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1-2

 怒りの矛先はほかでもなく自分に向いてしまう。何を言い返しても無駄だという諦観が心の奥底に居座る。


「早く走りなさーい。飛べなくてもいいから」


 緑生い茂る丘の上から凛とした母の声が届く。アレガの傍で咲いているイオクロマの紫の花が、声で振動したとアレガは錯覚する。半鳥人の声は歌のような声音で二百メトラム先まで届く。


「ぼくは飛びたいんだ!」


 走るのは得意だ。だが、アレガは飛びたいのであって走りたいのではない。


「飛べないんだってさー」子供らは笑い声をあげて解散した。思い思いの方向へ翼を広げて飛び降りていく。


 アレガは駆け足で子供らを追う。丘のふもとの、白い花びらに赤い雄蕊が目立つフェイジョアの低木が集合場所だ。


 飛翔した子供らを走って追い抜く。村には飛ぶ競技はあるが、駆ける競技はない。もし、駆けっこがあればアレガは間違いなく一位だった。


 母も見ているかとアレガは蒼穹を仰ぐ。


 上空から観覧していた母の赤く長い髪と同じくらい長い尾羽根が、風を受けて(なび)いている。


 アカゲラはキツツキの仲間で頭部に赤い模様がある鳥だ。母の場合は本物の鳥のアカゲラよりも赤の部分が髪色に集中しており、彩度が高く美しい。すらりと伸びた腕は翼の邪魔をしないよう、風に任せている。薄緑のドレスが丘の緑と重なって溶け込む。次第に近づいてきて太陽と重なり、大きな鳥に見せる。アレガは何度見あげても感嘆する。ほかの親鳥たちも、子供たちの飛ぶ勇姿を見ようと、白い花咲くフェイジョアの低木に集まってきた。


 アレガの目の前に舞い降りた母は柔和な笑みを浮かべて、顔を覗き込んでくる。アレガは心の中を見抜かれまいと、目を吊り上げて威嚇してみた。が、そんなことをしても、母は面白そうに無言で見つめ返すだけだ。馬鹿にされた気がしたアレガは目を逸らせる。


 今度は親鳥と一緒に丘の頂に登る。みんな徒歩だ。みな足趾は四本指で、前に三本、後ろに一本伸びている。アカゲラよりも標準的な足の形をしている。だが、指の本数はやはり四本だ。


 (いただ)きから見えたのは、平坦に開けた土地で、東に森がある。


 登りきるなりアレガは今すぐ鳥になりたい! と、いつもより助走をつけて駆けだす。翼の代わりに、肩、肘、手指まで使って空気を上下に押しやった。


 羽根で作られたマントがはためき、半鳥人に見えるに違いない。大きな期待と、太陽神に誓えるほどの根拠のない自信があった。


 大人子供入り混じり鳥たちは駆ける。アレガは他を引き離して先頭を独走した。駿足で斜面を駆け降りれば、岩に混じって突き出した低木がアレガをよけるように揺れる。大股で跳躍したアレガだが、投げ出した身体が宙を舞うはずはなかった。背に迫るほかの子供たちの羽音に顔をしかめ、浮き上がらない重い肉体に悪態をつく。つまづきつつ、大股に開いた足で草上を跳び跳ね続ける。飛ばない。飛ぶわけがない――。アレガの絶望が濃く滲んで、背を丸めさせた。


 滑空する半鳥人たち。アレガは一人、丘を駆け降りただけだ。どこがどう違うのか明白なはずなのに、それでも空を仰いで無数の鳥影を睨みつける。アレガはすっかり、自分がちっぽけに思えて座り込んだ。

母が降りてきた。また咎められる。


「無理に飛ぼうとしなくてもいいって言ったでしょ?」


「ぼくも飛びたいんだ」


「アレガ。翼はあげたけれど、飛べないのは分かってるでしょ。私の子なら、ほかにできることがたくさんあるはず。母さんと一緒に見つけよう。ね?」


 アレガは行き場のない思いを抱いてマントの羽根をなでた。自身の成長が遅れているのかもしれないと考えが及ぶ。いつまで経っても生えない翼に不安を覚えた。羽なんか、大人の生やす髭と同じものかもしれない。きっと成長するにつれて生えてくると、淡い期待を抱いていたが、自分より年下の子供にも羽がある。一生飛べないままなのかもしれないという疑念は胸の内に暗い染みを作り、そのことはまだ母にも告げていない。言葉にすれば、飛べないことが確定してしまうような気がしている。努力しても叶わないことがあることを、こうして早くに知ってしまったアレガは自身の肉体を嫌悪した。


「翼は飛ぶためだけにあるんじゃないの。ダチョウさんの一家は飛ばなかったでしょう? その代わり?」


「足が速い」アレガは流すように受け答える。言わされた気がして腑に落ちない。


「そのとおり。さすが、私の子。将来はきっと逞しくなるわ。今はまだかわいいままでいいのよ?」


 アレガには理解できない。かわいい? どこが。羽はない、足も土でできている木偶の坊のようで、髪色も地味だ。毎夜、火を消して眠るときに一人だけ闇に溶けて消えてしまいそうな気がしていた。

髪をなでられて、アレガは顔を赤らめる。褒めてくれるのは母だけだ。父もときには優しいが、村長である義務から起こる使命感であって、父親のそれではない。ときどきアレガは自分の足をじっと()めつけてくる父の視線に気づいてはっとする。その度に鳥でない自分を自覚する。


 努力しても、できないものはどうしたらいいのかという答えが出ないまま、むくれ上がる入道雲を見つめる。刺すような太陽が眩しい。足首をコバンソウの垂らした花がくすぐるので、アレガは忌々し気に踏みつぶす。


「足の速さで一番になればいいのに」


 ほかのもので一番になるということが、アレガにはいまいち理解できない。


「また、そんなふてくされて。母さんが抱っこしてあげるから、一緒に跳ぶ?」


「やだ。ぼく雛じゃないもん」


 無理やり母に抱っこされそうになった。


 突然、大人の悲鳴が丘に響き渡る。


 射すくめられた子供らの怯える声が、下品な女たちの笑い声にかき消される。鳥影が無数に降ってきた。何者かに襲われ、叩き落されたのは大人だった。子供たちは、何が起きたのか分からず身を強張らせて動けない。親鳥が駆け寄って我が子を抱き留めていく。


 上空で複数の黒い影が飛び回っている。この村の者ではない三人のカラスの半鳥人と多種多様な半鳥人たちが合わせて十人ほど、地上に逃げ延びた大人たちを追撃する形で降り立つ。弓、斧、刀、短剣などで、次々に襲ってきた。

アレガは激しく混乱する。どうして同じ種族なのに?


「逃げて子供たち!」



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