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亡名探偵


 ここで俺はたっぷりと間を取った。

 真犯人以外の誰もが、前澤が真犯人だと思った瞬間

「美夢さん。」

 俺の口から意外な名前が出て、皆が驚いた。

 大田原なんかは「ひっ」と声を出したかと思うと、両手で口を覆った。

 最高のリアクションをサンキュウ。

 これがサスペンスドラマなら、今が最高潮だろう。

 ドラマではこの後、真犯人が軽く笑いながら「どこに私が殺したという証拠が?」とか「動機がない。」だとか言って抵抗するのだ。

 そして名探偵に論破され、泣き崩れる。

 感動のBGM。

 しかし、これはドラマではない。

「え、私? いや、違いますけど。」

 美夢はビックリするでもなく、手を左右に振りながら否定した。

 本当に人違いをされたときのような反応だ。

 まぁ、犯人は否認するものだ。

 仕方がない。

「美夢さん、あなた、違法な薬物に手を出していましたね。」

 俺は切り出した。

「笑い屋さん!」

 まっちょが俺を止めようとする。

 美夢は視線を下げた。

「どういうこと、美夢。」

 大田原が金切声をあげた。

「クスリを買うにはお金が必要だった。それをあなたはまっちょさんに・・・。」

「笑い屋さん、もういいです。パロの件はもういいです。やめてください。」

 まっちょが俺の前に立ちはだかる。

 しかし、俺はまっちょの両肩をグッと掴んだ。

「まっちょさん。もういいことではないんです。向き合わないとダメなんです。やめさせたいのなら、逃げるだけじゃだめだ。しんどくても辛くても、向き合わないと。」

 俺の勢いに気押されたのか、まっちょは座り込んだ。

「モデルの体型を維持するために、クスリが欲しかったんですよね、美夢さん。しかしクスリは高額だ。だからあなたは売れっ子芸人となったまっちょさんの前に現れた。生き別れた娘だと。」

「美夢がこの、このちんちくりんの娘ぇ?」

 大田原はワナワナと両手を震わせ、今にも泡を吹かんばかりだ。

 これだけリアクションが取れれば、テレビの通販番組で引っ張りだこになるだろう。

「そしてクスリを買う金をせびった。違いますか?」

 少しの間の後、美夢は視線を上げた。

「違うわよねぇ美夢。」

 大田原の消え入りそうな声をよそに、美夢は「そうです。」とハッキリと答えた。

「でも私はパロを殺していません。」

「そうですかね。パロが死ねば、まっちょさんに保険金が降ります。スキャンダル以降、まっちょさんの仕事はほとんどない。クスリを買う金をせびろうにも、まっちょさんにはその余裕はなかったでしょう。ただ、一千万円が入れば話は変わる。」

「でも、私、パロが死んで保険金が降りるなんて知りませんでした。」

「ハッハッハ、それは良い言い逃れですね。知りませんでしたか。なるほど。」

 俺は余裕の笑いを見せた。

 ここにきて保険金のことを知らなかったとはちゃんちゃら可笑しい。

 まっちょが娘の美夢にパロの保険金のことを言っているはずだ。

「あの、笑い屋さん、ほんとに美夢は保険金のことは知らなかったと思います。僕も言ってませんので。」

「え? 本当に言ってないんですか? 絶対に? 会話の流れでとか、口がすべってとか。絶対にとは言えないでしょう?」

「いえ、言ってません。保険の条項でパロの保険金については口外禁止となっていたので、パロの保険金のことは副社長と事務所の会計担当でもある米津さん、そして僕しか知らないはずです。パロが死んだ後、笑い屋さんには言いましたけど。マネージャーにも言ってませんでした。」

 マネージャーの糸井を見る。

「はい。僕も先ほど初めて知りました。」

 糸井は頷いた。

 ん? これはどういうことだ。

 美夢はパロを殺して・・・いない?

「私がパロを殺した証拠があるんですか?」

 ドラマよろしく、美夢が続ける。

 待て待て落ち着け、俺。

「あ、あああ、ありますよ。ありますとも。パロが死んだ日、パロが出演した劇場近くの防犯カメラに、劇場に出入りするあなたが映っていました。」

 美夢の口からフッと息が抜けたかと思うと

「映ってたんですね。」

 そう言って、美夢は肩をストンと落とした。

 遂に観念したか、と胸をなでおろしかけたら

「あれはまっちょさんに、ごめんなさいとさようならを言いに行ったんです。」

と続けた。

「私、実は、まっちょさんの本当の娘じゃないんです。」

 おいおいおいおい、聞いてないよ。そんなこと。

 まっちょ、自信ありげに「自分の娘に間違いない」って言うてたやん。

「それをずっとだまし続けて。クスリを買うためのお金をもらってました。ごめんなさい。」

 美夢は立ち上がり、まっちょに深々と頭を下げた。

「もうやめよう、もうやめようって、でもずっとクスリをやめられずにいました。」

 しんしんと降る雪のように、言の葉が積もっていった。

「スキャンダルが出て、まっちょさんは記者に追われて、ひどいこと言われて。でも、またイチから営業活動を始めたって連絡くれて。すごいなぁって。私、何やってんだろうって思いました。警察行こうって。だからあの日、劇場に行って、まっちょさんに全てを打ち明けて、ごめんなさいって言って、その足で警察に行こうって決めたんです。でもいざ劇場に行くと、まっちょさんに会ったら決意が揺らぐ気がしてきて。だから、会わないまま警察に行きました。」

 美夢は大きく息を吸い込んだ。

「警察に行って覚醒剤を使っていたことを話しました。オシッコの検査をしたけど、反応が出なかったから、逮捕はされませんでした。それから薬物治療のための病院に通っています。」

 まっちょは声を出さずに泣いていた。

 目頭を強くつまみ、肩が奮えている。

「・・・てたよ。」

 奮える声でまっちょが何かをしゃべった。

「知ってたよ。」

 まっちょが目を開く。

「君が俺の子じゃないって知ってたよ。ただ、君に尽くすことで、死んだ娘に罪滅ぼしができると思ってたんだ。方法は間違ってたけど。」

 知ってたーーーーー!

 まっちょ知ってたーーー!

 ほんで、死んでるってなにーーーーー!?

 俺の頭はまた思考を停止している。

 一度に処理できる情報量は年々減っているのだ。


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