消える休日
12月27日、1時2分。腕時計はそう示している。10日のフィリピン海海戦でナントカ仮説がずばり当たって人類は大勝利。でも、私の腕の傷跡は残っていて、良太郎くんは戻ってこなかった。メディアは超獣40匹撃破、呪法少女と魔獣80捕縛の大戦果に大はしゃぎ。軍事衝突で姿を消す人は、世界で数万人、負傷者はその倍以上。その中の数人ってだけだ、私たちは。
「はぁー」
息が白い。もう昼なのに。厚着で立ちっぱってのもあれだけど、座ったらそれも寒いんだろうな。早く、遊久音ちゃん来ないかなー。……マジカルピースって名前被ってそうだよな。
うーん、ホッパーも1号2号になってたし、被ったらどうとかあるのかなー? どうでもいいけど。知らなくても死ぬわけじゃないし。なーんか、死にそうになったからか、他のことがあんまり気にならなくなっちゃったな。
……30分。遊久音ちゃんはまだこない。他のことが気にならないとか撤回するわ。なんで人を
誘っておいて30分も待たせるんだよ。ワイドパンツもシャツもニットジャケットも意味のない首の冷気がやばい。タートルネックでも着てくればよかったかな。
「おーい、こっちこっち」
本屋の方から遊久音の声がする。遅れてんだよなあ。
振り向くとそこには遊久音がいた。白いダウンなんて着ちゃって、羊みたいな手袋もあったかそうでいいなあ。手招きしてる。本屋に用があるのかな。
「はーい」
走っていく、服の裾からもろに冷気が入ってきて寒い。
「ごめん、ひゆひゆ。ちょっと溺れてる人を助けてて……」
遊久音が両手を合わせて頭を下げる。まじで言ってる? ダウンじゃん、一切濡れてないんだけど。
「にしては、乾いてるね。ゆくっち」
「いやだって、魔法少女じゃん。人を持ち上げる魔法とかあるし……」
そういや、魔法少女ってそういうものだっけ。うん、そうだ。そういうものだ。
「あ、そっか。そうだよね」
「じゃ、行こう」
そう、私たちは行くのだ。遊園地! 観覧車に乗って、ジェットコースターに乗って、コーヒーカップとか他にも色々……。
「ほらひゆひゆ」
遊久音に呼ばれ、付いていく。丁度良く空いた電車の席に二人で座った。
ニュースは、いまだフィリピンでの戦いの内容が多い。
「アメリカは、呪法少女が用いた航空機が、国立航空宇宙博物館から盗まれたものだと認め、謝罪しました」
ものすごく見覚えのある飛行機がふたつ映像に写っている。あれか。一つは私がぶっ壊しちゃったな。
「新ソビエト共産党とロシア連邦軍の軍事衝突があり、負傷者が58名でています」
定点カメラらしい市街地を駆け回る同じような戦車が無数に出てきて、そのうちの一両には鎌と金槌のマークが描かれている。フィリピンで見た戦車に比べて大きくて強そうだが、両目のようなライトがちょっとかわいい。こんなニュースで見てなきゃな。
やがて電車は、遊園地の最寄り駅に止まる。電車という地味で無難な交通機関を降りて、徒歩というさらに地味で無難な移動方法になる。
「ひゆひゆ、電車でニュースみるなんて真面目だね」
「いやーなんとなく?」
平和だ。ここはいつまでも。日の光がぽかぽかと私達を温めてくれてとても心地よい。遊久音もダウンを脱ぎ、手袋を取る。
「そこのお二人、私と写真を取りませんか?」
振り向くとそこには少女がいた。金色のお下げ髪、白いワンピースの上に赤い頭巾。私達と年は同じくらいだろうか、本当にあかずきんのようだ。ただ、指先やワンピースの端が泥のような色に染まっている。
少し、顔が良太郎に似ている気がする。彼は黒の短髪だし、目の色も黒、たしか一重だったけど、この子は二重、まつ毛も長いな。頑張れば寄せには行けそうだけど……。
「ひゆひゆ、こいつなんかおかしい」
そう言われると、まるで呪法少女と対峙しているような冷ややかな感覚がある。
「私、あなたたちのことずっと見てて。好きなんです」
私たちに熱心なファンが!? まさか……。 確かに私も遊久音も可愛いし、でっかい怪獣や超獣と戦った経験があるからな。ファンがいてもおかしくない。遊久音も携帯を取り出している。
「ありがとうございます。お二人」
今気づいたけど、舌が割れてるな。
「可愛い遺影にしてあげる」
彼女の背から、大量の真っ黒いバッタが現れる。まずい!
「「変身!」」
私たちは変身しようとしたところで、バッタの濁流に飲み込まれる。前が見えない、前進が灼けるように痛い。ほんの一瞬でそれは終わったが、両手足の感覚が消えている。体が動かない。見ると、私たちの体に無数のバッタがくっついて、動きを止めていた。遊久音が地面に倒れ、彼女のスマホの画面が割れて破片が飛ぶ。自分の魔法の力がまるで蓋をされたように感じられない。
かろうじて声は出そうだ。
「なにが、目的……?」
少女は私の言葉を無視して遊久音のスマホを拾う。
「ビデオ通話になってる。私のために魔法少女を呼んでくれたのね。大好き」
少女は手を振り、遊久音に纏わりついたバッタが離れた。何が目的なんだ?
「私のものになって。遊久音」
少女が遊久音の耳に息を吹きかけると、遊久音の体は痙攣して再び動きを止め、ゆっくりと立ち上がって光を失った目をしながら少女を抱きしめた。
「遊久音に何をしたの!」
私の叫びは、通じていないように思える。昼間の人間に叫んでいるのに夜の闇のなかにいるように言葉の先がわからない。
「私のものになってもらったの。あなたも、なって」
『人が最も恐れるのは未知である、既知のものに恐怖はない』宇宙飛行士の言葉だったっけ。私は今、目の前の未知の存在が恐ろしくてたまらない。
「待て!」
ビルの上から叫び声がする。良太郎じゃない。
「変身!」
「させないよ」
飛び降りる人影へ無数のバッタが襲い掛かり、それらは吹っ飛ばされる。ホッパー二号がそこに立っていた。
「あら、二号。いいね。あなたも私のものになって」
少女の周りにバッタが集まり、真っ黒いワンピースに翼、サソリの尾ができて、黒い環が頭の上に浮かぶ。
「じゃあね」
次の瞬間、地面がめくれ上がって二号を建物に叩きつけた。めくれたアスファルトの裏にはびっしりとバッタが付いている。
「終わり。じゃ、私の物になって。断ったら遊久音ちゃんみたいにしちゃうから」
少女はいたずらっぽい笑みを浮かべて私の方へ歩いてくる。なんとか時間を稼ぐんだ、なにか反撃の糸口があるはず。
「私は、あなたの名前も知らないのに?」
彼女の強さには裏があるんじゃないか。人の想いや信仰が魔法少女を強くするって噂はある。勇者を名乗ってる神奈川の魔法少女テンライはなんかやたらなんでもできるらしいし。ならば、私も何かを名乗れば……?
「私は呪法少女アポリオン。名乗ったよ。答えは?」
アポリオンか、聖書の天使の名前だっけ。神話バフがあるのかもなあ。
「私も名乗るよ。私は魔法少女ウトト。星の戦士だ!」
体に力がみなぎった気がする。バッタも、私からぽろぽろと剥がれていく。魔法の力が体に満ちる。
「魔法少女になったら、遊久音ちゃんを殺すから」
「なっ」
私は何もすることが出来なくなった。遊久音ちゃんをダシに使われたら。
「……私は、あなたの物になります」
「わーい! やったー!」
アポリオンははしゃぎ、私を抱きしめた。甘い匂いが体を包む。それがおぞましい。どうにかして遊久音ちゃんを取り戻さないと……。
「待った!」
再び、士の声が飛んだ。手元に、おもちゃ屋さんから持ってきたらしい変身ベルトがある。あ、子供たちの夢の詰まったアイテムだ。
「変身!」
彼はベルトを腰に巻き、手の中に握ったクモ型のアイテムを差し込む。彼の周囲に赤い蜘蛛の巣が現れ、彼を包んで光り、メカニカルな鎧を纏った戦士にしてしまった。
「動物鉄人ドーバインに出てきた悪の鉄人、スパイダーだ。そして今は、正義の鉄人だ」
「遊久音ちゃん、日柚知ちゃんを殺して」
ここで私が遊久音ちゃんを止めれば二号……スパイダーが戦える。私の方へ歩いてくる遊久音ちゃんをどうする……?
落ち着け、遊久音ちゃんはしっかり体を動かしているからたぶん完全に失神させればなんとかなる。顎をひっぱたいて脳震盪を起こせばいいのでは?
「日柚知ちゃん。あなたは私のものだよ」
体が動かない。遊久音ちゃんは私の首元に手を伸ばす。息が……思考が……働かない……。死……。
無数の銃声で目を覚ます。遊久音ちゃんが私の前に倒れている。血は出ていない。一体何が? 体を起こすと、迷彩服姿の人たちが、数がだいぶ減っているようだがいまだ無数いるバッタで防御を固めたアポリオンを撃ち続けている。遊久音ちゃんの首元には小さな注射がされている。
「間に合ったようだな」
士君をおぶった男の人が立っている。松浦さんだ。なぜ自衛隊っぽい人たちとここへ?
「松浦さん。なんで?」
「クルーズから大文字の世話を頼まれていてな。どうも大文字士という人間が受け止めるには大きすぎる力を受け取ろうとしたらしい」
「大きすぎる力、名前を名乗ったことがですか?」
「存在しない巨大な力を持つ他者を名乗り、それに成ろうとした。ただの人間でも危険なことだ」
話しているうちに銃声が止む。「対象、姿を消しました」
「なんで松浦さんがこの人たちを動かせてるんですか?」
「日清の頃から陸軍にいたからな。戦後は予備隊のころから居た。沈んだ遺物を引き上げる仕事は最近始めたんだ」
「ほえー」
「しかし、魔法少女になった当日に入院して、復帰したその月にこれとは不運な」
遊久音ちゃんはまた災難な目に遭ってるなあ。それどころか人類が全体的に災難なのかな。魔法少女はまだ未知なのか。