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防犯映像



 翌日、劇場駐車場の防犯カメラ映像の入手をまっちょに依頼した。

 まっちょによると、8日前の6月15日午後2時半頃に出番を終え、3時頃にバンに戻ってパロを置いて挨拶回りに行き、4時頃に再びバンに戻ると、パロは死んでいたのだという。

 パロの死亡推定時刻は6月15日午後3時頃から4時頃までの間となる。

 この間にバンに近付いた者がいれば、当然怪しい。

 が、そんな奴はいないだろうということは分かっている。

 冷静になれば、インコを殺すなんてやはり不合理だ。

 まっちょを困らせるためなら、パロを逃がすだけで十分なのだ。

 飼っているペットを殺せば、確か動物愛護法違反の罪となるはずで、5年以下の懲役か500万円以下の罰金と重い。

 まぁそんなことは知らなくても、リスクを冒して殺す必要なんてない。

 ただ、やはり保険金一千万円というのは大きい。

 まっちょの記憶では、事務所と保険会社が保険契約を交わし、まっちょによる故意の殺害以外でパロ死んだ場合に、保険金の一千万円が降りることになっていたようだ。

 まっちょの記憶が正しいなら、なんとも丼勘定な保険契約だ。

 もちろん、あれだけ人気となった、事務所の稼ぎ頭のパロを事務所関係者が殺すとも思えないし、そもそも誰かがインコを殺すことなんて想定していなかったのかもしれない。

 事務所が支払う保険金はなかなかの金額だったようなので、保険会社としてもリスクのある契約ではなかったのだろう。

 まっちょによる自作自演の線も考えられた。

 しかし、それならわざわざ俺に依頼する必要はない。

 考えても、やはりパロをわざわざ殺害する必要性、つまり動機は誰にもない。

 昨日は百万円だと有頂天になっていたが、まっちょの納得する形でできるだけ早く幕引きをして、手付金の三十万円と調査費用などとしてプラスアルファをもらうのが賢い選択だろう。

 そのため、最優先は劇場駐車場の防犯カメラ。

 このカメラに怪しい者が映っていなければ、他殺の線はなくなり、まっちょには悪いが一件落着となる。

 しかし、まっちょから

「オーナーに確認してもらったんですが、劇場の防犯カメラの映像は一週間で自動消去されるそうです。5月15日の映像はもう消えてるそうで・・・。」

と電話があった。

 思わず舌打ちしそうになる。

 いや、多分舌打ちをしていたと思う。

 速攻で幕引きとはいかなかった。


 他の方法となると、パロの死因を知ることか。

 保険の請求は事務所が行っているということだが、死因は寿命ということになっているそうだ。

 パロの死骸は、まっちょの自宅の庭に埋められたということで、まっちょに掘り起こして持ってきてもらう。

 それから手あたり次第に、動物病院にパロの死骸を持って行ったが、どこでも反応は同じだった。

 まず、俺の顔を見てビックリする。

 オッサンがインコを飼ったら悪いとでもいうのか。

 ある動物病院では「握り潰したんですか?」と聞かれた。

 そして、死因を知りたいと言うと訝しい顔をする。

 そんなことを希望する飼い主は稀なのかもしれない。

 そしてこう言われる。

「インコの死体は腐敗が早くて、今からでは死因の解明は無理ですよ。しかも埋められてたんでしょう。」

 そんなやり取りが3件続き、俺は思わず

「殺されたホトケさんの無念を晴らすんでしょうが!」

と医師に向かって叫んだが、結論は変わらなかった。



 仕方がないので、俺は劇場周辺の店の防犯カメラを当たることにした。

 劇場は最寄り駅からほど近く、周囲にパチンコやクリーニング店などいくつか店があるが、俺はコンビニに当たりをつけていた。

 刑事をやっていた時の経験で、コンビニの防犯カメラの位置は大体わかる。

 このコンビニの防犯カメラなら、劇場の入口が映っているだろう。

 パロの死亡推定時刻は6月15日午後3時頃から4時頃までの間。

 この日のお笑いライブは、午後2時から午後4時半までだったということなので、午後3時頃から4時頃までの間に劇場に出入りする者は、つまり客ではないはずだ。

 そんな者がいないかを防犯カメラで探すことになる。


 コンビニに入り、レジの子に

「店長出してもらえるかな?」

と頼んだ。

 高校生くらいのその女の子の顔色がサッと変わると、その女の子は両手を自分の胸の位置辺りまで挙げた。

 俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ

 聞こえなかったのかと思い、俺はさっきよりも優しくその子に「店長出してもらえる?」と言った。

 天使のようにささやいたと言っても良い。

 あまりの優しいささやきに、赤ん坊ならコロリと寝ていただろう。

 女の子は何度か頷くと、おもむろにレジを開け、レジの中のお札をつかみ、震える手で俺の方に突き出した。

 俺の頭にはクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。

 そのとき、奥から五十代と思われるオッサンが出てきた。

 女の子では埒が明かないから、オッサンに話しかけようと思ったのも束の間、オッサンは俺を見るなり、「ご、強盗!」と叫んだ。

 強盗? 強盗ってまさか俺のことか?

 オッサンは「お金は渡しますんで、危害は加えないでください。」と俺に向かっていう。

 カフェコーナーにいた客が慌てて店の外に逃げ出した。

 次に女の子に向かって「谷口さん、お金。お金をカウンターに置いて。」と言うと、谷口と呼ばれた女の子は、手を震わせながら持っていたお札をカウンターに置いた。

 なるほど。

 女の子も、オッサンも、なぜか俺のことをコンビニ強盗と勘違いしているらしい。

「そうそうそう、札をつかんで、ダッシュで逃げて。ってなんでやねん!」

と俺の乗りツッコミが冴えわたる。

 が、二人はクスリともしない。

「こんな人のよさそうな俺のどこがコンビニ強盗やっちゅーねん。」

と俺は両手を挙げる。

「素手やぞ、俺は。何も持ってないねん。」

 するとオッサンが

「え? ほんとに違う?」

と言うので、「強盗なら、金奪ってサーッと逃げるやろ。ほんまに。」

「でも、レジのお金を奪おうと・・・。」

「ちゃうちゃう。この子に『店長さん出して』ってお願いしたら、急にレジからお金を出してきたんや。」

と女の子の方を向くと、女の子は恐る恐る

「私、てっきり『金出せ』って言われたのかと思って。すごく怖い顔だったので。」

と声を震わせて話した。

「誰が怖い顔やねん。ベビーフェイスや。」

「ほんとに申し訳ありませんでした。私が店長です。」

とオッサンが深々と頭を下げた。

「ええねん、ええねん。よく間違えられんねん。人殺しに、密売人に、組長に、人さらい。それにコンビニ強盗が加わっただけや。ところで店長さん。ここの防犯カメラ、見せてくれへん?」


 強盗犯と間違えた負い目もあってか、防犯カメラはすんなりと見ることができた。

 6月15日午後3時から4時までの間に劇場出入口から出入りがあったのは、男性と女性がそれぞれ1人だけだった。

 画像から顔は確認できないが、服装くらいはわかる。

 思ったとおり、対象者が少ないことにホッとする。

 礼代わりにコンビニで買い物をすると、レジの谷口さんが「先ほどはすいませんでした。」と謝ってきた。

「いい防犯訓練になったやろ。」

と言って俺はコンビニを出た。


 このコンビニ以外の店舗にも防犯カメラを見せてもらいに回ったが、コンビニで得た男女1名ずつが別々に劇場を出入りしたということ以上の情報は得られなかった。

 ただ、防犯カメラを見せてほしいと頼むと、見せてくれることがあるのは意外だった。

 警察手帳の力が無くてもできることもあるもんだ。

 まぁ俺の顔がイケてるから、協力したくもなるのだろう。


 コンビニの防犯カメラ映像を俺のスマートフォンで撮った映像をまっちょに見せた。

「私が見た中で、6月15日午後3時頃から4時頃までの間に劇場の出入口から出入りしていたのは、男女それぞれ1名ずつですね。まずは、この男。」

と告げて、該当部分を見せた。

「このピンクのティーシャツの男です。」

と言うと

「あぁ、これは多分・・・オーナーですね。」

「劇場の?」

「はい。少し距離があるので絶対とは言えないですが、服装がオーナーです。」

「なるほど。次は、この女性です。」

と次の映像を見せた。

「・・・これは。」

「これは?」

「知らないですね。」

 新喜劇ばりにズッコケてみせた。

「知らへんのかい。まぁもしかしたら女装してる男性かもしれませんがね。」

「そうですね。この映像では何とも。」

「劇場周辺の他の店舗にも当たってみたんですが、これ以上の情報は特にありませんでした。」

「そうですか。わかりました。ありがとうございます。」

「次の方法となると・・・。」

「笑い屋さん、もう大丈夫です。パロのことは悲しいですが、今自分にできる芸も考えないといけないって思って。だからもうここまででいいです。」

「捜査は中止ですか?」

「すいません。僕から頼んでおきながら。謝礼はもちろん出します。百万円。支払います。」

「え? 殺されたってわかったわけじゃないですよ。」

「はい。でも、もうほんとに。ありがとうございました。」

 まっちょフィフティーフィフティーはそう言ったが、その顔が曇っていたことが気になった。



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