終末論客はやってくる
ツングースカの雪が積もった林の中で、一人の少女と妙齢の女性が話している。
「エカテリーナ・ロモノーソフ。ソ連崩壊前から生きている魔法少女と聞いたが、本当にあなたか?」
白い防寒着を着込んでゆきだるまのようになってしまっている少女が尋ねる。
「魔法少女は成長も老化も遅い。私で合っているよ」
黒茶色の腰まである長髪や、長いまつ毛に霜のついたスーツ姿の明眸皓歯の麗人がそれに答えた。
「ところで、名を聞くときは先に名乗るものではないか? 終末論客の一人よ」
「オナガー・ユング。魔法少女リックです」
「私は魔法少女ルーニ。私達と人類を減らさない? 赤い祖国を失い、後継国家はこの体たらく。他の国もめちゃめちゃだ、移民に国内をかき乱され、無駄な思想家が台頭し、どれもこれも人類が増えすぎたことが原因だ。人類を守るということ、興味はないか?」
「そうだな。だが、滅びゆく世界を守ることもまた、楽しいのだ」
エカテリーナはオナガーの腹を殴りつけ、首元を掴んだ。
「次はミサイルになる。で、なんの話だったか? 呪法少女リックよ」
「どこまで我々のことを知っている?」
「さあな。ヤンキーどもがうるさくてね。耳に入っただけさ。終末論客の頭首に伝えておいてくれ、あの鳥はいい出来だったとな。誰が君らの世界を作ったか、知りたいところだ」
「ふん。その程度か、痛くも痒くもないな」
そういった少女をエカテリーナは掴み、雪に叩きつけてから魔法少女に変身した。ココシニクという縦に長い頭飾り、真っ白なスカーフ、18世紀の町娘のような緑の長いスカートに、余裕のあるつくりの赤いペプラム(首元や袖などがフリル状になっているトップス)という姿だ。
「私は魔法少女の力を暴力に使うなど考えもしていなかったな。魔獣のほうは楽しそうにそういうことをするが」
魔法少女ルーニの言葉と共に、上空から水色のこうのとりと、オレンジ色のフラミンゴが落ちてきた。彼らを叩き落としたその黒色の怪物は、ジェット推進で飛び回っている。
「ユーゼン! ワミーウ!」
「どっちがユーゼンでどっちがワミーウだ?」
「フラミンゴがワミーウで、」
「こうのとりはユーゼンか。お前が契約しているのは…」
オナガーは震えた指でこうのとりを指した。
「へえ、もう一人がこの森に潜伏したりしているかい?」
「していない」
「じゃあ、この森に今からミサイルを撃ち込む」
「やめろ!」
森の中から、白い服装で雪を被った魔法少女が出てきた。
「さて、二人に二匹とは大戦果だな。拷問は確実だろう。超獣でも出してくるか?」
二人の少女の表情が明らかに引きつった。
二つの部屋、少年と少女。部屋の前に立つ兵士。エカテリーナは部屋の片方に入った。肌寒い部屋で薄着を着せられたアルビノで長髪姫カットの少年は彼女のことを睨みつけていた。
「何をされようと、ぼくは何も話さない!」
「そうか、私がこういうことをするだけで、世界に生きる70億の人間が救えると思うとワクワクするよ。苦悶の梨からブジーまで揃っているから、使い切るまで耐えられたらお姉さん困っちゃうな」
「ああーー!!」
隣の部屋から絶えず響き続ける仲間の悲鳴に、少女オナガーは耐えられなかった。
「知ってること全部話します。だから、ジーウォークくんを解放してあげてください」
「えらいなあ。じゃ、君の番だ」
「なんで!? 話します。話すからやめて、ぎゃーっ!」
「尿道括約筋が切れると、粗相を止められなくなる。わかるかい?」
「嫌ー!」
隣の部屋から絶えず響き続ける仲間の悲鳴に、少年ジーウォークは耐えられなかった。
「僕が何でも答えるから、オナガーを許してやってくれ」
「結局一人でよかったですね」
「収穫は大きかったからいい。連絡がつかなかった合計八つ、140人強の活動家魔法少女団体が終末論客というのに参加していることが分かった。そして、1月10日フィリピン海に超獣を大量に出現させる計画もな」
国連軍事参謀部内で、会議が素晴らしい速度でまとまる。
「日中韓で開発中だった60m級人型兵器Vウォーカーの5型をフィリピンに配備させよう」
「自衛隊、米軍、フィリピン軍、中華民国軍が合同で迎撃に当たります。魔法少女は基本的に不参加のようです。ただ、ロシアのルーニ、アメリカのファルコン、日本の紫電の三人が合同で参加を表明しています。ファルコンが他の魔法少女を引っ張ってくるかも」
「ロシア軍は納得しているのか? ルーニのMig-31は露軍所属だろう。自衛隊の護衛艦ながと、むさしを予定日前からフィリピンに駐留させましょう」
「我々の東海艦隊も参加していいか?」
「いいだろう。フィリピン海軍、特別自衛艦隊、アメリカ特選艦隊とともに国連の指揮下に入ってもらう」
「では、フィリピン海海戦に参加する戦闘艦艇をまとめよう。フリゲート52隻、駆逐艦22隻、巡洋艦七隻、戦艦ながと、むさし、アイオワ、ミズーリ。でよろしいか?」
「空母は別途計上か?」
「航空戦力として数える」
「敵の予定が変更されることも予測して、戦闘艦艇は1月8日からフィリピンへの移動を行う。いいな?」
荒川の土手で、二人の少年と一人の女性が走っていた。
「こんなことで、魔法少女として強くなれんのかよ!」
魔法少女ホッパーの四谷良太郎が叫んだ。
「私たち魔法少女の身体能力というのは、それに割り振った魔法少女としての素質と、純粋な身体能力の足し算だ」
灰緑色のボディラインの出ないつなぎを着た大体210cm行くか行かないかの背丈をした黒いポニーテールの女性、大郷寺舞が彼らの前を走りながらそう言った。
「僕らが走るのはいいんですが、契約した魔獣を走らせないのはなぜなんです?」
大文字士がわざわざ彼女の隣に出て聞いた。
「あいつらは魔法の力に自身の力が比例するからな。スピードに慣れてもらっている」
彼らの上空を魔獣を乗せた戦闘機が派手な機動で飛び回っていた。
「日柚知、マジカルウトトは友達なんだろ?」
「はい!」「ま、まあ」
二人はそれぞれの反応を返す。
「魔法少女の参加も許された呪法少女または終末論客となのる組織との大規模戦闘が近い。日柚知がまるでベトナム帰りのようになってしまったのはあいつらのせいだ。そして、もしマジカルナギという呪法少女を捕まえれば日柚知の元気を取り戻すことができる可能性がある」
「つまり?」
士が答えを急かす。
「君たちが強くなれば、日柚知を助けられる可能性が上がる」
「はい!」「はい」
三人は再び土手を走り始めた。
「日柚知ー。お客さん。すいません、うちの子いろいろあって引きこもっちゃって」
彼女の家を訪れていたのは30代ほどのビジネスマン風のオールバックの日本人。
「彼女にお会いしても? 事前に約束を取り付けていたのですが」
「ええ、それはいいんですけど、ずっと部屋から出てこなくて」
「わかりました」
男は靴を脱ぎ、位置を整えて二階に登って行った。日柚知の部屋の前に立ち、ノックする。
「パパ?」
「ファルコン……舞から聞いているだろうマジカルウトト」
「はい」
日柚知はドアを開け、男を室内に招き入れた。室内は明るかったが、日柚知の髪はぼさぼさで、服も雑に選んだような奇妙なデザインのぶかぶかなTシャツを着ている。
「私は松浦明次郎と申すものだ。単刀直入に言おう。あなたは人殺しではなかった」
日柚知の暗い表情はちっとも明るくなろうとしない。
「でも、これから人殺しになるかもしれません」
「人殺しが、そんなに嫌か」
「当たり前です!」
日柚知が声を荒げる。
「そうか、私は君に戦えと強要しに来たわけではない」
松浦の目は怪しく悲しく光っていた。
「じゃあもう用は済んだでしょ」
日柚知が彼の体を押すが、動かない。
「君は今後戦えば人の命を奪う可能性がある。それは事実だ」
「だから……」
「嫌な話だが、君が戦わないことで失われる命もある」
「戦えばいいってこと!?」
「そう思っている人間は多い」
「結局私に戦えって」
「君は優しい。私が何もしなくてもそのうち自ら戦いにやってくるだろう。失われる命から目を背けられない人間は皆そうだ。だから、自分が救ったものをよく見るんだ。それで君の心は少し救われる。もう一度言うぞ。君は優しく強いからいずれまた戦う時が来る。その時に自分が救った人間がいることを忘れるな」
日柚知の目に僅かな光が宿る。
「私も君に救われた一人だ。東京が再び廃墟になる様を見たくはなかったからな」
「再びって、一体幾つなんですか?」
「ひゃく……」
「100!?」
「145だな」
「すごい!」
「新たに魔法少女三人の参戦が決定しました」
「一人はマジカルウトト、超獣を二体も倒した存在だ」
「残りの二人はまあウトトのように突出した力は内容だが、格闘が得意なようだな」
「呪法少女は未知数な点が多い。攻め手があればあるほどいいな」
1月6日、シブヤン海、国連海軍所属の原子力イージス巡洋艦レイテ・コーストが南西方向に魔法の奔流による大気の温まりを感知した。
「魔法少女及びそれに契約した魔獣の可能性が高いです。この島に囲まれた位置に事前の兆候なく現れている。超獣などと同じです」
「まだ6日だ。回転翼機を飛ばして有視界で確認。スピーカーも持って行ってこの海域から退去するように伝えろ」
「もし従わなかったら?」
「撃墜しろ。魔法少女は体が崩壊すると人間に戻る。呪法少女も同じだ」
V-280が発艦し、魔法の反応の元へと向かう。
「魔法少女は40人、随伴の魔獣もあります。鳥が23、魚が17。合計80」
「こちら国連海軍! 速やかにこの海域を離脱するか魔法を解除し投降せよ!」
忠告を行っていた彼らは魔法少女の周りから閃光が放たれるのを確認する。V-280は次々と自身に放たれる魔法の弾丸を躱す。
「完全に敵対している。攻撃の許可を」
「許可する」
V-280が距離を取りながら数発の対戦車ロケットを呪法少女に向けて撃つ。
「自爆させます」
それらは彼女らの少し手前で爆発し、熱と破片をぶつけるが、魔法でできた体を傷つけるには至らない。
呪法少女の一人の周りの海が舞い上がり、凍り付いて砕け、無数の氷の礫と化す。礫はV-280に向けて放たれる。
「躱しきれません」
V-280の機体に無数の礫が刺さった。それらが溶けた後、近くの水筒を凍らせる。
「この攻撃、マジカルルリムの可能性が高い」
V-280は高度を上げ、お互いの攻撃が届かない高さまで逃げる。
「呪法少女はレイテ・コーストに向かっている」
「バウソナーに感あり、1000m下からウミヘビ型超獣らしき反応と……砲撃音……? 全長400m以上の潜水艦と超獣が戦闘しています」
「……無視しろ、その位置ではお互い何もできない。対空戦闘用意!」
レイテ・コーストのミサイルハッチが開く。
「ロックオン完了。いつでも撃てます」
「シースパロー発射」
レイテ・コーストのミサイルハッチから次々と垂直にミサイルが打ち出され、空中で向きを変えて呪法少女の元へと飛んで行く。
「なんの光!」「ミサイルだ!」
最初に二発のミサイルが回避しようとしたマジカルオウルとマジカルタウべの二人の呪法少女を墜とした。