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暁月夜の夢  作者: 二人目
1/1

一朝

 夢の中、それを夢だと自覚した時、人は何を望み何を成すだろう。

「おい何度掛けたと思って……寝てたのか?」

「……クオラか。何だ」

「彼奴、とうとう死んじまった」

「……何故お前が知ってる」

「何故って」

「お前、知ってたんだな。あの小屋の事」

「そんな事、知る訳ないだろ」

「いいや知ってる筈だ、なんせお前は──」


 気分が悪いな、朝っぱらから。嫌な夢だ。夢なだけあって無茶苦茶なのが救いだが、だったらいっそ、分からない程崩れていてほしかった。忘れてから覚めたかった。いや、忘れられないから、夢に見たのか。もうどうでも良くなっただろうと、思ってたのにな。



 今日も何処へともなく歩く。パン屑を落とすように、書き置きを撒き(なが)ら。(つい)ばむ鳥すら見当たらないが。

 何が為に残すのか、俺にも分からない。誰かに俺を見付けてほしいのか、居るかも分からない誰かに。

 知れば、考えずにはいられない。悩むのは嫌だから、他人(ひと)に託そうとする。逃げ道を探しに旅へ出る。今歩を置く場所を道とは思えず、何処かへ続く道を探し歩く。道には終わりがあると信じ、歩みを止められる迄歩き続ける。


 今日を綴る初めの手紙には此う書いた。

 思い出そうとすれば立ち止まる。思い出した頃には日が暮れている。だからもう、今は今を書く事にした。こうしておけば、行き先に迷った時、迷わず引き返せる。引き返した分だけ確かに思い出せる。過去は過去に残そう。思い出すのではなく、立ち返る為に。その確信が前へ進める為に。

 然し自らに向けて手紙を書く程悲しみに暮れてはいない。誰かに拾われる事を願っている。迷った私を見付けて欲しい。風が吹く事を喜びたい。

 こういった類いのものは、置かずに、持ち歩くのが良いと思ったが、矢張り知って欲しい。何故書くのかを。


 誰が読むかは知らないが、残り続けるのなら、誰かは読むだろう。

 確証がなければ、大した恥じらいもない。とは思いつつも、読み返せば、赤らみもするだろうな。然しまあ、照れは笑いを呼ぶから、其れも悪くない。



 目的が無いというのも気楽で良いのだが、目的が焦りを招くとも限らないから、気楽でいられるのなら、目的の一つくらいあった方が好い。

 改めて考えれば、曖昧なだけで、目的は有った。意識していなかったから、気が付かなかった。然しだとすれば、俺は、焦りが欲しいのか。後から来るものがなければ、足取りは重くなる。確かな目的は、人を急がせるだろうから。


 どうにかならないかと思いつつ、どうにかしようとは思わない。どうにもならない事は確かに有る。一つ諦めれば楽にはなるし、別の事に費やす時間は増える。だが選べるものではない。

 どうにでもなれと思えば、置き去りになっている。進めば置かれた方は遠ざかる。選ばずとも選ばれている。

 引き返す道は無い。選べるのは、再び岐路を見付けた時だけだ。其先に落ちているものが見えたなら、拾いに行けば良い。見えたなら、未だ光っている筈だから。


 何時だったか、阿弥陀籤の中に居る様に思えた事がある。何時の間にか、幾つかの籤の中から、此れを選んだのだと。岐路は多く道は複雑に見えるが、進み始めた時から既に行き着く先は決まっていたと。そして当たりか外れか、此中に、別の籤への道が在る。そんな風に感じた。

 選ぶ機会は確かに有る。だが大抵は其事に気付かず、何時の間にか進んでいる。此処に居るのなら、きっと此れが、俺の望んだ道なのだろう。自分で決めた道なら、楽しめる筈だ。



 迷いたくはないが、迷わずには進めない。付き従う相手もいない。誰の後を追う事も叶わない。

 何処を何う進もうが、進みつつ迷う。進もうか迷い、引き返そうか迷い、休もうか迷う。

 何方に進もうかなどと、考えて選べる筈がない。目的地が此先に在るのなら迷いはしない。自分の目的を探し、彷徨っている。

 迷い続ければ悩みになる。悩みは更なる迷路へ誘う片道切符だ。破いてしまおう。


 出口が見えているのなら、迷わずに出てしまいたいものだが、引き止めるものを振り払えないから、立ち止まる。振り払えないという事は、置き去りにできないという事だ。ならば其為に進めば良い。

 迷いは丁字路の先にある。全てが十字路で、突き当たりに目的地が見えているのなら、迷う筈がない。袋小路にも、迷いは見当たらない。引き返すだけだ。

 真直ぐな道などそうは無い。全ての道が其うなら迷いはしないが、真直ぐな道は、誰かが何処かへ誘う為に引いた道だ。結局は復、進もうか迷う。

 今歩いている道は、枯れた木々と、積もった塵が道の振りをしているだけの地面に過ぎない。道と思うかは人の勝手だが、通る為に利用しているのなら道ではあるのだろう。

 他に通る者がなければ、此道は、俺が道たらしめている事になる。そう考えれば少し、愛着も湧くか。


 先の知れぬ細道に、何ともいえぬ不安を覚えた。行き止まりなら引き返せば良いし、危険も薄い。崖なら其れで良いと思っているし、獣に出会えたのなら寧ろ喜ばしい。然し何やら、不安だ。行き過ぎた安心から来る不安というものもあるのだろうか。道の、余りの平等さに不安を抱くのかもしれない。



 知らない道を歩く時は、どうしてか何時も懐かしさを抱く。違うと知っていて、矢張り安心したいのか。

 然ればこそとは、常にそうなら、懐かしくもないだろうに。


 嗚呼、そうか。頼りになるものは地図か。其れが無いから、不安なのか。慣れてしまって、気付かなかった。然し道と同様、後から人が拵えた物だ。行き来するから拵えた。俺には何方も必要無い。引き返すとて、同じ道は通らない。隣りに知らぬ道が在るのなら其方を通る。元より選ぶ術も無いが。はは、地図が有れば、選べるのか。いや地図が確かなら、態々引き返す事も無い。進む事も無い。目的地が知れぬから、其れが目的になる。


 目的地が無いのなら、迷いようもないか。抑迷う道すら無い。只単に目的を探しあぐねているだけだ。悩みにすらならなかったな。だがもう此道を通る事は無いだろうから、其れだけでも価値は有った。



 前は好んで通る道が在った。少し遠回りだったが、どうしてか好きだった。知る家が在ったからか、慣れ親しんだ道だったからか。何故親しんだかは、もう覚えていない。ただ、道の為に通った道が在った事を、少し、恋しく思う。

 こうして遠くを懐かしめば、只懐かしいのみだが、家を横目に眺め、彼子が何をしているのか想像するのは罪悪感がある。そんな事を考えていたら、不意に笑みが零れた。矢張り照れは笑いを呼ぶな。



 不安は不意に訪れる。理由が分からないから余計不安なんだろう。不安は先刻、置き去りにしたと思ったが、復見付けてしまった。焦りとも、恐れとも感じるが、寂しさにも近い。此れが寂しさなら、きっと安らぎにも成る。繰り返すものなのだろう。

 理由が分からぬから、今はそう思う事にした。振り切れぬのなら、道連れにする他無いだろう。



 何かが舞い、落ちた。ふと、此れが安らぎかと気付く。何も聞こえず、何も見えなかった。不意に掠めたのは何時もと同じ風だった。何を感じていたのか、声も無く、姿も無ければ、気付きようが無い。確かに安らいではいた筈だが、心地好かったとは思えない。

 心地好さは、呼吸を楽しむ事だと思う。胸に少し障るものがあって、心地好く思う。気付く為なのか、いや然し、懐かしさに近い。何か、苦しさを心地好く思った事があったのだろうか。あれは、思い出すとも違う気がするが、多分其れが一番近い。


 何故今迄気付かなかったのか、記そうと思い返した時、ふと気が付いた。内言は案外曖昧だ。無意識に浮かんだものだったから、意識が曖昧にしたのか。意識し内に言うものなれば、あれは内言とは違ったか。ならばなんだったのだろうな。誰と話すでもなく、何を語っていた。



 落とし損ねた未練が足を引っ張るばかりだ。いや、今俺の足を進めているのが未練なのか。連れて来てしまったと思っていたが、連れて来られたのは俺の方だったか。



 方角を違えているのだろうか。歩み進む程、後退の気配に苛まれる。


 同じ場所を回っているようだ。一度見付けた筈の答えまで、置いて来てしまったか。繰り返している。置き去りの答えを拾えないのは、今はもう見付からないからか。自分にも見付からないのなら、誰が拾う。何やら少し、可笑しいな。



 何と云う歌だったか、自分が無意識に口吟む歌に浸れたのは久しぶりだ。嬉しい事だな。

 彼女の気配が吐息の様に柔らかく、儚く過ぎた。悲しく微笑む事が、こんなにも心地好い事を忘れていた。

 然し心地好くあって、立ち止まれない。何が手を引くのか、何が背を押すのか、此先には求む物の微かすら無かろうに。無理を強いて足を止める為の歩みなら、元より歩かねば良いだろう。



 抜け道が無いとも限らない。迷わないとも限らない。ならば、走った方が速いとも限らないだろう。見落とす事を恐れた歩みでは無く、探す事を楽しむ歩みなのなら。



 何れ程変わったか、原因を理解せずして、結果を知る由は無い。此う在るのだと思えば其うだが、何う在るのか分からなければ、辿る道の知る由は無い。

 此う在りたいと思えば、其れで良いのだろうか。考えないと云う事が何う云う事なのかを先ず考えなければ、今が其うだと自覚できない。私は阿呆だから。

 こんな事では何処にも行けないな。



 要らない物を何処に捨て行くかが問題だ。要らないのなら此処で良いとも思うが、妨げになっても困る。進む事に難が無い内は、持った儘進むのが好いか。

 捨てる事も、ある意味では使うと云う事になるのか。ならば矢張り、時は選んだ方が好い。はは、違うか。使った物を捨てるのだな。何故手にしたのかを思えば、当然の事だ。持っているという事自体が、使っていると云う事でもあるのだしな。



 何の為にか、自分の為に決まっているだろう。此れが本当に自分の為になるかは分からない。だが他に道は無い。本の少しでも、今が楽しいなら、其れで良い。



 私は此処に確かに居る。然し、私が彼等に取って何う云う存在なのか、分からない。私の記す文字は、私にしか読めぬのか。

 此れは借り物の筈だ。誰かが拵えた文字の筈だ。誰かが誰かへ伝える為に作った物の筈だ。

 散り々ゝに飛び交う点の、掠むる捻れを読むのなら、繋がりを持ち、結ぶ様を写した書を読めぬ筈が無い。人が光を目指すなら、私が光を写せば良い。其筈だ。光にさえ惹かれぬのなら、私は元より、只の霞だ。光を写す白い闇だ。遮ればこそ此処に在ると気付く。光を捻じ曲げ、映し、暗く、光て、不安を呼び、安堵を与え、希とす水の有様を為し、尚も私は誘えぬか。

 君の望む道は、私の先には見出せぬか。私は何う足掻いても、漂う外無いのだな。

 君が若し、其うでは無いと、もどかしく思ているのなら、私は其れを嬉しく思う。私が君に伝えられたなら、君が私へ返す手段を持たぬ事を悔しく思う。私に希望を見出してくれたのなら嬉しいが、申し訳無くも思う。どうか其儘でと願う私を許してくれ。



 珍しく今日は、怠惰を感じない。書く事が只管心地好い。何時もは靄を払う様な心地で書いているのだが。


 少しだけ、彼子の事を忘れられた。嗚呼、そうか、だからか。だとしたら、少し、悲しいな。忘れた方が好いと思ってしまいそうだ。執着が無ければ生きられないだろうに。死んで好いと思えるなら、其れでも良いのか、然し未だ、悩んでいたい。今は尚更、悩みを悩みと、迷いを迷いと感じないから。



 何かを書く時、或いは語る時、断じてしまった方が良いらしい。然し、余地が在った方が、気楽で好いだろうと私は思う。委ねられて不安抱くような人間には成りたくない。いや、共に、そうありたいのだ。考える事を楽しみたい。投げ出すのは悔しいだろう。亦正しさなど無いから、好かぬ相手に委ねたくはない。

 此処迄書いてふと気付く。平等さに不安を抱く私は、既にそうなってしまっている。そして恐らく、私が一人なのは其れが原因だ。中途に居るという事なのだから。何処にも辿り着かない俺に、誰を導ける。




 然しまあ、本の、少しの間、待ってみようか。立ち止まるのが不安なんて、其れも亦悔しい。其れに、久々に好い景色だ。静けさを楽しめる。

 冬が季節を帰らせるには──

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