「これを一言で表すならば。」
変な話です。
今日はとてもいい天気だ。こんな天気がいいとやつがやってくる。
「いやーっ。朝から明日香に会えるとは気分がいいなぁ。」
へらへらと笑いながら私の後をくっついてくる男が一人居た。
彼は同級生の小此木君だ。私は彼に対して何の感情も抱かない。ただ…人間だと思っている。
「小此木君おはよう。何か用?」
私は冷たくあしらう。そうしなければ彼はつけあがるだろうから。
「明日香の顔が見たかったんだ。それだけだよ。それじゃあ不満なのかい?」
彼は笑った。 なぜ笑うのだろうか。それは本心なのだろうか。
彼の笑顔は信用できない。何故なら私は彼を信用してはいないから。
私は早足で彼の前から立ち去ろうとする。
三つ編みにした髪が揺れるのがすこし気になったがそれでも直すこともせずに私はまっすぐ歩いた。
私が早足になったというのに同じもしくは私よりも少し遅いけれどぴったりと定感覚の距離で小此木君は構わずついてきた。
向う先学校という場所が同じだからという理由は分かっているがそれでも私にとって不愉快だった。私は立ち止まり振り返った。彼は少し驚いた様子だった。
「小此木君。どうして貴方は晴れの日になるといつも私の後を追いかけるようについてくるのよ。」
彼は何も言わない。
「ストーカーよ?犯罪なのよ?」
小此木君は通学鞄を持ったままうつむいてしまった。
言い過ぎてしまっただろうか。機嫌を損ねてしまったのなら謝る必要があるかもしれないとそう思った。
「小此木君?どうかしたの?…ごめんなさい。少し強く言い過ぎたかしら?」
私は小此木君に近づいた。
小此木君は私が近寄ってもまだうつむいていた。
その数秒後、
「いやああああああああああああああああっ。」
私は悲鳴を上げることになった。高い高い助けを求める声を。
小此木君がいきなり私の制服に顔をうずめてきた。
そんなことをされたら誰だって驚くだろう。
人気のない寂れた道。通学時間は少し早いため誰一人他に通っている人間はいない。
襲われる…そう直感した。
さっきまでしょっていた通学鞄から急いで筆箱を取り出す。
小此木君は必死に私に抱きつき胸に顔をうずめる。
その様は私には変態としか映らなかった。いや私でなくても99%以上の確立で常識人にはその行動が変態と映ったことだろう。そうでないというのならその理由をたっぷり1時間は聞かないと気がすまないとさえ思う。だがその時そんな流暢なことを考えている暇はなく私はあせっていた。
「小此木君っ離してっ!!やめてっ。」
私は筆箱から取り出したコンパスを振り回す。授業で使うからといってついこないだ購入した300円の青色のコンパスだった。授業で使ったままでHBの短い鉛筆がセットされたままだ。
ぐにゅり。突然いやな感触が手に伝わる。円を描くために紙に固定するためのものとしてコンパスに付けられた針が何かに刺さってしまったらしい。私はもう訳がわからなくなっていてそれがなんなのか分からなかった。
刺してしまった先を見るとそこには血まみれの眼球がそのままあった。
すぐ前を見ると小此木君は大声で悲鳴を上げていた。ついさっきまで眼球が存在していた黒い空洞を押さえ崩れた。
私はなんてことをしてしまったのだろうか。
恐怖のあまり私はコンパスを落としてしまった。その拍子に針に刺さっていた眼球が外れて通学路であるアスファルトの地面へところころと転がっていった。それはまるでちらし寿司のイクラのようだと私は思った。
「明日香…あすかあああああああああ!!」
小此木君の雄叫びのような声で私は現実へと引き戻された。
残された小此木君の右目がぎょろりとこっちを向いた。
「やめてっ近づかないでっそれ以上近づいたら…そっちの目も刺すからっ!!」
私は地面に落ちてしまっていたコンパスを拾い上げるとそれを彼の方に向けつつ小此木君と距離をとる。アスファルトの上に点々と赤い跡がついた。
「明日香…酷い…酷いよ…。俺は明日香が…大好きなだけ…なのに…。」
小此木君は泣いていた。ぼろぼろと涙を流して。左目からは血を流して。
私は怖くなってコンパスを再び投げ出して駆け出した。
通学鞄を持って学校へと走っていった。
小此木君は…追いかけては来なかった。
流石にその日は小此木君は学校を休んだ。いや、一週間ほどは小此木君は姿を見せなかった。次に見たとき小此木君は眼帯をしていた。
性懲りもせずに晴れの日になるといつも私の後をついてくる。
「…。小此木君…怒ってる?」
私はまたある日振り返った。ちょっとした気まぐれのようなものだ。
小此木君は首を振った。
「なんで?明日香は俺の太陽なんだから。怒れるはずないだろう?」
小此木君は恐ろしい人だ…。本当に本当にそう思った。
彼の眼球がまだどこかに転がっているだろうアスファルトの上のあの場所で私はもう一度振り返り言った。
「そんなに好きなら…言葉で言いなさいよ。抱きついてきたりしたら驚くでしょう?…キズモノにしてしまった侘びに…大人になったら結婚してあげてもいいわ。」
私は満開の笑顔で小此木君に向っていった。何故私はそこで笑ったのだろう。笑うことが出来たのだろう。どうして結婚しようなどと言ってしまったのだろう。
でも…何故か幸せでどうしようもなく嬉しくて小此木君と一緒に居なければと思ってしまった。
彼は嬉しそうに笑い私に近づいてくる。
「そっか。そっか。これでやっと両思いになれたんだね。」
小此木君は笑っていた。それは私が見た中で一番の笑顔だった…。
「大好きだよ。そして…ごめんね明日香。」
その直後私の視界は真っ赤になりそしてやがて何も見えなくなった。
「明日香…ごめんな。」
あれから10年が経った。
「気にしないで…小此木君。」
「そこ、階段だから気をつけて。」
彼は私の体を支える。私は障害者用の杖で階段を確認すると小此木君の手に縋ったまま階段を上り始めた。
真っ暗な世界の中で小此木君のぬくもりだけを感じる。
私と小此木君は高校を卒業するとすぐに結婚した。
私は目が見えなくなってしまったために高校を中退する羽目になったのだが。
私はもう小此木君の成長した姿も住み慣れた町も新しく出来たという高校の新校舎も見ることはかなわなくなってしまったがそれでもいいと思う。
なぜなら私の最後に見た記憶は小此木君の本当の笑顔でありそれが私を愛しているという証拠だからだ。
彼が10年前あの場所で私の視力を奪った時の言葉は今でも覚えている。
世界で一番幸せだと思える告白だった…。
これを一言で表すならば…
それは…
「理不尽な愛。」だと私は思った。
色々直しました。