明日はあるのか
日柚知は朝、どうしようもない寒気で目を覚ました。身震いしながら辺りを見回すと、一人の魔法少女が立っている。ホッパーだ。
「来てくれたの?」
「もちろん」
ホッパーは震える彼女の手を取り、優しくなでた。彼は日柚知の中にある小さく冷たい魔法を感じた。表情をしかめ、ため息をつく。
「元気?」
「そう見える? 見えないから訊いてるんだよね。寒くてしょうがない」
ホッパーは指先に魔力を集中し、彼女の体に流し込んだ。魔法の種は砕け散り、日柚知は痙攣して意識を失った。
「日柚知。俺は……」
ホッパーはそう呟いて病室から去った。
「あいつ……。どういうつもりだ?」
ベボルは勢いを増す日柚知の鼓動を感じながら彼の背中を眺めていた。
遊久音が一人でブランコを漕いでいた。そこへメファインが走ってくる。
「遊久音……! まずいことが起きる!」
「メファイン。どうしたの急に」
きょとんとした顔をした遊久音は、嬉しそうにメファインの方へ歩き出す。彼女らを眺める存在が一つあった。そのおぞましい視線をメファインは感じ取る。
「逃げて!」
強烈な光が彼女らに向けて放たれ、メファインは遊久音を抱えて飛び、それを避ける。
それを放ったのは、絹のようなきれを羽織っただけの白髪の少女だった。
「やあ、メファイン、ピース。私はビギニング・ショファー。終わりの始まりだ」
ショファーが角笛を吹く。淀んだ雲が空に現れ、たちまち空を覆い尽くした。どす黒い煤のような雲から、メファインに向けて火が降り注いだ。
「シアンバリアー!」
遊久音が魔法少女ピースに変身し、その無数の火焔を受け止める。炎は収まることを知らない。
「ふふふ、いつまで耐えられるかな」
空から二人を笑うショファーを、魔法少女ホッパーとスパイダーが空へ飛びあがって蹴り飛ばした。
ホッパーとスパイダーは空中で手を取り合い、一人の魔法少女に変身する。空と同じ真っ黒な姿だ。
「魔法少女ブラックだ。心は痛むが、倒さにゃなんないな」
ショファーがまた角笛を吹くと、彼女は大人の姿になった。鎧のような金属の羽で体を覆う。瓦礫の中で立ち上がり、ブラックの方を向く。挑発するように手招きをした。
ブラックは走り出し、飛びあがって蹴りを構えたところでショファーの胸から放たれた光線に撃ち落とされる。ブラックは再びの光線を腕で弾き、ショファーの胸に拳をぶつける。
彼女はびくともせずに拳を掴み、ブラックを投げ飛ばした。
ブラックは空中で姿勢を立て直し、光の剣を作り出して着地した。ショファーも角笛の先に光の剣を作り、走り出す。
両者が切り結ぼうとした瞬間、ショファーの口から光の帯が放たれ、ブラックを吹き飛ばした。ブラックは意識を失ってビルの中で倒れる。
「遊びは終わりだ」
ショファーが角笛を再び吹く六枚の翼が背から生え、四枚で体を覆い、二枚で飛行を始める。時折ちらつく翼の内側は人の形をしていなかった。
それは徐々に巨大化しながら空高くへ登って行った。
それは誰の目から見てもおぞましい怪物である。暫くして広域に避難指示を伝える防災無線が響いた。ブラックは瓦礫を払い、千切れかけた衣装を魔力で修復して空に飛び立つ。
ショファーの高度が十万メートルを超えたころ、それは液状化した重金属を地上に放った。重金属の弾丸は熱源体として幾つかの都市を狙う。
その熱い塊は、ミサイルに迎撃されて地表に降り注ぐ。
ひどい様子になりつつある地上を背に、ブラックはショファーを追っていった。
薄い大気の中、ブラックはショファーと対峙する。彼の数百倍の大きさの怪物は六枚の翼を開き、ヤギや軟体動物の交じり合った肉体をあらわにした。