名探偵誕
大田原社長の申し入れで、まっちょフィフティーフィフティーの損害賠償の話合いが行われることになった。
大田原としては、長年手塩にかけてきた所属のモデルが、やっとこれからというときに、まっちょフィフティーフィフティーというオッサン芸人の不倫相手となり、芸能界を辞めることになった。
損害賠償だと声高に言いたくなる気持ちもわからないではない。
集められたのは、まっちょフィフティーフィフティーが所属している芸能事務所の副社長の前澤、同社広報担当の米津、まっちょのマネージャーの糸井、まっちょの娘の美夢、美夢が所属していた事務所の社長の大田原。
そして、まっちょフィフティーフィフティーと俺がいる。
はっきり言って俺は部外者だが、まっちょの相談役という立場で参加した。
騒動からはあまりに日が経っている気がしたが、損害額がはっきりしたということなのかもしれない。
それに、騒動直後は大田原社長の腸が煮えくりかえっていて、話し合いどころではなかなっただろう。
しかし、今日も、大田原は「騒音オバサン」のラベルにふさわしく、「社長を呼べ」「1円でも多く絞ってやる」などとかまびすしい。
今日も真っ紅なスーツの上下を着ていて、触れるもの全てを焼き尽くしそうだ。
大田原が損害賠償の話をし始める前に、俺は話を始めた。
「皆さん、本題に入る前にお話ししておきたいことがあります。」
俺は重々しく、仰々しく挨拶をした。
「先日、まっちょフィフティーフィフティーさんの相方である、インコのパロが死にました。いや、正しくは、殺されました。」
俺が話している最中も大田原は「なに勝手に話してんだ」「インコなんかどうでもいい」などしゃべり続けている。
しかし
「この中にパロを殺した犯人がいます。」
俺がそう言うと、大田原も口をつぐんだ。
場が静まり返る。
俺は一同を見回した。
決まった。
一度言ってみたかった、犯人はこの中にいるというこのセリフ。
警察官時代にはもちろんそんなことを言う機会はなかった。
「この中にパロを殺した犯人がいます。」
ドヤ顔でもう一回言ってみた。
「パロって殺されたんですか?」
「殺された証拠ってあるんですか?」
「寿命って聞きましたが、違うんですか?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
とどめを刺すように大田原が言った。
「私、昨日の晩、焼き鳥食べたけど? これって殺したことになるのかしら。損害賠償でもする?」
俺は大田原のブラックジョークに付き合う気はない。
「そう、パロは殺されました。パロの死因を捜査するのは大変でしたよ。どの動物病院に行っても門前払いで、動物病院によっては俺が握り潰したんじゃないかと疑ってくるし。誰が鳥殺し顔だよ、まったく。警察時代のツテを頼ってようやく・・・いえ、そんなことはどうでもいい。」
俺はポケットからある物を取り出して、真ん中のテーブルの上に置いた。
「イブプロフェンです。鎮痛剤などとして、ドラッグストアでも売られています。人間にとっては有用な薬でも、ペットが誤飲すれば死に至ることもある。まさにパロに取って、命取りの薬となりました。」
皆の視線が真ん中の薬に注がれる。
俺はパロの死因がどうしても気になって、ある後輩に頼んだ。
そいつは科学捜査研究所の次長もしていたやつで、科捜研のいわゆる「先生」方に顔が利く。
そのツテで、パロを解剖をしてもらったのだ。
「パロの体内から多量のイブプロフェンが検出されました。言っておきますが、誤飲とは考えられません。パロは劇場に停めたバンの中で殺されていた。まっちょさんは鎮痛剤を持っていない。」
皆はまだ信じられないようだ。
「パロを殺して得する人間なんていないような・・・。」
マネージャーの糸井が言った。
「パロがただのインコならそうです。インコを殺して得する人間なんていないでしょう。」
俺は名探偵がそうするように、ゆっくりと部屋の中を歩きながらそう言った。
「パロには保険金が掛けられていました。理由は問わず、死んだら一千万円。」
「イッセンマン?」
お菓子のスッパイマンのように一千万が聞こえた。
「その一千万円は誰がもらったの? もらったやつが犯人でしょ。」
大田原が言う。
「まっちょさんです。」
俺の答えに、皆の視線がまっちょフィフティーフィフティーに向かう。
「一千万円欲しさに相方のインコを殺すなんて最低だね。」
大田原が汚いものを見るようにまっちょを見た。
まっちょは何か言おうとするが声が声にならないでいる。
「いえ、パロを失って一番損害を受けるのはまっちょさんでしょう。言いづらいですが、パロの人気が8とするとまっちょさん単体の人気は2がいいところでしょう。」
皆が一様に頷く。
「え、2? 2? せめて5か6は。」
「いえ、大目に言って2です。」
うなだれるまっちょ。
「まっちょさん単体ではこのまま芸能界から消える可能性が高い。まっちょさんだって、それくらいのことはわかっていたはずだ。いくら高額とは言え、目先の一千万円のために、相棒を殺すとも思えません。」
「そして、私が捜査してわかったことがあります。保険金、事務所にも降りてますよね、副社長。」
次は皆の視線が副社長の前澤へ向かう。
「えぇっ、あぁ、そんなことまでわかってるんですね。」
前澤は肯定と取れる返事をした。
実はこれはハッタリだった。
保険会社に問い合わせても、個人情報を理由に、誰にいくら振り込まれたなんて教えてくれない。
ただ、まっちょが言うには保険金は事務所が負担していたというのだから、まっちょにだけ保険金が降りるというのはなんともおかしな感じがした。
パロが死んで困るのはまっちょだが、事務所にとっても相当な痛手に違いない。
それをこの副社長が何の手当もしてないとは思えなかった。
きっと事務所にも、まっちょと同じかそれ以上の保険金が降りるようになっていたはずだ。
「じゃあ、副社長がパロを?」
まっちょが信じられないという風に言った。
素人はすぐに目の前の情報に飛びつきたがる。
そう焦りなさんな。
俺がこのハッタリをかましたのは、真犯人との駆け引きのためだ。
真犯人は、疑いの目が前澤に向けられてホッとしている。
そこを突く。
「あなたですね。パロを殺した犯人は。」