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真相自白


 そこまで言って、まっちょは黙った。

 俺は、この顔を知っている。

 取調べ室で何度と見てきた顔だ。

 核心に迫る一歩手前までしゃべって、これ以上話していいのかと逡巡する表情。

 この表情の奴に怒りや焦りで対応すると、口を開かなくなる。

 焦らず、怒らず。

 話したい、話して楽になりたい気持ちに、そっと背中を押してやる。

「言いたくなければ言わなくても大丈夫です。聞いたことは漏らしません。言ってスッキリするなら、聞きますけどね。」

 さらに煙草に火を点ければ効果的だ。

 相手に「話すまで待つよ」というメッセージを伝えられる。

 ただ、この場所も御多分に漏れず禁煙だ。

 まっちょは俺の目を真っすぐに見た後、決心した顔になった。

「美夢は覚醒剤を使っていたんです。」

「・・・シャブを?」

 まさか警察をやめてから「シャブ」という言葉を使うとは思わなかった。

 まっちょは話し始めた。

「最初は、知り合いに『モデル体型を維持するために、良いサプリがある』とか言われて、違法ドラッグを使ったそうです。美夢はモデルでなかなか芽が出ず、気づけば周りは年下の子ばかりになっていて、焦っていたんです。『食べたらすぐに身体に肉が付く』と悩んでもいたそうです。そんなとこだけ、僕に似てしまったんです。」

「それが、クスリを使えばお腹が空かず、気持ちも明るくなれる。そして自信も出てきて・・・。そこから、気付いたら覚醒剤に手を出すようになっていたそうです。僕に会いに来た時には、覚醒剤無しでは中毒症状が出るくらいにまでなっていました。ゾッとするくらい細くて。僕は美夢に『警察に行こう』って言いました。でも美夢はその頃、ファッション誌にようやく載せてもらえるようになってきていて・・・ファッションショーにも出られるかもしれないって。ランウェイを歩くのが美夢の夢だったんです。」

「夢って・・・自分の心と体を犠牲にして得るもんですかね。それにしても、なぜ美夢さんは急にあなたの前に? 今まで連絡もなかったのに。」

「美夢は僕にお金をせびってきました。『今ここで諦めたくない。一年間。もう一年間、モデルをやったら、引退する。クスリもやめる。応援してほしい』って。」

「なるほどね。クスリを買う金欲しさに、売れているあなたに会いにきたってわけですか。」

「僕は悩みました。でもやっぱり『警察に行こう』って。『もう一年間続けたら死んでしまう』、『今ならクスリもやめられるかもしれない』って言ったんです。美夢は諦めませんでした。『お父さんは自分の夢のためにお母さんと私を捨てたんでしょ』って言われて。僕は何も言えませんでした。」

「あなたと美夢さんが実の親子だと分かったら、美夢さんが覚醒剤を使っていることもバレてしまうと思ったんですね。」

「そうです。不倫であれば、僕が叩かれるだけでしょう。美夢は『お相手のモデルMさん』ということだけで済みます。でも、親子だと分かったら、きっとマスコミは美夢のことをあれこれ詮索するでしょう。だから週刊誌が不倫だと勘違いしているのをそのままにしておいたんです。」

「それでも、誰か気付くんじゃないですか。それこそ、昔の芸人仲間とか。」

「美夢は『モデルMyU』という芸名でモデルをしていました。仮に本名が分かったとしても、離婚して姓も変わっているので、気づかないはずです。顔は母親に似ていて、僕の要素が何もないですし。こんなオッサンから、こんな美人が生まれるなんて、DNA鑑定書を見せても誰も信じませんよ。」

 俺はもっていたスマホで「モデルMyU」と検索した。そこには、ハッと目を引く美女の画像が並んでいた。

「・・・なるほど。ところで、美夢さんは本当にあなたの娘さんなんですか? 先ほど、『急に現れた』って言いましたよね。」

「僕の楽屋を訪ねて来たんです。『お父さん。私、美夢だよ』って現れて。本当にビックリしました。」

「怪しいとか思わなかったんですか。」

「そりゃすぐには信じられませんでした。売れだしたら、『金貸してくれ』だの『いい商売がある』だの言い寄ってきたのが何人もいたんで、同じようにお金目当てじゃないかと。でも、僕に娘がいるのを知っているのは本当にごくわずかな人だけです。事務所にも言っていません。美夢が生まれたのは離婚した後のことですし。しかも『美夢』って名前を知ってるのは本当にごくわずかです。それが、『お父さん。私、美夢だよ』って現れて。正直、僕には、今の妻の内助の功で売れたっていうキャラがあって・・・娘に、娘を捨てた父みたいなことになったら大変だと思って・・・それから二人で隠れて会うようになったんです。娘のことは、事務所にも隠してたので、事務所で会うわけにもいかず。」

「なるほど、それで移動で使っているバンで会っていた。それを週刊誌は不倫だと勘違いしたというわけですか。」

「そうです。」

「失礼ながら、確かにあなたには全く似ていない。ほら、誰かが娘さんの名前を語ってるとか。」

「僕もそう信じたい気持ちもありますが、本当に私の娘です。あの子が母親のことを詳細に語ったということもありますし、それに僕が唯一持ってる美夢の写真。」

 そう言って、まっちょは財布から古い写真を取り出した。

「これ、生まれてすぐの美夢です。今の美夢そのままでしょう。」

 そう言うまっちょはしっかりと父親の顔をしていた。

 俺だったらどうだろうか。

 娘に、遥に、違法な薬物を使っていると打ち明けられたら・・・はったおしてでも警察に行っただろう。違法なものは違法だ。

 ただ、そんな俺に春子は幻滅するだろう。

「週刊誌にスクープされてからはもちろん、美夢に会うことはできていません。心配でラインで連絡を取っていたのですが、それもここ数日既読にもならなくて。それがなんであの防犯カメラに映っていたのか。」

 防犯カメラに映っているのが本当に美夢さんだとしたら、なぜ劇場に行ったのか。

 また覚醒剤を買う金をせびろうと思ったのかもしれない。

 いくら「モデルM」と実名は出ていないとしても、さすがにモデルを続けることは難しいだろう。

 だから覚醒剤を使う理由はない、というのは甘い考えだ。

 まっちょの話からして、薬物依存は進んでいるはずだ。

 覚醒剤からの離脱は決して簡単ではない。

 ヤクタイ(薬物対策課)にいたとき、「生まれてくる子どものために止めます。」と泣いていた男が、執行猶予1カ月も経たずして、シャブの使用で俺が逮捕したことを思い出した。

 覚醒剤、大麻、MDMA、違法ドラッグ。

 薬物犯罪は、窃盗や傷害と違い、「被害者のいない犯罪」と言われる。

 だから悪くないでしょう、と開きなおる被疑者もいる。

 しかし、本当にそうだろうか。

 被害者は使用者自身ではないか。

 これほど、自分自身を苦しめる犯罪もない。



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