杜人御用達の部屋にて
「エノキさん?エノキさん!」
ヨコグラノキの華麗な仕草をぼーっと見つめていたエノキは、イロハモミジに話しかけられると、あわててこう告げた。
「は!アトラスの間っすな!ヨコグラ殿、手配に感謝っす。ユウ殿、行くっすよ」
なんだか、ぼぉーっとしちゃって、エノキさんどうしちゃったんだ?
それに、ちょっと顔も赤らんで・・・
は!まさか、体調でも悪いのか?
長旅の疲れもあるのかもしれない!早くエノキさんを休ませないと!
「うん!いこう、早く部屋でゆっくりしましょう!」
「はぁ、やれやれね」
全てを見透かしたような表情で、呆れたため息とともにイロハモミジが言った。
「さぁ、お客様。お部屋へご案内をいたします。どうか光の川に身をお任せくださいませ」
ヨコグラノキは、黒いマントから手を出すと、両手のひらを合わせて、唱え始めた。
「我、星の叡智を賜りし者なり。常闇の世、アトラスの間への道を示せ」
あたりが暗くなり、足元に光の道・・・いや、うねうねとした川が走った。
「さあ、お客様。さぞ、お疲れのことでしょう。この川に身を委ねていただきましたなら、お部屋はすぐにございます。ご足労をいただくことはありません。力を抜いて、くつろいでいただいておりましたら、すぐに着きますよ」
「えー!私、泳げないのだけど大丈夫かしら」
「はい、お客様。光は全てを包み込みます。泳がずとも、流れがお客様をお連れいたしますよ。私めもご案内をいたしますので、どうかご安心くださいませ」
おそるおそる光の川に入る。
とぷん。
わっ!
光に包まれて温かい。
それに決して沈みもしないし、息もしやすい。
「すごい!すごいですよ、エノキさん、イロハ先生」
「ほんと?じゃあ私も!!えい」
とぷん。
「はははははは!すごいわ、ほらエノキさんも」
・・・
「また、エノキさん、ぼーっとしちゃって。体調大丈夫かな?」
「ユウ、あんたバカなの?」
「バカとはなんだよ、バカとは!」
「はっ!」
エノキが我に帰ったようだ。
「いいいいいい、行くっす自分も!」
とぷん。
「みなさま光の川に入られましたね。では、身をお任せくださいね」
光の川に包まれて、ぼくたちは部屋へ移動をしていく。
「この時間を利用しまして、少し当館についてご案内をさしあげてもよろしいでしょうか」
ぼくたち3人はコクンとうなづいた。
「ありがとうございます。かつて、この地には6つの星が降り注ぎました。それによって、大きな谷ができたのです。それが、この星が奈路にございます。6つの星のうち、5つはこなごなに砕け散りましたが、星のエネルギーが水を育みました。私たちはそれを星水と呼んでおります。植物たちは星水を吸い、瞬く間にこの地はこのような環境となったのです」
「あぁ、道中でちょっと水を飲んできたんだけど、すごいパワーがみなぎったような気が」
「左様ですか。早速、星水をお召し上がりになったのですね。星水は、知る人ぞ知る名水にございます。ユウ様にお勧めくださった方は、かなり博識でございますね」
「あ、それはエノキさんが・・・」
「よ、よすっすよ、ユウ殿」
エノキは耳まで真っ赤っか。
「ふふ。お客様に気に入っていただき何よりでございます。そして、最後の一つの星からは、芽が出まして、瞬く間に巨木へ成長しました。昔から、この地には、病める人々が集い、心身を癒していったといいます。当館は、この巨木の一部をお借りして、お客様がくつろげる場所にしたものです」
「へぇー、なんてロマンチックなのかしら。星から樹木が生えてきたなんて。今、私たちが立っている場所は、もともと宇宙にあったのね」
「はい、そうでございます。なので、この地で過ごされれば、瞬く間に曲がった腰は伸び、病は治り、疲労はとれ、悩みから解放され、たちまち元気になられます。さあ、お客様、私めの説明にお付き合いをいただきまして、誠にありがとうございました。代々、杜人様方御用達の部屋、アトラスの間に到着いたしました」
目の前に現れた大きな扉が、一人でに開いた。
ぼくたちは光の川を漂い、その部屋の中へ、スルスルっと入っていった。
扉をくぐると、そこには輝く星々が浮かぶ幻想的な空間が広がっていた。
星の光が柔らかく降り注ぎ、部屋全体がまるで夜空の中にいるかのような錯覚を覚える。
「このお部屋は、特別にございます。何が特別かと申しますと––––––」
「わーい!ふかふかよ、ふかふか」
「ったく、イロハ先生っと行儀にはうるさいわりには、一番はしゃぐよな」
と言いつつ、ぼくもダイブ!
もふっ
「うおっ!!ものすごいふかふかだ!」
もふっ
もふっ
「二人とも、こんな立派なお部屋で何やってるっすか。・・・ヨ、ヨコグラ殿、す、す、すまないっす」
「とんでもないことでございます。早速お喜びいただけたようで何よりでございます」
支配人ヨコグラノキは、エノキに告げたあと、イロハモミジとぼくに向き直り、
「お客様、このお部屋。何が特別かと申しますと、そちらでお客様がもふもふされているのは、星ふくろうのアステリオにございます。彼は、このお部屋の守護者であり、お客様のお世話もさせていただきますが、何より星ふくろうの羽毛に抱かれて眠る一晩は最高にございます」
「え!怪異??」
思わず、見たことのない大きな生き物に口をついて出てしまった。
「いえ、怪異じゃないわ。かつて、森にたくさん見られた動物によく似ているわ。私も、この目で見るのは初めてね」
「怪異?」
ヨコグラノキがいぶかしがりながら尋ねた。
ぼくたちは、ここまでのいきさつを話した。
・・・
・・・
・・・
「なるほど、怪異。あなたたちは、”アレ”をそう呼んでいらっしゃるのですね。確かに、怪異の力は強大。あの大精霊アカガシ様まで、怪異の魔の手に・・・ふむ。」
支配人ヨコグラノキは、少し考えたあと、説明に戻った。
「かつてはこの癒しの里にもたくさんの動物が休みにまいりました。今でもたまには顔を見せてくださるのですが、近年めっきり動物のお客様を見なくなりました。動物界で何かあったんでしょうか。アステリオも、もともとはここに羽根を休めに来ていたのですが、居心地がよかったのか、ここに居着いてしまいまして。今では、こうしてアトラスの間のおもてなしをさせていただいてます」
「動物か・・・。どこかで聞いたことあるような、ないような」
でも、確かに、思っていたんだ。
西京で生き物といえば、ぼくたち人間しかいない。
人はなぜこんな姿形をしているのか。
もしかしたら、もっと違う生き物がいるんじゃないかって、ずっと思っていたんだ。
植物も生きているってことは知っていたけれど、西京では滅多に目にすることもない。
だからなのか、死ぬまでに一度は樹木を拝みたいと言っているばあちゃんやじいちゃんが多いことは知っている。
あぁ、今日は、長い一日だった。
たくさんの樹木を見てきたし、精霊たちにも出会った。星ふくろうにも・・・。
「いかがでしょうか、お客様。お部屋は気に入っていただけましたでしょうか」
「はい!とっても」
イロハモミジは満点の返事をした。
「至高の喜びにございます。大浴場は、あちらの扉にございます。大浴場『星のくず湯』に続く扉でございます。他のお客様もいらっしゃるかもしれませんが、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
「あぁ、星のくず湯。なんて、きらきらした響きなのかしら。楽しみー」
イロハ先生、やっぱり浮かれてるよなぁ。




