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道中供笑


 さすがにつられて笑う者は出てこない。

 会場は一瞬、その場の全員が息を止めたのかと思うほどに静かになった後、騒然とし始めた。

 もちろんやめない。

 引き際の打合せもしてないのだから、どこでやめていいのかわからないが、後々、「笑いが足りなかった。」なんて言われたくはない。

 果たして、棺桶の前で笑う強面のオッサンは、他人にどのように映っているのだろうか。

 と思ったら、葬儀スタッフが近づいてきた。

「故人様の前ですので、お控えください。」

 小さい声ながら、しっかりとした口調で俺に告げた。

 俺は笑うのをやめない。

「故人様の前ですので。」

 聞こえていないと思ったのか、スタッフはもう1度言った。

 まるで警告のようだった。

 言うが早いか、そのスタッフは笑う俺の肩を抱えるように持って、会場外に案内した。

 振り返り様、依頼人を見ると、微かにだが、笑っているように見えた。

 会場から出た俺は、そのまま小走りに葬儀場を後にした。

 家に入る前に、塩をたんまりと自分の体に振った。

 怒って家の中にまで憑いてきてもらったら困る。

 俺がナメクジなら、俺の方が先に成仏していただろう。


 翌日、依頼人の大和撫子から電話がかかってきた。

「昨日はありがとうございました。」

 丁重な礼から始まった。

「もうこんな依頼はごめんですね。昨夜、金縛りにあいましたよ。」

 怖かったわけではないが、昨夜は酒をあおってから床に就いた。

 それが目が覚めたら夜中の2時。

 葬式帰りの日に限って、なんで丑三つ時なんかに起きるんだ。

 そこから一睡もできず、頭の奥がしびれている。

 金縛りはうそだが、俺は本音を告げた。

 葬式で笑うなんて、誰にとっても胸くそが悪いもんだ。

 俺はひと様に喜ばれるために笑い屋を始めたのに、ひとの怨みを買ってたのでは創業の精神にもとる。

「これで本当によかったんですか?」

 俺は大和撫子に尋ねた。

「えぇ、良かったです。ありがとうございました。」

 あまりにスッキリした口調で言うもんだから、俺は一言いってやりたくなった。

「私が言うことではないのかもしれませんが、どれだけ怨みに思う亭主でも、送り出すときくらいは、せめて心穏やかに送り出してあげても良かったんじゃないですか。」

 言ってから、しまったと思った。

 そんなことを言ったって今更どうしようもないのだ。

 むしろ、余計なことだと依頼人の気分を害すかもしれない。

 そうでもしたら、せっかく誰か別の依頼人を紹介してもらえるチャンスがふいになる。

「怨み?」

 大和撫子が聞き返してきたので、俺は慌てて

「まぁ、そんな意見も一般的にはあるかもしれないような気がしないでもないわけでもないのですが。」

と取り繕った。

 俺はどうも警察の癖が抜けず、何か一言説教めいたことを言いたがってしまう。

「お宅様は私が怨みで依頼したとお思いで?」

と大和撫子はさらに聞き返してきた。

「いえいえ、そんなそんな・・・えーっ・・・違うので?」

 すると大和撫子は笑った。

 おかしくてしかたないというように笑った。

 3,4秒程、笑い続けて

「違いますよ。」

と返ってきた。

 強がりだろう。

 図星を突かれて、強がっているのだろう。

 被疑者の中にもそういう者がいる。

 自分の犯行を認めているにもかかわらず、犯行の動機なんかをズバリ言い当てると「違いますよ」なんて否定してくる。

 自分から言うのはいいが、人に言い当てられるのはイヤなのだ。

 ただ、大和撫子は犯人ではない。

「そうですか。」と言って引き下がろうとしたら、「なんで怨みだと思ったんですか?」とまたまた聞いてきた。

 さすがは大和撫子だ。

 引き下がらない。

 俺は半ば面倒くさくなって、葬儀場で聞いた噂を話した。

 会社は専務に乗っ取られたとか、夫には不倫相手とその間の子がいるとか。

 そして、「亡くなった夫の葬式で笑ってほしい」なんて依頼は、怨みからきてるのが普通だろうと。

 大和撫子はまた大きく笑った。

「そうですか、そんな噂が。」

と言って、また笑った。

 昨日見たあの鎮痛な淑女と同一人物とは思えない程に快活に笑った。

「主人には愛人はいませんよ。当然、愛人との子どももね。あ、いや、正確には、いないと思います。私の全く知らないところでいるかもしれませんからね。ただ、そんな器用な人ではないですね。」

と語り始めた。

「それと、吉田さん、あ、その噂の専務ですけど、社長になってほしいって私たちが何度お願いしても断られて、主人の最期のお願いでやっと引き受けてくれたんです。」

 やっぱり人の噂は当てにならない。

「主人は元々のんびり屋でね。私の父が急逝したので、お願いして父の跡を継いでもらったんです。それまでは音楽の教師だったんですよ。本当は社長になるような人じゃないんですけど。

 社長になったはいいけど、主人も私も経理とか全然わからなくて、吉田さんに頼んでうちに来てもらったんです。それからですよ。色々なお蔭様で、必死で頑張ってたら、あれよあれよと会社が大きくなって。

 主人はとても家族思いの人でした。どれだけ辛い時でも、明るさを失わない人でした。次男が高校に落ちた時なんか、「まだ1校目か」とか言って笑うんですよ。会社の資金が底をつきそうな時は、「今必要なことと、目の前の栗と説く、そのこころは、資金繰り(至近栗)」だって。

 笑ってるのはいつもあの人だけで。でも、肩の荷が降りると申しましょうか。不思議な人でしたね。半年前に癌が見つかって、あっという間に体が弱ったんです。ほんと、あっという間にポックリです。栗だけにね。うらやましいくらいですよ。癌が見つかったって聞いた時から、これまでの時間なんて一瞬ですよ。

 落ち着いたら旅行いこうとか、温泉行こうとか、寄席見にいこうとか、そんな約束ばっかりして。お通夜の時に我に返って、気付いたんです。あぁ、この人の笑ってる顔をこのところ見てないなって。笑いたかっただろうなって。大声出して、空を仰ぎながら大きな口を開けて、笑いたかっただろうなって。

 もうこの人に残ってる行事はお葬式しかない。お葬式って、笑えない場でしょう。笑っちゃいけない場でしょう。でも、誰もが暗い顔をしている状況でも、一人でも笑うのが主人なんです。主人にそれを思い出してほしかった。この人を笑えないまま送り出しちゃいけないって、そう思って依頼したんです。」

 そう一気に言って、大和撫子は大きく息を吸った。

「笑い屋さん、どうもありがとうございました。おかげさまで主人は、大きな口を開けて、大きな声で笑いながら、天国に参りました。」


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