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巨大な魔法少女

 図書室で劣化のため処分されそうだったという「聖龍の王国」という古い小説を開き、すぐに閉じて本棚に入れる。


(こんなタイトルの本に期待したのが悪かったか)


 龍の登場する作品として選んだそれは、独裁者となった龍の話のくせに龍が挿絵も設定も弱そうという印象を彼女に与えただけで終わった。


(だいたい支配する民族とされる民族が別なら帝国って括りに入るだろ)


 両親とも遊べるゴールデンウイークは終了し、日本の名優が震電に乗って大怪獣と戦う映画を友達と共に数日前に観て、宿題も終わらせた日柚知は暇を持て余していた。


(長電話でもするか…。魔法少女の衣装を変える相談もしたいし)


 固定電話に手を伸ばした彼女は、ジャケットの胸ポケットの中のスマホの通知音で手を止め、そちらを取り出した。


 番号を確認してから画面をスライドして、日柚知はスマホを耳に近づけた。


「もしもしゆくっち? ちょうど私も」

「テレビつけてテレビ!ごちゃん!」

「うーん? はいはい」


 彼女は言われるがままにテレビのリモコンを掴んでボタンを押した。

  

 猛烈な波に襲われている船の中でテレビのレポーターが喋り、『超獣現るか』というテロップが出ている。


「現在我々はすごい波に襲われています。先程まで凪いでいた海が非常に荒れています。超獣の前兆でしょうか」


 波の隙間に灰色の特徴的な構造物を艦上にもつ船が現れた。ロシア海軍の原子力駆逐艦リデルである。


「ああっ、あの三重塔のような艦橋は。 ロシアの軍艦が見えます。ここ数週間択捉島の領海付近で行動をしていたやつです。彼らも超獣騒ぎを聞きつけたのでしょうか」


 それよりも僅かに大きな戦艦が、さらに奥の波間から現れた。


「ロシア海軍と出くわしたか、まあ長門や武蔵でないだけいい。ハート! ナギ! 戦闘配置だ」


 三人の魔法少女の座乗する旧ナチス・ドイツの戦艦ビスマルクである。


「日本海軍か!」「違う、ナガトチープではない、あの艦型はドイツの戦艦だ!」「ヘリが水中の何かを捉えた。この海域から退避することを勧めている」


「あれも超獣騒ぎと関係があるのでしょうか。さらに海が荒れてきました。ここでの取材はもうできません。今から択捉島に戻るそうです」


「最大戦速、当海域から離脱する。面舵一杯」


「ダイビングの奴め、厄介なものを解き放ってくれたな。今日生き残ったら俺の作ったピッツァをくれてやる!」


 海上をバタバタと動く船たちを結ぶと生まれる三角形のちょうど外心に、海中から東方の神話で語られるような龍が飛び出した。龍は、最も大きな船の方を向く。


「全長60mで体重3万トンと聞いていたが、3倍以上あるな。ヴァレリー、離艦用の航空機の用意。ハート、煙幕。ナギ、ビスマルクの見た目だけなら幾つ出せる?」「了解」「浮力を考慮したやつなら三つ、見た目だけでいいなら倍は出せる」「浮力はありだ。明らかに違う動きはまずい」

 

「駆逐艦リデルへ、ドイツ戦艦へ砲撃を許可する。奴が太平洋に来るはずがない。超獣の仲間か別の犯罪組織だ」「砲撃戦よーい。撃ち方始め

!」「撃て!」


 戦車砲以上のサイズを持ったリデルの主砲がビスマルクへと向けられる。


「偽装解除、ミサイル発射」

 

 ビスマルクの後方にあるさらに巨大な砲塔がパックリと割れて、なかからミサイル発射機が出てきた。


 しゅど、と一発のミサイルが放たれる。それは空高く飛んで行った。


「レーダー上でも弾道軌道です。S500の発射準備を」「主砲は測距儀や戦闘指揮所を優先して攻撃せよ」


 リデルの主砲が少し動き、ビスマルクの艦橋へ向けられる。砲弾はそれを的確に狙って飛んでいった。ビスマルクの主砲は未だゆっくりと動いている。


 砲弾が測距儀を吹き飛ばすとほぼ同時にビスマルクの周りに煙幕が放たれ始め、ただでさえ悪い視界を奪っていった。


「ただいま我々の目の前で戦闘が開始されました。ロシア軍が正体不明の軍艦を攻撃しており、龍も近しい動きを見せています」


 

 テレビの画面が急に移り変わった。


「ここで速報です。先程ロシアが、北極圏からの飛翔体を観測したと発表しました。詳細は不明ですが、アメリカは関与を否定しています」


「めちゃくちゃだね、ゆくっち」

「場所的に私たちは関係ないけど、それでも怖いな」




「ねえテンライ、漫画持ってない?」

「艦隊ならある」

「沈黙? 紺碧?」

「後者」

「じゃ、いいや。読んだし」


 魔法の空間に迷い込んだ魔法少女達三人と三匹の魔獣は塹壕のようなものをつくり、その中で無気力に時を過ごしていた。





 あらゆる建物の墓場を煮詰めたような巨大でいびつな形をした建造物の一室で、九つのモニター画面のみが空中に浮いていた。一つ一つのモニターにはプログレッシブナンバーが表示されている。


 ビギニングと表示されたモニターの文字が光る。

「ウトトとかいうのは、分水嶺を越えたのか?」


 ディバイディングのモニターが光らせられる。爆発音と波音がなる。

「そうだが、何故それを今連絡をする必要が……」


「まあいい、負けたそうじゃないか。援護もほぼなしに」


 ディバイディングのモニターの光が消え、キリングのモニターが付いた。

「はい……。しかし次は必ず倒して見せます」


 ビギニングは変声機を通してはあるが優しい口調で彼女に語りかける。

「その必要はない。君はもう戦闘などする必要はないな。今まで通り研究と捕虜の取り扱いを続けてくれ。無論、戦って成果を上げることも喜ばしいが、戦いとは裏方の出来にも左右されるのだよ」


「分かりました……」


「再魔法化の発明には感謝しているし、メファインもいい。研究を引き継げるものは多くないんだ。死んでくれるなよ」


 ディバイディングのモニターが付く。

「こちらに仕事を回す気だな! もともと我々は外様だ、長期契約でお前たちに協力していることを忘れるな」


「わかっているよ。私は君より強い魔法少女を五人しか知らないんだ。今一人増えるかというところだけどね」


「六人にしておけ、越えたものを推し量るための〈ディバイディング〉なんだろう?」

 爆発音と共にディバイディングのモニターの光が消えた。それと入れ違いにトーキングというモニターの文字が光る。


「なんでこのタイミングで会議をしようとしたんですか?」


「ダイビングのやらかしのせいもあってか、我々がもつ超獣は残り2匹だ。それも我々の悲願を達成するほどではない。戦艦の建造も、メファインのデッドコピーの量産も時間がかかる。しばらく潜伏が必要になったの」


「なるほど、では部下にも潜伏を命じておきます」


「やることが分かっているようでよかった。じゃあこの会議はこれで終わりだからね」


「……んたいコレクション!」


「メイキング。さすがにそのタイミングでゲームを始めるのは肝が座りすぎだ」


 それぞれのモニターの光が消えた。


 真っ暗な部屋の中でビギニングの行動が生む音だけが響く。かちゃりと電話を取った。

「依頼があるんだ。うちの組織のキリング・ドグマ。本名は……」

「必要ない。しかし本当にいいのか? 分水嶺を超えたイレギュラーな存在と戦ったのは」

「いいの。ディバイディングがいるし、彼女の研究も引き継げる奴はいるし、再魔法化した部下の行動は私の方に実権があるからもういらない」

「この依頼は受ける。だが、そのように部下を扱うと報いが待っているぞ」

「それは今じゃないもの。あなたが私の人類削減に賛同してないのもわかってるし」

「次に話すときは敵かもしれんな。前金はきちんと振り込んでおけよ」

「りょーかい」


 がちゃんと電話が切れる音がした。



 高いくせにやけに日当たりの悪いマンションの一室に童話の赤ずきんのような子、アポリオンとペストマスクの女性ドグマがいた。


「ドグマ様、マフィンが焼きあがりました」


「ビギニングは優しいなあ。でも、ガリバルディは仕事中に呼び出されたのか。アポリオン、コーヒーでもいれてくれない?」

 アポリオンはその言葉に返答もしなかった。


「ねえ、アポリオン?」

 ドグマがアポリオンの方を向く。アポリオンはほぼ同時に膝から無気力に崩れ落ちた。


「私が調整したんだ。おかしいところはないはず。変な冗談はよしてよ」

 彼女はすぐにしゃがんでアポリオンの肩を掴んで抱き起こす。アポリオンの中の魔力の流れを、ドグマは感じ取った。


「魔法による命令の書き換えが行われている。どういうことだ?」


 アポリオンが僅かに瞬きをした。

「ドグマ様、あなたのおかげで私は生まれました。あなたを殺す指示が、でるかもしれません」

「なにかの間違いだ。ビギニングは許してくれた。私の功績は理解されているはずだよ。犠牲は多かったけどあなたのような再魔法化や、人工の魂はわたしが作った」


「理由はわからない。「私達は、あなたを消そうとしている」」

 アポリオンの声に誰かが混じった。


 ドグマは彼女の肩を放して、後ずさりした。

「ひっ」


 アポリオンは再び糸が切れたように動かなくなった。




 日柚知の家の電話が鳴る。なんの警戒もなく、彼女は受話器をとった。

「もしもし、瀬戸です」

「もしもし、魔法少女ハスラーです」

「何の用!?」

「あなたの命を二度救った魔法少女、いや少年がいるだろう? 彼は今魔法少女アポリオンの中に押し込められている。キリング・ドグマの手によってな。居場所を教えてやろう。彼氏を取り戻すチャンスだぞ」

 日柚知は受話器を握っていない左手を握りしめた。

「……教えて」

「中華人民共和国山東省日照市。そこに行けばわかるさ」

「ありがとう」

 

 日柚知は受話器を置く場所のボタンを押して通話を切った。


「そんなこと急に言われたって……。彼氏じゃないし」

 彼女の足元へとベボルが這い寄る。

「今は北海道の超獣を倒しに行こうぜ? なんてったって光の戦士ウトトなんだからな」

 日柚知は受話器を置いた。

「わかった。行こう、ベボル」

 眩い閃光が彼女の家を中心に放たれた。


 魔法少女ウトト、白髪と白いインナーの上に赤いトップスとスカート。銀のポンポンを両手に付けた彼女が日本の空を飛んでいた。


 本州を越え、北海道を越え、択捉島を越えて、日本の領海ギリギリの所へとやっていく。


 目標を失い、択捉島へと向かう超獣をウトトは捉え、急降下した。


 彼女は飛行姿勢を維持した状態で縦回転し、超獣を派手に蹴り飛ばした。


 海底に落ちた超獣は、とぐろを巻き、電撃の光とともに戦闘に特化した太い両手両足をもつ初期の爬虫類が発達したような姿になって浮上し、着水したばかりのウトトの両脚を頭で持ち上げた。


「うわっ!?」

  ウトトは持ち上げられてバランスを崩し、海面に叩きつけられる。


「ウトト、陸の方が戦いやすいが……」


 汽笛の音がなり、巨大な艦影がやってくる。巨大な魔力と共に。


「こちら日本海軍空母飛龍。本艦は艦載機を喪失している。艦上で戦闘を行え」

(ガリバルディだ……意図がわからないけど乗るしかないか)


 ウトトが海面から飛びあがり、赤城の上に着艦する。それを追って超獣も赤城に這いあがった。


「「ポンポングローブ!」」

 ポンポンのひらひらが数倍に増え、ボクシンググローブのような性質に様変わりする。そしてそれをウトトは顎を守るように構えた。


 超獣は大きな腕で二度ほど彼女をぶつが、ウトトはポンポンでほどよくそれらをあっさりと受け止めた。 

 

 業を煮やして両腕を同時に振り上げた超獣の顎をめがけてアッパーカットをきめた。

「このまま択捉島の岸壁に突っ込む!」


 速度を上げる巨大な船の上でウトトと超獣は殴り合いを続ける。やがて、超獣が口を大きく開いた。その中に青い光が満ちる。

「チェーン光線!」


 ウトトの両腕のポンポンが光の鎖を生み出し、怪獣を飛龍の上に巻き付け拘束する。そして、二つのポンポンで超獣の頭を挟み、それを無理やり真上に向けさせた。


 

 航空自衛隊天寧基地では、水色の戦闘機が爆弾を装備して離陸の準備をしている。

 

「爆装させたF-2の離陸を優先させろ。上空に居る各機は待機を続けさせる」

「こちら陸上自衛隊有萌駐屯地。90式戦車の展開完了の報告を受けた」


 青い光が雲を貫き青空に消える。


「こちらP-1。超獣が光線を放出、繰り返す。光線を放出している。威力は不明」


 ウトトが力技で超獣の口を閉じ、光線を止めさせる。

「こっちだってっ」

 彼女ののど元からゴロゴロと音が鳴る。超獣は鎖を引きちぎってウトトに向けて口を開けた。


 青い光線がウトトに向けて放たれるよりも僅かに早く、ウトトの口から黒煙が飛び出し、超獣の口内へと飛び込んだ。構わず超獣が放とうとした放射熱線は、黒煙と反応して超獣の体内で爆発を起こした。


「やったか!?」

 ガリバルディは叫ぶ。だが、言葉とは全く逆に怪獣は動きを止めず。両腕を広げ、皮膜を展開して羽ばたき始めた。


 超獣の両脚もが発達し、ウトトの左腕と頭を掴んで飛行を始めた。ウトトは右手で抵抗するが意味なく超獣は飛行を続ける。


「うぐ、こいつ……」「左手が使えればっ」


 ガリバルディの乗る飛龍の甲板上にはぼこぼことした穴だけが残った。

「ハート! 甲板を整えてくるから艦橋に残って危機的状況になるまで状況報告を続けろ。ナギ! 発艦だ、烈風を出せ」

「了解」「わかりましたよ」


「機銃じゃ厳しいんじゃ?」

「無理なら帰ってこい。俺が行く」


 超獣は飛行しながらどんどん巨大さを増していく。

「ポンポン一つで短剣くらい出来ない?」「無理だ、半分ではリーチが足りない」「でもこのままじゃ……」

 ウトトは悪あがき的に口から火焔を吐くが、超獣はびくともしない。


 強力なエンジンの音が鳴る。



 超獣の上に二機の戦闘機が到着した。

「こちらバイパーワン。JDAMの命中は期待できない。バルカンで両翼への攻撃を行う」

「バイパーツー。了解」


 二機の戦闘機は急降下し、機関砲を両翼に向けて撃ちまくる。複数の発砲音が連なり一つの長い音になって超獣は弾丸の雨を受ける。


「何の音!?」「さあな、でもこいつバランスを崩してる」「今なら!」

 ウトトは左手を超獣から引きはがし、両手のポンポンを合体させて剣にする。そして掴めるところを求めて自身の胸元を掴んだ超獣の左の翼を切り落とした。


「バイパーワン。残弾なし。上昇する」「バイパーツー。残弾なし。上昇する」


 上空に昇っていくジェット機と入れ違いにレシプロの戦闘機が超獣の真上にやってきて、残った右の翼に爆弾を投下する。爆弾は炸裂と共に小さな弾丸を飛ばし、超獣の右の翼をさらにずたずたにした。



 ナギの乗った戦闘機は降下し、ウトトに手を振ってその場を離れていった。


 ウトトはそれにサムズアップで返し、すぐに隙の生まれた超獣の胸辺りを剣で貫いた。


 超獣とウトトは共に落下を始める。択捉島に向けて。

「何とか超獣をクッションにするんだ!」「分かってる!」

 両者はぐるぐると回りながらウトトは上に行こうと奮闘していく。


「90式全車後退!」


 戦車が移動して出来た場所へ超獣とウトトは落下する。そして、ウトトの下敷きになった超獣は赤黒い液体を口から噴き出して息絶えた。 

 

「私の体重って……」「ええと、900トン位じゃないのか?」「適当でしょそれ、てか。もう限界……」


 まばゆい光と共にウトトが瀬戸日柚知へと戻る。剣がベボルへと戻る。

「あっつ!」

 さっきまで飛行という凄まじい運動を行っていた超獣の熱された体表から慌てて彼女は飛び降りた。

「ありがとー」「よくやったー!」と戦車から降りた自衛隊員達からの歓声が飛んでいた。


「あっちー。さて、どうやって帰ろうかな」

 あまり周りを気に留めずに森の中に降りた彼女の元へ、森の中に居た自衛隊員の一人がやってきた。


「我々と一緒に下山してください。滑落の危険性があります」「はい!」


 日柚知は素直に彼についていき、停車している車両の列へとやってきた。


「隊長、90式に乗せるんですか?」「クッションになるものなんかないかな」「一般人の上り下りは厳しいですよ」


(私の魔法でどうにかならないかな?)


「帰れる車両は全車帰還、最初に付いた奴は89式を出してこい!」

 隊長と呼ばれた自衛隊員を置いて、戦車は次々と帰っていく。


「あの……」「少し待ってください。下山のための車両が必要なので」

 微笑む隊員とは逆に日柚知は少し申し訳なさそうな表情だった。


「もしかして、私のためですか……?」「そりゃあもう、超獣と全力で戦うよりはやすいものですから」



 陸上自衛隊の有萌駐屯地に連れて来られた日柚知は彼女をどう帰すかの話の渦中にしばらく居ることになる。


 いかにも官品でございという雰囲気の部屋にソファにという中で、幹部クラスの自衛官に囲まれているのである。


(胸のあれがもう偉いやつじゃん)


「うちの機でも北海道本島までは行けるな。手配を」

 

「あのお、魔力が回復したら自分で飛んで行くので……」

 日柚知は凄まじく申し訳なさそうな表情になっている。

 

「魔法少女って魔力を辿るって海自の魔法少女から聞いたんですけど、帰りは大丈夫なんですか?」


「友達がいるので、大丈夫です」


「じゃあ魔力が回復するまでゆっくりしていってくださいね」


 本来は億単位の経済的損失によって討伐されるはずだった超獣を撃ち倒した日柚知への扱いには自衛官たちも非常に緊張していた。


「そろそろ昼食の時間です。ご一緒にどうですか?」


 人の親睦を深めるのは食であったりなかったりするわけだ。


 択捉島の駐屯地は他の駐屯地に比べて非常に最近できたばかりの場所であるが、食事においてはほかの北海道の駐屯地のようにラーメンを売りにしている。


 日柚知の前に出されたのは札幌味噌ラーメンである。基本的に味噌というのは柚子ポン酢と同じようにこの世で最も素晴らしい調味料のひとつである。


 ズルズルと日柚知はそれを啜った。


(美味しい。口から入った麺が味噌の香りと一緒に胃の中へと突き抜けていく)(コーンは麺に絡むか? いや、れんげでまとめていこう)


 日柚知はものすごい勢いでスープまで完食してしまった。


「すげー食べっぷり」「さすが、8億の戦車より馬力があるだけあるなあ」



(新技とか考えないとな。戦い方が単調だと良くない。上空に打ち上げる一人時間差とかいいかもしれない。そして、もっと守るための力も)


 思案にふけりながら、日柚知は魔法の力が溜まるのを待った。



 日本海軍の海防艦松輪。非常に小型の艦の上に三人の魔法少女が収まっている。ガリバルディは日頃の損失を気にしていた。

「まだ問題はないが、奴ら俺たちにばかり仕事を押し付けているよな?」

「外様ですし」「そーよそーよ」

「まあいい、帰ったらピッツアを作ってやる」

「ヴォルカスの分もね」「アバズーンも忘れないで」

「六枚だったな」



 足立区の中の小さな公園に、それぞれ別の入口から遊久音と士がやってきた。

「今来たとこ?」「そりゃあもう」

 士は大きなレジ袋を小脇に抱えている。そして遊久音の元に駆けて行ってそれを差し出した。

「プラモで先払いなんて好き勝手やってるよね」

「ほんと、ところで私、家に置くスペースがないんだけど、持っててくんないかな?」

「うちにはもうあるのに……。まあいいよ」

 と、話していたところで士は蚊に集られ始める。

「もう夏なのか……」

 季節にあわない彼の長袖の外側で数匹の蚊が服に触れては飛びあがりを繰り返す。

「てか、あの二人って付き合ってんのかな」

「そうじゃない? ほら、命の恩人同士だしさ。僕らには分からない距離感があるんだよ」

「しっかし、それならとっとと良太郎も戻ってきてほしいなあ。友達がこんなふうに減るなんて……」


(いや、割と他人よりだろ。僕に比べれば)(友達……? 言っといてあれだけど私はずっと蚊帳の外に居たような)


「数か月前までは他人だった。これも魔法の力かね」

「いいこと言うね。士くん」

「ありがとう。じゃあ僕はこれで」

 士は軽快に手を振って駆けて行った。


「暇んなっちゃったなー。ひゆひゆが帰ってきたらカラオケでも誘おうかな」

 そう呟いた遊久音の上に、ちょうど巨大な魔法少女がやってきた。


 遊久音は声を張り上げる。

「おーい、この後カラオケいこー!」


「そんなに叫ばなくても聞こえるよー」

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