2-3
盗賊団にはカラスと名のつく理由がある。巨魁ウロ。ラスクの母でみなのお頭様。アレガの仇敵の女カラスだ。十年経った今、赤の縞模のある暗い赤紫色の着物を着ている。
アレガは今でも母が殺される姿を夢に見る。また、朝ご飯のカメムシを一緒に食べている幸福な夢も。
太陽神がシルバルテ村を見守るために、雷雨を遠ざけ雷神に挑むとき、雨雲と晴れ渡る空に境界ができる夢も見た。実際にその空をアレガは幾度も見たことがあったし、太陽神と雷神が和解して雷神が村人の種まきのときだけ雨を降らせたいと太陽神に頼んでできたのが雨季だというのも知っている。シルバルテ村で種まきはしなかったが、雨季になると雨雲がやって来る度にわくわくした。そんな胸躍らせている夢の中の自分の姿は八歳のままなのだ。
今朝の夢も昨夜の夢も忘れてしまいたい。お頭の顔を見る度に虫唾が走る。
必ずウロに復讐し、殺すつもりだ。
アレガはあのとき吐いた胃液の味を思い出す。鞘で腹を抉られたせいで、朝食のカメムシが口から溢れ出たのだ。母との最期の日のことは一日たりとも忘れたことはない。
女カラスたちは村を蹂躙した後、アレガを罪人よろしくしょっぴいた。吐いたゲロが、みっともないだの、汚い、臭うだのと小突かれて、後ろ手に縄をかけられカラスの女盗賊団の野営地まで歩かされた。
女盗賊団はアレガを鳥だとは認めない。奇異で珍しいと好き勝手弄んだ。
玩弄され、羞恥で死にたいとアレガは何度思ったことだろう。それだけでなく、女とはいえ盗賊は暴力で物事を解決する生き物だった。贄鳥であろうとなかろうと力を誇示した。彼女たちはシルバルテ村の男のように膂力に優れ、食料の取り分は純粋な強さで決まった。アレガが空腹のあまり、どんぐりを隠し持っていると容赦なく没収した――。
樹上から赤鴉が次々に飛び降りてくる。ウロは至極色の翼と赤紫の着物をはためかせて降りて来た。
「金貨の一枚ぐらいくすねなかったのかい? ま、お前にゃ期待してないがね」
そう言われてアレガは、忌々し気に唾を吐く。ウロの前でわざとやってのけた。
「おやおや、下品だね。見たところ金貨はない。おまけに、ぼや騒ぎときたもんだ」
通行人を標的に、金目のものを取ってこいと言ったのはウロだ。あの神官は金目のものなど持っていなかった。
アレガは憤り土を踏みしめて前に躍り出ようとしたら、ラスクに後ろから蹴り倒された。
「お母様。アレガはまだ標的の良し悪しを見極められません。ただのぼや騒ぎではないのです」
「そんなことは分かってるよ。あたしゃ、神官も見たからね。まぁ、えらいのが密林偵察に来たもんだ。小童がまさか、神官の見分けがつかないとはね。雛から出直してくるかい?」
地上に降りた赤鴉らが声に出してゲラゲラ笑った。特に、アレガを馬鹿にしている連中だと声で分かる。三つ子のスズメに、嗜虐医カーシー……。
アレガは膝を起こして立ち上がる。腹や膝についた土にはなりふり構わず、ウロにつかみかかろうとする。駆けだしたその瞬間、下顎に痛烈な蹴りをもらう。ウロの蹴りは容赦がない。脳天まで揺さぶられて、今度は背中から地面に沈んだ。
また、どっと歓声が上がる。お頭様、手加減してやったらどうだい? と嗜虐医の嘲笑が聞こえた。一番図体のでかい女だ。嗜虐趣味もある変態で、ウロ、ラスクのほかでカラスの半鳥人はカーシーしかいない。ウロは何故あの乱暴者で、乱交好きの女を赤鴉に置いているのか理解できない。
「よそ見してるんじゃないよ。反省してるかい? 今回は巻き上げる相手を間違えたね。下見がまったくもって足りないよ」
ウロの足がアレガの頭部をつかみ、地面に押しつけた。アレガは一言も発する機会を与えてもらえず、混濁した意識で窒息しないように土をかきわける。やっと解放されて、ラスクの困惑顔を見上げる。ラスクはウロの隣で黙って見ていた。ウロがアレガから興味をなくし、赤鴉の一団の元へ向かう。労いの言葉を投げかけている。ラスクはウロの後を追うこともしないで見下ろしてくる。
「早く立って下さい。引き上げますよ」
「……うっせぇ。こんな大人数でぞろぞろ出てきやがって」
「口を慎みなー」
オオアオサギの半鳥人が、ラスクに向かって飛びつく。
「ラスク。こんな奴放っとけって」
長い足を大きく後ろに引く。しなる音。まずいと思って立ち上がる間もなく、腹を蹴られた。
「うげっ」
アレガは呻いて飛び起きる。丸められた足は岩のようだった。戦闘班の主戦力とあって、容赦がない。げほげほと咽ながらアレガは怒鳴る。
「ぶっ殺すぞオオアギ!」
十年経って、オオアギは二十九歳。あまり外見は変わらない。オオアオサギのオオアギはあのときと変わらず紺色のポンチョを着ている。何着目か知らないが、同じ色に染め上げて新調している。腰には青と桃色の二色が混じる蛍石を削って作った棍棒を佩いている。棍棒で殴らないだけ、ましなのかもしれないが。
「お頭様が来なかったら、どうなってたか分かってんのかてめー。ラスクも甘めーよ。こいつは、十年経っても恩知らずだ」
恩などない! と反射的にアレガはオオアギの胴に拳を捩じ込む。が、手で受け止められた。そのまま、突き出した腕を捻り上げられる。
「いだだだだ!」
「お頭様に謝れ」
「謝る理由なんかない……」
呻いて歯を食いしばる。
そのまま歩かされたアレガは乱暴に腕を振り払おうともがく。
「あ、しまった。またこいつのお守り役になっちまった。あ、待って、お頭様ぁ! あっしも行きやすぅ」
ウロを筆頭に赤鴉たちは飛び立つ。戦闘班、斥候班、収集班、料理班、衛生班からなる十二名の盗賊だ。滑空、助走、滑空を繰り返す。飛べない斥候班のアレガを戦闘班のオオアギが走れよ! と急かす。
アレガは苛立たし気に土を巻き上げ、駆け出す。ウロに少しでも言いがかりをつけることができる機会は逃したくなかった。だが、オオアギがアレガと並走する羽目になってぶつくさ呟いて、ちょっかいを出したことを後悔していると思えば足取りも軽くなる。
「いいか。お頭様はお前に試練を与えてやってんだぞ」
「知るか。試練を与えて下さいなんて頼んだ覚えはないぞ」
「だーかーらー。あんな仕事でもお前に分けてやってんの。嗜虐医がエナガを虐めなくなっただろ? 何でか分かるか?」
嗜虐医は女同士でも性行為を強制していたらしい。エナガはシマエナガの半鳥人で、アレガが加入する前はよく嗜虐医の標的になっていた。
「さぁ」
「ったくー、本当は分かってんだろ。嗜虐医はお前を痛めつけたいんだって。だから、仕事さえしておけば、お頭様の躾けを受けるだけで済むんだってば」
余計なお世話だ。すでに手遅れ。嗜虐医には何度も酷い玩弄に遭わされている。
一団は野営に辿り着いた。アレガとオオアギが遅れて到着するなり、いつものように「遅いわね」「だるいわね」「じゃまね」と仲間に愚痴られる。三つ子のスズメだ。アレガを入れて四人の斥候班なのだが、アレガだけ一人除け者なので、実質斥候班はアレガ一人のことを指す場合と、三つ子の三人を指す場合もある。
「悪いな三つ子。アレガ、ほら、さっさと手伝ってきな」
五人ほどで入れる天幕四つが取り払われている最中だった。
「はぁ? 都合のいいように命令すんな」
ある者は集めた木の実と採取した虫、果実をバナナの葉で包んで運び出している。引き払う気だ。これまで盗賊団がひとところに長く留まることはなかったが、今回はいくらなんでも早すぎる。昨日ここを拠点にしたばかりだ。とはいえ、原因が少なからず自分にあるような気がしたアレガは黙って柱の解体に取り掛かる。
木の上に村を築いていたシルバルテ村を懐かしく思う。あの頃は、木から木へ飛び移っては蔦を使い、上階から階下へ各々の住まいを訪問するのが楽しかった。今は決まったねぐらもなく、密林を跋扈する女盗賊団につき従う毎日だ。
母ペレカが無残に死んでから、アレガは喪に服すこともできなかった。シルバルテ村の葬儀は埋葬が終わっても縦笛のケーナや竹を音階順に並べた縦笛のシークリと共に、踊りで八日間悼むのだ。死者と共に過ごすことは、おかしなことではないはずだ。村長イグなどの権力者が亡くなりでもすれば、その亡骸を新調した衣類に着替えさせてミイラ化するまで口をこじ開けて、飲食させる習わしがあった。
八歳のアレガが盗賊団の生活に馴染めず、お母さんを返してと泣きついたときには、お頭ウロはあからさまに鼻を摘まんで、「死んだら終わりさね」と苦虫を噛み潰したように口角を下げていたのを覚えている。
アレガは盗賊団がなぜ自分の命を取らなかったのかと自問自答してみる。どこにも逃げようがなかったからか。それは今も変わらない。だが、このままでは終わらない。ウロの寝首をかいてやる――。