捜査再開
やはりどうしても気になる。
蛇口から水がピチャンと落ちる音が。
布団から出たくないが、音が気になって寝られない。でも出たくない。
そうこうしているうちに時間が経った。
あぁもう。
なんできちんと閉めなかったんだ、布団に入る前の俺。
重い腰を上げ、きつく蛇口を閉める。
まっちょは本当に百万円を支払ってきた。
金払いがいいのはいいことだ。
警察官時代、立替えで支払った飲み代でも、今は手持ちがないだとか、来月払うだとか、なんだかんだと言って支払いを先延ばしにするやつがいた。
こちらは何度も催促するのは気が引けて、そうこうするうちに異動で別の署に移って忘れてしまう。
逆に、金払いが良すぎるやつもいた。
新地のスナック代に帰りのタクシー代までおごってくれた先輩は、確か、署内の親睦会費に手を付けたとかで辞めさせられた。
そう、金払いが良すぎるのも要注意だ。
蛇口の下のコップには、喉が渇いていないときに飲むには十分すぎるほどの水が溜まっていた。
それを一気に飲み干す。
気になったら、そのときに対処しなければならない。
蛇口も、事件も。
防犯カメラ映像を見たときのまっちょの反応はやはりおかしかった。
犯人を見つけると意気込んでいたのに、防犯カメラ映像を見た後で急に捜査は中止だと言ってきた。
それに百万円。気前が良すぎる。
多分あの映像の中には、何かが隠されている。
あの焦りようからして、不倫相手が映っているのではないか。
元刑事の俺の直感がそう言っていた。
テレビから追い出されたものの、ほとぼりが冷めて虫が騒いだというところだろう。
あのまっちょのどこにそんな魅力があるのか不思議だが、女というのはわからないものだ。
まっちょはうまく隠したつもりだろうが、俺は元捜査一課長だ。
考えているうちに怒りすら沸いてきた。
パロの無念を晴らすのだと息巻いていたんじゃなかったのか。
自分の浮気がバレそうになってケツをまくるとは。
それにまた浮気かよ。
とんでもない野郎だ。
このことをネタに、まっちょからもう2,30万は追加がもらえるかもしれない。
ん? これって恐喝か?
「防犯カメラに映っていた女性は、多分みゆです。」
まっちょはカバンから雑誌を取り出した。
俺はどうしても納得がいかず、まっちょに防犯カメラをもう一度見せに行った。
断じて金をせびりに行ったのではない。決して違う。
まっちょが口を開かなければ、取調室で培った手練手管を使ってはかせるつもりだったが、まっちょはあっさりと話し始めた。
雑誌の開いたページには、「まっちょフィフティーフィフティー、モデルⅯと熱愛」とあった。
この記事は、謝罪会見の前に何度も見たものだ。
「防犯カメラに映っていたのは、このモデルに間違いないと思います。」
やはり俺の直感どおり浮気相手だったか。
しかし、まさか同じ相手とは。
あれだけ世間を騒がせておいて、この目の前のおっさんの度胸はどうなってるんだ。
「このモデルの『M』って、本名は『美夢』っていうんですが、美夢は僕の娘なんです。」
そう言われて、俺の思考は一旦停止した。
仮免中のドライバーよりも、俺の頭は一旦停止するのだ。
「今の妻と結婚する前に、学生時代から付き合っていた前の妻と結婚しました。」
「当時の給料は月に千円もあるかどうかでした。でも、『お笑い一本で生きていってみせる』っていう変なプライドがあって。バイトもせず、稽古と言っては飲みに行き、芸人仲間と遊び回って、それなのに『なんで俺が売れないんだ』ってイライラして・・・愛想つかされたんです。」
「僕は芸人としても、人としても、親としても最低でした。」
「前の妻との結婚生活は2年ともちませんでした。離婚して半年くらいして、前の妻が僕との子どもを生んだと聞きました。その子が美夢です。ただそれ以来、前の妻とは連絡が取れなくなって。それが、この記事が出る3カ月くらい前に、急に美夢が僕の前に現れたんです。そして何度か会っているうちに、熱愛と報道されて。」
「そうすると、雑誌の熱愛は誤報で、真相は、実の娘に会ってただけだと。」
ようやく俺は質問をした。
「そうです。」
にわかには信じがたい。
なんのための謝罪会見だったのだ。
「『不倫じゃない、彼女は実の娘なんだ』と言えば良かったじゃないですか。」
「娘だと言っても、信じてもらえなかったと思います。」
「まぁ確かに。苦しい言い訳にしか聞こえないか。」
「それに。それに、娘だと言えない理由があったんです。」
「イメージ戦略ですか?」
まっちょフィフティーフィフティーは、売れない時代を支えてきた妻との仲の良さでもイメージが良かった。
それが実は前妻がいて、子どももいたとなれば、イメージはガタ落ちだろう。
ただ、不倫でイメージが壊れるのと、前妻と子どもがいたということでイメージが壊れるのでは、不倫の方が印象が悪いのではないか。
「いえ、別の理由です。」