巨大怪獣あらわる
遊久音が手を振り上げると光の奔流が彼女を包む、小さな二つの光が彼女の手に触れ、白い長手袋に変化する。大きな光が彼女の胸に当たって宝石になり、周囲に輝かしい青色のドレスが作られる。両脚にも光が当たり、白いブーツが生み出された。
最後にひときわ大きな光が彼女の額に当たり、髪の色を瑠璃色に変化させ、大きな青の宝石のティアラが装着される。
「魔法少女マジカルピース。えっと、決め台詞ってどんなのがいいかな?」
「いいから行くんだ」
物理的にも言説的にも鳩のイリューシンに背中を押されてピースは一歩踏み出した。
「手伝おう」
イリューシンは姿を鳩から競技で用いられるような近代的なコンポジットボウへと変え、ピースの手元に収まる。
彼女の手元に光の矢が現れ、それを弓につがえる。
「アーチェリーとかわかんないけどっ」
そう言った彼女の手元から放たれた矢は、四本足の蜘蛛怪獣の尻に当たり、砕けて散った。目に見えた損傷こそないものの、蜘蛛は明確にピース達の方を向き、歩み始めた。
「やばいやばいやばい!」
「乗れ!」
イリューシンはピースの手から離れ、巨大な鳩の姿になって彼女を乗せて空を飛ぶ。
「すごい!」
「魔法少女と相性がいいと、僕らは強くなるんだ。ここまでなのは珍しいと思うけど」
「でもどうしよう。怪獣は私たちのこと追っかけてくるよ」
「逆に都合がいいよ、人の少ない所へ行こう」
川の下流に向けてイリューシンは飛び続け、蜘蛛怪獣はそれを追う。
陸上自衛隊十条駐屯地では、数か月に一度の大きさの怪獣への対応に追われていた。
「荒川に現れた未登録魔法少女と怪獣は共に下流へと向かっています」
「住宅地を突っ切られるよりはいいか、近隣の魔法少女は?」
「1108番のホッパーが向かっています。到着まで30分」
「87式搭載車両の到着まで47分」
「米海軍からの緊急連絡です。管理下の魔法少女ファルコンが向かっているそうです。無断で。到着まで二分!」
空を赤い閃光が駆けている。魔法少女マジカルファルコンだ。赤と白のセーラ服に赤いメッシュの入った短髪、それが赤色のF-22ラプターに似た戦闘機に乗っているのだ。
「クルーズ。君は最高の魔獣だな」
「君が最高の魔法少女だからさ」
「ありがとう。私たちは最高のコンビだ。キルマークを増やしてやろう」
戦闘機の姿の魔獣クルーズは、増槽のように取り付けられた腕部パーツとエンジンと兼用の脚部パーツを変形させ、空中で立ち上がって人型に変形する。
巨大な来客に対応するためだ。
「中印で数万の命を奪った奴を野放しにするわけにはいけないな!」
彼女らの上空でクインストークが羽ばたいていた。生え代わり続ける一本一本の毛がピアノ線のように透明だが寄り集まって美しい白い輝きを生み、世界最大の飛行機を優に超える120mという体躯故の高い体温で抜けた毛が飛行機雲のようなものを作る。
魔法少女と魔獣は、上空へと飛び上がった。
「えっゆくねちゃんまだ帰ってないんですか?」
「うん、友達の日柚知ちゃんも知らないのね……ありがとう」
日柚知は、遊久音の母からの電話を切られ、通学路から一つの結論に思い当って玄関を飛び出して自転車に乗って走り出した。そこで、同じように荒川へと急ぐホッパーと出会う。
「友達が巻き込まれてるかもしれないの、乗せてくれない?」
「いいよ。気を付けてね」
ジベリーは加速し、15分ほどで荒川の土手の上へと到着した。イリューシン達と怪獣は未だ鬼ごっこを続けている。
「君の探している友達は魔法少女?」
「普通の女の子なんだけど……なんかあの子と似てる気がする」
「どっちみち、あの子は助ける。ここで待っててくれ。ベボル、守っててくれるな?」
「もちろんです」
べボルが頷き、日柚知の元へと飛び降りる。
「契約を迫るなよ」
「この姿じゃ、無理だよ」
「それでいい」
ジベリーに飛び乗り、ホッパーは怪獣の元へ急行する。
「初めから決めに行く!」
ホッパーの額のリボンがほどけ、額の宝石が輝きを放つ。彼は杖を放り投げ、跳び、蹴りを放つ。彼は怪獣の足の一本に命中し、そのまま貫いて怪獣の真下へ着地した。
怪獣は体勢を崩し、地面へと倒れ込んでいく。
「イリューシン、あそこ!」
「任せろ!」
イリューシンが怪獣の下へ突っ込んで水面上の空気の塊を滑り、ホッパーの横を通り過ぎる。その一瞬でピースはホッパーの手を掴み、イリューシンの上へ引き寄せた。
「誰かは存じ上げないがありがとう」
「私は魔法少女マジカルピース! よろしくね!」
「ああ、よろしく」
ピースとホッパーは双方笑顔で握手をした。ホッパーはジベリーの上に飛び降り、ピースは地面に飛び降りる。
ホッパーは怪獣を指さした。
「一瞬だけあいつの動きを止めてくれ、そしたらなんとかできる」
ジベリーは彼のやることを察し、大剣に変化した。
「任せて!」
ピースはイリューシンに手招きをして弓に変身させる。そして頭のティアラを取った。ティアラが金属の矢に変化する。
「魔法少女といえば!」
そう言って彼女は方向転換をして向かってくる蜘蛛に向けて矢をつがえ、放った。矢は強烈な白光と化し、怪獣の視界を潰す。
「グラスストランザー!」
ホッパーが剣を空に掲げると光の帯が高く伸び、彼はそれを怪獣に向けて振り下ろした。怪獣は衝撃音と共に破裂し、小さな蜘蛛の魔獣がその場に残った。
「終わったー!」
「やったー初勝利!」
変身を解いた遊久音と良太郎は魔獣の改修をジベリーとイリューシンに任せて日柚知の元へ走った。
「二人ともすごい!」
「才能あるよ、あの青い」
ベボルは、遊久音と接点がなかった。
「遊久音ちゃん」
日柚知が助け船を出す。
「そう遊久音ちゃん」
ベボルを遊久音がしゃがんで覗き込む。
「もしかしてひゆちーも契約したの?」
遊久音は驚いた表情で日柚知の方を向く。
「だったらよかったんだけどな」
「よくねーよ」
良太郎がベボルをひっ掴み、投げた。
「投げて良いの?」
それを見た遊久音が再び驚く。
「私、あいつに契約迫られてさ」
「駅中のカフェで?」
「マルチの誘い方じゃん」
「っく、っふ」
二人の他愛ない会話に良太郎が笑わされ、それを見て二人は不思議な表情をする。
「そんな面白かったかなぁ」
「ねえ」
戦いが終わりほのぼのとした空気が流れる一方、上空では戦後最大の空戦が行われていた。