「おいしい」がない町で
カランカラン。
入口のドアが開く、そのちょっと手前から。
「はあー、あっつ!それに、この今日の息苦しさはなんなの?!あ、ユウー、いつものよろしくねー!」
矢継ぎ早に威勢のいい声が聞こえた。
彼女の名前は、アミ。
まあ、おさななじみってやつだ。
彼女は、いつもこの調子だ。
こっちの顔色なんてうかがわず、ありったけのパワーで声をかけてくる。
「おいおい、あいさつくらいしろよなー。いらっしゃい。いつものね」
アミは、カウンター席に座って、頬杖をつきながら、ぼくが料理をしている姿を眺める。
ザックスの料理には、コツがある。
水とザックスをどんな割合で混ぜるか、だ。
水を入れれば入れるほど、ザックスは柔らかくなる。
水を少なくすれば、歯ごたえを楽しむことができる。
この絶妙なバランスが、ザックスを調理する上で何より大切なことだ。
さらにザックスは、配合する水の温度によって味が変わる。
温かくすれば、辛味が増すし、冷たい水を入れれば、味は甘くなる。
今日は、アミ仕様で、ちょい辛で、やや固めの生地をつくった。
さあ、あとは麺状に細く切るだけだ。
「はい、いつもの。ザックスパスタ1.25辛ね」
「わぁー!これこれ。いただきまーす」
アミは、勢いよく出来立てのザックスパスタをすすった。
「かっら!これこれー!!たまんなーーーい!!!」
アミは、いつもこの反応をしてくれるんだ。
だけどなぁ、アミ。それ1.25辛だぜ。そんなに叫ぶほど辛くはない。
「それにしてもさぁ、ユウ。よく仕事続けてるよねー。そんなに仕事って楽しい?」
アミは、ザックスパスタをほおばりながら、話しかけてきた。
「はぁーーーーっ。だーかーらーっ、もうちょっと行儀よ––––––」
まあ、アミに行儀のことを言っても仕方ない、か。
「うん、まあ料理ほど退屈な仕事はないよ。」
「ふーん———」
どうもこの町で仕事をしている人は、物好きらしい。
働く必要がないからだ。
基本的にロボットがそうじもしてくれるし、料理だってしてくれる。
生活に必要なものは、基本的に政府が全部届けてくれる。
着る物だって、住む場所だって、「ザックス」だって、必要なものはみんな届く。
だから、基本的に部屋にいれば、一日中ごろごろして過ごすことができるんだ。
だから、とくに働く必要もないし、
ここ、「西京」に住む人たちの中に、働く人は多くはない。
日々を何の不自由もなく、ただ淡々と暮らせるのは、幸せなことなのかもしれない。
でも、本当にそうだろうか。
ぼくにはそれがなんかちがう気がしてならないんだ。
時折り、
なんで生きているんだか、分からなくなる。
朝から夜まで、ごろごろしていればいいだなんてさ———。
だったら、なぜぼくには体があるのだろうか。
なぜ足があって、手があるのだろうか。
この目は、もっと多くのものを見るためにあるのだろうし。
この口はたくさんのものを味わうためにあるんじゃないのか。
そう、あの「リンゴ」っていう真っ赤でつやつやした食べ物みたいな。
ああ、もう一度食べてみたい。
ぼくは、あのとき食べた「リンゴ」の味が忘れられない。
あのとき知った「おいしい」って感覚を他の誰かに伝えたくて、
ぼくは、このザックスレストランをはじめたんだった。
不思議なことに、お店は大繁盛している。
「ごちそうさま。ユウ、今日のザックスパスタもなんかよかった!」
「家でロボットがつくる『ザックス』料理と一緒だろ」
「んーん、なんかいいんだよ、ユウの料理は。あ、ジュクレ送っておくね!」
「はい、まいどー、1200ジュクレね」
まだ、「おいしい」という言葉を聞いたことがない。
けど、
「ユウのつくるザックス料理は、なんかいいね」
って、アミは言ってくれる。