彼女も魔法少女
魔法少女と魔獣というものは、紀元前から存在していたとされている。素質ある子供がどこからかやってきた魔獣と契約し、その力は誰かのために使われる。
契約が出来なかった魔獣は、理性のない巨大な怪獣となって暴れ周り、人と協力した魔法少女に退治され、魔獣に戻って契約を探す。そして魔法少女も魔獣もただの生き物として死んでいくのだ。
そんな自然の摂理に巻き込まれる少女がここにもひとり。
「だれかー! 助けてー!」
瀬戸日柚知という優しいことと髪型が珍しくサイドテールなこと以外特別なことのない中学二年生が、車を鶏卵のように飲み込めるほどの大きな蛇の怪獣に追われていた。
怪獣は歩道の石を砕き、放置自転車をぐしゃぐしゃにひしゃげさせながら少女に開けた大口を向けて進む。
「お前が、お前が契約しないから!」
「だって、魔法少女になる理由なんてなかったんだもん!」
少女はスクールバックも放り投げて泣きながら走る。剣のような朝の光が町を刺していた。怪獣は投げられたカバンを飲み込み、追い続ける。
「そこの怪獣。待て!」
突如として町内に叫び声が響く。
「誰だ!」
怪獣は怒りを込めた返答と共に声の主の方を向いた。朝日をバックにした人影が左手を空にかざすと、彼は淡い緑の光に包まれた。
緑の奔流が蛇の前へと流れ落ち、次第に消えていく。その不思議な光景に周囲の者が固まる中で魔法少女への変身は終えられた。
緑のスカート、黒いスパッツ、長い銀色のブーツ、白いコルセットに、両肩を覆うような緑のひらひら、長い銀髪に、額の前で結ばれた緑のリボン、赤い眼、そして手に持つのは緑色の宝石が入った小さなステッキ。
「お前は!」
蛇は口を大きく開け、目の前の有名な魔法少女に驚いた。
「魔法少女マジカルホッパー、只今参上!」
魔法少女マジカルホッパーが決めポーズを取る。
「行くぞ! ジベリー」
彼女と契約したバッタの魔獣ジベリーが道路を走ってきて、蛇の魔獣とマジカルホッパーの間に立った。
「行くぜ!」
マジカルホッパーは杖を振り上げ、それから怪獣の顔に向けて強烈な光が放たれる。
「うお! まぶし!」怪獣はほんの一瞬目を瞑る。
ジベリーはその隙に怪獣の首元に噛みつき、彼らから少し離れた上空に放り投げた。マジカルホッパーは助走をつけて杖を真上に投げ、宙に浮かぶ杖と怪獣を追うように飛び上がる。
マジカルホッパーの額のリボンがほどけ、おでこについた丸い赤の宝石があらわになる。
宝石と目が光り、マジカルホッパーは空中で数回転して蛇に向けて蹴りの体勢を作った。杖が玉蟲の後翅のように変化し、マジカルホッパーの背中にくっついて莫大な推力を彼に送った。
マジカルホッパーの強力な蹴りが怪獣に打ち込まれ、そのまま二者は町の公園めがけて飛んで行った。
平日の朝の公園は無人で、怪獣と魔法少女が着弾するには都合がよかった。強烈な轟音と砂しぶきを放って落ちてきた二者のうち、怪獣は倒されてすっかり小さな魔獣に戻ったことで飲み込んだものを吐き出し、魔法少女の方は落下してすぐに元の制服姿の少年へと戻った。
「なんだこれ。カバン?」
少年は日柚知のカバンを拾い上げる。そこへカバンを探して日柚知が駆けてきた。
「もしかして私のカバン拾ってくれたんですか?」
「まあ、そんな感じだ。はいどうぞ」
少年は日柚知に持っていたカバンを渡した。
「ようお嬢ちゃん。自己紹介が遅れたな、俺はベボル。契約しねえか?」「黙ってろ」
懲りない魔獣を少年がデコピンする。
「じゃあ学校に遅れちゃうから……あっ、うちの制服!」
「そりゃ、このへんの中学生は二中でしょ」
「でもだって、あ! もしかして二組の小沢くん?」
「いや俺三条、三組の三条良太郎だよ。魔法少女の公式ページにも載ってるから」
「ごめん、見てないわ。私は瀬戸日柚知。じゃあ私行くから、良太郎も遅刻しないようにね!」
日柚知はすぐに公園を離れて通学路に戻った。
「すごい勢いで距離詰めてくるな……。ああいうとこに惹かれて契約しようとしてたのか?」
「そうだよ」
「やばーい遅刻遅刻!」
通学路を走る日柚知に、ジベリーに乗った良太郎が追いつく。
「乗ってく?」
「いいの?」
「もちろん」
日柚知は良太郎の後ろに跨った。
ジベリーが駆け、周囲の生徒が減ってきた二中の校門を通り抜けた。
「全然余裕で間に合ったな……」
「いや、乗せてくれてありがとう。良太郎のおかげで忘れてた課題ができるよ」
日柚知はジベリーから降りて玄関に向けて走って行った。そして、良太郎は思考が溶け落ちてジベリーの上で。
「やーさしい子だったな」
「惚れてんのか?」良太郎のカバンに潜んでいたベボルが冷やかす。
「私というものがありながら……」ジベリーはそれに乗っかった。
「俺は人間と恋愛したいんだよ」
「私だって擬人化すれば……」「ゲンゼンガー3みたいになるだろ」
「どっちの恋愛も無理そうだな」「「なんだとっ」」
三者は校庭の真ん中で取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「せんせー。三条君がまた魔獣と喧嘩してまーす」「ほっといていいよ」
「この学校一の有名人じゃん」
「だって、知らなかったものは知らなかったよ。ゆくっちは知ってたの?」
賑やかな二年一組の教室の窓辺で、日柚知は自分の席にやってきた友達のショートヘアの少女明日遊久音と楽しくおしゃべりをしていた。
「もちろん。てか、魔獣の契約断ったってマジ?」
遊久音は話題を自身の興味の方へ転向させ、日柚知はそれを止めない。
「うん、だって私が魔法少女の力なんて正しく使える気がしないもん」
「そんなこと気にしなくていいでしょ。この前神奈川の魔法少女がやらかしてたじゃん」
「それでも……大いなる力には大いなる責任が伴うっていうじゃん」
「漫画の受け売り?」
「違わなくはないんだけど、起源はダモクレスだった気がする」
「どっちでもいいじゃん」
「よくないよ。マリーアントワネットはそれで殺されちゃったんだよ。言葉は大いなる力なんだから」
「大いなる責任が伴うのね。分かった気をつける」
その時、着席を求める予鈴がなった。
「もうこんな時間か。座んないと」
学校の終わりを鐘の音が告げる。
「みなさんさようなら、週末課題を忘れないように」
生徒たちは各々の帰り道へと向かって行った。
「あたしのとこにも魔獣来ないかなー」
川の土手を歩く遊久音の目に、橋の下にある何かの輝きが入って行った。
「なんだあれ。高いものだったら交番に届けてやんないとなー」
遊久音の想像の外のものが橋の下に居た。銀色のハトだ。
「私の名前はイリューシン。私と契約して魔法少女にならないか?」
「え、魔法少女になれるの? 全然うれしいよ」
「そうか、ならば契約だ。血を一滴もらおう」
イリューシンは遊久音の右の人差し指の先をくちばしで突き、僅かに出た血を飲む。
「これで契約は完了だ。空に右手を上げれば魔法少女に変身して魔法が使える」
「すごーい」
そう言いながら遊久音は右手を上げようとする。
「待った。むやみに魔法少女になるのはよくない」
「そっか。そうなんだ。法律とかあるもんね」
「この国の法律に沿った形で魔法少女の力を使えば、余計な混乱を防げる」
「そうだね、帰って調べてからにするよ」
そんな事を言った次の瞬間。大きな衝撃音と共に堤防が内部から破壊され、体長数十メートルの怪獣と化したコガネグモの魔獣が暴れ始めた。
「どうやら、早速あたしの出番みたい」
「気をつけてくれ」