最終決戦のはじまり
東京湾沿岸に、飛行艇が留まっている。それは、日柚知達魔法少女を可能な限りの高度へ運ぶための策である。衛星軌道上から行われたショファーの攻撃によって、都内に利用可能な滑走路が残っていないためだった。
日柚知を含んだ数人の魔法少女がボートに乗り込もうとしていた。彼女を除くとガリバルディ、ブラック、ピースの三人だ。
ガリバルディがふと後ろを振り向く。その深紅の瞳は三人の魔法少女を捉えた。
「くだらん。世界を滅ぼすなど馬鹿馬鹿しい」
死神のようなローブを纏い、骨だけの翼で浮遊する魔法少女ドミナ。オフィス街から出てきたような姿のハンド。血のような赤色の装甲を身にまとい、騎士のような姿をしたハスラー。
ブラックはそのルビーのような瞳をガリバルディに向ける。
「俺達だけで相手できるか?」
「お前だけで済むぞ。ブラック」
ガリバルディは小さく笑い、ハスラーに視線を送ってから禍々しい魔法少女たちに背を向けた。
ドミナは歯がきしむほど噛みしめ、黒い怒りの魔力が立ち込める。
「お前ら皆殺してやるっ!」
唐突にハスラーが彼女の方を向き、飛びあがって蹴り墜とした。
「急に何を!」
ハスラーは地面に落ち、翼が散乱したドミナに視線を向ける。
「仕事だ。騙して悪いな」
ドミナは立ち上がり、鞭を取り出してハスラーに対峙する。
「所詮は雇われ。つまらんことをする」
そう呟いてハンドは鉈を取り出して振り、自身に迫るバッタの群れを吹き飛ばした。ハンドは自身にバッタを飛ばしたブラックの方を向いた。
「かかってこい」
ブラックは光の剣を取り出して構え、ハンドも鉈を構えた。
「ウトト。いや、瀬戸日柚知の離陸には失敗か。ここで貴様らを倒して埋め合わせにしてやる」
四基のエンジンがけたたましく鳴り響き、ボートを収納した飛行艇が動き出す。深い青色の機体は魔法の戦闘が始まる岸を後にした。
揺れる機内でガリバルディは二人に向けて口を開いた。
「日柚知……魔法少女ウトトと俺が上昇し、人工衛星の援護を行う」
ピースは、目線をガリバルディにぶつける。
「ピース。貴様は落下したウトトを受け止める役だ。どうせ無茶して落ちていくだろうからな」
日柚知が何かを言おうとして口を開き、そのまま閉じた。
「敵が飛行戦艦を出してくる。味方が何とかするから無視しろ」
飛行艇の中で魔法少女たちは巨大な魔力の塊が上空に次々現れるのを感じた。
「来たか。飛行戦艦」
「行く?」
日柚知が立ち上がろうとしたのをガリバルディが手を出して制する。
「出るのは可能な限り上昇してからだ。援護も来る」
日柚知は目を瞑り、周りの魔力への感覚を研ぎ澄ませた。すぐに彼女は数人の魔法少女が飛んでいる魔力を感じた。戦闘機がエンジンの轟音を立て、魔法戦艦が空を飛ぶ。
「こちら魔法少女フッド。敵の戦艦は二十を超してる。やるしかない」
ヒレのような翼を生やして空を飛ぶ超ド級戦艦と、その周りに集まるカラフルな戦闘機。乗っている魔法少女たちの性質が色に出ている。
「こちらテンライ。プファイルとのエレメントで戦闘を行う」
「分かった。ファルコンはルーニとのエレメントだ」
金色の戦闘機と灰色の戦闘機が二機で飛び出し、それを追うように赤と青の戦闘機が飛行艇を負い越して飛んで行った。
ブラックとハンドの戦いは続いていた。両者の剣戟は終始ハンドの優位で進む。ハンドが振り下ろした鉈をブラックが受け止めたかに思えば、次の瞬間にハンドはブラックの後ろにまわっている。
「どういう手品だ?」
ブラックは飛びのき、建物の屋根に立った。そして手を振り、無数のバッタの竜巻を辺りに生み出して遠くのハンドを見つめる。
「意味がないな」
そう呟いてハンドは自身を見つめるブラックに目線を合わせ、バッタの竜巻の中で徐々にブラックに近づくように消えては現れを繰り返した。
「時間を止めてるみたいだ……意識の外からの攻撃しかない」
ブラックはそう呟き、自らもバッタの黒い竜巻に飛び込んだ。そして光の剣を投げ捨てて瓦礫の広がる地面へと飛び降りる。
「かかってこい」
「馬鹿め!」
ハンドは鉈をブラックの右肩へ振りかぶった。ブラックの肩に鉈が突き刺さると同時に、瓦礫の中から飛び出したバッタが矢じりを形成してハンドの腹に突き刺さった。ブラックは鉈を食らったまま左腕でハンドを殴り飛ばす。
「ふふふ」
ハンドは笑いながら立ち上がる。矢じりがバッタに戻って地面に落ち、刺さった傷跡がバッタを取り込みながら再生する。だが、普通の魔法少女の回復と比べて一つおかしい点があった。
「回復の魔法じゃない」
「そうだ。時間を戻したんだよ。私は時間を……」
そう言いかけたハンドの顔が青くなる。
「操る……」
ハンドが腹を抑えて倒れる。目を必死に動かし、思考を巡らせてから強烈な不快感に喘いだ。そして、体の中から無数のバッタが現れて体をズタズタにした。必死に時間を巻き戻しながら捕食に抗い、やがて力尽きて魔法少女としての変身が解除された。
ハンドだった彼女は人相も体格もわからない程に縮こまって泣きだした。ブラックはそれを無視し、今だ戦闘の音がするハスラーの元へと向かった。
ドミナは数倍の大きさに巨大化し、駄々をこねる子供のようにハスラーを掴んで地面に叩きつけながら振り回していた。
「みんな邪魔なんだよ!」
そしてドミナはハスラーを投げ飛ばした。ハスラーはブラックに受け止められる。
「時間稼ぎにしかならなかった。すまんな」
そう言い、ハスラーはブラックに抱えられたまま気を失った。ブラックは彼女を優しく地面に置いて、ドミナと対峙した。