反逆の鞭
「気をつけて!」
イロハモミジが急に緊迫した声で叫んだ。
ぼくたちの前に現れたのは、一人の長身の緑髪の女の子だった。
「あ、あの子は!橋の上で助けを求めていた子か!」
彼女はおびえるように腕を組み、視線を外し気味にぼくたちを睨んでいた。
「に、、、人間嫌い!嫌い!!嫌い!!!・・・あんたたち。何しに来たの?」
その声は、冷たく、刺々しかった。
ぼくは咄嗟に答えられずにいたが、エノキが一歩前に出て、低い声で話しかけた。
「スギ殿っすな?」
イロハモミジも続く。
「久しぶりね、スギちゃん。ねぇ、聞いて。わたしたちは、ユウさんを大精霊アカガシ様のもとへ案内するために来たの。お願いだから、ここを通して?」
「この人間を?人間を、鎮守の杜へ入れようってこと?大精霊アカガシ様の御前へ?冗談じゃない!今すぐ立ち去って!」
「スギちゃん、ユウさんはね、杜人さんの末裔なの!私たちを救ってくれる存在かもしれないのよ」
その言葉に、彼女は冷たい笑みを浮かべた。
「す、救う?・・・ふん、モミジ先生、正気なの??あのね、先生。先生こそ騙されてるんじゃないの??先生は確かに、私に教えてくれたよ。自然あっての人間。人間あっての自然だって。でも、人間がわたしたちスギの一族にしてきたことは、到底許せるもんじゃない!!たかが、人間風情が!!わたしたちスギを迫害して、見捨ててきたくせに、笑わせないで」
その言葉に、ぼくは背筋を凍らせた。
「スギ殿、落ち着くっす。ユウ殿は、そんなんじゃないっすよ」
エノキが説得しようとするが、スギの表情は険しいままだ。
「信じられるわけがないよ。わたしがどれだけ人間に尽くしてきたと思ってるの?その結果がこのザマ?森をほったらかしにして、こんなに荒らして!あげくの果てに、わたしたちを撲滅しようとしてる。用が済んだらポイなんて。人間なんて滅んでしまえばいいのよ!」
ビャオンっ!
空気を引き裂く音。
「避けて!」
イロハモミジが叫んだ。
ドゴンっ!
スギの精霊の髪の毛は逆立ち、鋭い針のような鞭がぼくたちに向かって振り下ろされた。
ぶつかった地面は大きく凹んでいた。
こ、こんなん食らったらひとたまりもない。
「スギちゃん、やめるのよ!」
「うるさーーーーい!」
ま、また来る!
ビャオンっ!
チッ!
「ゔっ」
ぼくは瞬間的に身を引いたが、鋭い痛みが背中を襲った。
どうやらスギの鞭がかすめたようだ。
「おい、スギって言ったか?やめてくれ!!」
ぼくは叫んだが、スギはさらに怒りを募らせた。
「やめて?人間にそんなことを言われる筋合いなんてないわ!私たちを散々痛めつけておいて。それに初対面で、呼び捨てだなんて、ますます、許せない!!」
スギはぼくを睨みつけ、三度、鞭を振り上げた。
ぼくは一瞬身を守るために身を縮めたが、エノキとイロハモミジがすぐに前に立ちはだかった。
「あんた!もっと、礼儀には気をつけるべきよ。レディーと接するときには、とくに––––––!!」
「ユウ殿、下がるっす!ここは自分らに任せるっす!」
ビャオン!
「我、森の時を操るものなり。この葉に頑強な力を与え、我らを守り給へ」
イロハモミジが両手を開くと、手のひらからまばゆい光が広がった。光は周囲を包み、木々の葉がたちまち大きく広がり、ぼくらを覆い隠した。
カーン!!!
勢いよく振り下ろされた鞭は、イロハモミジの精霊魔法によって肥大した葉っぱに当たりはじかれた!
「イロハ殿!ナイスパリィっす!」
エノキが叫び、刀を抜いてスギの懐へ向かって突進していく。
「ユウ殿ぉぉぉ!おぬしが、森の怒りを鎮めるのに必要な力を持つ者であるならば、その証を見せてみるっす!」
「ぼくが・・・森の怒りを鎮める・・・?」
ぼくは呟いた。
できるはずがない。やったことがない。
恐怖と混乱が入り混じり、何もできない自分に苛立ちを感じていた。
できない。
できっこない。
スギは、鞭を振り上げた。
エノキは足を大きく開き、咄嗟に刀を構え、スギの追撃に備えた。
ビャオン!
グルグルグル。
エノキの刀が、スギの鞭によって絡め取られた。
「グっ、ううううぅぉぉぉおおおわぁぁぁぁぁあ」
スギはそのままエノキを放り投げてしまった。
ドシーン。
「かはっ。かはっ・・・なんて力・・・っす・・か」
「エノキさん!!」
イロハモミジとぼくの声が重なった。
「ユウーーーーーーーーーっ!今こそ自分を信じて!森の声に耳を傾けて!」
イロハモミジの言葉が、ぼくの耳に響いた。
「耳を・・・傾ける・・・」
ぼくは深く息を吸い込み、目を閉じてみた。
静寂の中で、ぼくは森の鼓動を感じ始めた。
風の音、木々の囁き、そして…スギの心の声が、ぼくの中に流れ込んできた。
「タスケテ。ホントウハタスケテホシイの」
頭の中にスギの気持ちが流れ込んでくる。
これは・・・スギの記憶??
illustrated by
@teraoka.shokai




