ピース
「なるほど、魔法で数を補っているのか」
無数の呪法の反応を放っているのは呪法でコピーされたレシプロの戦闘機Bf 109だった。Me 2500はその軍団に正面から突っ込む。
「ヘッドオンだ!」
Me 2500の後方から自衛隊機も現れてレシプロ機を次々と落としていった。
呪法の編隊が制空権を失うとき、Me 2500は地上にいるはずの魔法少女の救援に向かった。
「降りるぞ!」
戦闘による穴やひび割れが連続する道路に向けて、Me 2500は無理矢理にランディングギアを叩きつけて着地した。
「大丈夫かピース! ウトト!」
彼女が見たのは、友の亡骸を抱える少女だった。同時に、状況を確認するために自衛隊員も数人がやってくる。
ピースの体を魔法と呪法の混じりあった光が包む。日柚知の小さな息の音に遊久音は気づき、彼女を抱きしめた。
そっと扉を開け、病室に遊久音が入る。ベッドの上には眠り続ける日柚知がいた。
そして、魔法少女ファルコンが彼女を見舞いに来ていた。
「君はたしかお友達の……」
「明日遊久音、ファルコンって魔法少女でしょ。ひゆひゆの友達の」
「そうだ、手間が省けたな。君にも関係があるこの子の話だ」
日柚知は命こそあるものの、意識を取り戻さずに点滴によって日々の暮らしをしている。それは話などできる状態ではないことを示していた。
「少し散歩でもしない? 君にもしたい話がある」
「いいよ、お見舞いの四羽鶴だけ置かせて」
遊久音がブレザーの内ポケットから四羽の折り鶴が羽の先でつながった物を出し、病室の小さな机の上に置いた。
「なにそれどうやってんだ」
「じゃあ行こう」
「いや教えて教えて」
二人は病室を出て、街を歩く。ファルコンの左手にはアタッシュケースがある。
「魔法少女の姿のままなんですね」
「戻らなくなっちゃった」
「じゃあもしひゆひゆが目覚めても……」
「わからない。これに尽きる」
沈黙を交わしながら二人はゆっくりと歩き、閑散とした駅前に着いた。遊久音の左手にはファルコンに奢られたジュースのストロー付き容器が握られている。
「彼女を目覚めさせるには恐らく彼女の想い人が必要だ」
遊久音が青い顔をして噴き出しそうになったジュースを飲み込む。
「なんて?!」
「分かりにくいか。あの子の好きな人って誰?」
「なんでそれを教えなきゃなんないの?」
「……人って意識が無くて目を開けなくても、音やなんかは少し聞こえたりするんだ」
「そんで?」
「彼女を何か飛び起こさせる一言が必要なんだよ。私は母のすすり泣く声で目を覚ました」
「良太郎くんは、あなたのママになれるかな」
「気味の悪い言い方……。それはそうとして、良太郎か……、少なくとも彼は彼女に気があるよな」
「だよね~」
二人とも人づてにファルコンは良太郎が日柚知を助けるために必死になっていたことを知っている。
「そして、終末論客どもに殴り込みをかける作戦があるんだが……」
「行きます!」
「参加には軍属である必要がある」
「つまり?」
「自衛隊に入らないと」
「ええ~」
彼女らの元へオレンジのヘルメットに背に日の丸が付いた緑色の飛行服を着た少女がやってくる。
「魔法少女テンライでーす。自衛隊に入れば自衛隊や車両を使えるよ」
遊久音の頭の中に、戦車に乗る自分の姿が浮かぶ。
「ねえ、訓練とか参加しなきゃダメ?」
遊久音の頭の中に、必死に走る自分の姿が浮かぶ。
「別に中学生だしなあ、学業もあるし、籍だけおいて来れるときにきてくれればいいよ」
「同意見だが、米軍人だろお前は」
「仲いいんだ、なれそめは?」
「結婚じゃないんだから、俺とファルコンの出会いは数年前……」
「アニメのイベントだ、こいつ本出してた」
「見せて見せて」
「「駄目だ」」
「ねえ見せてよ〜。どこで売ってるの?」
「あー! そろそろ呼び出した士が来る頃だ!」
ファルコンが露骨にごまかしに走る。
「なんですか大声で」
「来た!」
「自衛隊に入れって話でしょう? 入りますよ。友達がかかってるんだから」
米海軍所属、原子力空母ロナルド・レーガン。日本から唯一見ることの出来る原子力空母であり、世界で最後のF-14を運用する空母である。
「二人とも、F-14、トムキャットは知っているな?」
「映画で見ました!」
「どういうわけで僕はそれに乗ってるんですか!」
トムキャットが、ロナルド・レーガンの甲板上に二機乗っている。それぞれに二人ずつ魔法少女が乗っている。垂直尾翼がオレンジの方はテンライとピース(9)、赤の方はファルコンとスパイダーという具合だ。
「Gの耐性があれば、高速移動や飛行といった戦法の幅が広がるんだ」
「なるほど?」
「口閉じな、舌噛むよ」
トムキャットのエンジンは叫び、カタパルトが作動する。
仕事を終え、蒸気を吐き出す空母ロナルド・レーガン。仕事を始め、翼を開いて上昇する戦闘機トムキャット。絶叫する二人の魔法少女。
「うわあああああ!」「きゃあああ!」
「すげー、トムキャットが飛んでる」「映画の撮影かな」
「ぐわああ!」「ヴェッ、吐く!」
「変身してから何も食ってないだろ! 吐くことはないから安心しろ!」
トムキャットは、あらゆるものは大気中で音速を超える時、目に見えるほどのやかましい衝撃を放つ。
しばらくして、二機のトムキャットが白い波紋を纏った。
縦ループ飛行だとかコブラ軌道だとかを二機のトムキャットが繰り返したところで通信がパイロットに入る。
「羽田に着陸予定の520便が異常な動きをしているらしい。確認に行け」
「「了解」」
「ハイジャック事件?」「なんで僕たちがそれに?」
「さあな、行くぞ!」
ジャンボジェットのすぐ横に、二機の戦闘機がぴったりと着く。
「よく見ろスパイダー。乗客が機長室にいるか?」
「いる……」
「ハイジャックだ! 高度は1000を切ってる。揚機して助けてやれ」
「冗談だろ!?」
「失敗しても助けてやる」
「わかったよ」
赤い尾翼のトムキャットのキャノピーが開き、魔法少女スパイダーが巨大な旅客機の操縦室に飛び移る。背中から八本の足を生やして機体への体の固定とこじ開けを行う。
「行きますよ、スパイダー」
「分かってる。フンメル」
蜘蛛の魔獣フンメル。ドイツ語でマルハナバチという意味だ。
「うお、なんだこいつら」
操縦室をこじ開け、魔法少女スパイダーが中へと入る。操縦士達乗員の他に、拳銃を持った男が一人中にはいた。
「なんだ、魔法少女か。ならただの人は攻撃できねえはずだよなあ!」
「でーい!」
魔法少女の脚力で飛び、途中で変身を解除して男を蹴り飛ばした。
「くっくそ!」
男は力をふり絞って銃口を士に向ける。
「させない!」
ピース(9)が矢を男に向かって放つ。放たれた光の矢は男の腕をかすめて拳銃を貫いた。
二人の中学生が米軍基地から巨大なプラモデルの箱を抱えて出てくる。1/700のロナルド・レーガンだ。
「これが取り敢えずの駄賃替わりなんて……」
「ねえ士君。私こういうの苦手だから組み立ててくれない?」
士の脳内を駆け巡る苦い記憶。彼が10歳の時の誕生日に貰ってその日に組み立て始め、挫折しそれからずっと家の押し入れに入れられたままとなっている戦艦大和のプラモデル。
「……任せて!」
ロナルド・レーガンの搭載機数は平常時で約60機、防空火器は四種9基、他のパーツもすべて一つというわけではない。
「なんで翼と胴体でパーツ分けるんだよおー!」