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別離供笑


 依頼が来た。

 笑い屋としてのだ。

 依頼者は三十代の男性だった。

 5年付き合った彼女にフラれた僕のことを笑ってほしいという依頼だ。

 ちなみに、こういう依頼を俺は人生相談系と分類している。

 テレビや劇での誘い笑い系とは全く違う系統だが、俺の生活の糧になっていることには変わりない。

 ちなみに、他には同行系と分類しているものもある。

 キャンプに同行して盛り上げてください。

 一緒にお花見して笑ってください。

 こういう同行系はミスマッチが起きやすい。

 お花見しよう、という浮かれたところに、凶犬のような俺が行くのだ。

 俺がいくら「皆さん、足を崩して」と言っても、参加者は下を向いて正座をしたまま、まるで葬式だった。

 そんな中、俺だけが大声で笑えば、周りの桜から人が去っていった。

 ホームページに俺の顔写真を載せれば、そういうミスマッチは起きないのかもしれないが、今度は全ての依頼が来なくなるだろう。


 俺はその男の家に行った。

 彼女が家に置いていった物を捨てたいが、一人では勇気が出ないらしい。

 玄関のインターホンを押すと、意外にもシュッとした男が出てきた。

 イケメンとまでは言わないが、爽やかさと、年相応の落ち着きもある顔をしている。

 ただ、疲れてやつれている感はある。

 てっきりイケていない三十路ハゲが出てくると思っていたので、指定された部屋を間違えたのかと思ったほどだ。

 こういう男は犯罪からは遠い存在だが、自暴自棄になり酔っぱらって警察に保護される可能性はある。

 「要保護者」とラベリングした。

 相手の男も、笑い屋がまさかこんなにイカツイとは思っていなかったようで、お互いに様子見の時間があった。

「あ、えー、あの、笑い屋さんですよね。」

「あ、はい。ご依頼頂いた笑い屋です。」

とぎこちなく口を開いた。

「えーっと、それじゃあ、どうぞ中に。あの~、失礼ですが、凶器とかお持ちじゃないですよね。」

「今日は、ドスもハジキも持ってませんよ。」

と冗談を交えつつ、家に入る。

 1LDKのごく一般的なマンションだ。

 家賃は月10万円といったところか。

 物はそれほど多くはないが、一見して女性物の服やバッグ、アクセサリーにぬいぐるみがいくつかあった。

「いきなりなんですが、彼女さんとは別れてどれくらいですか?」

「ひと月くらいになります。いい加減、彼女の物を捨てないといけないんですが、また戻ってくるんじゃないかって、踏ん切りがつかなくて。」

「どういう経緯で別れたんですか? 言いたくなければいいんですが。」

 男の話では、大学から東京に来て、中堅どころの商社に入社。

 3年後輩として入ってきたのが別れた彼女だという。

 直属の後輩として色々と教えているうちに、彼女の真面目なところやいつも明るいところに魅かれていったのだという。

「同じ会社なので、気まずくなったらイヤだと思いつつも、思い切って告白しました。」

 OKをもらって天にも昇る気持ちとなり、交際がスタート。

 順調に社内恋愛を育んできたのだという。

 5年の交際期間中には、結婚の話も何度か出たのだそうだ。

「フラッシュモブでプロポーズをしているのをテレビで観たときに、彼女が『一生の思い出になるよね』って言ってたんで、僕もやろうと思ってました。」

 彼女と港近くのオシャレなレストランで食事をした後、外に出ると、店員さんが「忘れ物ですよ」と声をかけに出て来てくれるところからスタート。

 その店員さんが踊り始め、他の食事客やシェフ、外にいたカップルも踊りに加わり、最後は「要保護者」の男性も踊りに加わる。

 クライマックスで、先ほど「忘れ物」として届けられた箱を開けると、中には指輪が。

 片膝を付き

「僕と結婚してください。」

とプロポーズをした。

「これが指輪です。指輪を見たら彼女が泣きだしたんで、てっきり嬉し泣きかと。当然OKだと思ってたんですけどね。『ごめんね』って。」

 男は今にも泣きだしそうだった。

 指輪のダイヤがまぶしいほど光っている。

「他に好きな人ができたそうです。」

 フラッシュモブとやらを初めて知ったが、断られた後の気まずさといったら想像に難くない。


 マルタイ(被疑者)が歩いているところに刑事が1人近付く。

 さらに進んでいくと、刑事が1人加わる。

 また進んだところに1人、さらに1人。

 結局、10人ほどの刑事がマルタイを囲み、最後にフダ(逮捕状)を見せる。

「警察だ。吉永だな?」

 俺がマルタイに名前を確認する。

 フラッシュモブでいう指輪パカッの場面だ。

「え? 違いますけど?」

 そんなはずはない。

 マルタイが持っている免許証を確認する。

「上江田隆二」

 全く違う名前だ。

 保険証も社員証も確認する。

 顔は似ているが、確かに別人だ。

 そのときの気まずさったら、ありゃしない。


 俺がそんな想像をして、そっと「要保護者」の肩を叩くと、男は「笑ってください。」とつぶやいた。

 俺は「一生の思い出になったな。」と言って笑った。

 男はガクッと肩を落とし、「やっぱり笑わないでください。」とつぶやいた。


 男と一緒に、今はゴミとなった「思い出の品」を捨てていくことにする。

 ゴミ袋にぬいぐるみを1つ入れる度、男は、それはどこそこで買ったとか、UFOキャッチャーで手に入れて喜んでいた、などのエピソードを披露してくれた。

 なかなか捨てられない男に代わって、俺は次々に女性の物をゴミ袋に入れていく。

 ピンク色の歯ブラシ。

 化粧品。

 パジャマ。

 生理痛に効く薬も。

 その薬の箱に「イブプロフェン配合」と書いてあったのが気になった。

 イブプロフェンって、わざわざ書くくらいに有名なのか。

 ビタミンCとかくらいに。


 そのとき、玄関のインターホンが鳴った。

 要保護者が玄関を開ける。

 俺は玄関に背を向けたまま、女性物をゴミ袋に入れる作業を続けた。

 話し声が聞こえてくる。

「あの、俺、レナの彼氏なんですけど、なんかこの家に忘れ物があるって聞いたんで、取りにきました。」

とかなんとか。

 衝撃の発言に俺は振り返らざるをえない。

 玄関扉に見える二十代半ばと思われる青年は、いかにも若者という感じで、髪を明るい茶色に染め、暑いのか寒いのか分からない服装をしていた。

 要保護者は口をパクパクしたまま話すこともままならないでいる。

 俺は玄関に近付き、「レナって、別れた?」と要保護者に聞くと、口を開けたまま頷いた。

 そして、俺はその若者に向かって

「お宅、本当にレナさんの彼氏さんですか?」

と聞いた。

 若者は俺にビビりながらも

「はい、そうです。『元カレの家に荷物を置いてきたから取ってきて』って頼まれたんで。」

と応えた。

 見た目で判断してはいけないが、要保護者と茶髪の若者とではあまりに見た目が違う。

 俺は、昭和のオッサンの偏見よろしく、茶髪だからよろしくないと言いたいのではない。

 言いづらいことをはっきり言うが、その若者は、どうひいき目に見てもブサイクだった。

 髪がボサボサだからだろうか。

 不潔感も漂っている。

 要保護者とその若者を見比べると、何がどう変わったら、こんなに好きな男のタイプが変わるのだろうかと不思議に思う。

 ホルモンバランスの関係か?

 新種のウイルスにやられたか?

 遺伝子レベルで何かあったのか?

 彼女に言われて元カレの家に荷物を取りに来るような男の度量は知れている。

 そして、そんなことを頼む女の方もだ。

 俺はちょうど持っていたゴミ袋を若者に差し出した。

「これ、レナさんの荷物。捨てようと思ってたんで助かったよ。」

 そう言うと、若者は軽く頭を下げて受け取った。

 そして若者は

「あ、なんか、指輪もあるって。」

と言った。

 要保護者は指輪の入った箱を手に持ったままだった。

 要保護者が俺の方を見る。

 俺はそれに頷く。

「指輪。これです。」

 そう言って、要保護者が指輪の入った箱を若者に渡した。

 若者は受け取ると「ありゃした。」と会釈して去っていった。

 「ありがとうございました」くらいちゃんと言えや。

 俺は要保護者に代わって玄関を閉めると、大声で笑った。

 盛大に笑った。

 壊れたかのように笑った。

 要保護者も笑い出す。

 壊れたかのように。

 二人でひとしきり笑うと、要保護者の顔に生気が戻っていた。

 大丈夫。

 この顔なら、明日からもきっと生きていける。



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