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魔法少女ハスラー

 すっかり春休みも終わり、夏に行われる終末論客への攻撃まではあと四か月となった。そして、魔法少女となった中学生たちも進級によって生活は変化していく。


「今度さ、カラオケいこーよ」

「受験……」

「まだ四月だよ。遊ばないと」

「三組に行ったねねんも、軍艦俱楽部やめてたし」

「あれは幽霊騒ぎだって、昼間なのにやけに寒いとか」

「冷房付けたとかじゃない?」

「あの部屋エアコンないし……。廃部になるかもだって


 三年一組になった二人の少女は、再び窓際で楽しそうに話していた。


「ねえ、二人って魔法少女なんだよね?」



 丸メガネに黒い長髪の少女が二人に声をかけた。


「めがっぴじゃん。どうしたの?」

「女ケ沢さん。なにかあったの?」


 女ケ沢(めがさわ)未加(みか)、三年一組の学級委員長である。そんな彼女が腕を組んで二人の元へと寄った。


「うちの学校の七不思議って知ってる?」


「「知ってる!」」

 二人の目が輝いた。


「幻の五階に、丑三つ時に鳴りだすオルガンと、真夜中の放送」

 遊久音が指を三つ立てる。

「三年予備室の腹ペコ机と空襲の映像が流れる視聴覚室と踊りだす理科室の人体模型」

 日柚知が三本指を立てて遊久音のてに近づけた。


「七つ目を知ると不幸になるんでしょ?」


 未加が手招きをしてから二人へ小さく囁く。

「そう……その七つ目が見つかったの。内容はね……」


「教えないでよ。不幸になっちゃう」

「非科学的だもん」

「それ魔法少女に言う!?」


「で、なんなの七つ目は」

「ひゆひゆ!」

「軍艦倶楽部の部室に現れる女幽霊だよ」


「不幸になっちゃうーっ」

 遊久音が周りに迷惑にならない程度の声で叫んだ。

「知ってたじゃん」

「非科学的なことを信じないの」「わたしたちは魔法少女なんだよ?」「私の励ましが吹っ飛ぶ励ましやめてよね」「ごめん」



 校舎の外に急に人影が現れ、空を飛んで彼女らのいる教室に飛び込んだ。


「不幸!?」「非科学的な……」「魔法少女だったりする?」


 土煙の中の人影が立ち上がる。

「いかにも! 私は葛飾区一番の魔法少女ヘルブラオ。足立区一番の魔法少女ウトトがここに居ると聞いて来た」


 土煙が晴れ、ヘルブラオの姿が露わになる。首元までを覆う白い模様の入った紺色のタイツの上に四肢や胸などを水色の金属板が覆っている姿だ。


「隣のクラスの大文字ってやつです」

「教室を間違えたのか。済まない。さらばだ」

 魔法少女は窓から飛び出し、少ししてかしゃんと机の音が響いた。「何だお前!」「足立区一の魔法少女が居ると聞いた!」「買いかぶりすぎだ」


「ひゆひゆ、押し付けてよかったの?」

「魔法の仕様からして生身の人間に勝てないし……」


「話を戻すけど、魔法少女の二人に七不思議を検証してほしいの……。このままじゃ軍艦俱楽部がなくなっちゃう」


「そっか、女ケ沢さん部長だったっけ、力になれるなら……」「勿論、任せて!」

 二人は各々違う反応ではあったが、非常に好意的に笑顔であった。

「ありがとう!」


 幻の五階。後ろ歩きをしながら屋上に出ると出現するとされている。

「先生に許可とったの?」

「とれなかった……」

「オルガン見に行こう」



 丑三つ時に鳴りだすオルガン。名前の通りである。

「これは先生に内緒でタブレット置かせてもらったから映像が取れてるはず……」

 三人は一台のタブレットを覗き込む。

「再生するね……」

 音楽室に置かれたタブレットは、オルガンから流れる曲をキャッチしていた。


「「「ギャーッ!!」」」


 三人は教室の中で跳び上がった。

「It's two o'clock」


 彼女らはそのフレーズに五度目の再生で気が付いた。

「時報だねこれ」

「時報付きのオルガンなんて学校らしい謎アイテムだわ……一応後で先生に聞いてみる」

「ナイスめがっぴ」



 真夜中の放送。真夜中に何者かの放送が流れるというものである。

「許可とれなかったし、時間もわかんないからタブレットで録音もできない……」

「次行こう」



 三年予備室の腹ペコ机。三年予備室の窓際の一番後ろの机に入れたものはなくなってしまうというものだ。

「予備室を誰も使わないからいたずらが増えて、先生が高頻度で確認してるだけだって」

「なんで連れてきたの……」



 空襲の映像が流れる視聴覚室。放課後に視聴覚室でプロジェクターを起動すると、東京上空を飛行しながら爆弾を投下するB-29が見えるというものだ。


 三人が広げたスクリーンには七不思議通りの映像が流れ出した。

「ほんとだ……」

「いいえ、これは違う!」

「そのこころは? めがっぴ」

「モデリングがめっちゃ雑。窓とか。これパソコン部か映像部のいたずらっぽい」



 踊りだす人体模型。理科室で踊ると、人体模型が釣られて踊りだすという。

「二年間のカンカン部の実力を見せてもらえる?」


 日柚知と遊久音は共にカンカン部に所属していた。色物部活が多い二中の中では部員数の多い部活だ。通常のダンス部はない。


「部活着持ってないよ」

「制服でやればいいでしょ?」


 顔を赤らめた二人の乙女によるカンカン! ほくそ笑む未加! 動かぬ人体模型。


「いいものを見せて貰った……」


「行くよひゆひゆ!」

「勿論!」


「え?」


 顔を赤らめた二人の乙女によるサンドイッチラリアット! 気を失う未加! 驚いて逃げ出す人体模型!


「「ホンモノだー!!」」

 

 


 三人がなんやかんやあってやってきた軍艦倶楽部の部室。無数の軍艦の模型に写真、図面などの資料が通常の教室の半分ほどの空間ほどに所狭しと置かれている。

「ひんやりしてるね」

「すごい数のプラモデルに、写真……」

「戦前からある部活だし、幽霊騒ぎで廃部なんてひいおばあちゃんに悪くって」

「めがっぴのひいおばあちゃんも二中だったんだ」

「そう、それも軍艦俱楽部。だからいたたまれなくて。これとか、ひいおばあちゃんの前からあったんだよ。戦艦三笠の木の模型」

 大きな木の模型の横で遊久音は両手を横に伸ばした。その横幅は2mを超え、彼女の伸ばした手を悠々超えている。


「私に何か用か?」

 彼女らの前に体の透けた死に装束の黒い長髪の女が現れた。

「三笠の幽霊!?」

「ゆくっち、三笠は生きてるよ……」

「そうなの!?」

「そうだ。私も春休みに見てきた」

「写真とかあったら今度見せて!」

「目の前にそっくりなのがあるのに?」

 

「こほん」

 幽霊が小さく咳ばらいをした。

「私は海に沈んだ軍艦の魂の集合体……。戦前から続くこの俱楽部には多くの私の写真が残ってくれている。感謝を伝えたいのだ。しかし、皆私をみるなり逃げて行ってしまう」

 彼女は悲しそうに肩を落とした。未加は

「私のひいおばあちゃんは見た軍艦の写真は全部撮ったって言ってた。忘れられてしまうからって」

 未加は慣れた手つきでラミネートされた写真を机の中から取り出して彼女に渡した。

「そう……」

 幽霊は、未加を抱きしめた。




「私ら要らなくない?」


 部室のドアを開け、ルリムがやってきた。

「誰?」「誰?」「バイトの魔法少女さん!」「戦艦に負けた人!」


「ウトト……あなたのせいで私は首になった! 必死こいて逃げ出した私を誰も求めてなかった! こんな東京の端っこで、生ごみを処理するような仕事ばかりに……」



 話の途中のルリムを、スパイダーがドロップキックする。

「うわーっ!」


 ルリムは宙に浮き、木製のドアに自身の形をした穴を作って吹っ飛んだ。


 自身が吹っ飛ばしたルリムを追ってスパイダーが飛び出し、魔法の糸で彼女を縛る。そして、彼はルリムに伸びた糸を派手に振り回した。


「ああー!!」

 ドップラー効果を発生させて変わり続ける声色でルリムはしばらく叫び続けた後、地面に叩きつけられた。


「荒れてるね、良太郎が居なくなってから、ねえひゆひゆ」

 日柚知が少しうつむく。そして、地面に叩きつけられてのびるルリムに視線を向けた。


 莫大な魔法の力が空中に現れる。四人の魔法少女は一斉にその方向を向いた。そして、遊久音はピース(6)に変身して割られた軍艦俱楽部のドアの前に立った。

「二人とも、逃げて。何かが来る」「追っ手だ……」(ガリバルディ以上……今の私と同じくらいの魔法の力だ……)(正面から勝てる相手じゃなさそうだ)



 魔法の力はものすごい勢いで学校の校庭へと落下した。シャツまで真っ黒なレディースのスーツに、頭には黒子頭巾をつけている異様な姿の存在が、服に埃一つなく立ち上がった。


「ルリム、お前は有用だ。再魔法化が待っている。素直に戻ってくれば罰も少なくなる」


 ルリムは怯えた様子でその魔法少女に向けて氷の礫を放った。それは、彼女に命中して地面に落下する。


「NOか...。再魔法化の手術を恐れているらしいな」

 魔法少女は長い棒を取り出し、日柚知に向けた。スパイダーが横から光る杖を打ち付けようとしたのを片手で受け止める。


「私はハスラー。後ろにいるのはピースか。今は何番までいる? 私がやったのは何番だったか……」

 ハスラーの棒が白い光を放ち、スパイダーを消し飛ばす。


「これで10万……。魔法少女は儲かる。呪法少女と君たちは言うらしいな」

 

  日柚知が18mほどの魔法少女に変身し、ハスラーを蹴り飛ばした。


「やはり、分水嶺を越えた、イレギュラーだ」


 吹っ飛んだハスラーを、突如現れた黒い人型のマシンが胸の中に取り込む。関節付近が人類には不明の技術によって細く仕上げられていた。前後に長くヘルムを伸ばしたような頭部の目が赤く光った。


 左腕には実体剣、もう片方の腕には杭打機、右肩にはガトリングガン、左肩には20連のミサイルが搭載されていた。


 それは、ガトリング砲とミサイルを撃ちながらウトトに突っ込み、ウトトはバリアでそれを受け止めた。ハスラーの機体は両肩の武装をパージし、左腕の剣でバリアを突き破る。


 ばらばらと崩れるバリアから突き出された剣をウトトは両手で受け止める。


「甘いな……」


 剣をパージしてハスラーの機体はウトトにとっついた。


「しまっ」


 ウトトの胸元に、杭が打ち込まれる。その衝撃で彼女の体は宙に舞う。


「まだだ!」

 

 彼女は両手で地面を掴んで着地し、両脚でハスラーの機体を挟み込んだ。機体がミシミシと悲鳴を上げ、細い肘関節からは火花が散る。

「まずいぞ、コアセーフシステム、行けるか?」


 ハスラーの機体の胸から電撃と強力な閃光が放たれ、ウトトは両脚を開いた。ハスラーの機体の後方のバーニアが点火し、紅い光の跡を残しながら空中に飛びだした。


 そして、主に背面に取り付けられたバーニアを駆使して這いつくばるルリムを掴み、校舎を飛び越えて空を飛ぶ。

「逃がすか!」

 ウトトも両手を広げて空へと飛び出した。


「追ってくるか。市街地でのハイダ機関使用は出来ない。通常動力で海上まで、行けるか?」

(ベボルが一緒なら、光線技のイメージがしやすいけど……)


 二つの飛行体は、攻撃なしに長時間飛び続けた。そして、スクランブルしてきた自衛隊の戦闘機イーグルが三機彼女らの後ろにつく。


(意思疎通が出来ないけどどうしよう……減速して離れてもよさそうだな)


 ウトトは頭を持ち上げて地面に垂直になり、ゆっくりと側転のように回転しながら減速する。


「よくどいてくれた、これで攻撃可能だ」

「あいつがいなければ転移の邪魔になるまい。ロックオンされたか」


「イーグルワン、フォックスツー」

 空対空ミサイル、サイドワインダーがハスラーの機体に向けて発射される。


 ハスラーは空間を魔力によって歪め、魔法空間へと飛び込んだ。ミサイルもそれについていく。


「ブレイク!」


 二機のイーグルが素早く切り返し、魔法空間へと繋がる穴を回避した。


「ハイダ機関起動。アクティブアーマー展開」

 ハスラーの機体が淡い水色の光を放ち、両脚を白い大地に付けて減速する。


 ミサイルは相変わらずロケットのうねりをあげてそれを追う。


 やがてそれは命中するが、ハスラーの機体は変化することなく立っていた。

「迎えはまだだな。今回の仕事の代金として部下がまた増える……。俺達のような個人の傭兵には、喜ばしいことだ」


 水色の光が収まり、ハスラーの機体の胸元が開いた。彼女の周りには水色の光の粒子が纏わりついていた。




 都内とはいえ、見知らぬ場所に着地した日柚知は自身の場所が分からないまま、自身の手元の交通ICカードを信じて近くの駅に飛び込んだ。


「すいません、500円で梅島っていけますか?」

「北千住までですね」

(川を越える二駅!)




 日柚知を待つために、遊久音と未加は中学に残り、大文字もそれに付き合わされていた。

「ところで……ヘルブラオってどんな子だったの?」

「私も聞きたい。魔法少女について」

「魔法少女って、一般人に攻撃できないじゃん? それで挑んでくる方が悪いと思うんだけど、…………生身でひっぱたいて勝っちゃった。凄く文句言われたよ」


「「……」」


「女子に暴力とかサイテー」

「おいおいおい、魔法少女だぞ……。それに生身で挑んだんだぞ」

「正々堂々と変身して戦ったらよかったのに」

「委員長まで!」

「全くだ、再戦を要求する」

「どっから出てきたヘルブラオ」

「やってあげなよー」


「わかったよ……」


 大文字が立ち上がり、スパイダーに変身してヘルブラオの肩を叩いて運動場の南のサッカーゴールを指さし、自身は北のサッカーゴールへ向かう。ヘルブラオは南のゴールの前に立った。


「マジカルケイン」

 スパイダーが先の丸いなめらかな小さい黒の杖を手元に出現させる。その先端から彼女の背の竹の半分ほどの青みがかった白の光が伸びる。


「ブラオレイピア」

 ヘルブラオの手に細いレイピアが現れた。


 ヘルブラオがレイピアを振ると、無数の水の針が彼女の周りに現れる。それらは加速し、スパイダーに向けて飛び出した。


「ホリゾンタルハーゲル」


 自信に満ちた表情でヘルブラオはレイピアを振り続ける。


「ハーゲルなら氷飛ばせよ。雨はレーゲンだろ」


 スパイダーは杖を振り、水の針を叩き落としながら彼女に向かって歩いていく。


 水の針の密度が二人の距離に反比例して上がるが、スパイダーに当たることはない。ヘルブラオの余裕ある表情はゆっくりと崩壊していった。

 

 二人の距離は徐々に縮まり、3mほどの距離になったときにスパイダーは杖をヘルブラオに投げる。


「ヒェッ」


 悲鳴をあげて交わそうとしたヘルブラオにスパイダーは飛び寄り、抱きしめた。

「エッ、あのその……そういうのは経験なくて」

 ヘルブラオの頬が赤くなる。


「キャー、大胆!」「魔法少女ってああなの!?」(今の学生は破廉恥だな)

 外野の二人が騒ぎ立てる。見物していた霊すらも関心を示す。


(鯖折りにするタイミングを失ったぞ……)


(どうしよう? どうすればいいんだ? あっ)


「そういうつもりになってるのはお前達だけだ。蜘蛛らしくやってやるだけだよぉー!」


 スパイダーはヘルブラオの首筋に噛みついた。噛まれた彼女は力なく地面に倒れた。


(こういうのの相手も良太郎はしてたんだよな……。俺には厳しいな)




 真っ白な大地の上に三両の装甲車に囲まれた焚火と三人の人間、三匹のペット。

「ここにきて何日になるよ」

 オレンジのパイロットスーツの魔法少女テンライが呟く。

「レーションはまだ三か月は持つけど……」

 カロリーバーを齧りながら帝政ドイツ軍の服に近い姿のプファイルが呟いた。

「娯楽がないんだよな」

 紅いパイロットスーツのファルコンが白い地面に横たわって言った。

「トランプゲームはやり飽きたしなあ。囲碁する?」

 テンライが碁石を取り出そうとして、ファルコンに止められた。

「高い碁石だろ? 失くしたらどうする」

「ま、蛤だけど……」


 何も進むことなく、遭難者たちの時間は流れて行った。


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