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9/17

殺鳥事件


 まっちょはカラオケの個室に入ってくるなり、挨拶もそぞろに、カラオケでピンクレディーのUFOを入れた。

 曲を転送するや、曲が始まる前にフロントに電話し、握り寿司を頼んだ。

 頼み終わると流れるように歌い出した。

 仕方がないので、俺はタンバリンを叩く。

「地球の男に飽きたところよっ!」

と歌い切ったところで、寿司が出てきた。

 なんでカラオケの食事メニューに寿司があるんだよ。

「いや、なんなんコレ!」

 俺はまっちょに向けて叫んだ。

「寿司食ってる場合ちゃうやろ!」


 まっちょは「気が動転してて。」と言い訳ごちたが、どこまで動転したらそんな奇行に走るんだ。

 約10カ月ぶりに会ったまっちょは、驚くほどに変わっていなかった。

 普通瘦せるだろ。

 芸能界を揺るがせ、世間を騒がせ、衆目を逃れるようにして生活を送ってきた。

 それなら普通、痩せるだろ。

 ストレスで太った、でもいい。

 なにキープしゃちゃってんだよ。

 なぜ俺の携帯番号を知っているのかについては、事務所の広報担当の信書開封こと米津から聞いたとのことだった。

 確かに、謝罪会見前日、何かあった時のためにと携帯番号を交換した記憶がある。

「で、パロが殺されたっていうのは?」

「そ、そ、そうなんです。寿司食ってる場合じゃないんです。」

と説明を始めた。

 謝罪会見の後、まっちょフィフティーフィフティーは自宅に閉じこもり、休業状態になった。

 もちろんインコのパロも一緒だ。

 しばらくの間は自宅にも実家にも記者が来るし、電話による中傷もしょっちゅうで、家族を含めて精神的にどん底だったという。

 しかし、ふた月も経てば記者の姿は目立っては見えなくなり、そのうち電話もやんだ。

 ただそれでも、散歩に出ればカメラを向けられ、肉声を求められた。

 ユーチューバーに追い掛け回されたこともあったそうだ。

 転機が訪れたのは謝罪会見から半年後だ。

 国民的女優と結婚し、ベストファーザー賞も受賞した名俳優が、自身のファンの女性とマンガ喫茶での蜜月を重ねていた「マンキツ不倫」が報じられたことで、まっちょフィフティーフィフティーの不倫は忘れ去られた。

 その後、以前お世話になった地方の劇場のオーナーが復帰の場所を与えてくれた。

 月に数回、その劇場でパロと営業をしていたのだという。

「温かいお客さんが多くて。何より、僕なんかの芸で笑ってくれるのが嬉しくて。」

とまっちょは本当に嬉しそうに語る。

「最近、新しいギャグができたんです。パロが『瞬間ポンプ』って言うと、僕が思いっきり息を吸って、腹をへっこませるという。」

 しょーもない、と言いかけたがやめた。

「ここから頑張ろう。妻に、オーナーに、皆に恩返ししよう、って思ってたところだったのに。」

 一週間前に相棒のパロが殺されたというのだ。

「殺されたって、何か外傷があったとかですか?」

「そういうのは・・・ないですけど。」

「じゃあ、死因は何だったんですか?」

 俺はペットを飼ったことがないし、ペットが殺されたという時の手続きというのは分からない。

 人間なら、死体検案や司法解剖という流れになるが、鳥の場合はどうなるのだろうか。

「死因は、わかりません。僕がバンに戻った時にはもう動いてなかったんです。劇場から一番近い動物病院に行ったんですが、もう手遅れで。」

「そこでは死因はわからなかったんですか。」

「はい。でも、おかしいんですよ。死ぬわけないんです。」

「死に方が不自然だったとか?」

「直前まで元気だったんですよ。出番を終えて、パロをバンに残して、僕が劇場の関係者に挨拶回りをしてバンに戻ったら死んでたんです。」

「ストレスじゃないですか? 久しぶりの舞台に緊張して。」

「そんな。大舞台を何度も経験しているパロに限って。」

「寿命とか。」

「まだ五年ですよ。セキセイインコの寿命からしたら早すぎます。」

 スマホで「セキセイインコ 寿命」で検索すると、セキセイインコの寿命は5年から8年とあった。

 それなら寿命の範囲内ではないかと思ったが、言わないでおいた。

「インコを殺して得する奴もいないでしょう。」

「ほら、僕の復帰をよく思ってない人とか。」

「まぁそういう人もいるかもしれませんね。」

「そうでしょう。」

「でも、殺す必要なんてありますか? カゴから逃がせばいいだけでしょう。」

「まぁ・・・。」

「それに、バンに鍵はかけていったんですか?」

「いつも鍵はかけているので、かけていったはずです。」

「じゃあ、4時頃にバンに戻った時は、鍵はかかってましたか?」

「かかっていたと思います。そのときは気にもしてなかったので、絶対かと言われるとちょっとアレですが・・・。」

「鍵がかかっていたのであれば、密室殺人、いや、密室殺インとなりますね。」

「殺インって、インコのインですか?」

「そうです。」

 車に鍵をかけていったのであれば、ますます殺されたなんてことはないだろう。

 鍵のかかった車を開錠し、インコを殺害して、また鍵をかける。

 いくら不愉快に思っている者がいたとしても、インコを殺すために、そんな面倒なことをする奴がいるとも思えない。

 まっちょがいつ車に戻ってくるとも知れないのだ。

 一週間前なら、6月15日。

 まだ暑い時期ではないが、閉め切った車内にいれば、熱中症とかそういうこともあるのかもしれない。

 人生を悲劇的に考えたい者はいるし、考えたい時期というのもある。

 全てが敵のように思えたり、疑わしく思えることもある。

 浮気相手にプレゼントするネックレスを買っているのだと思って、百貨店のネックレス売り場で夫を刺した妻がいた。

 夫はその妻にプレゼントするネックレスを選んでいたのに、だ。

「笑い屋さん、大阪府警の捜査一課長だったんですよね。調べてもらえませんか。」

 まっちょの目には力がこもっている。

 いやぁめんどくさい。

 金にならないだけではない。

 この様子なら、調べた結果が自然死だったとしても、どうせ納得はしないだろう。

 そもそもインコの死因なんて、どうやって調べるんだ。

「調べてどうするんです? よしんば他殺だとしましょう。損害賠償でも請求しますか? パロが帰ってくるわけではありませんよ。」

 パロは普通のインコではない。

 まっちょフィフティーフィフティーの相棒、商売道具、金の卵。

 損害賠償が認められる可能性はある。

 ただ、それだって額はしれているだろう。

「実は、パロには保険金をかけてたんです。一千万円降ります。」

「い、いっしぇん万?」

「はい。パロにもしものことがあったら僕の芸はできなくなるので。」

「殺された場合でも、その一千万円は降りるんですか?」

「保険の詳しい内容は覚えていませんが、死亡の原因は関係なかったと思います。」

 それなら、売れなくなったらパロを殺せば一千万円もらえるのではないか。

「ただ、僕が殺した場合は別です。」

「別というと?」

「僕がパロを殺した場合には、保険が降りないということです。」

 なるほど、それはそうか。

「もちろん僕が殺したんじゃないですよ。パロは僕の恩人です。それに、パロが生きてくれていれば、それ以上に儲かったでしょうから。ただ保険会社は、僕が殺したと疑うと思います。」

 好感度がゼロどころかマイナスのまっちょフィフティーフィフティーは、テレビの世界に復帰することはもうないだろう。

 人気の凋落した芸人が、芸人として一千万円以上稼げるのかは疑問だ。

 そうであれば、例え相方であっても、インコのパロを殺して一千万円という大きな保険金を得ようとしたのではないかと疑うのも当然だ。

「自分が殺したのではないと証明して、保険金をもらいたいということですか?」

 我ながら意地の悪い質問だ、

「それだけではありません。パロを殺した犯人を見つけたいんです。」

 まっちょの目に嘘はない。

 本当に殺されたと思っているのだろう。

 まっちょフィフティーフィフティーにとって、パロはただのインコではない。

 パロがいなければ、まっちょフィフティーフィフティーの成功はなかった。

 自分のせいで死んだと思いたくない気持ちもあるのかもしれない。

 だから殺されたと思いたい。

 殺されたと分かれば、相手をうらむことで、自責の念を軽くもできるのかもしれない。

 そう思うと、気の乗らない仕事ではある。

 何より、俺は探偵ではない。

 ただ、さきほどまでとは違い、一千万円という強烈な言葉が俺を捉えているのも確かだ。

 一千万円も降りるのだから、報酬もいくぶんかは期待できる。

 そんな俺の心を読んでいるかのようにまっちょが身を乗り出した。

「調べていただければ、費用はもちろん出します。手付金で三十万円。犯人がわかれば百万円。」

 百万円。

 俺の体中に電流が流れた。

 おお百万円。

 なんと甘美な響き。

 ふと、クーラーが頭に浮かぶ。

 うちにはクーラーがない。

 百万円もあれば、クーラーが3台でも4台でも買える。

 これから来る熱帯夜を想像すれば、なんとも欲しい。絶対に欲しい。

 いやいや、待て待て。

 これではまるで金に釣られたみたいではないか。

 俺は金のために仕事をするような男ではない。

 警察官時代もそうだった。

 金のため、生活のためではない。市民のために仕事をした。

 高潔な男だ。

 俺はあからさまにイヤそうな態度をとった。

 俺の態度を見て、まっちょはさらに身を乗り出してきた。

「いいんですか、笑い屋さん。あの謝罪会見は失敗でしたよね。」

 俺を脅そうとでもいうのか。

 内乱罪のラベリングどおり、こういう小男はいきなり踏み込んでくるから恐ろしい。

 ただ俺を脅そうなんざ、ちゃんちゃら可笑しい。

 脅しなんかに屈していたら、捜査一課長なぞ務まるはずがない。

「悔しくないんですか? プロとして。」

 俺は雷に打たれた気さえした。

 そう、俺は高潔なだけでなく、プロだ。

 プロとしてけじめを取らなくてはならない。

 まっちょフィフティーフィフティーからの依頼を完遂する。

 それでこそプロだ。

 そしてプロだからこそ、報酬も頂く。

「分かりました。引き受けましょう。」

 俺はまっちょとグータッチをし、室内の内線でフロントに電話して、俺の分の寿司を頼んだ。





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