半月のようなものが浮いていた。
「ん?この黄色いのはなんだろう?」
「あ、これは太陽のしずくにございます。別名、月光レモンです」
げっこうれもん・・・?
食べられるのか?
いや、食べられるはずがない。
食べられるものは、この世でザックスしかないんだから。
だとしたら、これは飾りだろうな。
飲み物に飾りを入れるなんていうのは、実に非合理的だ。
ムダ。
手間の浪費。
意味がわからない。
飲み物は、もっとシンプルであるべきだ。
「いかがしましたか?嫌いなものが入っておりましたか?」
ヨコグラ伯爵が、心配そうな表情を浮かべている。
「ユウ!もし、あんたが飲まないなら、私がいただくからね!」
「なんだよ、さっきのお風呂の腹いせかよ」
ったく、イロハ先生ったら、イライラしちゃってさ。
こりゃ早いとこ飲まないと・・・
ン、ッン、ゴク、ゴクっ。
ぷはーっ!
なんだこれは、ザックスの味ではない。
すーーっとするような、抜けるさわやかさ。
そして、なんだろう、これまで経験したことのない味がする。
・・・
・・・
・・・
「うわっ!なにこれっ!初めての感じ!」
「はっはっは!気に入ったか。それが『おいしい』ってことじゃな」
「お、お・・い・・・しい?おいしいよ!おじいちゃん」
・・・・・・
おじいちゃんに森のおやつを食べさせてもらったときの記憶が思い起こされた。
「最高っすね」
「うん!おいしいわね」
ん?
おいしい?
これが?
これが、おいしい?
たしかに、今まで飲んだことのない味だ。
冷たくて、スカっとして、シュワっとして。
「これは、一体。ヨコグラ伯爵。水とザックスをどのような割合で配合してるんですか?水の温度は?」
「お気に召していただけましたなら嬉しいです。これは星水に月光レモンをひとしぼり加えさせていただきました。酸味があってスッキリとした味わいになっているかと思います」
「さんみ?さんみってなんですか」
「はい、すっぱいってことです。月光レモンの果実が、星水に溶け出しているんですよ。もしよろしければ月光レモンもご賞味ください」
え、この黄色いのも食べられるって?
まじかよ。
イロハ先生・・・
えーーーー!にこっとしてる。
エノキさん・・・
えーーーーーー!やっぱりにこっとしてる。
ゴクリ。
この黄色い、奇抜な色のものを食べる・・・
うむ。
パクっ。
んんーーーーーーーーーー!
なんだ。
さ、さわやかなんだけど・・・
「な、なんじゃこりゃーーーー!」
口の中が大変なことに!!
思わず目をつむってしまう味。
明らかにザックスでは出せない味だ。
「ユウ様。すっぱくはなかったですか?月光レモンは、とくにすっぱいことで有名で。ソーダと合わせるとちょうど良い塩梅となるんです。
そのままお召し上がりいただくと、ちょっと驚かれたかもしれません」
「すっぱい・・・?これがすっぱいということ」
「ユウ、なんか変よ?」
「レモンを食べたことがないっすか?」
「いや、なんというか、すっぱい?はじめての味だったものだから・・・」
ぼくは、思わず、もういっぱい
グラスに残っていた星水ソーダを飲んだ。
さっきよりも、口の中が爽快だ!
これが、おいしい、なのか。
ヨコグラ伯爵は、ニコッとした表情でこちらに向けた。
「ユウ様。ささ、大切なお客様。今宵は宴ですよ。どうぞ、こちらへ」
ぼくたちは、食卓に着いた。




