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信書開封



「僕と妻が別れた後、娘の美夢は天国に行きました。交通事故です。笑い屋さんに見せたあの写真が、最初で最後に僕が撮った美夢の写真です。」

 人生は小説より奇なりというが、人の一生というのはこんなに波乱万丈なものなのか。

「騙していたというなら、僕の方こそ君を騙していた。娘でないことをわかった上で、まるで娘のように。」

 嗚咽しながら、まっちょは「すまない。」と頭を下げた。

「あの、ちょっと、頭の整理が追いついていないんですけど。」

とマネージャーの糸井が手を挙げた。

「いったん整理させてもらっていいですか。えっと、美夢さんはモデル体型を保ちたくて覚醒剤に手を出した。でもお金に困って、売れてきたまっちょさんに生き別れた娘として近付いた。まっちょさんの亡くなった娘さんも美夢という名前だった?」

 まっちょが頷く。

「まっちょさんは目の前に現れた美夢さんが自分の娘でないことはわかっていた。でも、自分の娘のように接して、覚醒剤を買うお金を美夢さんに渡していた。それを週刊誌に不倫と報じられた?」

 まっちょがまた頷く。

「不倫は誤報だが、まさか覚醒剤を買うお金を渡していたとも言えず、不倫という報道のまま、まっちょさんも美夢さんも芸能界を追われた。」

 糸井が整理してくれたおかげで、俺の頭の処理も追いついてきて、思わず「なるほど」と声が出た。

「でも、なんで美夢さんはまっちょさんに近付いたんです? 別にまっちょさんじゃなくてもいいわけでしょう。なんというか、中途半端というか。まっちょさんならチョロそうではありますけど。」

 マネージャーに「中途半端だ」とか「チョロそう」だとか言われる芸人もどうかと思うが、確かに糸井の言うとおりだ。

「私、デビュー当時から芸名が『MyU』と書いてミユっていうんです。そのミユっていうのが、まっちょさんの娘さんと同じ名前だと聞いて。」

「ずっとそこが気になってた。確かに、僕の娘の名前はミユだ。でもそのことを知っているのは・・・。」

 まっちょが話している途中で、美夢がかぶせた。

「教えられたんです。その人に。」

 美夢のさした指先に座っているのは、広報担当の米津。

「米津さん?」

 驚きのあまり、まっちょが口をあんぐりと開ける。

「あ、いや、すまん、タツ。同じ名前だったから、何かのときについ・・・娘さんが亡くなってるなんて知らずに、わるいな。」

 タツというのはまっちょの本名だろうか。

 米津は軽い感じで両手を合わせた。

 そう言えば、米津は昔、漫才コンビを組んでいたと言っていた。もしやその相方って。

「それだけじゃないです。この人から、『まっちょフィフティーフィフティーなら覚醒剤を買うお金を出してくれるはずだ』って言われました。」

「ええっ」

「米津さん」

「うそだろ」

 口ぐちに驚きの声。

「そう言えばこの前、歯が痛いって薬を飲んでましよね。まさかイブプロフェン・・・。」

と副社長の前澤が米津に言う。

 米津は静かに立ち上がった。

「だから何だというんです? 私は、クスリが欲しいという美夢さんの背中を押しただけ。なんとかしてモデルになりたいという美夢さんがかわいそうだったんです。パロは私が殺した証拠はないでしょう? イブプロフェンなんて誰でも手に入りますよ。」

 確かにそうだ。

 米津はまっちょの娘の名前がミユだと告げたに過ぎない。

 米津がパロを殺した証拠もない。

「ぼ、防犯カメラだ。」

とまっちょが叫んだ。

「あの劇場近くのコンビニの防犯カメラ。映像を見たときは、劇場のオーナーと思ったんですが、よく考えたらあの時間にオーナーが劇場を出入りしているのはおかしいんです。オーナーは生粋のお笑い好きで、芸人の出番中は必ず観てますから。」

 まっちょは続ける。

「それに、バンの鍵。あのバンは事務所のものだから、僕が持ってる以外に、事務所にも鍵がある。それを使ってバンを・・・。」

「探偵気取りだな、タツ。そんなものは証拠でもなんでもない。もう俺はお暇するよ。茶番に付き合ってられないからな。」

 米津が出入り口に近付く。

「笑い屋さん」

 まっちょが俺をすがるように見てくるがどうしようもない。

 今の俺は警察官ではない。

 しかし癪だ。

 このまま米津を行かせるのは、なんとも癪だ。

 俺の推理が間違っていたことが浮き彫りになってしまうではないか。

「米津さん」

 俺は何のアテもなかったが、とにかく米津を呼び止めた。

 米津が振り返る。

 米津から、パロのぬいぐるみをもらったことを思い出した。

 その瞬間、俺の中にある情報がつながった。

「まっちょさんの不倫報道の後、米津さんがパロを預かってたらしいですね。」

「まぁ。タツ、まっちょに頼まれましてね。」

「かわいかったですか、パロは?」

「そりゃあね。パロは私にとっても、事務所にとっても大事な仲間でした。」

「パロは言葉を覚えるのが早かったとか。」

「そうですね。と言っても、他のインコがどうか知りませんが。」

「謝罪会見の前に、パロが『ムーチョ』って言ったのを覚えてますか? それを聞いて、私が、むーちょフォーティーシックスティーを思いついたわけですが。」

「そうでしたっけね。あのときは謝罪会見のことで必死で。」

「そうそう、それと、『瞬間ポンプ』って知ってますよね?」

「もちろん。まっちょとパロの新ギャグでしたからね。」

「そのギャグ、アイディアは米津さんからと聞きましたが?」

「そうだったかな。」

「えぇ。米津さんに預けている間に、パロがその言葉を覚えて、それがおもしろいんで米津さんが新ギャグを考えたとまっちょさんから聞きました。」

「そうでしたかね。さて、もういいですか?」

 そう言って、米津は背を向けようとした。

「『瞬間ポンプ』って覚醒剤の隠語ですよね。」

 俺がそう言うと、米津の動きが止まった気がした。

「そうそう、それと、ムーチョと呼ばれる脱法ドラッグが、若者の間で流行ってるらしいですね。」

 やはり、米津の表情は変わらない。

「米津さん、あんたプッシャーか?」

 しばらく間があった後

「フィフティーフィフティー。そう言った方がおもしろいですかね。」

 そう応えて米津は部屋を出て行った。

 米津はプッシャーという隠語の意味を理解できた。

 プッシャーとは薬物の密売人のことだ。

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