気弱すぎるクラスメイトに「好きになってもいいですか?」と確認された件
「あ、あの……!」
震える声で口火を切ったのは、クラスメイトの小日向結衣だった。
短い桃髪をサラリと揺らし、彼女は少し前のめりになる。
長い前髪から覗く黄緑色の瞳は、若干潤んでいるものの、どことなく強い意志を感じた。
「望月遥輝くん……!」
「は、はい……!」
半ば叫ぶように名前を呼ばれた俺は、反射的に返事する。
若干声は裏返ってしまったが、それを指摘されることはなかった。
なんとも言えない緊張感に包まれ、身を固くする中、彼女は震える手をギュッと握り締める。
ただでさえ華奢で小柄で細い体を縮こまらせ、控えめにこちらを見つめた。
そして、意を決したように口を開く。
「す、好き────になっても、いいですか……!」
放課後の視聴覚室に響いたのは、愛の告白ではなく、好きになってもいいかのお伺いだった。
『はっ?』と言ってしまいそうな展開に、俺は思わず固まる。
正直、ラブコメ展開を期待していたのでかなりショックを受けた。
『放課後、二人きりで話したい』と呼び出されたから、告白だと思ったのに……!なんだよ、このオチは……!
今朝下駄箱に入っていた手紙の内容を思い出し、俺は一人悶々とする。
差出人不明だったので相手が小日向だと知った時は驚いたが、気を落とすことはなかった。
いや、むしろ嬉しかった。
気弱で、人見知りで、引っ込み思案の小日向に告白されるなんて、夢にも思わなかったから……。
まあ、実際は好きになってもいいかの確認だった訳だが……。
って、落ち込むのはまだ早い!
ここから始まるラブコメだって、きっとある筈!
などと考える中、小日向がおずおずと口を開く。
「あ、あの……やっぱり、ダメですか?」
ギュッと胸元を握り締め、小日向は不安そうにこちらを見つめた。
どうやら、ずっと沈黙していたせいであらぬ誤解を生んでしまったらしい。
キュッと唇を引き結ぶ彼女は、前髪で見え隠れする瞳に涙を滲ませた。
「わ、私なんかが望月くんのことを好きになるなんて、迷惑ですよね……変なことを聞いて、ごめんなさ……」
「────い、いや!全然そんな事ない!むしろ、大歓迎だ!」
今にも泣き出しそうな表情で俯く彼女に、俺は弁解を口にした。
特に深く考えず出た言葉だが、嘘ではない。一応、俺の本心だ。
『とはいえ、さすがに直球すぎたか』と繊細な乙女心を推察する中、彼女は自分の顔に手を添えた。
まるで、緩んだ頬を覆い隠すように。
さっきまで必死に涙を堪えていたせいか、小日向は泣き笑いに近い表情を浮かべていた。
「あ、ありがとうございます……!これで心置きなく────望月くんのことを好きになれます!」
両手を組んで感激する小日向は、はにかむように微笑んだ。
木漏れ日のように温かい笑顔を前に、俺は激しく鼓動を鳴らす。
だって、小日向の笑顔なんてほとんど見たことがなかったから。
仮に笑ったとしても控えめに目を細める程度で、こんなに柔らかい表情を見せたことはなかった。
くっ……!こ、これは反則……!可愛すぎるだろ!
不意討ちを食らったような心境に陥る俺は、『ん”んっ……!』とくぐもった声を漏らす。
ギュッと胸元を握り締め、せり上がってくる衝動にひたすら耐えるものの、彼女から目を離すことは出来なかった。
────と、こちらの理性を試すような出来事に見舞われたのが、約二週間前。
あれ以来、小日向からの接触は一切ない。
今まで同様、ただのクラスメイトとして接している。
いや、なんでだよ……!?普通、何かしらアクションを起こしてくるだろ……!?
なのに、デートのお誘いどころか会話もないなんて、どうかしてる……!
これから積極的にアプローチでもしてくるのかと思いきや、絶賛放置プレイを受けている俺は少しムッとする。
青春ラブコメに繋がるような展開を期待していたのにこれは一体なんだ、と。
好きになったら、満足って訳か?付き合いたいとか、誰にも渡したくないとか、思わないタイプ!?
まあ、俺を好きになる物好きなんて小日向くらいだろうけど……!
よって、誰かに取られる心配はありません!悲しいことに!
己の非モテっぷりを再認識し、俺は複雑な心境に陥る。
と同時に、机へ突っ伏した。
窓の外をぼんやり眺めながら、しんと静まり返った教室で一人溜め息を零す。
『早く誰か登校してこねぇーかなぁ……』と思っていると────不意に扉の方から物音が。
「し、しししししし、死んっ……!?」
聞き覚えのある声が耳を掠め、俺は何の気なしにそちらへ目を向ける。
すると、そこには────腰を抜かして、ペタンと座り込む小日向の姿があった。
「えっ……!?」
小日向のことで悶々としていたのもあり、俺はつい大声を上げてしまう。
『なんつータイミング……!?』と驚愕する中、彼女は慌てて立ち上がる。
「す、すみません……!あの……えっと……望月くんはいつも元気いっぱいなので……こんなに静かだと、その……驚いたというか……!」
しどろもどろになりながらも理由を説明し、小日向は脱兎の如くこの場から逃げ出す。
一応、ここは彼女の教室でもあるのに。
『余程、恥ずかしかったのか』と思案しつつ、俺は身を起こした。
────と、ここであることに気づく。
そういえば、小日向のやつさっき『望月くんはいつも元気いっぱいなので』って言っていたよな……?
てことは、結構俺のこと見てる?
「自惚れかもしれないけど、もしそうだとしたら……」
その先のセリフは言わずに、緩む頬をただ押さえた。
『もっと、よく小日向のことを知りたい』と願いつつ、仲良くなるキッカケのようなものを探す。
────が、直ぐに考えを改めた。
だって、自分のことを好きな女子にその気もないのに近づくのはどうかと思ったから。
明らかに不誠実っつーか……やっていることは、チャラ男と一緒だよな。
変に期待を持たせてキープ、もしくは気持ちを弄ぶ……うん、クズだ。
俺的にはそんなつもり微塵もないけど、重要なのは小日向の目にどう映るかだよな。
「嗚呼、俺は一体どうすればいいんだ……」
ガクリと肩を落とし、項垂れる俺は小日向の逃げていった方向をじっと見つめる。
小日向を傷つけたくはない……でも、このまま何事もなくただのクラスメイトとして過ごしていくのは嫌だ。
もっと関わりたいし、話したいし、色んなことを知りたい。
自分勝手ともワガママとも言える感情が渦巻き、俺は眉を顰めた。
『相手を尊重するか、我を通すか』という二択を迫られる中────俺は閃く。
と同時に、席を立った。
そうだ!俺も────小日向を好きになれば、いいんだ!
そしたら、気兼ねなく近づける!
まさに名案!
『これだ!』と奮起する俺は目を輝かせ、教室から飛び出す。
どこかに居るであろう小日向を探しに。
『思い立ったら即行動』という信念の元、猛スピードで廊下を駆け回り、ようやく目当ての人物に遭遇した。
「校舎裏の花壇で読書って、青春っぽくていいな!」
ちょうど日陰になる部分で座り込む小日向へ話し掛け、俺はニカッと笑う。
すると、彼女は椅子代わりにしていた花壇のレンガから飛び起きた。
「も、望月くん……!?」
「よっ!さっきぶり!」
あわあわしている小日向に挨拶し、俺は軽く手を挙げる。
そんな俺に釣られたのか、小日向も思わず手を挙げるものの、慌てて下ろした。
「ど、どどどどど、どうしてここに……!?も、もしかしてさっきのことですか!?」
「いや?ただ、小日向と話がしたいだけ」
直球でこちらの要求を伝え、俺は花壇のレンガに腰を下ろす。
と同時に、自分の隣を軽く叩いた。
「俺、もっとお前のことが知りたいんだよ。だから、教えてくれ。好きな食べ物とか、趣味とか、特技とかさ」
『ホント、何でもいいから』と言いながら、俺はじっと小日向の反応を窺う。
『さすがにちょっと急すぎたか?』なんて心配していると、彼女は
「ひゃ、ひゃい……」
と、真っ赤な顔で頷いた。
予想外の展開に思考がショートしたのか、それとも気弱すぎる性格が災いしたのか、促されるまま俺の隣に腰を下ろす。
そして、先程読んでいた本をギュッと抱き締めた。
「なあ、それってどういう系なの?恋愛?ミステリー?」
「えっと……ホラー系です」
「えっ!?意外!」
思わず大声を上げてしまう俺は、慌てて口元を押さえる。
小日向を驚かせたら悪いと思って。
でも、彼女はあまり気にしていないようだ。
まあ、相変わらず顔は真っ赤だし、挙動もおかしいが。
「じゃあ、幽閉とか怪奇現象とか好きなの?」
「いえ……好き、ではありません。どちらかと言うと、苦手ですし……」
「えっ?」
思わぬ返答に素っ頓狂な声を上げ、俺は瞬きを繰り返す。
苦手なものにわざわざ関わろうとするその精神が理解出来ずにいると、小日向は困ったように笑った。
「その……怖いものを克服出来たら────もっと自分に自信を持てるようになるかな、って思って……私、いつも友達の後ろに隠れてばかりだから……」
『勇気がほしい』と主張し、小日向は胸に抱いた本を膝の上に載せる。
と同時に、『ひゃぇ……』と小さな悲鳴を上げた。
どうやら、表紙の黒いシルエットと赤い血に恐怖を覚えたらしい。
顔面蒼白で固まっている。
さっきまでは林檎みたいに真っ赤だったのに……てか、小日向って意外と度胸あるんだな。
普通は苦手なものから遠ざかろうとするもんだが。
「俺、結構そういうところ好きかも」
ほぼ無意識に本心を口走っていた俺は、自身の膝に頭を載せる形で小日向を見上げる。
「頑張り屋で可愛いなって、思う」
「ふぇ……」
気の抜けたような声を漏らし、小日向は────またもや赤面した。
かと思えば、後ろへ倒れる。
不味い……!このままでは、土や花の上に落ちてしまう!
「小日向……!」
俺は慌てて上半身を起こし、小日向の背中に手を回した。
と同時に、自分の方へ目いっぱい引き寄せる。
思ったより小日向の体重が軽かったせいか、勢い余って抱き込んでしまったが……まあ、仕方ない。
これは不可抗力だ。
『つーか、マジでちいせぇ……』と思いつつ、俺は腕の中にすっぽり収まった小日向を見下ろす。
「おい、小日向だいじょ……」
『大丈夫か?』と続ける筈だった言葉は、
「ふぇあ……ち、ちかっ……あぅ……」
混乱のあまり変な擬音を発する小日向によって、遮られた。
というか、口を噤んでしまった。
言われてみれば、確かに近いかも……なんか、いい匂いするし。
さっきまであまり気にしてなかった事実に、俺は困惑を覚える。
『とにかく、この体勢は不味い』と考えながら、手を引っ込めようとするものの……小日向の重心が後ろへ傾いていることに気づき、中断。
どうやら、お尻が空中をさまよっている状態らしい。
つまり、今レンガに乗っているのは太ももだけ。
『ここで手を離したら、確実に倒れる』と確信し、俺は思考をフル回転させる。
「あー……えっと、小日向ちゃんとレンガに乗れるか?」
「へっ……?あっ、はい……!すみません……!」
自分の体勢の悪さに気づいたのか、小日向は急いで腰を浮かせようとした。
────が、先程の転倒未遂で足を伸ばしてしまったため、上手く踏ん張れない。
これでは、レンガに座り直すのは無理だ。
『えっ?あっ……ぁれ?』と戸惑う小日向は、半泣きになりながら足腰に力を入れる。
『足を一旦引き寄せればいい』という考えすら頭にないようで、たちまちパニックになった。
「ご、ごめんなさ……今すぐ、立ちま……ひゃっ!?」
今度は手をついて体勢を立て直そうとした、小日向……でも、手をついた場所がまさかの俺の太ももで目を回す。
「しゅ、しゅみません……!わ、私なんかが望月くんの体に……!」
『あばばばば!』とでも言うような慌てぶりに、俺はついつい笑ってしまった。
『意外とおっちょこちょいなんだな』と思いながら。
もっと慎重で警戒心の強いやつかと思ったけど、案外親しみやすいかも。
俺ともウマが合いそう。
『これでまた好きなところを見つけられた』と歓喜する中、予鈴のチャイムが鳴り響く。
「っと、そろそろ時間だな」
「あああああああ!!!すみません!私のせいで、望月くんの大切な時間を……!」
「いやいや、大丈夫だから。てか、『話したい』って言って誘ったのこっちだし。それよりさ────」
そこで一度言葉を切り、俺はもう一方の手を小日向の膝裏に差し込む。
「────ちょっと、ごめんな?」
一応断りを入れてから、俺は小日向の体を持ち上げた。
と同時に、起立する。
「うわっ……!?マジで軽いな……!?」
『本当に同級生!?』と疑いたくなるような重さに、俺は目を剥いた。
『もっと食べろよ〜』なんて言いながら、小日向の顔を覗き込む。
すると、耳まで真っ赤にする彼女の姿が目に入った。
「お、おおおおおお、おひっ……お姫様抱っこ!?」
「あー、うん。あのままじゃ、お互いホームルームに遅れると思ってさ」
『やっぱ、俺なんかにされても嬉しくないか』と落胆しつつ、苦笑を零す。
────と、ここで小日向が胸に寄り掛かってきた。
『どういう風の吹き回しだ?』と驚く中、彼女は
「ぁ……う……もぅ……無理……」
と、限界を訴え────気絶した。
熱中症にでもなったかのようにグッタリしている彼女を前に、俺は愕然。
「こ、小日向ーーー!!!」
────という絶叫が響き渡った一時間後。
俺は小日向を保健室に運び込み、一限目を休んでずっと傍についていた。
やはり、こうなったのは俺の責任でもあると思ったから。
先生は『時期に目を覚ますだろう』って言っていたけど、本当に大丈夫だろうか?
だって、小日向はこんなに小さいのに。
すっかり小日向=か弱いというイメージが付いしまった俺は、心配を募らせる。
ベッドの横でソワソワしながら様子を見守っていると、
「ん……」
ようやく目覚めの兆候が見えた。
パッと表情を輝かせる俺の前で、小日向はそっと目を開ける。
そして、俺の姿を視界に捉えると飛び起きた。
「も、もももももも、望月くん……!?」
頬を少し赤く染めながら、小日向はこちらを凝視する。
が、直ぐに逸らされてしまった。
『ね、寝顔見られた……?』と焦る彼女を前に、俺は少しホッとする。
「良かった。思ったより、元気そうだな」
『倒れた時はめっちゃビビった』と肩を竦め、ここまでの経緯を軽く説明した。
すると、小日向はベッドの上で正座し、頭を下げる。
「ご、ご迷惑をお掛けして本当にすみません……!」
「いや、こっちこそ。いきなり、お姫様抱っこなんてして悪かったな」
「い、いえ!そんな……!あれは私を助けるための行為ですし……!それに────い、嫌じゃなかったです!全然……!」
俺の罪悪感を払拭するためか、それとも本心か……小日向は必死に否定してきた。
胸の前でブンブンと手を振りながら。
「む、むしろ……その、嬉しかった……です……」
後半になるにつれ声が小さくなっていく小日向は、チラリとこちらを見つめる。
『嘘は言っていない』と示すように。
まあ、やっぱり恥ずかしいのか瞳はかなり潤んでいるが。
『これがまた男の庇護欲を誘うんだよな』と思いつつ、俺は小さく深呼吸する。
この激しく脈打つ心臓を宥めるために。
俺までドキドキしてたら、収拾つかねぇ……。
「えっと、まあ……嫌じゃなかったみたいで、良かったよ」
「は、はい……!嫌じゃなかったです!」
首振り人形の如くコクコクと頷き、小日向は胸元をギュッと握り締めた。
多少耐性がついてきたのか、以前より挙動不審な態度は少ない。
十秒以上、目を見てくれるようにもなった。
これって、結構距離が縮まっているんじゃないか?
俺という存在に慣れてきたって、ことだもんな?
まあ、あわあわしている小日向もすげぇ可愛かったけど。
なんか、小動物みたいですげぇ癒される。
などと考えていると、小日向が不意にこちらへ手を伸ばす。
「あ、あの……」
緊張した面持ちでこちらを見据え、小日向は俺の服の袖を掴んだ。
いや、摘んだと言った方がいいかもしれない。
本当に凄く控えめな触り方だから。
「こ、今回の件で何か……その……お礼とお詫びをさせてください」
言葉だけでは足りないと考えているのか、小日向は珍しく自分の意見を口にした。
普段はこれでもかというほど、受け身なのに。
『余程責任を感じているのか』と思いつつ、俺はヒラヒラと手を振る。
「いやいや、そんなのいいって。こうなったのは、元々俺のせいだし」
「い、いえ……!全部、鈍臭い私が悪いんです……!」
『望月くんは悪くありません!』と主張し、小日向は立ち膝になった。
かと思えば、一気に距離を縮めてくる。
「こ、こんなにご迷惑をお掛けしたのに何も出来ないなんて、申し訳なさ過ぎます!」
先程までの気弱な態度は、どこへやら……小日向は真っ直ぐにこちらを見据えて、意見した。
ここまで頑固な彼女を見るのは、初めてで……俺はほんの少しだけ口元を緩めてしまう。
なんだか、すげぇ嬉しくて。
小日向も、言う時は言うんだな。
ただ相手の意見に流されるだけじゃなくて、自分の意志を貫く強さも持っている。
それって、凄く格好よくないか?
また一つ知れた小日向の内面に、俺はスッと目を細めた。
確実に高まっていく鼓動を胸に、『嗚呼、すげぇ惹かれている』と実感する。
そこに『俺のことを好きだから』という要素は、関係なかった。
あの告白紛いの出来事は、キッカケに過ぎないから。
きっと、機会さえあれば今のようになったと思う。
「あっ……す、すみません!自分の意見を押し付けてしまって……!これこそ、ありがた迷惑ですよね……!」
ハッとしたように袖から手を離し、小日向は再度ベッドに正座する。
シュンとした様子で肩を落とす彼女は、
「これでまたお詫びすることが……あっ!でも、ご迷惑ですよね……!ど、どどどどど、どうしよう!?」
と、勝手に八方塞がりの状況へ陥った。
困ったように眉尻を下げながら、小日向は頭を抱え込む。
『ご、ご迷惑にならないお詫びを……』と苦悩する彼女の前で、俺は少しばかり身を屈めた。
「なあ、そのお礼やお詫びって何でもいいの?」
「は、はい……!私に出来ることであれば……!」
パッと顔を上げ、小日向は『奢りでもパシリでも!』と意気込む。
発想がイジメられっ子のソレである彼女に、俺は苦笑を漏らした。
『さすがにそんな事させないって』と思いながら。
「じゃあさ────また今日みたいに俺と話してほしい」
「へっ……?」
「朝、花壇の前でちょっと雑談するだけでいいからさ。もちろん、気乗りしないなら強制はしない」
『それに日直や当番で来れない場合もあるだろうし』と述べつつ、上体を起こす。
と同時に、ニッと笑った。
「でも、また話してくれると嬉しい。今朝も言ったけど、俺小日向のこともっと知りたいからさ」
「っ……!」
両手で口元を押さえ、ちょっと仰け反る小日向は見る見るうちに真っ赤に。
またもや倒れるのではないかと少し心配になったが、今度は大丈夫そうだ。
ちゃんと踏ん張っている。
「わ、わわわわわわ、私なんかと話したら望月くんの時間を無駄にしてしまいます……!」
「いや?全然?むしろ、超楽しかったけど」
「た、楽しっ……!?」
「小日向は俺と話すの嫌だった?」
「い、いいいいいい、いいえ!」
物凄い勢いで首を横に振り、小日向は『そんなの絶対に有り得ません!』と否定した。
かと思えば、急に静かになり、下を向く。
「わ、私もその……望月くんと話せて、楽しかった……です……」
少し足をモジモジさせながら、小日向はそう言ってくれた。
手や前髪に隠れて表情は見えないが、嘘を言っている訳ではなさそうだ。
「じゃあ、また話してくれないか?場所や頻度、方法なんかは小日向に任せるから」
もし、二人きりが気まずいなら教室でもいいし、毎日会話が厳しければ週に一回だって構わない。
また、顔を合わせるのが嫌なら電話やチャットで話したって良かった。
まあ、一番いいのは今朝のように花壇の前で話すことだけど。
実はああいうのにちょっと憧れていたんだよな。
二人だけの秘密の場所&時間って、感じで。
『ラブコメっぽくていい』と頬を緩め、少しばかりテンションを上げる。
でも、最優先事項は小日向との繋がりを保つことなので自分の理想を押し付ける気はなかった。
『俺よ、紳士であれ』と言い聞かせる中、小日向はそろそろと顔を上げる。
前髪から覗く黄緑色の瞳は、控えめに……でも、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「で、では……毎朝七時半にあの花壇で、お話……しましょう。も、もちろん日直や当番のときは別ですが……」
おずおずといった様子で日時を指定する小日向に、俺は目を見開く。
「いいのか?俺としては願ってもない展開だけど、小日向の負担になってない?」
「だ、大丈夫です……!私も、その……望月くんともっと話したかった、ので……」
耳まで真っ赤にしながらそう言い、小日向は下を向く。
またもや顔色が見えなくなったが、本心を語っているのは何となく分かった。
「マジで?超嬉しい!」
『相手をもっと知りたい』と思っているのは自分だけだと考えていたため、ついつい笑みを零してしまう。
もし、俺に犬のような尻尾が生えていたなら今頃ブンブン横に振っていることだろう。
「じゃあ、明日からよろしくな!」
小日向と話す機会を無事得て、浮かれる俺は何の気なしに握手を求める。
スッと手を差し出す俺に対し、小日向は一瞬ポカンとしたものの、慌てて姿勢を正した。
「は、はい……!こちらこそ、よろしくお願いします!」
ギュッと俺の手を両手で握り、小日向はこれでもかというほど頭を下げる。
相変わらず腰の低い彼女に、俺は『もっと気楽でいいって』と笑いながら声を掛けた。
◇◆◇◆
────それから、約半年。
俺は毎日花壇の前で、二十分だけ小日向と会話を交わしている。
おかげで、小日向のことを少しずつ分かってきた。
まず、好きな食べ物はドーナツ。某チェーン店のものが一番口に合うとのこと。
そして、趣味は読書と映画鑑賞。最近は小日向に触発されて、俺も本や映画を見始めた。
特技に関しては特にないらしいが、強いて言うなら気配を消すことだって。まあ、俺には通じなさそうだけど。
だって、気づけばいつも小日向のことを探しているから。
それで時々目が合って、慌てて逸らす小日向を見るのが楽しみだったりする。
ちょっと意地の悪い趣味かもしれないけど。
でも、すげぇ可愛くてやめられないんだよなぁ。
『俺って、結構性格悪いかも』と思いつつ、花壇を見下ろした。
もうすっかり秋になったからか、あれほど綺麗だった花はもう居ない。
あるのは、僅かな雑草と茶色の土だけ。
「そろそろ────潮時、だよなぁ」
冷えた手に息を吹きかけながら、俺は終わりを予感する。
さすがに冬の間まで、女の子を外へ連れ出す訳にはいかないから。
それにあの日のお礼やお詫びは、もう充分してもらった。
これ以上、小日向を約束で縛り付けるのはどうかと思う。
まあ、小日向なら『全然大丈夫です』って言うだろうけど。
人が良すぎる彼女を思い浮かべ、俺は一つ深呼吸する。
────と、ここで小日向が姿を現した。
小走りでこちらへ近づいてくる彼女は、寒さのせいか鼻が少し赤くなっている。
「す、すみません……!お待たせしました……!」
俺の前で立ち止まり、小日向は『はぁはぁ……』と短い呼吸を繰り返した。
余程、急いで来てくれたらしい。
「いや、時間通りだから大丈夫。俺が早く来すぎただけだから」
『なんか、急かしたみたいでごめんな』と謝り、俺はそっと眉尻を下げる。
すると、小日向はブンブンと首を横に振り、『いえ、そんな……!』と恐縮した。
半年経っても変わらない彼女の気遣いや優しさに、俺は頬を緩める。
嗚呼、やっぱり────
「────好きだな」
と、思いながら。
なんだか満ち足りた気分になる俺の前で、小日向は目を丸くした。
かと思えば、
「へっ……?」
と、素っ頓狂な声を上げる。
それを聞いて、俺もようやく気づいた────想いを口に出していたことに。
「あっ……」
思わぬ形で吐露してしまった本心を前に、俺は少し青ざめる。
『恥ずかしい』と思うよりも先に、『やっちまった!』と焦ってしまって。
「こ、これは……!違、わないけど!そうじゃなくて、あの……!」
まるで普段の小日向のように言い淀み、俺はしどろもどろになった。
だって、本来であれば今日の雑談の後……『約束はもういいから』と告げて完全にまっさらな関係へ戻ってかたら、告白する予定だったため。
つまり、完全に予定が狂ったということ。
あああああああ!俺のバカ!もっとスマートに告白する予定だったのに!
セリフだって、考えてきたんだぞ!?それも、二十パターン!
何のためにこの一週間、頑張ってきたと思ってんだ!?俺!
『努力が全部水の泡に……!』と目を白黒させ、半分パニックになる。
一応、非常事態に備えて色々イメージトレーニングを重ねてきたが、これは完全に予想外。
だって、俺の想定していた非常事態ってセリフを噛んだ時とか、人が乱入してきた時とかだから。
『告白の前に告白とか、誰が予想出来るか!』と思い悩んでいると、不意に服の袖を引っ張られた。
「あ、の……さっきの言葉って、本当……ですか?」
緊張した面持ちでこちらを見上げ、小日向は袖口をキュッと握り締める。
ゆらゆらと揺れる黄緑色の瞳は不安そうだが、でもどこか期待するような熱を孕んでいた。
ここ半年で大分距離が縮まったとはいえ、こんな風に俺の心へ踏み込んできたのは恐らく初めて。
これは……脈アリと見てもいいんだろうか?
正直、毎日話すようになってから俺の情けないところや格好悪いところも小日向に見せていて……だから、少し気掛かりだった。
幻滅されてないかなって。
前髪から覗く黄緑色の瞳を前に、俺は大きく深呼吸する。
『まだ好きでいてくれているだろうか』という疑問を呑み込み、背筋を伸ばした。
それは告白すれば分かることだから。
色々予定は狂っちまったけど、言うなら今しかない。
後になって告白っつーのも、またおかしな話だし。
『ちゃんと言おう』と心に決め、俺は一歩前へ出た。
と同時に、袖口を掴んでいた小日向の手をギュッと握る。
「こ、小日向結衣さん!」
「は、はい……!」
頑張って返事する小日向に対し、俺は真剣な眼差しを向けた。
握った手にほんの少しだけ力を込め、言葉を紡ぐ。
「俺、貴方のことが────好きです!」
「!」
ハッと息を呑むような音と共に、小日向は目を見開いた。
何かを堪えるようにキュッと唇を引き結ぶ彼女の前で、俺は言葉を続ける。
「あの日から……俺に『好きなってもいいか』って確認された時から、ずっと気になってて!それで実際に話してみたら、気弱ながらも芯のある良い子だなって思って!気づいたら、どんどん好きになってて!だから────」
勢いのままに本音をぶちまけ、俺はサッと膝をついた。
下から彼女の顔を覗き込み、大きく息を吸い込む。
そして、
「────俺の彼女になってくれませんか!」
と、一思いに言い切った。
頬が紅潮していく感覚を覚えながら、俺はじっと小日向の目を見つめる。
何故だか、よく分からないけど……どうしても、逸らせなくて。
吸い込まれそうなほど綺麗な黄緑色の瞳は、少し潤んでおり宝石のように輝いた。
かと思えば、ポロリと大粒の涙を零す。
「はい……はい!よろしくお願いします!」
小日向は何度も何度も首を縦に振り、俺の手を握り返した。
と同時に、腰を折って俺の目線に合わせてくる。
「本当に本当に嬉しいです……!夢みたい……」
まるで譫言のようにそう言い、小日向は俺の手を額に当てた。
『これは現実だ』と実感するかのように。
「最初は『好きでいられるだけでいい』って……『遠くから見守るだけで満足だ』って思っていたんです……!でも、望月くんのことを知っていくうちにどんどん気持ちが溢れてきて……!だから、その……告白を急かすような真似をしてしまって……!ごめんなさい!でも、後悔はしていません!」
ギュッと目を瞑ってそう断言し、小日向は俺の手を胸元に持ってくる。
『おい、ちょっと待て!それは……!?』と内心焦る俺を他所に、彼女はゆっくりと目を開けた。
「わ、私……こんな悪い子ですけど、あの……望月くんを想う気持ちは誰にも負けません!すっごくすっごく大好きです!」
必死になって思いの丈を叫び、小日向は俺の手を強く握り締めた。
胸に押し当てたまま。
『待っ……ちょっ……柔らか!?』と困惑する俺を置いて、彼女は不安げに瞳を揺らす。
「だ、だから……その……悪い子でも嫌いにならないでくださしゃい……!」
ダバーッと滝のような涙を流しながら、小日向は懇願してきた。
すっかり胸の谷間に収まってしまった自身の手を前に、俺は『ん”んっ……』とくぐもった声を漏らす。
「分かった!絶対、嫌いにならない!一生、大好き!だから、一旦手を離してくれ!俺の理性がはち切れる!」
そろそろ限界を感じ取り、俺は『マジで勘弁して!?』と弱音を吐いた。
だって、こんなの完全に生殺しだろ……!?
一瞬、『誘われているのか!?』と勘違いするくらいにはヤバいから!
小日向に他意がないのは分かっているけど、男心をもっと考えてくれ!頼むから……!
色んな意味で爆発しそうになりながら、『俺は紳士……俺は紳士……』とひたすら言い聞かせる。
己との戦いに身を投じる中、小日向はゆっくりと視線を下ろした。
そして、俺の言わんとしていることを理解すると
「ひぇあ……!?」
と、変な悲鳴を上げる。
数秒ほど口をパクパクさせ、俺と手を交互に見つめた。
かと思えば、慌てて手を持ち上げる。
「す、すすすすすすす、すみませ……きゃっ!?」
慌てた過ぎた弊害か小日向はバランスを崩し、後ろへ倒れた。
尻餅どころでは済みそうにない勢いに、俺は目を剥く。
『最悪、頭まで打つだろ!これ!』と考え、小日向の後頭部へ手を回した。
出来れば、前のように引き寄せたいところだが……立ち位置や体勢の関係で難しい。
『とりあえず、怪我を最小限に』と思いながら、俺も引っ張られるまま一緒に倒れた。
「いてててて……大丈夫か?小日向」
何とか彼女を押し潰さないよう上体を浮かせ、俺はそっと視線を落とす。
『頭は何とかガード出来た筈だけど』と思案する中、小日向はポカンとした様子でこちらを見つめていた。
かと思えば、ブワッと湯気が出そうな勢いで顔を赤くする。
「なっ……なななななななな!?」
言葉にならないといった様子で絶叫し、小日向は目を回した。
どうやら、付き合って早々キャパオーバーになってしまったらしい。
『はれほらみれはれ……』とよく分からない呪文を発し、気絶してしまった。
どことなく既視感を覚える光景を前に、俺は一つ息を吐く。
「お互い、少しずつ慣れていかないとな」
『交際後も困難が続きそうだ』と肩を竦め、小さく笑った。
でも、不思議と嫌な気はしない。
むしろ、楽しみとさえ思う。
まあ、今のように気絶されるのはやめてほしいが。
心臓に悪い。
『そのうち心肺停止とかになりそうで恐ろしいわ』と心配しつつ、俺は小日向を抱き上げた。
無論、お姫様抱っこである。
「さてと、保健室に連れていくか」
小日向のあどけない寝顔を一瞥し、俺はゆっくりと歩き出した。
目覚めた時の小日向の反応なんて、考えながら。