町内の平和
全長100mを超える怪獣。通称超獣との戦闘があったインド、中国、アメリカ、ロシア、日本、ポーランド、ドイツ、イギリス、ウクライナ、チェコによる10カ国会談が始まった。円形のテーブルに10人の首脳が集まっている。
日本国総理大臣太田朗治が口火を開く。
「我々の調査によりますと、今回撃破されたクインストークは放射能を含む体組織を持ち、魔獣に戻ることなく死体が残ります」
ポーランド人民共和国大統領パウルス・アッシュとロシア連邦大統領ニコライ・ヤンポリスキーがそれに反応する。
「ポーランドに現れた超獣も同じだ」
「北極海の超獣もだな」
アメリカ合衆国大統領ジェイムズ・バークが資料の束を出す。
「これはCIAが作成した三体の超獣による被害のまとめだ。民間人約8万人、軍人約3000人、戦車100両、ヘリ20機、戦闘機80機、戦略爆撃機一機、原潜一隻、魔法少女二人。怪我人は三倍以上、修理可能な兵器はこの中の値に含んでいない」
資料を読んで最初に声を上げたのはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の首相オリバー・レノンだ。
「誤りがある。クインストークを撃破したのは英海軍ではなく日本の魔法少女だ」
「よく読め。CIAはクインストークとその内部の怪獣を別種として扱っている」
「本当にクインストークの撃破者がマジカルフッドになっている。誤植か?」
「誤植のようだ」
ドイツ連邦共和国大統領ブルース・シャルンホルストがその会話を静止する。
「そんなことに時間をかけるな。この会議は今後激化するであろう超獣対策だ。まずは時系列順にキングアリゲーターについて論じるべきだ」
チェコ共和国ヤン・ウィクリフは資料のページを変え、口を開く。
「ポーランドに現れ、我が国に南下してきた超獣。奴を撃破したEUの一号人型兵器、通称クリーガー。あれを各国でライセンス生産するのは?」
「それは無理な話だ」
中華人民共和国主席王順寧がそれを止める。
「あれは通常兵器以上に維持と建造にコストがかかるのだろう? 南南問題も解決していない状態でそれに頼れば、アフリカ諸国が酷いことになるのは目に見えている」
「ならば、通常兵器の増産と供給で対応するか? 北極海の超獣は魚雷で撃破できた」
アメリカのジェイムズの意見に概ね賛成というように数人の首脳が頷く。
「魔法少女については特別なことがない限り戦力として運用しない方針で行こう」
イギリスのオリバーも他の大統領と似たような反応だ。
「だが、魔法少女や魔獣を招いて学術会議を開き、生物学的対策について思案するべきだ。クインストークはMig-25よりも遥かに発見しやすいはずだが、日本の領土の上で発見された。不明なステルス性能があると考えていい」
「なるほど、それはいい。場所と交通費はわれわれが用意しよう。年内に意見の参考となる者を集めてくれ」
「しかし、軍備拡張についての議論はここでしなくていいのでしょうか」
「それはあらたな火種となるだろう。イスラエルのぺレフしかり、あなた方の潜水艦しかり、英国の戦艦しかり、秘匿された兵器ほど恐ろしいものはない」
北方紛争で航空巡洋艦を失ったロシアの言葉から、徐々に会議は静かになっていった。
早朝、何よりも冷たい冬の風が吹く足立区の住宅街の扉を開け、パジャマ姿の日柚知が現れる。自宅のポストのダイヤルを回して開け、中の新聞などを取り出し、家の中にすぐさま戻った。
寒さに凍えながら自室から制服を持ってきて、父と母が朝のあれこれをしているリビングでぬくぬくと着替え、席に着くころには朝食が準備されている。炊きたての白米とわかめのみそ汁を食べ終え、細長い皿に乗せられた卵焼きに箸を伸ばしたところで、食事を終え郵便箱に入っていた見知らぬ封筒を確認していた父に肩を叩かれる。
「これ、日柚知宛てだ。学校行く前に読んどきな。カバンの上に置いとくから」
「はーい」
半ば空返事というものだった。しかし、朝食を終えてカバンを見た彼女の目には白い封筒が写った。
宛名が自分であることを確認した日柚知が封筒を開ける。航空券と手紙だった。
「おかーさん。私ってパスポートある?」
「何年か前にハワイ旅行当てて行ったでしょう。二階のタンスにあるんじゃない?」
日柚知は階段を駆けのぼり、タンスの奥に手を突っ込んで埃の被ったパスポートを取り出した。
その日、学校では彼女の話題で持ちきりだった。アメリカに急遽行くだけでなく、終業式と大掃除と表彰の合体した午前授業の最後で、急遽壇上に呼び出されて賞状を貰ったからである。金曜日に、人命救助をしたということだ。教師は伏せたが、要するに魔法少女のことである。
魔法少女という話題は、彼女の心に雲を被せた。親友は全治一か月、自分が決断できなかったからだ。という思いが、終業後も彼女の胸を突き刺していた。
「気にしちゃだめだよそんなこと」
それを引き抜いたのは、松葉杖で登校してきて、下校している良太郎である。
「ベボルにも励まされたんだけど、どうしても」
「あっ。あんまり悲しそうだったから言い忘れたことがあった」
「なあに?」
「ありがとう。日柚知ちゃん」
良太郎は笑ってジベリーによじ登り、走って行った。
彼女らの後方で、良太郎の友達の一人大文字士がそれを見て、微笑んだ。
「あいつに彼女かぁ。しかも可愛いし優しそうだし。魔法少女パワーかね」
彼の元へ小さな蜘蛛が寄ってくる。
「魔法少女に興味がおありですか?」
「あるけど、やだね。責任とか人助けとか」
二者は公園に入り、子供たちが遊ぶ端でベンチに座った。
「今後、人が困っているのを見かけた時に後悔しますよ」
「自分が魔法少女だったらな。なんて思うこと人生でそうそうないよ」
そう彼が言い切った直後、地面が割れてモグラの怪獣が現れた。熊ほどの巨体で、のそのそと公園の子供たちを追い回す。
「前言撤回。契約しよう」
「いいですよ」
蜘蛛が士の手に噛みつく。士の周囲がガラスの結晶に覆われた。そしてそれが砕け散って霧散すると同時に、緑のスカート、黒いスパッツ、長い赤色のブーツ、白いコルセットに、両肩を覆うような緑のケープスリーブ、長い黒髪に、額の赤い宝石、赤い眼、そして手に持つのは緑色の宝石が入った小さなステッキ。
「ホッパーにそっくりだ」
「友達だから引っ張られたのかな。まあいい。なら僕はマジカルホッパー二号だ。
テレビでやってたのはこんなんだったか」
二号はステッキを放り投げ、勢いを付けて空に跳んで蹴りの体勢を作った。ステッキは酔った蜘蛛の巣のように変化し、推力を生んで彼を怪獣に向けて飛ばす。
怪獣はその蹴りを受け、地面に押し込まれて煙を放ち、魔獣へと戻った。
「あいつが復帰するまで、町内の平和は僕が守ってやるさ」
「国内魔法少女番号1966番です。どうぞ」
区役所の自身の目の前でミディアムヘアのレイヤースタイルな髪型をした制服の少年が魔法少女の証となるカードを受け取る様子を日柚知が見た。
「私の他にも魔法少女になった人がいるんだ」
彼女の横を士が通る。
「ねえねえ。あなたも魔法少女? しかも二中じゃん」
「今日なったばっかだけどね」
「二中生に?」
「魔法少女に」
「私、一組の瀬戸日柚知よろしくね」
「僕は三組の大文字士よろしく」
日柚知が差し出した手を士は握った。
12月27日火曜日羽田空港
蛇を肩に乗せた少女が、空港の中で唖然としていた。
「何度見ても私が乗るの自衛隊の輸送機だ……。テレビの特集で見たよ」
「そりゃ国の出来事に参考人として呼ばれるんだ。そうもなる」
「ま、自由時間は観光してていいんでしょ? 博物館とか美術館も近くにあるみたいだし。ゆくっちへのお土産考えないとな~」
すると、すぐに空港内でアラートが鳴る。
「何だろう」
「東京湾内で超獣が発見されました。只今より予定されていたフライトは中止となります」
日柚知は酷く大きなため息をつき、表情と肩が沈んだ。そして、持ち上がるときの目は決意に満ちていた。
「ベボル。ぶっ飛ばしにいくよ」
日柚知は、空港の外の怪獣へと走り出した。