少女
大学の講堂での会議は、私なんて存在しないかのように進んでいた。次々と学者の人が図や表と共に超獣について説明をしていく。専門用語の英語なんかまったくもってわからないので置いてきぼりにされている。レールガンがどうとかは図のおかげで多少わかるけど。
余計なことに脳のリソースを割くより、自分の番がやってくるであろう参考人についての話を待とう。
なんかマイクを持った人が近づいてきた。
「あなたは巨大なヒーローに憧れがあったのですか?」
あったな。間違いなくあった。理由もあるけど、単純にイエスノーで答えた方がいいのかな?
「はい」
自分の声でないような音が喉から出た。緊張が私を色々と変えてしまっている。そして、分かっていてもどうしようもない。
「あなたは、元素番号133番の原子について知っていましたか?」
「はい」
私の小さな声に僅かな歓声が上がる。なにをやってるんだろうこの人たちは。まあ、帰りに川崎さんに聞けばいいよね。
その後、私は指名されることなく会議は終えられた。お尻が痛い、三時間も座ってたからな。まあ、この後は帰りの便まで時間があるから観光しよう。
青空の元に歩みだしたのは私が最初だった。そして、冷気に押されて足が止まる。日本に近い気候だっけ。首元を冷気が撫でている。私の横を大人たちが通って行った。
手を袖の中に突っ込んで両手を握り、風を凌いでいるうちに皆先に行ってしまった。
「防寒着、足りてなかったなあ」
急に首元に冷感が叩きつけられる。振り向くと、色々と黒い女の子が立っていた。同い年くらいかな。フリフリの多い可愛い服だけど、ほとんど白黒。お人形さんみたいだな〜。でも、お人形さんみたいって褒め言葉なのは日本だけだっけ。言って良いのかな。
「私は、魔法少女マジカルナギ。以後、お見知りおきを」
魔法少女かあ。なるほど、会議に参加してたみたい。でも、日本的な名前なのに私達と一緒に来たわけじゃない。どこの魔法少女だろう。
「魔法少女マジカルウトト。よろしくね」
私は握手をするために右手を伸ばした。また会う機会もないかもだけど、同世代とは仲良くしたいな。
私の手は叩かれた。乾燥した手の甲がじんじんと痛む。魔法少女は、理由なく生き物を攻撃すると体が崩壊する。だから私は安易に変身できないんだけどそれはどうでもよくて、目の前の理由なく人を叩いた子は今魔法少女じゃない。
「あなたは、魔法少女じゃないの?」
「魔法少女よ。いや、この言い方は正しくないわね。魔法から独立した生命体系とエネルギー体系を持った魔法少女の裏側の存在。人を傷つけるために力を使う……呪法少女とでもいうべきかしら」
なるほど、ながながと悪い奴だって自己紹介してくれたみたい。わざわざそんなものになるなんてすさんでるんだな。何か悲しい過去でもあるんだろうか。
「へえ」
「変身、できないのね。可哀そうに、私に嬲られるだけなんて」
目の前の子が、モーニングスターとかフレイルみたいな武器を取り出す。殺意を感じる。ああ、動けない。足に力が入らない。思考が纏まらない。
「とおおりゃー!」
叫び声と一緒に深紅の閃光が走り、目の前の死神をぶっとばした。
「人に敵対する魔法少女。机上の空論かと思ったら本当にいるとはな」
目の前にマジカルファルコンが立っている。助けに来てくれた。セーラ服の上に黒いジャケットを着てショットガンを持ってる。ターミネーター2のやつ。
「あなたは、マジカルファルコン……。世界で三番目の魔法の力を持つ少女ね。ありがとう。私にも箔がつくわ」
地面に叩きつけられてもぴんぴんしてる。服に汚れもない。ただの人間なら死んでたかもしれないのに。
「そうか、私も君のキルマークかキスマークが欲しかったところだが……そうもいかないな」
後ろから、ジェット機の飛ぶ音。私たちが乗ってきた輸送機が低空飛行をしている。
「いったい何を?」
輸送機は、私たちの後ろで戦車を落としていった。
「M1エイブラムス。私達の主力戦車だ。相手は任せて逃げるぞ」
ファルコンがショットガンを魔法少女に向けて一発撃ち、私を抱えて大学の建物の上に飛び上がった。下で少女が粉々にされる音がする。
「魔法少女の力はイメージ次第だ。小さくなれると信じれば君だって人間サイズの魔法少女になれる」
イメージ、普通の魔法少女な自分のイメージか。
「待ちなさい」
建物の上にも、さっきの子がいた。
「下で戦ってたんじゃ……?」
「戦車と戦っているのは三人の私。あなた達と戦って攫うのは、五人の私」
合計八人……? 数字に特別な意味はなさそう。分身なんてあるんだ……。
攫われたくはない、イメージだ。強い自分をイメージするんだ。
「降ろしてください。私も……」
「分かった」
屋根に立つ。そして息を整える。五人の相手をなんとかできる姿をイメージする。あれしかない!
「うおー!」
叫んだ私の周りを光が覆う。
「なんの光!?」
ナギの分身の声が聞こえるけど無視無視。
光が収まるころには私は10mくらいの大きさの魔法少女になっていた。思った通りの大きさだ。ベボルはサイズについていけなくてファルコンの手元に行ってしまったけど。
「こいつらはどうせ偽物だし、本物でも変身が解けるだけだ。遠慮なくやるぞ!」
「わかった」
目の前の魔法少女ナギをフックで目いっぱい殴り飛ばした。彼女は吹っ飛んで行って光になって消える。四人のナギがまだ私たちを取り囲んでいる。
彼女らの目の奥に底知れない悪意と悲しみを感じる。戦わなければ攫われて酷い目にあわされるだろう。どうせ魔法少女の偽物なら、人間じゃないんだ。
「ウトトちゃん。あなたはとても魔法の力の才能に溢れていて、それを形にしてきちんと強いのはとってもすごいわ。きっと、私たちのように人類を減らすことに同意してくれないのね。ファルコンちゃんもそうでしょ?」
人間ってのはみんな誰かの大切なひとなのに……。
「しない。当たり前だ!」
「そうだよな。ウトト。なあ黒いの、貴様のようなくだらない思想家が最初に死んで手本を見せてくれるのか?」
そんなに思想家とかに恨みがあるわけじゃない。私はただ誰にも友達や家族を失ってほしくないだけだ。でも、ナギはぶっとばす。
「残念。勧誘してだめだったら諦める予定だったのだけど、思ったよりウトトちゃんが強いから壊さないといけなくなっちゃった」
背中の方で人が跳ぶ音と鎖が擦れる音がした。ジャンプして建物から飛び降りると、風が私を撫でる。
地響きと共に地面に足がつく。少し離れた所に着地したからか、ナギたちが全員見える。戦車との戦いを諦めたのか、五人になっている。そして、ナギは私の手が届くところに二体もいた。
二体のナギを掴み、地面に叩きつける。二体の死神は光のチリとなって消えた。やれる。やれるぞこれなら。
いつの間にか私の前のナギは五人に増えていた。戦車との戦いを諦めたのか。五人の魔法少女は策があるのかないのかわからないが私に向かって突っ込んできた。そんなことわざわざやったって……。
「無駄だ!」
ナギの一体を叩き潰す。手のひらにチクチクとした痛みが走り、生暖かい液体がついたように感じる。手のひらを見ると、布の切れ端と赤い液体、白とピンクの何かの組織がこびりついていた。まるで人を潰したみたいに。
「あーあ。出来立てを潰すから」
できたて……?
「私の分身って人をつかうのよ」
振り向くとナギの一人が女の人を掴んでいた。ナギの手から黒いドロドロが現れ、女の人を包んでナギに変えてしまった。じゃあ、私がさっき潰した四人は人? そんなことがあるものか、だってそうだったら私は……私は……。
「人殺し」
私は今、人を。魔法少女である資格なんて……。体が人に戻り、視界が地面に叩きつけられる。顔が痛いけど、それ以上に胸が痛い。私は、四人分の未来を潰したんだ。
「私ってすごい魔法少女だから〜。こんなこともできるの」
ナギが近づいてきて私の頭を掴む。必死に抵抗しても意味がない。ひどい痛みが襲い、頭の中をまさぐられるような感覚が続く。
「へえ、才能ある魔法少女なのね」
気づいたら、私は揺れるベッドの中だった。知らない天井だけどたぶん輸送機。そして、ファルコンさんの声。
「なあ、君が叩き潰して出た何かが人間かどうかは検査が行われている。だが、何であろうとその結果は秘匿するように伝えた。あれが本当に人であっても、君はそれを知ることがない。そして、指示したのは私だ。あれがなにであっても責任は私にある」
「ありがとう。ございます」
行き場のない涙が溢れる。心の中にはまだ影が落ちていた。